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[景譲]プレゼント

 ピン、ポー‥‥‥ン。
 遠慮がちなチャイムを聞き流しながら、布団に潜る。
 これが新聞の勧誘だったら緊張するだけ損だよね〜とか、自分を嘲笑いつつ。鍵の回る音にその存在を確信して、布団の中で身を固めたまま。
「景時さん‥‥‥?」
 室内に入り込んだ獲物を、息を殺して待ち続ける。

 こんなバカなことして、もしかして呆れて帰っちゃうかな‥‥なんて少し怯える左手が、布団の端を引き寄せて。きっとバカだと笑いながらも君は許してくれるはずだと甘えきった右手が、君を呼ぶように布団を叩く。
「あれ?‥‥まだ具合が悪いんですか!?」
 知ってか知らずか素直に飛び込んできた君を両手で包みこんで布団の中に引きずり込むと、そこでやっと意味が判ったように‥‥判った上で許したように、クスクスと笑った。
 いいのかな、そんな無防備な態度で。
 そのまま調子に乗ってしまいたくて、だけど強引にコトを進める度胸はなくて、気付けばまた君任せなフリをしてしまう。
「抵抗しないの?」
 ゴメンね、こんな俺で。ゴメンね、だけどやっぱり怖くて、君からのサインを待ってしまう。‥‥情けないよね。
「抵抗したら離してくれますか?」
 無理だよ。嫌だよ。
 素直に乞うことが叶えば、関係はまた一つ変わるのかもしれないけど。
 全部知った上で、わざと俺を甘やかすような囁きに期待しちゃいそうだよ。
 狡いよ譲くん。
 それじゃ、まるで。
「離してほしい?」
 まるで俺が、罠にかかったみたいだよ。
「貴方の望むままに。だって今日は貴方のバースデイですから」
 愛しくて愛しくて‥‥照れ笑いする君を抱きたくて、堪えきれないほど身体が熱くなる。
「嬉しい」
 欲しがってもいいよね?
 こんなに意地汚いくらい激しく君を求めても、僅かな抵抗もなく。
「ア‥‥ア‥ァ、景時さん‥っ」
 驚くほど素直にほどけて腕の中でトロトロになっていく姿に、容易く溺れてしまう。もう息継ぎさえ困難なほど、盲目に。
「とろけそうだよ、譲くん」
 熱い吐息を吐き出せば、言葉に煽られて身体を朱に染めて。
「あ‥‥ヤ‥、見ないで」
 まったく君って子は‥‥。
「どうして? プレゼント、なのに?」
 そんな困り切った顔をしたら、俺は調子に乗るしかなくなっちゃうよ。
 一度は隠した場所を、怖ず怖ずと離れていく指に煽られて。まるで無意識に計算し尽くされたかのような、君の痴態に煽られて。泣きたいくらい残酷な欲が込み上げる。
 君の全部を。何もかも‥‥そう、ささやかなプライドまで全て、溶かしてしまいたくなる。

「譲くん、君を俺にくれないかな」

 わざと低く、君が息を飲むほど低い声で、愛を乞う。
 逆らうことなどできないように。
「‥‥‥ぁ‥‥、景時‥‥さ‥‥」
 感じすぎた君が、俺の名を呼ぶことも苦しいように浅い呼吸を繰り返すのを、うっとりと感じながら。手を引いて身体を下げて、ジリジリと距離を置いて。自然と追いかけるように身を寄せる君を、僅かに避けながら‥‥。
「許してくれなきゃ、触れられないよ」
 意地悪な溜息のように言を紡ぐ。
 優しい人がこの腕に堕ちる瞬間を願いながら、ただ視線で君を犯して待ち続ける。
「酷いな、貴方は‥‥」
 知ってるくせに。
「そうだね」
 こんな酷い仕打ちにこそ、感じてるくせに。

 覚悟を決めたようにスルスルと着物を下ろして腕を差し出す君は、きれい。
「お誕生日おめでとうございます、景時さん。‥‥俺を、受け取ってくれますか?」
 もちろんだよ。
 愛してるよ。
 君は俺の太陽なんだよ。
 言葉は溢れて止まらないけど、どれもありきたりで‥‥胸の内を伝えるには、何もかもが役不足で。
「‥‥‥‥譲くんっ」
 ちっぽけな俺は、腕の中に降りてきた幸福を抱きしめるだけで、精一杯だった。

