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[江戸遙か] ≪目次≫

これは別の時空のオハナシ。
過去の江戸と似たような別の時空の江戸。もっと過去のキャラと似たような別の時空のキャラ。だから何が起きても責任は取りませんのであしからず(笑)


江戸遙か (全11話) 景時×譲


[江戸遙か 01] 臆病な侍

[江戸遙か 02] 君は日溜まり

[江戸遙か 03] 闇を駆る者

[江戸遙か 04] 蕎麦屋の暖簾

[江戸遙か 05] 火を放て

[江戸遙か 06] 君だけは

[江戸遙か 07] 町一番の

[江戸遙か 08] 舞姫

[江戸遙か 09] 影を失う日

[江戸遙か 10] 狂乱の道化師

[江戸遙か 11] ただ傍にいて




景×譲です。要素的に弁×九も入ってきます。
望美ちゃんは譲くんの姉(将臣は出てきません)朔は普通に景時の妹だけど、景時のお母さんは別設定(幼くして死に別れたということで)

景時さんは何の因果か「裏家業」を生業とする浪人。
譲くんは蕎麦屋を切り盛りする看板娘(違)いやいや、看板娘はお嬢さん方がいますから、譲くんは景時さんだけの看板娘ってことにしておきます(娘じゃない)

とにかく不幸な景時さんが、幸せになるまでを描く!という試みなので、アレコレと振りっぱなし投げっぱなしなネタが天こ盛りですが(笑)見なかったことにしてください。話が盛り上がったら番外編を書くかもしれません。




てなことで、番外編(笑)

[江戸遙か 番外] 蕎麦屋の二階

本編は(何かの間違えで)全て景時視点にしてしまったので(後悔してます‥‥)番外は譲視点で書いてみました。健気すぎて景時に殺意を覚える塩梅になっております。ご容赦ください。

 
 
 
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[江戸遙か 11] ただ傍にいて

 向き合った相手を、刀の錆としていく。
 背後の譲くんを庇いながらの戦いは、動きづらくはあるが……研ぎ澄まされる。
 場の空気を全て手中に収め無駄な動きを無くしていけば、どれほどの手練れであろうと…連携も統率もない烏合の衆に負ける気はしない。
 あと一人。
 睨んだ時点で腰が引けた侍を斬りつけたのは、その者の背後に在る冷徹な刀だった。
「もうよい。…腰抜けが」
 ブンッと刀を振り血を落とした舞台主は、いっそ『鬼神』と呼ぶに相応しいほどの威圧感を以て正面に立つ。
「どうする、景時。やりおうてみるか」
 その声色に凍りつく。
 引き返せない。逃げる手だてもない。……どうすればいい。譲くんを助けるには、二人で生き延びるには。

 

[江戸遙か]ただ傍にいて

 

 静まりかえった部屋の中、キン…と、耳鳴りがした。

 その時、遠くから何かの気配が。
 何かを留め立てするような声。キンキンと金切り声を上げる女房の数が、なにやら身分ある者の往来を告げる。
「……………?」
 視線を解いて振り向いた頼朝様の視界に…そして俺の目に、美しい女性の姿が飛び込んでくる。
「………あら。これは何の騒ぎですの?」
「北の方様、どうか奥へお戻り下さいませっ」
「血生臭いのですわね」
「政子……何用だ」
 この方に政子と呼ばれる女性を、一人だけ知っている。
 本来なれば、視界に入れただけでも問題になろうという立場の…。
「あなた。ご確認したいことがあって参りましたの。九郎という名前を、お聞きになったことがありまして?」
 不躾な質問に、頼朝様が眉を顰める。
「下町で騒がれている男か」
「そのようですわ。妙な話を耳に挟んで、調べさせておりましたの。……貴方が殺そうとしていたとか、その者が私にとっては縁にあたる者だとか」
「………なに?」
「どうですの!? お心当たりがございますの? 私…あなたを信じて、いつもずっと待っておりましたのに…。あなたはそれが私の縁にあたると知って、御無体をなさっていたのですか」
 どこから聞いても支離滅裂な問い。
 九郎の身を案じているわけではあるまい。ポッと出た親類の名など、この女性にとってはたいした価値もないと見てとれる。……要は、待ちくたびれているのに、そんなことをして遊んでいたのかと……そういう意味合いなのではないか。
 一見しただけで『他愛のないワガママ』と知れるそれに、しかし、おいおいと泣き崩れる身体を支えて、どこか慌てる後姿。
 言葉少なに宥めながら消えていく…鬼神であった者の…姿を確認して、そっと屋敷を後にした。
 追われることもなく。

