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[イノ友]月光

 心がざわめいて寝付けない。
 息苦しい部屋の中に風を通すために上げた御簾の向こうでは、憎らしいほど明るい月が手をかざしていた。
「君が呼んだのかい」
 届くはずもない相手に声をかけるように、長く焦がれ続けた空の玉を見上げる。
 しかし、いつもと様子が違う。
 あれほど恋い焦がれた夜空の真珠が、今夜はまるで寂しげな己の姿を模しているように思えて、苦い笑いが込み上げる。

 神子殿の世界では、あの月は日の光を受けて輝いていると思われているらしい。月自体が光るわけではないから、満ち欠けを繰り返すのだと。ならば朔は日の光を見失った沈黙の時なのだろうと、妙に得心がいく。
 やはりあの月は私自身の姿とも言えるだろう。
 日の光を求めて、焦がれて。
 それでも自分で近づこうとはせずに、付かず離れずを繰り返す。
 温かい光に心を溶かされて、また見失って凍り付いて。懲りもせずに次を待ち焦がれる。
 もどかしく日々を繰り返すだけの‥‥。

 今は、朔か。
 こんなに君が遠い。

 凍てつきそうなほど、心が闇に支配される。

 明日は逢うことが叶うだろうか。
 もう、他の誰にも溶かせない、この心を‥‥君に気付かれないように暖めて、いつまで保つことができるだろう。
 いっそ消えてしまおうか。
 気を抜けば絶望に食われそうな想いを断ち切るように、御簾を下ろして淀んだ空気を抱きしめた。

[イノ友]船遊び

 あんなの乗りたいとか言ったら、またガキ扱いされんじゃねーかと思ってた。
「船遊びか‥‥楽しそうだね」
「んじゃ、乗ろうぜ!?」
 だけど解っちまったんだ。
 大人げもなくとか、また余計なこと考えながらオマエがソワソワしてるの。
「いや、私は‥‥」
「オレが乗りてーんだよ、付き合え、友雅!」
「‥‥やれやれ」
 不承不承と言いたげに付いてくる友雅の足取りは軽い。
 子供の付き合い。
 君が乗りたいのなら。
 そんな言い訳がオマエに必要なら、そんな時くらい子供でいい。
「なっ、楽しいだろ?」
 こんな形の船は、初めて漕いだ。
 あっちの世界の船なら漕ぎ方くらい知ってるけどさ。‥‥友雅だって、同じだろ?
 だから係員のおっちゃんが笑うのも聞かずに「オレが漕ぐ!」って宣言して、友雅を向こうに座らせた。
 まぁ漕ぎ方を知ってたとしても任せるつもりなんかねぇけど。

「‥‥気を、使わせたね」
「何の話だ?」

 すっとぼけて見せたけど、気付いてくれたのは少し誇らしい。
 他の誰に「ガキだ」と笑われてもいいんだ。
 オマエが、オレのこと‥‥ちゃんと見ててくれる。
 それだけで。
「んなこといいから、見てみろよ。ほら」
 桜の木が、湖に突き出るように伸びてる。
 その下に入って船を止めると、友雅の目が輝いた。
「絶景、かな‥‥‥」
「だなっ」
 さーすーが、元貴族。
 サラサラと呟くように歌なんか詠んじまう辺りが、カッコ良いつーかワケワカンネェけど。
 水面に落ちた花びらを拾ってご満悦な友雅は、なんか可愛い。
「青空に桜が映えて、美しいね」
 欲しがるように手を伸ばす友雅の方が、よっぽどキレイじゃん。
 そんなこと言えねーけどさ。
「あっちの方の木も見に行くか」
 ここまで来れば、ちょっとくらい船が揺れても岸から見えないだろ。
 オレの前でくらい『大人のフリ』やめてもいーんだぜ?
「‥‥代わろうか?」
「ん?オマエがどーしても漕いでみたいって言うなら、代わってやらないこともないけど?」
 だから言えよ。
 ここまで来てカッコつけてないで。
「ふふ、君には敵わないねぇ。‥‥船酔いなどさせぬように善処するよ」
「んなもん、するかよっ」
 ほら、と明け渡した席に座った友雅は、子供みたいにワクワクした顔で水しぶきをあげた。