[景譲]温泉の罠

「大浴場か‥‥いいよ、行っておいで」
「はい?」
 一瞬、言葉が通じていないのかと思った。
 景色のいい露天風呂が自慢の旅館。せっかく選んで旅行に来たのだから、一緒に行こうと誘ったのに。
「一緒に入りませんか?」
 遠い時空。熊野での、ささやかな約束。
 その頃から‥‥恋人と呼べる関係だった貴方は、皆と一緒に行った温泉で皮肉げに笑いながら、そっと囁いたじゃないですか。
『今度は二人だけで、温泉に来たいね』
 だから俺は‥‥クダラナイかもしれないけど、こんな計画を。ただ、貴方が喜ぶ顔が見たくて。
「勘弁してよ。‥‥譲くんは、俺を壊したいの?」
「どういうことですか?」
 ジリジリと距離を詰める景時さんが、少し怖い。
「っあ‥‥っ」
 手荷物無しで移動できるようにと先に着ていた浴衣。その裾を強引に割って、優しげな手つきで太股を撫で上げる指に、容易く煽られてしまう。
「そのままの意味だよ。今まで一度でも君と一緒に湯船に浸かって我慢が利いたことがあった?」
 確かに‥‥現代に飛んでからは。
 思い返すと恥ずかしくなるくらい、強引に貪欲に求められた場面ばかりを思い出して、息が乱れそうになる。だけど確かに、あの時。
「ありましたよ。‥‥熊野で」
「ああ」
 嫌なことを思い出したような声色が不安を掻きたてる。
 俺にとっては幸せな記憶。
 景時さんにとっては‥‥そうじゃなかった?
「あの時の君は、無防備だったよね」
 振り向けずに固まる俺の腰の辺りから、不機嫌な声が聞こえる。
 スーッと足元から風が入って身を固くした俺の足を、滑らかに撫で上げては撫で下げて。内股に頬を寄せながら繰り返す景時さんは、どこか甘えているようにも見える。
 それはまるで大切な宝物を扱うように。
 俺なんかに、そんな価値があるわけもないのに‥‥。
「景時さんが言ったんですよ。今度は二人でって」
「そうだったね」
 吐き捨てるように言って笑うと、強引に股を割って、そこに幾つもの赤い華を散らす。
 苛立つ理由が見えない。
 どうしよう。何か嫌われるようなことをしてしまったのか。
「君は本当に知らないんだね。あの時、どれほど俺が‥‥‥‥いや、言うことじゃないな」
「なんですか、貴方が!?言ってくれなくちゃ解りませんよっ!!」
「ゴメン、なんでもないんだ。君は何も悪くないのに‥‥本当、ゴメン‥‥」
 急激に変わる気配。
 俺を責め立てる支配者のそれから、小さく震える弱々しいそれに。
 足に絡みつく景時さんは、俺を拘束するというより、見捨てないでとしがみつく子供みたいだ。
「話してくれなくちゃ解りませんよ。それとも俺が知るべきではないことですか。どうしても、教えたくないようなことなんですか?」
 できるだけ優しく言って頭を撫でると、情けなく眉を寄せた顔がジッと見上げてきた。可愛すぎて噴き出しそうだなんて、ちょっと言えないけど。
「譲くんは無防備だよ。俺は‥‥嫉妬で狂いそうになってたのに」
 ‥‥‥え。
 そういえば、九郎さんの背中を流してあげてる途中で大袈裟に転んだり、弁慶さんと湯船で喋っていた所を不自然に割り込んできたり、敦盛とじゃれていたら判らないように抱きしめられたり。
 あの時の景時さんは確かにおかしかった。
 まさか、あれは。
「すみません、そんなこと考えもしないで‥‥だって相手は男ですよ?」
「俺だって男だよ」
「そうですけど‥‥っ」
 普通に考えて、恋愛対象になる相手じゃないですからっ。
 むしろ俺は景時さんの視線ばかりが気になって、傍に行くのも恥ずかしいくらいだったのに。
「我が侭なのは解ってるけど」
「いえ‥‥‥スミマセンでした」
 そんな風に見ていてくれたなんて、思ってもみなかった。
 申し訳ないけど、嬉しいな‥‥。
「だから今日は一緒に入りませんか?」
 照れくさいのは変わらないけど。
「ダメ。我慢できないし」
「それじゃ俺も行きません。部屋にもお風呂がありますし」
 一件落着かと思った俺の前で、何か悪いことを企んでる顔が強かに笑った。
「罰ゲームだよ。譲くん一人で行っておいで‥‥帰ってきたら、しっかり愛してあげる」
 罰ゲーム‥‥?
「それじゃ、貴方以外の人の目に触れますよ?」
「うん。そんな所に華を散らして‥‥ね?」
 まさかっ。
 バッと裾を広げると、遠目にも解りそうなほどハッキリと。
 恥ずかしい所ばかりを狙って。
「かっ、景時さん!!!」
「仕返しだよ〜♪さ、行っておいで。ちゃんと温まってきたら、誰にも触られてないかどうか、確認するからね‥‥身体の隅々まで」
 ニコニコと物騒なことを言う人に結局逆らえず、過敏すぎるほど人目を気にした俺は‥‥。
 その場に居ない恋人に抱かれたまま、立ち上る湯煙を見つめていた。

