白昼堂々、賑わう町の片隅を点々としながら、情報を交換し合う。
九郎が意識を取り戻したこと。
手筈通り宥めて、今は落ち着きを取り戻し、静かに傷を治すことに専念していること。
俺が渡せる情報はそれだけだ。
[江戸遙か]舞姫
弁慶からは町の様子が事細かに伝えられてくる。
以前から町を賑わしていた、焦臭い金持ちのみを狙う盗賊が、最近は頓に動きを強めていること。…九郎が居なくなったせいなのか、他に理由があるのかは知れないが。
頼朝公の周辺も騒がしくなっており、人が集められているという。
「それから……蕎麦屋の彼がね、すっかり肩を落として誰かを待ち侘びている様子でしたよ?知らないかと訪ねられてしまいました。…珍しいことですね」
今まではどれほど間をおこうとも、人に尋ねることなぞなかった。大人しいばかりかと思えば、なかなかの情熱家だ。…軽口をチクチクと降らせた後で『そっと会いに行けばいい』などと、簡単に言う。
「あいにく、この仕事が終わったら町を出るつもりだからね。あの騒ぎで死んだと思って、波が引くのを待つよ」
別れなら言った。
きっとそれを感じているから、落ち着かないのだろう。
……ゴメンね、譲くん。
だけど俺は、いつかきっと君を殺すよ。君を…君の大切な人を。この運命から逃れる術を持たない俺は、君から離れることでしか君を救えない。
ゴメンね。
傷つける為だけに出逢ってしまった、過去に一度だけ『恋人』と呼んだ人の笑顔に、手をついて詫びる。それしか……できない。
闇の中で九郎と夜を越す。
九郎はなぜか、斬りつけた犯人を調べることよりも、自分を助けた弁慶のその後ばかりを気にしていた。
「いつまでここにいればいいんだ」
「さあね~。とにかく外が安全になるまでは、君のその髪がフワフワ揺れちゃうと厄介なんだよね~」
「髪が邪魔なら切る!」
「ん~~。そういう問題でもなくて……解ってるんでしょ?」
痺れを切らして駄々をこね始めたのは、回復してきた証拠だから、喜ばしいことではある。
「………解る。今動けば、弁慶に危険が及ぶのだろう」
それに、この子は頭が良い。
「ご名答~。ま、ジリジリするのも解るけど、もう少し我慢しててね。何かやってるみたいだし」
「景時は………その、…譲を放っておいていいのか?」
「えっっっっ」
誰に吹き込まれたのやら、まさか九郎にまで知られているとは。
「いや、きっと心配していると思っただけだ。朔殿は風来坊なお前を理解している様子だが、突然に友が行方をくらましたとあっては、譲の心労は計り知れないだろう?……見ていて解る。たぶん今この町で一番にお前を心配しているのは、あいつなんだ」
九郎らしいといえば全くその通りだ。
色恋など抜きにして、人としての情を無限に持っている男だからこそ、まとまりのない町の空気を一つに束ねられる。弁慶が事ある毎に言う『逸材』の意味が、少しずつ見えてくる。
「そうだね……。落ち着いたら、顔を覗きに行こうかな」
本当のことなど、この男に言えるわけもない。
隠す所なく全てを話したとて、理解させることなどできない…後ろ暗いばかりの闇。
「そうしてやれ。…待つ身は、思うよりも苦しいものだ」
「ふふふ。そんなことを言っていたのですか。可愛い人だ」
「あれほど素直に『待っている』というんだから、顔くらい見せてやればいいじゃない?」
「貴方にソレを言われる謂われはありませんね。…とうとう倒れましたよ、譲くん」
「っ…………!?」
「なぜでしょうね~。望美さんと朔さんが、頼朝公の屋敷に忍び込みましてね?貴方を捜していたのか、九郎を探していたのか」
まさか。
「あの二人が…………」
「そう考えるのが自然でしょうね。例の怪盗は、男にしては身軽すぎると、まるで舞うように仕事をするという噂でしたからね。女中に紛れていたとしか思えない現場もありましたし」
「知っていたのか?」
「僕は貴方が気付かない方が不思議でなりませんでしたよ。……心配いりません。朔さんが貴方の妹君であることは、あの方もご存じだ。少し灸を据えた後で解放すると仰っていましたよ」
「望美ちゃんは……」
「まあ、心配はいらないでしょう。あのくらい元気なお嬢さんの方が、あの方はお好きな様子。気に入ったものには寛大な人です。北の方の手前、手を出すこともなりませんでしょうし。獄中で数日過ごせば無罪放免。……言ったでしょう、冷静さを欠くなと。過去の例から考えても、ほぼ確定ですよ、景時」
解っている……解っているけど。
「譲くんは、知らない」
「だから言ったんですよ、こっそり逢いに行けと。大切な存在を一度に失えば、倒れるのが自然です。僕は薬師ですから、そんな彼の元にも通いますがね……だから、助手が一人くらい近づいたとて、目立つこともないでしょうし」
逢ってはいけない。
だけど…望美ちゃんが無事に帰ると、ただそれを伝えるだけでも。
ああ。そんなことができるはずもない。
下手なことを知ってしまえば、譲くんの身が危ういと判っているのに。それでも……壊してしまうわけには…。
「すまない」
「いいえ?断ったら刺し殺そうかと思っていたところですから」
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