「上手く逃げられましたか? 逃げられましたよね。しばらくあの屋敷は、内部の業火を鎮めるのに、てんてこまいでしょうから」
 狐に抓まれたような気分で蕎麦屋の暖簾をくぐると、いつの間に釈放されたのか、望美ちゃんと朔の姿。そして九郎と……弁慶と。
「か~げ~さぁん?」
 恨まし気な声に、身を震わせる。
「な、何かな、望美ちゃん」
「なにかなじゃないわよーっ、譲を置いて一体どこへ消えてたの!!私や朔がどれほど心配したと思ってるのよっ。譲が壊れるかと思ったじゃないの、この唐変木!!」
 後ろでそうだそうだと頷く妹君にさえ、自分の身を案じられていなかったかと思うと……少々情けない気分にもなるけれど。
「ご……ゴメンねぇ…」
 つい、謝ってしまう自分は、変えようもない。
「その辺にしてください。心配をかけてすまなかったとは思いますが、景時さんが悪いわけじゃ」
「いや、絶対コイツが悪い!!!!」
 異口同音。
 満場一致。
「反省してるよ~。さ、譲くん」
 逃げよう?
 目と目で交わした合図と同時に、外へと駆けだす。

「どこへ行くんですか」
「どこでもいいよ~。静かな所……君を、独り占めできる場所なら、…どこでも」
「それなら二階に逃げ込めばよかったのに。階段、上から外せますよ?」
「そ~れは知らなかったな~。じゃ、明日からは外しちゃおうね」
「朝になったら解放してくださいねっ」
「ん~~。ど~しよっかな~」
 アハハ…と笑いながら、長屋の陰で唇を奪う。
 空き家を見つけて鍵を下ろして、着物を……上から下まで順序もなく剥いでしまう。
 晒された空気と羞恥心に身震いした譲くんを、何も着けずに抱えて、そのまま抱いて…。薄い壁の向こうで子供をどやす声なんか聞きながら、声を殺して混じり合って。
 見つめて……溶け合って。
 人形のように受け止めていた譲くんは、もうそこには居なかった。
 もどかしげに肌を求める腕が、愛しくて愛しくてたまらない。言葉ではなく、その身の全てで愛を語る仕草に脳髄を溶かされて、息をすることすら忘れそうになる。

 何もかもを失ってしまった。
 生きてきた道も、仕事も、収入も、鎖も、後悔も……君以外の全てを手放して、情けないほど一人。糸のない凧のような自分。
 だから君の手の中に在りたい。
 離さないで……風に攫われぬように、いつでも抱いていて。

 生きたいと願う。
 強烈なまでに、生きたいと願う。

 君と……ふたりなら。

 突き上げる熱に身を反らした、この腕の中の奇跡を、もう二度と泣かせることのないように…もう二度と傷つけることのないように。
 命をかけて守るから。
 大切な人を大切にする為に、……必ず。

「景時さん……」
 夢のように柔らかく呼ばれたそれが、自分の名だと気付いて……驚く。
「なぁに、譲くん」
 夢のように甘く囁いたそれが、自分の声だと気付いて……狼狽える。
「よかった。あなたと、逢えて」
 柔らかく柔らかく笑ったまま、眠りに落ちた君を。

 恋人と、呼ぶよ。
 
 
 
 
 
 
 
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[江戸遙か 10] 狂乱の道化師

 洗いざらいぶちまけてしまうと、なぜか自分の抱えているものは、たいした重みを持たないような気持ちになるから不思議だ。
 今までは本気で逃げようとしなかった。
 いつか死ぬ日のために命を使っていたからなのだろう。
 君を守りたいと…君と生きたいと本気で望めば、恐いものなど何もないような気持ちになる。

 だから、驚いた。

 食事を取りはじめて、3日も経たないうちに回復した君の若さにも驚いたけれど、君が、俺を置いて、頼朝様の元へ向かったのだと気付いた時は。
 驚きすぎて………寝込むかと、思った。

 

[江戸遙か]狂乱の道化師

 