[景譲]景時ちゃん

急に焦ってダイエットを決意した景時さん。
望美ちゃんの所に相談にきました(笑)

もちろん前回の続き。


「はあ!?なにそれ、いっそ『景時ちゃん』とか呼んでやりたくなるほどのヘタレっぷりね」
「望美ちゃん‥‥‥酷い‥‥」
「体重なんか運動すれば減るでしょう!?」
「してるよっ、仕事場までは電車使わないで自転車で行ってるし」
「マヂデスカ!?」
 そう。景時さんの主な仕事場は、乗り継ぎも合わせて1時間弱の所なんだけど‥‥『電車って窮屈でさぁ〜。それにほら、この自転車って凄いよ!!馬も使わないで、凄いスピード出せるんだから!!』とか言って、ほとんど人力で済ませちゃってる。
「だって向こうだと京から鎌倉まででも、普通に歩いてたし」
「確かに」
「そうですよね」
 だからたぶん、食事の量をセーブすればすぐに戻ると思ってるんだけど。
「‥‥‥すぐ痩せたいのね?」
「うん。食事抜く以外で、いいダイエット法ってない?」
 そんなものがあるわけが‥‥。
「あるわよ」
 えっ。
「ホント!?」
「ちょっと耳貸して」
 オイオイオイ、なにを吹き込んでるんだ。
 俺を牽制する目が意味深で恐い。先輩がこういう目をしてる時、マトモなことが起こった例しがないんだ。
「ほ‥‥ホント?」
「絶対痩せる。有酸素運動が一番よ」
「それなら頑張れるよっ!!望美ちゃん、ありがとうっ!!」
 両手を合わせてブンブン振りながら喜ぶ景時さんを見て、少しホッとした。
 さすが先輩。
 一言で簡単に立ち直らせちゃうなんて‥‥敵わないな。
「それじゃっ!!もう行くねっ。譲くんっ、帰ろう♪」
「はい」
 どうして俺なんかと一緒にいるんだろう。先輩の方が、景時さんを幸せにできるのに‥‥。

「譲くん。俺、ダイエットしたいんだけど」
「なんでも協力しますよ。俺にできることなら‥‥なんだって」
 できることがあればの話。
 食事の管理くらいしか手伝えないだろうけど。
「ホント?」
 急に色を帯びた声に、背筋がゾクッとした。
「本当‥‥ですよ?」
 なんだろう。
 なんだか、景時さん‥‥。
「それじゃ付き合ってね、有酸素運動♪」
 まさか。
 だって昼間から。
「ダメ?」
 そんなっ、耳元で‥‥囁かないで。
「世界一好きな君と世界一好きなことやって痩せられるなんて、ホント‥‥望美ちゃんってばイイコト教えてくれるね」
 先輩、そういうことですか。
 後で少々お灸を据える必要はありそうだけど。
「世界一、ですか?」
「そうだよ。その為に君を追ってきたんだし。その為に‥‥痩せたいなって、思ってたんだから」
「バカ‥‥」
 どうしようもなく嬉しいから、なんでも構わないや。

「馬鹿だよ。‥‥ゴメンね」

[景譲]危険な食事

「景時さん、今日も朝ご飯食べないんですか?」
「あ、う、後で食べるから」
 ここ数日、景時さんの様子がオカシイ。
 前はあんなに大喜びして食べていた朝食を、忙しいから、あとで自分で食べるから、なんて口にしなくなって‥‥夜も、なんだか小食で。
「もしかして‥‥美味しく、ないですか」
 だってそれ以外考えられない。
「まさか、そんなっっ、譲くんのご飯は美味しいよっ、そりゃもー怖いくらい美味しいよ‥‥怖い‥‥」
 小さくなった声。
 怖いって、どういうことですか!?
 問い質そうにも、景時さんが泣きそうな顔をしてるから、なんだか気が引ける‥‥。
 静かに深呼吸をして、なるべく優しく問いかけた。
「怖いんですか?」
 何が?なんで?どんな風に?
 追い詰めそうな言葉は口にせず、言葉が返ってくるのを待ってる。それでも景時さんは声を出すことすら怖がるように、臆病な視線を返してきた。
 ふふっ。
 まるで飼い主に叱られた子犬みたいですよ。

