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[那岐×風早]叶わぬ願い 2

 あまり遅くなっては余計な心配をかけてしまう。
 それを意識しても、戦いをラクに切り上げる方法が見つかるわけじゃない。
「柊‥‥でしょうね」
 私の属性を知る者が気紛れに差し向ける敵は、不自然なほど相克の率が高く。それを送り込むために必要な『時空の歪み』が大きくなるにつれ、確実に負担は増加していた。
 とはいえ、純粋に言い訳を信じて「残業のしすぎだ」と心配する千尋にそれを説明するわけにもいかず、全てを理解した上で役割を心得て大人しく待っていてくれる那岐を思えば、あまり時間を食いすぎるわけにもいかない。
 なにより俺が、正直なところ「ああ、もう、早く帰りたい!」と。
 これじゃただのワガママですねぇ‥‥。
 力ずくで終わらせた戦いの代償は、笑えない程度に深手の傷。
 焦る自分が可笑しい。
 ここに千尋が居たなら、決してすることのない油断。まるで敵に『八つ当たり』をしているかのような、大振りの剣。
「俺も、意外と子供ですね」
 そんな自分を諦めながら、クスクス笑って時空の波へ。
 生活に困らない程度に傷を塞いでから、温かな場所に降り立つ。
 もう少しだけあの時空へと留まれば、この傷は後も残さず全快するけれど‥‥。
「まあ、治してくれる人がいるわけですからね」
 心配させて喜ぶなんて、不謹慎にも程がある。
 だけど、そんな時にしか見せない情を、他ならぬあの子から感じていたい。
「甘やかすから甘えてしまうんですよ。わかっているんですか?」
 そんなことを言えば、暫くはふてくされて口も聞いてくれないだろうけど。
 こみあげる笑いを噛み殺してから、そっとドアを開けると、すっかりふてくされた横顔が迎えてくれる。
「・・・また怪我したの?」
 呆れた、と言外に呟く声は、それだけで癒しの力を持つように響く。
「那岐・・・いえ、たいしたことはありませんよ」
 支障のない程度には塞いできましたから。そう。放って置いても大丈夫なんです。
「よく言う」
 苛立つ気配と壮絶な色香。故意に心配をかけている罪悪感も、那岐の中に灯った仄暗い欲情の炎に焼かれて、すぐさま灰になってしまう。
「それなら隠すことないだろ。早く脱ぎなよ」
 四の五の言わずに傷を晒せと、ストイックな声が誘うから。
「お手柔らかにお願いしますよ?」
 まるで諦めるように‥‥‥本当は俺が誘って、罠にかけて、君を汚しているというのに。まるで全てが君の希望であるかのようにすらみせかけて。

 ああ、なんて心地良い罪悪感。

 癒えきらぬ傷口を撫でる神経質な神気。俺の身体に残る、かの場所の残り香を気にしながら‥‥この身に宿る人外の気を乱さぬように、細やかに触れる指。その気遣いにすら煽られる馬鹿な俺を知りもせず。
 大切に大切に。

 それが愛情の類であることは、もう理解してしまった。
 俺は馬鹿ですね。
 どれほど愛しても、君と共に歩く未来など無いというのに。
 どれほど高く積み上げても、どれほど深く結びついても、出会う前の二人に戻る‥‥あの瞬間。それを知って尚、求めて止まぬ心。


 白龍‥‥人の業は、貴方が想うより遙かに深い。


 ‥‥ハァ‥‥ッ
 零れ落ちた甘い吐息に、那岐の口元が綻んだ。
 感じ入るこの身に気付いて喜ぶ君が嬉しいから、君を煽るように乱れていく。
「風早‥‥」
 知っていますか、那岐。
 君がその名を口にするたび、それが俺の名になっていくことを。
 もっと呼んでください。
 時空の狭間に漂う不確かな獣ではなく、君の腕が求めるこの身体を刹那にも『確かなもの』として感じるために。
 君の声だけが、俺を肯定してる。
 何も知らないくせに、理解を凌駕した腕で俺を作り替えていく君が、愛しくて憎らしくて‥‥なのに、嬉しくて。
 見上げれば、透き通るような笑顔が揺れていた。
「那岐は、綺麗ですね」
「ばか」
 綺麗です。切なくて儚くて優しくて‥‥今にも掻き消えてしまいそうなほど、ただ美しくて。