「若さと書いて、無謀と読めばよいのですか」
 呆れ顔の弁慶は、俺が置いていった九郎の隠れ家で……耳かきなんぞされている。平和すぎて意味が解らない。
「姉君を助けに向かったのだろう、それほど無謀なことなのか?」
 あまりの台詞に驚いて声も出ない。
 望美ちゃんといい、朔といい、譲くんといい、九郎といい。相手の規模が解らないのかと呆れるべきか、恐い物知らずの若さと褒め称るべきか。
 理解する余力がない時は無視をするに限る。…この点において弁慶とは気が合うらしく、ひとまず胸を撫で下ろした。
「しかし不味いですね。朔さんたちは保障できますが、譲くんには放免される謂われがありません。捕らえられたが最期という気もしますが」
「そんな怖いこと言わないでよ~」
「まあ、単身で向かわずに僕のところに寄ってくれたのは、英断だと思いますよ。………助けましょう」
「頼むよ」

 長く付き合いがあるとはいえ、依頼主の身辺については詳しくない。
 今すぐにでも飛んでいきたい気持ちはあろうとも、失敗するわけにはいかないのだから、小細工をする必要はあった。
「屋敷の間取りは解ります。身辺については………おおよそ、五十」
「ごっ、五十ぅ~?」
 九郎のあげる素っ頓狂な声に生真面目に頷きながら、弁慶の目が険しくなる。
「どんなに豪勢な屋敷でも、警護は二十もあれば足りるだろう。五十人もどこに入るというんだ」
「そうですね……目に見える場所であれば、交代を含めても三十に満たないかと思います。あとは…」
「在るといえば在る。無いといえば無い。動きの見えない連中が、ね~」
「隠者か………」
 闇を取り締まるような役目にあっても、九郎も所詮は昼の人。言葉は知っていようとも、その存在を実感することなど無いのだろう。…だからこそ、隠者と呼ばれるのだが。
「別に屋根裏に隠れてるばかりじゃないんだよ。普段は普通に町で暮らしている、俺みたいのもいるしね」
「お前も隠者か!?」
 そんなに目を丸くしなくても。
「ちょっと違うけど、まぁ、似たようなもんだよ。……そろそろ、自分が置かれてる立場が解ってきたんでしょ?」
 どこまで話したのかと弁慶を盗み見ると、憂いのない顔でニッコリ微笑んだ。
「九郎のことはいいんですよ。今は譲くんを救出することだけ考えましょう」
「その役目、加わることは許されないか」
 くると思った。
 つい顔を見合わせてしまった俺たちは、どちらからともなく笑いだし、弁慶は肩を揺すったまま九郎の膝を叩いた。
「もちろんですよ。使えるものは全て使うのが、僕の流儀ですからね。……かなり危険な配役になりますが、お願いできますか」
「当然だ」

 使えるものは全て………確かにそう言っていた。

 しかし、これは…。
 もしや町一つをそのまま使う気なのか?

 呆れるほどに弁慶の思惑通りに動いていく人の群れを…空恐ろしく思いながら、屋敷へと潜入した。
 死んだはずの九郎が生きていた。
 あの火事以来すっかり混乱の中にあった人々が、鰯の群のように蠢いている。
「ま、ちょうど、例の『お灸』の準備が調ったところですから。ふふふ……期待していてくださいね」
 内容について詳しく聞いている時間はなかったが、援護されていることは解る。…騒ぎの真相を確認に向かったのだろう、屋敷内は閑散とした空気さえ流れていた。
 物陰から背後を取り、まずは一人。
 隣の茂みに音を立て注意を逸らし、また一人。
 この人数ならば、焦らずに順を追ってさえいけば自分一人で潜入することなぞわけもない。
 どうか無事でいて。
 祈るような想いで奥へと進むと、いつか深層部へと辿り着いた。

 そこで初めて、いらない歓迎を受けていることに気付く。

 柱に括り付けられた譲くんが、陰から様子を伺っている俺に気付いて険しい目をする。
 罠です。逃げて。
 祈るように閉じられた瞳。
 逃げ場のない袋小路を思わせる、屋敷の造り。
「どうした、景時。襖を開けて中に入ればよかろう?」
 譲くんの反応を見ている。相手の声は、向こうの壁を叩いて戻ってくる。
 ということは…こちらに背を向けて。
 ひょっとすると、すぐ近くに控えているのかもしれない。

 ここで襖を開ければ、四方から斬りつけられるか、八方から矢が飛ぶか。
 裏切り者の始末などに時間をかけるのは、それだけ頼朝様が楽しんでいるからと解ってしまう。気付かれずに辿り着いたと思っていたのは自分だけで『全てが手の内だったのだ』と笑われて……それでもこの戸を開けるのは、とんだ茶番としか言いようがない。