 笑いを堪えながら唇を重ねて、じっくりと絡みつく。

 景時さん、何を悩んでいるんですか。
 俺は貴方のことなら、何でも知りたいのに‥‥。

 長いキスの後でそっと顔を寄せると、困り果てた顔でボソボソと呟いた。
「譲くんに‥‥嫌われたくないよ‥‥」
 はい?
「譲くんの料理は美味しすぎて、つい沢山食べちゃって‥‥その‥‥体重とか、体脂肪とか、そういうの‥‥あっちじゃ考えたこともなかったけど‥‥前みたいに、う、動かないし」
 プッ!!!
 とうとう堪えきれなくなって、腹を抱えて笑ってしまった。
「笑っちゃうよね‥‥」
「いえ。いえ、ゴメンナサイ、景時さん」
 まさか貴方がそんなことで悩むなんて!!
 そういえば最近、お腹の開いた服を着なくなったなぁ、とは思ってたけど。
「全然太ってなんかないですよ」
「そんなことないんだよ。あっちにいた頃着てた服、もう入らないしっ」
 そうなんですか?(笑)
「言ってくれたら、ローカロリーな食事に切り替えたのに」
「そんなっ、毎日美味しいご飯作ってくるだけで嬉しいし、申し訳ないくらいなのに」
 まったく。
「困った人だな。俺は貴方に美味しく食べてもらいたいだけなのに‥‥貴方の箸が途中で止まったら、その方が虚しいですよ?」
 どうせまたTVなんか見て、メタボリックだなんだって踊らされちゃったんでしょ?
 こんな所が、可愛くて仕方がない。
「そっか‥‥そうだよね‥‥ゴメン‥‥」
「それなら尚更、朝食は抜かないでください。余計太りやすい体質になりますからね」
「そうなの〜っ!?」
「はい」
 ニッコリ笑うと、ぱああああっと明るい顔をして、いそいそとテーブルに着いてくれた。
「今日の朝ご飯はっ!?」
「ホタテの中華粥ですよ」
 お腹の具合でも悪いのかと思って、優しいものを作ったんだけど、必要なかったかな。
「嬉しい〜〜〜〜〜っっ、お腹空きすぎて胸が焼けて、重いものを消化できる気がしなかったんだけど」
 変なこと考えるから、ストレスで胸焼けしたんじゃないですか?
 頭の中で突っ込みながら、土鍋をダイニングテーブルの真ん中に置いて蓋を取ると、ふわ〜っと良い香りが漂う。

 グウウウウウウウウウウッ

 聞くまでもなく、景時さんのお腹の虫。
「まったく‥‥どれだけ我慢していたんですか」
「え、えへ」
「ドカ食いはダメですよ。ゆっくり食べてください」
「はーい」
 手まで上げて返事をしてから、レンゲで一口。
「う。‥‥‥うまぁいっっ」
 なにも泣かなくても。
 熱いお粥を『はふはふ』しながら、涙目で頬を押さえて‥‥幸せそうな顔をして。
「よかった」
「おいひぃよ〜〜、譲くん大好き〜っ」
 俺も貴方が大好きですよ。
 幸せで幸せで、自分で作った料理なのに、世界一美味しいご馳走を食べてるような気分になる。
 貴方が喜んでくれるから。
「譲くんの料理は世界一だねっ!!」
 誰に認められたいとも思わない。
 貴方にとって、いつまでも世界一の料理を出せる俺でいられたら、それだけで。
「美味しくてローカロリーな献立、考えますからね」
「譲くん‥‥‥‥ありがと」

 いつまでも、大好きな貴方の世界一であれますように。


景時が可愛すぎるとか、そういうクレームは受け付けておりません(なんですとっ!?)フハハハハ

[譲景]帰り道

「景時さん。‥‥こんな遅くまで、お疲れさまでした」
 全身が泡立つのを感じた。
 皆が寝静まった頃合いを狙って、忍び込むように帰り着いた我が家。
 まさか避けていた張本人に出迎えられるなんて。
「譲、くん‥‥」
 声が掠れる。
 こんなに緊張するものか‥‥人を殺めるわけでもないのにね。
「そろそろ帰ってくる頃かなんて思ってたら眠れなくなってしまって。でもまさか本当に今夜中に会えるなんて‥‥、まだ信じられないんですけど」
 鎌倉への所用を済ませての帰り道。
 君に逢いたくて早足になったり、君に逢いたくなくて足取りが重くなったり。あれほど一心不乱に黙々と歩いたのに、まだ整理できない己の心を抱えたまま。
 せめて、あと一夜。
 この夜が明けるまでは時間があると油断していたのに。
「あ‥‥。‥ありがと〜、待っててくれたの?嬉しいなぁ」
 上擦る声を必死で制御しながら、いつもの自分を演じる。
 いつもの。
 いつもの‥‥俺は、どんなだった?
「‥‥景時さん」
 いつもの君、じゃ、ない。

