貴方が私を愛しているなどと、なぜ思うのでしょう。
「鷹通‥‥花盛りとは、このことと思わぬかい?」
見目麗しい女人の群れを見てクスクス笑う貴方を、冷めた目で制しながら。
「あちらから見れば、貴方こそが華でしょうに」
「おや、言うようになったねぇ」
周りに人が溢れる中、私などと座を共にするだけでも、何かと勘ぐられるのではないかと心配になるほど艶やかな華として在る貴方が、こそりと。
「‥‥‥私には君こそが、麗しい華なのだが」
どこまでも本気を知らせぬ言を紡ぐものだから。
「それはそれは。お目が狂われましたね」
私は、本気にしないことが精一杯なのだと‥‥、いえ、この方は全てを知った上で、私をからかうのだろう。
私が揺らぐ姿を楽しみながら。
それでも決して、常識を良識を、この性に刻まれた宿命を裏切ることなどないと確信した上で。
それだけが貴方の誤算なのだと、知りもせずに。
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「珍しいね、こんな時間に」
「ええ。まさかこのような時間に貴方が自邸にいらっしゃるなどと、想像もしておりませんでしたが」
何を望んだわけでもなかった。
その残り香を探すように足を向けた先に、何故か貴方がいらして。
まだ咲かぬ庭の桜を、まるで背伸びでもするようにジッと見つめていらしたから‥‥そんな無防備な姿を見ては、声をかけぬ訳にもいかず。
「一献、付き合っていくだろう?」
当然のように誘う友雅殿に驚いたなどと、口にするわけにはいかなかったが。
「‥‥ええ」
本当は、声の出し方を忘れるほど驚いていたのですよ。
月夜に浮かぶ貴方が、今にも消えてしまいそうで。
あまりにも儚げに、あまりにも苦しげに、あまりにも‥‥あまりにも幼く、縋るような瞳をしていらしたから。
私は、我を忘れて。
『抱きしめたい』
などと、思ってしまったのです。
まったく、どうしたものか。
溜息を笑い飛ばすように後へと続き、人払いを済ませた部屋で「さて」と振り返った貴方に、想いを確信することになろうとは。
「鷹通‥‥?」
不思議そうに問いかける貴方は、どうしてか、私を振り解こうとしない。
まるで真冬の気紛れに騙されて飛び出した蝉を見るように、興味深げにみつめているだけだ。
それならそれで、かまわない。
誤りを誤りと認めず、鳴ききってみせましょう。
私を留め立てする気配もなく腰を落とした貴方を組み伏せて、その肌を解いていく。
うっとりと呼気を乱す肢体は、私のものより遙かに強く力に溢れているというのに‥‥色事に小慣れた様子で震える身体。きっと一夜の戯れと割りきって愉しんでいるはずの、嬉しげな笑顔。
どれも全てが、私の望んだものであるというのに。
足りなくて。
焦燥感は募るばかりで。
「友雅殿‥‥っ」
浅ましい我が身を嘲笑う余裕すらなかった。
「クッ‥‥‥‥鷹、通。‥‥ン‥、そこは‥‥ァッ」
赦されるままに押し開いた身体は、その余裕と裏腹に。
まるで何も知らぬと。
‥‥それが自然なのだと気付かぬ私が、どうかしている。
あれほど女性を大切になさっている友雅殿が、どうしてこのような行為を知っているなどと思ったのだろう。
未知のソレを高貴な方に教える恐怖に戸惑う私を、強烈な流し目が笑った。
「手を止めてしまうのかい?‥‥さすがにここまで生々しくては、我に返るか」
「苦しくはないかと気遣っただけですよ。その様子では過ぎたものでしたね」
売り言葉に買い言葉。
この余裕に錯覚を受けたのだと理解しながら、手を進める。
苦しげな中に色の混じる声を頼りに、一心不乱に‥‥ただ貴方を手に入れるためだけに。私などの欲のために。
酷いことを、しているのかもしれない。
ようやく込み上げた罪悪感すら、感じ入った貴方の声がかき消していく。
それでも沈みこむ瞬間の壮絶な快楽は。
「友雅殿、申し訳ありません‥‥っ」
思わずホロリと本音が零れて、腕の中の友雅殿が苦しげに腹をよじった。
「謝るのかい。根性のない」
「そんな、しかし‥‥いえ‥‥っ」
動けずに固まった腕の中で、皮膚の馴染むのを待ちながら、ゆっくりと姿勢を変えた友雅殿は、貫かれたままというのに‥‥まるで私を組み敷くように上位を取って、悠然と微笑んだ。
「まさかこの私を組み敷こうなどと、なかなか興の入った遊びと思ったが‥‥‥‥違うね?」
あらためて確かめられると恥ずかしいものだなどと、他人事のように思う。
「ええ。まさか、私が貴方で火遊びなどと。そんな怖ろしい」
半端に身を合わせたままクスクスと笑い合う。
「本気になったというなら、その方が怖ろしいとは思わないかい?」
「そのようには感じませんね」
「こんなことをして、私が君に背を向けたら、とは?」
「それは当然の結果ですから」
「構わないのかい?」
「困りますが‥‥怖ろしいとは」
どうあれ私が貴方に触れる機会など、後にも先にもこれ一度。
ならば何を怖れることがありましょう。
恋を重ねて、欲を重ねて、それでも飽きたらずに時をも重ねて。今宵貴方を愛しいとまで感じてしまった冬の蝉。
ならば一夜の狂宴を‥‥鳴ききることなど、理とこそ想いましょうに。
「それでは、私が本気になってしまったと‥‥‥告げたら?」
しっかりとした腰を抱えて緩やかに動いた私は、思考を止めたままで悦楽ばかりを求めていた。
「ア‥‥アッ、鷹通っ」
何と言った?
「ア、グ‥‥もっと、深く‥‥っ」
背中に口付けながら、溢れる涙を持て余して。
あれは貴方の戯れだと必死で言を否定して、立ち上ろうとする期待を叩き壊して、それでもまだ何かを‥‥夢に見ている。
『私が本気になってしまったと』
有り得ない。
それは有り得ない。
所詮は、冬の蝉。鳴けども鳴けども笑いを誘うばかりの‥‥悲しい恋なのだと。
「鷹通」
私を跨ぐように足を通した貴方が、少し高い位置から私を抱きしめた。
その温もりにたがが外れて、涙が止まらない。
貴方を手に入れる。
そんな期待が、何より怖ろしいのだと‥‥。
「鷹通」
労るような‥‥愛おしげにすら響く声を否定したくて、必死で首を振る。
「私は己を、冬の蝉と」
ああ、唐突に言って通じるわけもないのに。
「‥‥‥私は、冬の桜と」
溜息のような言葉に、思わず濡れたままの顔を上げる。
友雅殿は苦笑いをしながら私の涙を拭って、頬を支えながら身を屈めた。
貴方は、私を、愛しておられる‥‥?
始めてストンと胸に落ちた、百の言葉より確かな温もりが、そこにあった。
「‥‥もまさ、どの‥‥?」
混乱するばかりの頭が、言葉を期待している。
貴方からの恋を。
なにより怖ろしい幸福を。
「雄々しく狂い咲く、冬の桜かと‥‥。凍える雪を溶かすほどに凛々しく咲き誇る花なら、永劫の冬に凍える心をも、春の日射しの中へと導いてくれるだろう?」
ほどけた髪を遊ぶように指で梳いて笑いかける貴方は、月明かりの元のそれとは似つかぬほど確かな笑みで、とろけるように首を傾げた。