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[頼友]月光の君

 貴方は私の憧れ。麗しの君。

 それは貴方が、まだ私に名があることさえ知らなかった頃。
 宴の席を抜け出し、上弦の月に目を細めていた貴族に目を奪われた。
 橘少将殿。
 昼の貴方を知るものがその姿に気付くことなどあろうかと感ずるほど、儚く脆くある立ち姿に、息を吐くこともままならなかった。
 世を儚むのではなく。
 己を愁うのでもなく。
 その姿は、まるで月光そのものであるかのように。

 手を伸べれば消えてしまう気がした。

 いつまでそうしていたか。
 ザワザワと人の動く気配がして、貴方は私に気付くこともなく人としての姿をまとい、現の世界へと交じり合った。

 忘れることのない出逢いを秘めたまま、私は天の青龍となり、貴方は地の白虎となり。
 親しげに会話を交わすまでになれど。
 仄暗い炎は消えることなく‥‥しだいに激しさを増していった。
「暖めてくれるかい」
「お望みとあらば、喜んで」
 こうして身体を重ねる仲になった今も、この恋を貴方が知ることはない。
「‥‥っあ、頼久」
 その身を壊せとばかり激しく乞う貴方を、優しく抱くことをこそ、叶わぬ望みとなりはしても。
「また、そのように顔を隠さず‥‥取り繕うことなど、もう何もございませぬでしょう。良い声でお啼きになればよろしいかと」
 手中に堕ちた、光。
「あ‥‥あ、あ‥‥‥もっと、酷く‥‥っ」
「御心のままに」
 儚い月光。
 貴方が真に求めるものは‥‥私ではありますまい。

[頼友]情人

「あ‥‥‥あ、頼久、そんな」
 ねじ伏せられて、喘ぐのは‥‥決して屈辱からではない。
「お好きなのでしょう。無理にされるのが」
「あぐっ‥‥、ン‥‥ッ」
「友雅」
 ゾクンと背筋に何かが走る。
 ただ、名を呼び捨てられた‥‥それだけなのに。
「こんなに罪な身体で、男をくわえ込んで」
「ひあっ」
「喘いでいるなんて‥‥‥そうでしょう、友雅殿」
「あ‥‥‥」
 名を、呼んで。
「どうしましたか。よもや、一介の武士などに呼び捨てられて感じ入るなどと、そんな不埒な事を仰るのでしょうか。‥‥友雅殿?」
 縋るわけにはいかない。そんな女々しい私では、君の執着はすぐに薄れてしまうだろう。
「こんな時くらい、煩わしい身分など忘れさせてほしいものだ」
 故意に、吐き捨てるように告げる。君に価値など求めぬと告げるように。
「過当な期待だったかい?」
 君が私を求めるのは、私が決して堕ちぬ華であるからだ。
 他に価値など‥‥何一つ有りはしない。
「いえ、お望みのままに。‥‥友雅」
 欲心に艶を増す声色。
「今の貴方は、ただの情人ですゆえ」
 貴族である私を、組み敷く。それが君の悦楽を煽るのだから。
 私は気高い私のまま、君に膝を屈する。
「腰を上げていただけますか。この手に届くように、高く」
 これは倒錯した遊び。
「これでいいかい、頼久‥‥」
 早く、触れて。
「ええ。私を望む場所が、よく見えます‥‥貴方は欲深い人だから、ほらこんなにヒクついて」
「あ、う」
 満たして。
「どうなさいましたか」
「ん‥‥あまり焦らすものではないよ。酷い男だね」
「そんな私を望むのはどなたでしょうか。酷くされて‥‥感じている癖に」
「はあぁっ」
 熱い舌に舐め取られて、堪えきれず背が踊る。
 いけない。
 そんな温く心地よい刺激は毒にしかならない。
「やあっ‥‥早く」
 頼久、頼久‥‥どうか何も聞かずに私を奪い去ってくれないか。気を抜けば君ばかり求めているこの心を暴かずに、どうか‥‥。
 私は同情でなく、君の情熱に抱かれていたいのだよ。
「急かさずとも捧げましょう。力をお抜きなさい、‥‥友雅」

「うわ‥‥ぁ、あ、ああ」
 押し広げるように、君の質量が割り込んでくる。
「‥‥ア‥‥無理‥」
「無理なことはありません。貪欲に飲み込んでいらっしゃいます」
 幾度こなしても慣れぬ、強烈な異物感。
 それが君であるということが、唯一の意味なのだ。
「よりひさ‥‥ぁっ」
 どれほど執着しても、決して得ることのできぬもの。
「頼久、頼久‥」
 命という儚いものに何か意味や価値があるのだとしたら、それは。
 この温もりに、他ならない。