 腹の奥に何かを抱えるような重い空気が、近づいてくる。

 背中に固い感触。
 気付けばろくに返事も出来ぬまま、壁際に追い詰められていた。
 静かに譲くんの手がかかる。
 わからない。
 何を言えばいいのか、何を聞けばいいのか。だけど何かの覚悟を迫る君が。
 そっと、重なった‥‥‥。

 噛み切れば、いいのか?
 きっと俺がそうしたいのなら、君は拒まない。
 突き飛ばせばいいのか?
 その後で、君の瞳を見つめる勇気があるのならば。
 受け入れれば、いいのか。
 ‥‥‥何を?
 君を?

 話はそんな単純じゃない。

 混乱しているけど、たぶん君がそれを望むなら、想いがあるとみていいんだろう。君にとっての俺は‥‥何の利用価値もない存在なんだから。まさか身の快楽が目当てというワケでもあるまい。そんな対象に男を選ぶような趣味じゃないはずだ。
 だから。
 消去法でいけば、君は、俺が。

 想いを受け入れる?
 そんなことなら悩まない。頼まれなくても、俺は‥‥。
 だけど、ダメだ。
 どう伝えればいい?
 全てを知れば君が危うい。だけどこんなこと、半端に拒めば、君は‥‥。

 グルグルと思い悩む俺を置き去りにして、交わりは深くなるばかりだった。
 それが心地よくて。
 何も考えずに、このまま流されてしまいたいような自堕落な欲に支配されて。

 気付けば応えていた。


 走れども走れども虚しいばかりの道が、初めて暖かい日差しに包まれたような心地で‥‥うっとりと目を閉じた俺を、優しい指が辿る。
 疲れていたんだ。
 きっと、この一夜を越えたら‥‥君を傷つけぬように細心の注意を払って、君から離れよう。
「貴方が‥‥好きです‥」
 必死で自分に言い訳をしている俺を甘やかすような囁き。
 僅かに残った理性すら押し流す、熱い吐息。
 ハ‥‥ァ‥‥‥
 困ったな。ものも知らぬ処女でもあるまいに‥‥こんな。
 触れられた箇所が熱く痺れて、言葉にもならない。

 はじめて、だと思う。
 淫欲に溺れるような行為は珍しくもないのに。
 初めて、愛されている、と‥‥。
「恐ろしくはないですか?」
「ん。‥‥大丈夫、だよ」
 君からは、愛以外の感情を感じない。
 気遣うように笑った中に、チリチリと燃えるものを見つけて可笑しくなる。
 そう。ゴメンね。
 恐怖も感じぬほど慣らされた身体で。
 君の愛を受けるには、幾らか汚れている身体で。
「愛しています」
 それでも構わないというように、この穢れた身を掻き抱いた君に。

 気付けば、溺れていた。

 結局、全てを話した俺を、君は捨てることもなく。
 知っていたような眼差しで柔らかく微笑んだ。
「貴方の身に危険が及ぶようなら、考えますが」
「それは、ないんだけど‥‥ね」
 言葉を濁したまま、また鎌倉へと足を向けた俺を、君がどんな気持ちで見送るのかと思えば、気は重い。

 隠し事は得意な方だと自負していたのに‥‥‥。

 早々に退散しようと身構えた俺に、頼朝様が意地の悪い笑みを向ける。
「ほう、‥‥囚われたか」
「何のお話でしょうか」
「構わぬ。退け」
 可笑しそうに弛められた口元に、何もかもを見透かされた気分で御前を後にする。
 ま、確かに執着されているわけじゃないと知っていたから、ここへも来れたんだけどねぇ‥‥。
 頼朝様にしてみれば、全てが戯れなのだろう。
 現世への執着が増えれば、あの方の意志に逆らう芽が一つ消える。そう。その程度のこと。
 そうだよ、譲くん。
 君を人質にするようなものなのに。
 そう言ったら。
『俺は平気ですよ。このまま今すぐ貴方に殺されても構いません』
 俺に受け入れられない方が辛いだなんて、軽く笑い飛ばされてしまった。

 君に逢いたいと、早足になったり。
 胸が苦しくて、足を止めたり。
 気付けば京屋敷。

 扉の向こうに、俺を待つ影が一つ。

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