「那岐、もう‥‥いいでしょう」
「ダメだよ。こんな狭いとこに入れるはずないし‥‥壊れる」
『風早が、壊れる‥‥』
 紡がれる微かな声は、泣いているように響く。
「壊れませんよ」
「うるさいな。大人しく感じてればいいんだよ」
「ア‥‥や、ダメ」
「ダメじゃない。結界は張ったから、千尋に聞こえることもないし」
「ン、ハァ‥‥ッ、ア、ア、ア‥‥ッ」
 差し込まれた指だけで意識を飛ばしそうな快楽に乱れてみせる俺は、その目にどう映っているのか。
 置き去りにされた那岐の身体。俺ばかりが煽られているはずの状況で、なぜか那岐の目は‥‥イきそうなほど、熱っぽく震えていた。
「アア、那岐‥‥っ、早く‥‥」
 跳ねた腰を支えた那岐が鮮やかに笑いながら、その猛りきった質量をくれる。
 息苦しさと痛みに耐えながら、どうしてこんなにも満たされた気持ちになるのか。それは言葉で説明できるような綺麗なものではないけれど。

 確かにそれは、幸せの色をしていた。

[那岐×風早]叶わぬ願い

 自分の身を自分で守るためだと叩き込まれた修行は、師匠の命数を量るようで嫌いだった‥‥‥まさかそれに縋ることになるなんて、あの時は思いもせず。
 今はただ、たとえ僅かでもアイツの肩代わりをしてやれる力を持つ自分が、誇らしくてたまらない。

 この世界に来てすぐの頃は、千尋を守るためならどんなことでもしかねないアイツが鬱陶しかった。その力を僅かにも僕のために使う瞬間が、惨めでならなかった。
 守られてなんかやらない。
 一人で背負い込むなんて許さない。
 風早が僕を庇うような素振りを見せるたび、子供扱いをされている自分が腹立たしくて。封印したはずの力を惜しまずに見せつけた。
「千尋は僕が守る」
 風早は、僕が。‥‥そんなことは口が裂けても言えないけど。

 風早の背中を守れるのは僕しかいない。
 嘘でもよかった。そう信じるために必要なものは全て与えられて、僕なりに満足してたと告げたら、またあの寂しそうな顔で笑うのかもしれないけど。
「・・・また怪我したの?」
「那岐・・・いえ、たいしたことはありませんよ」
「よく言う」
 僅かに感じる神域の気配。どうあっても秘密をあかそうとしない風早は、どこか神がかりな能力で傷を癒して笑うけど。
 それでも残る傷。
 どれだけの無茶をすれば、こんな有様になるのか。‥‥僅かなりとその力を知る以上、見えてしまうものはある。
 同情はしないけどね。
「それなら隠すことないだろ。早く脱ぎなよ」
「お手柔らかにお願いしますよ」
 躊躇いがちに晒された傷に癒しの力を注ぎ込む。風早の気を乱さないように、細心の注意をはらって。

 消えた傷口を確認するように唇を寄せると、それをこそ待っていたように柔らかな溜息を吐いた。

 もしかすると‥‥‥まさかこの為に、わざと傷を癒さぬまま、ここへと帰ってくるのかと、唐突にそんな考えが浮かんだ。
 そんな筈があるか。
 期待してしまいそうな自分を持て余しながら、その肌に手を伸ばす。
「風早‥‥」
 息を吐くように名を呼べば、透き通るような笑顔が浮かぶ。
「那岐は、綺麗ですね」
「ばか」
 綺麗ってのは、アンタのためにある言葉だろ。