「友雅」

 熱く濡れた声が、この名を呼ぶ。
 立場も身分も言葉も、いっそ現の世界全てが無意味なものと思えるまで。
「頼久‥‥‥」
 君に抱かれていたい。

 このまま君に溺れてしまえたなら。
「あっ、あ‥‥‥もっと、深く‥‥っ」
 無意味な日常など全て捨てて、君の下僕に成り下がることができるのなら。
「お望みのままに」
「っつあ‥‥っ」
 もう何も、望みはしないのに。
「私に捧げられるものならば、この身の全てなりとも」
「‥‥‥っ」
 それを君が許すことはないけれど。
 せめて。
「ん‥‥君を、注いでくれるかい」
「御意」
 引きつるように反らした背で君に甘えて。

 意識を手放した。

[友頼]忠義にあらず

「‥‥‥また、貴方という人は」
 呆れたような冷たい視線で見つめながら、私の愛を試す恋人。
「すまないねぇ。ご期待通り、いつも君のことばかり考えているのだよ」
「不埒は許しますが、嘘は許しません。私のことなど顔を見た時以外、思い出しもしないでしょうに」
 これは頼久の本気なのだろう。
 残念なことに、君だけが君の価値を知らない。
「そういうことにしてあげても構わないがね」
 言葉を駆使して宥めても、どうせ君は信じやしない。
 ならばその身体に、証を刻もう。
 毎日少しずつ。幾年もの年月をかけて、私が君を想う証を。
 いつか気付いてくれるだろうか。
 君が必要以上に尊く想う男が、ただ一途に愛している人の価値を。
 他の何もいらない。
 君だけに、私を受け止めてほしいのだと‥‥ねぇ、頼久。
 そんなに冷たい瞳で、君自身を傷つけないで。


 言葉で語る愛の方が、よほど容易い。

[友頼]ご褒美

「友雅殿‥‥」
「なんだい、頼久」
 どこまでも柔らかく見つめてくる瞳に、狂わされていく。
「私は‥‥」
 ああ、違う。私が貴方に狂いたいのだ。
「貴方が欲しい」
 全て捨て去って。
 捨ててはならないはずの、私を形取る全てを置いて。
「愛して‥‥‥ほしい」
 身分も立場も何もかも、この激情の許に投げ打って。
「上出来だ」
 パッと花咲くような笑みを浮かべて、その指で私を嬲る‥‥楽しげな貴方に声もなく流されて熱い息が上がる。
 ‥‥‥っっ。
 胸の突起を嬲られて息を詰めると、意地悪く「此処がいいのかい?」などと呟きながら、私の上に跨った。
「友雅殿、そのような‥‥ァッ」
「君は『このような』ことをしに来たのだよ。その年で一々怯えるものではない。可愛らしい、などと言われたいわけではないだろう」
 わかっている。わかっているけれど。
「ン‥‥ン‥‥‥‥クゥ‥ッ」
 言葉にならない。
 貴方の熱に煽られて、全身に火が灯るようだ。
「ンアァッ」
 得体の知れない感覚に怯えて貴方の足にしがみつくと、手を止めてニヤリと笑った。
「それとも奉仕する方が性に合っているのかい」
 なんでもいい。この感覚から逃げられるのならば。
 泣きながら何度も頷くと、哀れむように首を傾げた貴方に、優しく抱き留められた。

「まだ早いよ。一度は私の好きにさせなさい。それでも立っていられるようなら、一つずつ教えてあげるからね」

[友頼]囚われの身

譲葉のラクガキ祭りに便乗して小ネタを投下してた期間があったんだけど、この時は友雅の拘束一人絵だったもんで、前半部分を書いて「相手は誰だ」と問うたら、鷹通と頼久の名前が挙がったので〜という流れデス。(→鷹通バージョン)
お祭りは踊ってナンボというタイプ(笑)



 私は束縛されることを嫌っていたはずだと、記憶に確認を取る。
 どうしたことか。
 君に縛られて‥‥こんな鎖を用いるほどに狂ってしまった君に、この身を縛られて。
 どうやら私は悦んでいるようだ。

 私が欲しいのかい?

 構わないよ。
 君が望むだけ、君の中に痕を残してあげる。
 生かすも殺すも君次第。
 こんな鎖で縛らなくとも、私は既に君のモノだと納得できるまで。

 縛られていようか。


 貴方は危険だ。
 私だけではない、全ての人間にとって危険な存在なのだ。
 だからその身を拘束して‥‥。

 いっそ、そんな狂言を信じてしまえれば楽になる。

 苦いものを噛みしめて視線を上げた私を、残酷な優しさが容赦なく切り裂いた。
 そんな、私を赦すような目はおやめください。
「友雅殿‥‥私は、私は‥‥」
「知っているよ。皆まで言うこともない」
 楽しげな笑い声に顔を上げると、妖艶な微笑みに誘われて。
「頼久、おいで。‥‥ここまでしたのだから、もう逃げられはしないだろう?」
「逃げ‥‥る?」
 泣きそうな気持ちで傍に寄る。
 捕らえられたのは私の方なのだと、ぼんやり気付きながら。
「素直に言ってしまえばいい。‥‥私が、欲しいのだと」
「友雅殿‥‥?」

「素直に言えたら、ご褒美をあげるよ?」

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