 死ぬことが、今、初めて怖い。
 譲くんの目に、自分の死に様を晒すことが、なにより怖い。

 それでも飛び込まずにいられようか。
 戻る場所など何処にもない。罠と知りつつ狂い舞う、道化にもなろう。
 指をかけた瞬間、この襖に罠があることを知る。
 パンッ!
 小気味の良い音を立てて襖を開け放ち、思いきり後ろへ飛ぶ。
 天井から雨のように振った矢に、譲くんの悲鳴。
 廊下を助走に、畳へと突き刺さった矢を飛び越える。
「譲くんっ!!」
 一瞬で縄を焼いて振り返ると、血に飢えた顔の浪人が三人、ニヤニヤと笑っている。
 その奥に、舞台主の姿。
 人を殺したいと思ったことは、一度もなかった。
 全てが命令。
 全てが他人の意志。
 なればこそ己を許せていた節もあるけれど。

 人が人を切ることに、たいした理由はないのだと知る。
 死にたくない。
 君の前で、死ぬわけにはいかない。

 狂乱の紅を纏う……道化師となろう。
 
 
 
 
 
 
 
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[江戸遙か 09] 影を失う日

 薄暗い部屋。
 糸の切れた仕掛け人形のように、その人は座っていた。

 そうしていれば何かが動くと信じているわけでもなく、誰かが向かえに来ると期待するわけでもなく、世界の色を忘れてしまったかのように……生きる為に必要な最低限の動きを無意識にこなして、ただ空気を見つめていた。

 

[江戸遙か]影を失う日

 

「譲くん……少しは食べないと、死んでしまいます」
 差し出された薄い粥を受け取り、素直に食べ始め……すぐに、身体が拒否して吐き戻す。涙も流さずに、全て吐き戻す。
 部屋に入る前に「現実を知るまで黙って見ていろ」と釘を刺された意味を知った。
 ぐったりと壁に寄りかかる、やつれきった顔。
 焦点の合わない瞳がスウッと宙を彷徨って、顔の8割を布で隠した俺に、止まった。

 瞳の色が、戻っていく。

 みるみるうちに溢れ出した涙が、まばたきもしない瞳からボロボロと溢れては落ちていく。
 何を言うでもなく。手を伸ばすでもなく。
 ボウッと寄りかかったまま、この瞳を凝視したまま、息を止めたまま。
「ようやく時が動きはじめたようですね。…僕は帰りますよ。出る時は気をつけてください」
 振り返った弁慶の瞳も濡れていたような気がした。……判らない。濡れているのは自分の瞳だけかもしれない。
「……譲くん」
 微かに名を呼ぶと、飛び上がらんばかりに身を震わせる。
 そして一瞬後、跳ねるように立ち上がって。この狭い部屋を、もどかしげに駆け寄り、縋りつく。
 何度も名前を呼ばれたような気がした。
 声にならない悲鳴に胸を引き裂かれて……胸に空気が入らず、のたうち回りそうになる。
 譲くん、譲くん、譲くん…っ。
 どうして君はそんなに、そんなに健気に俺を待つの。
 こんなにどうしようもない男を。
 君に好かれる理由なんて知らない。全く解らない。どうして君は…っ。

 苦しくて。すっかり痩せてしまった君が悲しくて。
 わけもわからずに抱いた。
 それ以外に君を癒す手段を思いつかずに……無理をしたら本当に死んでしまいそうな君を。
 殺しても、抱きたかった。
 どうあっても傍に在れないというのならば、それで君が生きられないと言うのならば、抱き殺してしまいたいとすら思った。
 交わったまま、俺も逝きたい。
 それで君以外の誰かが、どう傷つこうが……笑おうが、なじろうが、君だけを抱えて死にたいと思った。


 どうして生き延びたのか、経緯は知らないが。
 けっして俺の腕を離すまいと、強い意志で絡みついている身体を感じながら、意識を取り戻した。
 今は、昼か。
 それとも、夜か。
 薄い屋根を叩く雨の音を聞きながら、譲くんを抱き直して布団を引き寄せる。
 微かな動きにも過敏なまでに反応して泣きながら縋りついた君を、壊れるほどに強く抱える。
「俺はここにいるよ、譲くん」
 信じられないというように口を開いた譲くんは、乾ききった喉をケホケホと鳴らした。
 弁慶が置いていった湯飲みから白湯を含み、口移しで流し込む。
 吐かないで…、お願い。
 地獄のような光景を思い出して身震いする俺を、…信じられないことに、気遣うように抱き返したのは、無意識なんだろう。
 その愛情の深さに眩暈を覚える。
 一途に差し伸べられる優しい腕が、今はとても儚げに見える。