[イノ友]膝枕

 静寂が、虚しさを呼ばない‥‥。

 聞く者が聞けば『当然のこと』と笑うだろう、ささやかな幸福。
 それはいつも君がくれる有難い贈り物なのだと‥‥素直な想いを口にすることは、たぶん今後もありはしないが。

「静かだね‥‥」
 間近に在る体温に、囁く。
 まるで君への想いを秘めるように、‥‥密かに。
「‥‥ああ」
 声と同時に、強い力で引き寄せられる。

 気付けば君の膝枕。
 まるで私を甘やかすかのように‥‥愛するかのように。

「けど、悪くねぇよ」
「そうだね」
 静寂は己の内にある闇へと続く、空虚なばかりの道であった。
 静かな夜はいつも私に孤独である現実を告げる。‥‥偽りの恋に身を投じても決して逃れられぬ、己という宿命を。
「君と過ごす静寂なら、何より心地よい‥‥」
 いつからか、君を愛するように、この闇すら愛おしく思えた。
 こんな気持ちを何と呼ぼうか。

「‥‥イノリ?」
 驚いたように見つめる頬に、そっと触れる。
 愛しい‥‥人。
 ぼんやりと頬を撫でていた私に身を落として、また甘やかすような事を言う。
 まったく、たまらないね。
 朱に染まる頬を誤魔化したくて、無防備に近づいた君を試したくて、そっと瞼を伏せると。‥‥君は躊躇うように、唇を落とした。

[イノ友]記憶喪失

元ネタはお友達のSS。友雅が記憶喪失になっちゃってます(頭でもぶつけたか?)
彼はイノリに勝てないと楽しいですねー。クックック。

心理描写が邪魔なので、台詞と効果音だけでまとめてみる遊びです。



「・・・・友雅、俺、記憶を取り戻す方法、知ってんだけど」
「友雅? それが私の名前なのかい?」
「そうだよ。・・・で、どうする? そのままでいいのか、お前」

「まあ‥‥かまわないと言えば、かまわないのだが」
「・・・・・・・・・そうか」
「否、しかし、あまり心地よいものでもないのだよ。君のその視線を受けているとね、胸の中で何かが跳ねるようで」

「友雅、俺、お前に戻ってきてもらいたいんだっ!!」

「‥‥‥? 君は、まさか」
「!?」
「私の家族か何かなのかい?」
「っっっ‥‥‥‥いや、もしかすると、そうなのかも」
「それでは信用しないわけにもいかないね。‥‥方法を教えてくれるかい、イノリ」
「じゃ‥‥何されても、怒るなよ‥‥?」
「ああ、覚悟しておこう」
 チュ
「ん‥‥んっ、友、雅ぁ‥‥っ」
「イノリ、そんなに泣かないで、イノリ‥‥」

「え」

「どうしたんだい?‥‥治療は、おしまい?」
「お前、今、俺の名前。まだ教えてないの、に」
「おや?そうだったかな」
「と も ま さ あああああああああああっ(//□//)」
 ギュッ
「許しておくれ。私は君の家族なのだろう?」
「もー知らねぇっ!!」
「そんなに照れるものではないよ」
 チュッ
「もう二度と君を忘れることなどないように、君の熱を、私に刻みつけておくれ」
 チュッ
「愛して、いるのだと‥‥ン、‥‥イノリ?」
 クチュ
「喋ってると舌噛むぜ。俺を本気にさせるなら‥‥」
「ん‥‥んんっ、イノリ‥‥っ!?」
「後悔するくらい熱いのを、お見舞いしてやらなきゃな?」

[イノ友]風邪台風☆

元ネタは台風バトン。
風邪で発熱してる友雅。お外は台風。そんな時に傍に駆けつけてくれるイノリ‥‥は、とーっても想像しやすかったです(笑)イノリは台風なんか怖くねーだろ(笑)