 このままずっと、世界が終わるまで‥‥終わっても、ずっと。
 この腕の中に閉じ込めておけたら。

 叶わぬ願いは、風早の笑顔のように綺麗だと、思った。

[サザ那]美味しいガラクタ

「・・・逃げんなよ?」
「誰が」
 無意識にビクつく自分が嫌いだ。
 バカみたいに甘い声で僕をやんわりと縛り付けるサザキが、もっと嫌いだ。
「スカしても前科は消えないぜ」
「うるさいな。僕は無駄なことはしない主義なんだ。どうせ逃げ切れっこないだろ」
 好き勝手言いながら、伸ばされた腕を邪険に振り払う。
 だけど本当は、どこまで逃げても追いかけてきてほしいとか、ムリヤリ捕まえてほしいとか‥‥‥情けない。
 なんで僕は、こいつの愛情を信じているんだろう。
 暗い気持ちで見上げた顔は面白いほど、態度を決めかねて揺れていた。
「あのな。・・・・・・どうしても」
「ん?」
「どうしても逃げたいってんなら、ハッキリそう言えよ?」
 あっさりと挑発に乗ってしょげかえる顔に、なぜかイラッとする。バカ言うな。逃げたいに決まってるだろ。
 平気な顔して留まるには、この腕は優しすぎる。
「ハァ。‥‥お前は本当に馬鹿だな」
「なにーっ!?」
「馬鹿でないなら、僕を見くびりすぎだ。って‥‥‥ちょっ、何す‥‥っ」
 いつかは迷惑をかけると心が警笛を鳴らしているのに、僕は人を不幸にすることしかできないのに、そしてまたいつかは独りにされるんだと‥‥知っているのに。
「誘うようなこと言う方が悪いだろ」
「どういう理屈だっ、誰がいつ誘ったって!?」
 本当は、逃げようと思えば、いつだって逃げられる。
 恐怖を覚えるのは、この場所から‥‥こんなバカみたいに優しい腕の中から『逃げたくない』と思う、妙な執着心だ。
「アレだろ?『本気で逃げたら逃げられる。だけどオレが好きだから逃げない』そういう意味だろ?」
「意訳すんなーーーっ」
 図星をつかれて狼狽するなんて、ホント僕らしくもない。
「‥‥‥‥‥‥‥シーッ」
 宥めるようにキスを繰り返す横顔が、酷く切なくて‥‥困る。これじゃまるで無駄に抵抗してる自分が子供みたいだ。
「っ、ど‥‥して、そんな強引‥‥っ」
「そりゃまぁ、一番欲しいお宝は強引に奪わないと。海賊なんだから?」
「宝、なんかじゃ‥‥」
「ば〜か。お宝が自分で『宝物です』なんて言うもんかよ。何を以て価値とみなすかは、オレが決めるんだ」
「ガラクタでも?」
「ああ。よその奴が後生大事に抱えてる金銀財宝の方が、よっぽどガラクタかもしんねーだろ?そんなの他人に決められてたまるかってんだ」
 一瞬。
 ほんの一瞬、気の迷いが生じた。
 抱かれてみたいだとか。
 大事にされたいだとか。
 アリエナイ。
「‥‥‥馬鹿じゃないの?」
「かもなーっ!」
 この男なら、葦の小舟に流された無価値なガラクタにも、価値はあると言い切るんだろう‥‥‥なんて。
 何を血迷ったか。
 だんだんと、自分の矛盾と戦うこと自体に嫌気がさしてくる。
「好きに‥‥」
「ん?」
「好きに、しろよ。そうする価値があると思うなら、だけど」
 別に。
 サザキの価値観が正しいだなんて期待してるワケじゃない。
「お。気前がいいね〜♪」
「は?」
 この世界にとっては取るに足らない命。
 それはそれでも構わない。
「そんじゃ気が変わる前に、遠慮無く頂くとするかなっ」
「ちょっとは遠慮しろ」
「無、理ぃ〜っ♪」
「あっ、バ‥‥‥カッ」
 僕がどんなに否定をしても、お前だけは否定しないんだろ?
 僕が捨てる僕を後生大事に抱きかかえて、笑いながら軽々と飛ぶんだろ?
「バカ、何そんな、焦って‥‥んんっ」
 鬱陶しいのに、心地よくて。
 生まれて初めてワガママなんて言いたくなる。
「心配すんな。焦ってない。発情してるだけだ」
「もっとタチが悪いだろっっ」
 ガラクタでいい。
 ただ、愛してくれないかと。
「タチが悪い?‥‥褒め言葉にしか聞こえねぇな」
「んんっ、んんんんーっ」
 こんなこと言えるわけがない。
「シー。黙って力抜いてろよ、警戒しなくてもこのサザキ様は、好きな奴を傷つけたりはしないぜ」
「好きじゃなくなれば話は別だろ」
「ん〜?」
 ニヤニヤと意地悪く笑った顔を見て、さすがにゴネすぎたと気付いた頃には、時既に‥‥。
「そんなに言わせたいなら、何度でも言ってやるけどな?」
「いいっ、いいっ、言わなくていいっっ」
「遠慮すんな。信じる気になるまで何万回でも言うぞ。心変わりはしない。オマエだけが愛しい。‥‥那岐」
「言うなーーーーーっ」
 僕も大概子供だと呆れて。
 そんな自分が昔より好きなんだと気付いて。

 絶望的な気分で、やけに高い空を見上げていた。

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