 自分一人が消えたとて、悲しむ人など無いと信じていた。
 悲しんでもらえるほどの価値などないと。
 どこで野垂れ死んでも、朔が生きるのに必要な稼ぎだけを残せれば、自分の命になど責任を持たずにいられるのだと…勘違いしていた。
『死ぬより辛いことなんざ、腐るほどある』
 誰かが言ってたっけ。
 辛い。自分の命を失うことよりも、君を壊してしまうことの方が、ずっとずっとずっと辛い。涙も流さずに、ただ生きて…俺を待っていた君が。
 死ぬより辛い。
「俺は……貴方にとって、都合の良い人間でありたかったんです」
 唐突に切り出された言葉……初めて譲くんの声を聞いたような気さえする。
 頷いて先を促すと、覚悟を決めたように語り始めた。
「貴方が俺を求めるなら、この身を開きたかった。貴方が話したくないような事情は、聞かずにいたかった。貴方の負担にならず、貴方にとって都合の良い人間であれば……貴方は俺から離れていかないと思った」
 新たな涙が、頬を濡らす。
「狡いでしょう?…俺はただ自分の望みを叶える為だけに貴方の傍にいたんです。貴方の為なんかじゃない。身勝手な望みと悟っても、離れたくなかった。捨てられたくなかった」
「譲くん」
 止まらない告白が、君を切り裂いているのが判って、胸の中に包み込む。
「わかっています、こんなワガママを言えば貴方に嫌われてしまうことなんか。だから知らない振りでいたかった。自分の気持ちなんか無いものとして、貴方だけを思いやっていたかった………馬鹿ですよね、俺」
 何から否定していいのか解らなかった。
 譲くんは何も悪くない。勝手なのは俺の方で、譲くんが自分を責めることなんか何もないのに。俺は勝手に譲くんが好きで。君を嫌いになんかなれるはずもなくて……好きになりすぎて、絡めた指の先から君に溶けてしまいそうで。
 どうしていいのか解らない。何から伝えていいのか判らない。壊れるほどに心が愛を叫んでいる。
 もう二度と離れられないと叫んでいる。
「貴方が居なくなった日、自分の影が無くなっていることに気付いたんです。貴方という光を無くして、俺は自分の影さえも探せなくなった。苦しくて苦しくて。何をしても自分を感じることができなくなって……貴方が帰ってくるまで生きていなければと思うのに、心が…身体が、生きることを拒絶する。貴方がいなければ嫌だと……もう、嫌だと…」
「わかった……わかったから、もう泣かないで。全てを話すから。もう二度と黙って君の傍から消えないと、誓うから」
 勝てるはずもない。
 君の愛は、空のようだ。
 大きく包んで、陽差しで焦がして、温めて……突然の嵐で翻弄する。
 泣いても笑っても怒っても、まっすぐな光のような君。
「全て話すから最後まで聞いて。……ううん、最初に聞いて」
「なんですか?」
 真っ直ぐに射抜く光。…そんなに見つめられたら言えないよ。
 目蓋に唇をあてて君をとじこめると、不安げに指を伸ばす。その一つ一つに、誓うように口づけてから、耳元で囁いた。

「愛してる。……君だけを、死ぬまで愛してる」
 
 
 
 
 
 
 
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[江戸遙か 08] 舞姫

 白昼堂々、賑わう町の片隅を点々としながら、情報を交換し合う。
 九郎が意識を取り戻したこと。
 手筈通り宥めて、今は落ち着きを取り戻し、静かに傷を治すことに専念していること。
 俺が渡せる情報はそれだけだ。

 

[江戸遙か]舞姫

 

 弁慶からは町の様子が事細かに伝えられてくる。
 以前から町を賑わしていた、焦臭い金持ちのみを狙う盗賊が、最近は頓に動きを強めていること。…九郎が居なくなったせいなのか、他に理由があるのかは知れないが。
 頼朝公の周辺も騒がしくなっており、人が集められているという。
「それから……蕎麦屋の彼がね、すっかり肩を落として誰かを待ち侘びている様子でしたよ?知らないかと訪ねられてしまいました。…珍しいことですね」
 今まではどれほど間をおこうとも、人に尋ねることなぞなかった。大人しいばかりかと思えば、なかなかの情熱家だ。…軽口をチクチクと降らせた後で『そっと会いに行けばいい』などと、簡単に言う。
「あいにく、この仕事が終わったら町を出るつもりだからね。あの騒ぎで死んだと思って、波が引くのを待つよ」
 別れなら言った。
 きっとそれを感じているから、落ち着かないのだろう。