「友雅ーっ、大丈夫かよ、風邪引いたって聞いたぜ?」
 イノリ‥‥‥?
「何をしているんだい、外は凄い暴風雨で‥‥」
「ばぁか、だから来たんだろ。こんな日に一人だなんて、いくらお前でもムチャクチャだぜ」
 あっさりと言い切って笑ったイノリは、手早く脱いだ雨具を玄関先に干して、バタバタと上がり込んできた。
「髪が濡れているじゃないか」
「あー悪ぃ、タオル借りるぜー」
 いや‥‥そういうことではなくて。
 世話を焼く暇もなく、勝手知ったるとでも言いたげに家中を歩いて、いつの間にか私の傍らに座っていた。手にした盆に看病に必要なものが‥‥私が布団の中でボンヤリと欲しがっていたものが、あらかた乗っている。
「そんな不思議そうに見んなよ。これでも京にいた頃は、毎日姉ちゃんの看病してたんだぜ?」
 息を吐くように笑った顔は、妙に大人びていて。
「そうか‥‥ああ、そうだったね」
「なんだよ、また姉ちゃんに嫉妬とかいうのか?」
「いや、頼りになるものだな‥‥とね」
 高熱で言葉を発するのも辛い。
 からかう気にもなれず素直に褒めると、イノリはその髪の色に負けないほど一気に赤くなって脇を向きながら「そ、そそ、そうでもねーよっ」と小さく呟く。
 ふふ、可愛いものだ。
 ぼんやりと和んでいたところへ、ガタガタガタッと大きな物音が。
「ヒッ」
 不意を付かれて抱きついてきたイノリが可愛くて、だけどこの後、我に返って恥ずかしさに怒り出すのだろうと思うと可笑しくて。
「イノリ‥‥少し不安なのでね、このまま抱いていてくれないかい?」
 甘えるふりをして、身を預ける。
「お、おうっ、オレがついてるから大丈夫だぞ。お前は風邪のことだけ考えて、しっかり休めよな!」
 肩が笑わないようにと堪えるのも困難だよ。
 幼く未熟なイノリは、それでも私が弱く出る時は、どんなに大きな男にでもなってみせると必死になる。
 惜しいねぇ。
 これに本物の力がついてくれば、君はどこまでも魅力的な男になるだろうに。
「心配すんな。オレ、絶対にお前のことだけは、守るから」
 ‥‥‥否。自分の中の恐怖と戦うように、私を包みこむように囁くイノリは、もう十二分に魅力的なのだろう。
 小さな身体で私の頭を抱え込むように抱きしめていたイノリの膝で、短い夢を見た。目を開けた時に内容は飛んでしまったが、それは心地よく‥‥独りでは決して得ることのない深く温かい夢だった。
「お、もう熱が引いたな? じゃ、オレは帰るぜ」
 あっさりと言い切ったイノリを、やんわりと引き止める。
「せめて雨が止むまで、ここにいてはどうだい」
「こんなの、たいしたことねーよ。オレは平気だぜ?」
「私は‥‥平気では、ないのだが」
 この子を引き止めるのは、上から押さえつけるような強さではなくて。
「そりゃ‥‥役に立てるんなら、居てやっても、いいけどよ‥‥」
 少し狡猾な、弱さ。
「それはよかった。少し寒くてね」
「そりゃマズイじゃん。布団、出すか?」
 今にも駆け出しそうなイノリの手首をそっと掴んで、強く引き寄せる。
「一緒に眠ってくれないかと」
「は?・・・・・・なっ、何言ってんだーっ」
「具合が悪いと、心細いものなのだよ」
「こっ、子供じゃあるめーし!!」
「それは関係ないだろう?‥‥それとも、大人だからという理由で、虚勢を張らねばならないのかい」
「や、それは‥‥えと‥‥、‥‥‥わかった。一晩だけ、だぞ」
「ああ」
「へ、変なことすんなよ?」
「変なこととは?」
「なんでもねーよ、早く寝ろってのっっ」
 笑いを吐き出しながらも、その腕に甘えるように丸くなる。
「ったくもー‥‥」
 ブツブツと呟く呆れ声を子守歌に。
「‥‥‥ん?‥‥‥もう、眠っちまったのか?」
 ボンヤリと呼吸を繰り返していると、少し困った様子のイノリが、そっと髪を撫でてくる。
「イノリ‥‥‥好きだよ」
 寝言を装って零した言葉に、腕の中の体温が一気に上がって。
「て、テメェ、このやろっ。起きてんだろーっ!!」
 さすがの私も、笑いを堪えることが出来なかった。

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