 ……ゴメンね、譲くん。
 だけど俺は、いつかきっと君を殺すよ。君を…君の大切な人を。この運命から逃れる術を持たない俺は、君から離れることでしか君を救えない。
 ゴメンね。
 傷つける為だけに出逢ってしまった、過去に一度だけ『恋人』と呼んだ人の笑顔に、手をついて詫びる。それしか……できない。

 闇の中で九郎と夜を越す。
 九郎はなぜか、斬りつけた犯人を調べることよりも、自分を助けた弁慶のその後ばかりを気にしていた。
「いつまでここにいればいいんだ」
「さあね~。とにかく外が安全になるまでは、君のその髪がフワフワ揺れちゃうと厄介なんだよね~」
「髪が邪魔なら切る!」
「ん~~。そういう問題でもなくて……解ってるんでしょ?」
 痺れを切らして駄々をこね始めたのは、回復してきた証拠だから、喜ばしいことではある。
「………解る。今動けば、弁慶に危険が及ぶのだろう」
 それに、この子は頭が良い。
「ご名答~。ま、ジリジリするのも解るけど、もう少し我慢しててね。何かやってるみたいだし」
「景時は………その、…譲を放っておいていいのか?」
「えっっっっ」
 誰に吹き込まれたのやら、まさか九郎にまで知られているとは。
「いや、きっと心配していると思っただけだ。朔殿は風来坊なお前を理解している様子だが、突然に友が行方をくらましたとあっては、譲の心労は計り知れないだろう?……見ていて解る。たぶん今この町で一番にお前を心配しているのは、あいつなんだ」
 九郎らしいといえば全くその通りだ。
 色恋など抜きにして、人としての情を無限に持っている男だからこそ、まとまりのない町の空気を一つに束ねられる。弁慶が事ある毎に言う『逸材』の意味が、少しずつ見えてくる。
「そうだね……。落ち着いたら、顔を覗きに行こうかな」
 本当のことなど、この男に言えるわけもない。
 隠す所なく全てを話したとて、理解させることなどできない…後ろ暗いばかりの闇。
「そうしてやれ。…待つ身は、思うよりも苦しいものだ」

「ふふふ。そんなことを言っていたのですか。可愛い人だ」
「あれほど素直に『待っている』というんだから、顔くらい見せてやればいいじゃない?」
「貴方にソレを言われる謂われはありませんね。…とうとう倒れましたよ、譲くん」
「っ…………!?」
「なぜでしょうね~。望美さんと朔さんが、頼朝公の屋敷に忍び込みましてね?貴方を捜していたのか、九郎を探していたのか」
 まさか。
「あの二人が…………」
「そう考えるのが自然でしょうね。例の怪盗は、男にしては身軽すぎると、まるで舞うように仕事をするという噂でしたからね。女中に紛れていたとしか思えない現場もありましたし」
「知っていたのか?」
「僕は貴方が気付かない方が不思議でなりませんでしたよ。……心配いりません。朔さんが貴方の妹君であることは、あの方もご存じだ。少し灸を据えた後で解放すると仰っていましたよ」
「望美ちゃんは……」
「まあ、心配はいらないでしょう。あのくらい元気なお嬢さんの方が、あの方はお好きな様子。気に入ったものには寛大な人です。北の方の手前、手を出すこともなりませんでしょうし。獄中で数日過ごせば無罪放免。……言ったでしょう、冷静さを欠くなと。過去の例から考えても、ほぼ確定ですよ、景時」
 解っている……解っているけど。
「譲くんは、知らない」
「だから言ったんですよ、こっそり逢いに行けと。大切な存在を一度に失えば、倒れるのが自然です。僕は薬師ですから、そんな彼の元にも通いますがね……だから、助手が一人くらい近づいたとて、目立つこともないでしょうし」
 逢ってはいけない。
 だけど…望美ちゃんが無事に帰ると、ただそれを伝えるだけでも。
 ああ。そんなことができるはずもない。
 下手なことを知ってしまえば、譲くんの身が危ういと判っているのに。それでも……壊してしまうわけには…。
「すまない」
「いいえ?断ったら刺し殺そうかと思っていたところですから」
 
 
 
 
 
 
 
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