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[江戸遙か 05] 火を放て

「景時さん、何にしますか?」
「ええっ、あー…ゴメンね、ボーッとしちゃって」
 相当ハッキリと夢の中にいた俺をからかいもせず、不安げな瞳が包む。
「また……傷が、増えてますね」
 そっと耳元に落ちる声。着物の中に隠した傷を、探り当てる君。
 違ウ。ソノ瞳デ、実際ニ見タカラ…。
「よく解るね~。ほら、俺って鈍くさいからさ。木の枝に引っかけちゃって」
「……っ」
 嘘だと言ったのだろう。だけど声に出すことは叶わない。
 君ハ夢ノ中デ、俺ニ抱カレル。
 そう。現実へと侵食してきてしまった、儚い世界で…。
 同情か優しさか、俺を受け止めてくれた譲くんは、何を問うこともなく…深く酔った俺が『酔いと共に記憶を手放している』と信じて、朝が来ても何事もなかったふりで俺の傍に在る。
 その優しさに甘えて、何度か体温を分け合った。

 

[江戸遙か]火を放て

 

 すっかり気付いた顔の、朔と望美ちゃん。
 ゴメンね。きっと君たちが考えている関係は、もっと甘くて優しいものだろうに。

 いつも、荒みきった心に任せて、酷い抱き方をする。
 驚くほど強靱な精神力を持ってる譲くんが、それでも涙を零すほど、しつこく長く手荒に…無我夢中で抱き続けて。なのになぜか力尽きた俺を労るように着物を直し、懐に潜り込んで眠りにつく君。同情だと解っているのに……まさか、愛されているのではないかと勘違いしたくなる程に、優しすぎる君。
 いけない。
 命令が下れば、九郎だろうと望美ちゃんだろうと手にかけねばならない、こんな最低な立場にある俺が、人としての幸せなどを求めるなんて。まさか君に愛されるなんて。…そんなことがあっていいはずがない。
 俺を、嫌いになって。
「景時さん、冷めてしまいますよ?」
「え、ああ~っ、美味しそうだね、ありがとうっ」
 どうか早く、俺から逃げて。
「景時さんの傷が癒えるように、気持ちを込めて打ちましたから」
 頼むから…お願いだから…。
「嬉しいな~。譲くんは本当に良い子だね」
「もう。子供扱いしないでくださいよ」
 ……優しく、しないで。

「入口でイチャつくの、やめてくださいねー。お客さん達、ドン引きですよ?」
「弁慶さんっ、す、すみません…っ」
 パタパタと走り去る後ろ姿に、ようやくホッとして一息つくと、視界に入った薬師先生が目配せをしてきた。
 依頼、か…。
 無表情で承諾すると、薬師先生の顔からいつもの柔らかい笑みが消え、…今回の依頼が気の重いものであることを知らせる。
 背筋に走る緊張。
 譲くんは、まさか譲くんを巻き込むようなことには、まさか。
 今すぐにでも問い質したい衝動を抑えて、味のしない食事を済ませる。
『気持ちを込めて打ちましたから』
 ゴメン、譲くん。君の気持ちをゆっくりと味わうことすら、できそうにない。
 愛してる。悲しいほど俺は君を愛している。
 それを自覚したのなら、せめて愛する君から離れて生きたい。人の血で汚れたこの道を君が知ることのないように……けして君を巻き込むことのないように。
 暗い気分で店を出る。
 そのまま落ち合い場所へと向かい、世間話のように依頼を聞いた。
 あまりにも惨い、依頼を。

「どうしてそんな話になるのかな~。彼がどーにかなったところで、この町に利益なんかないでしょ?彼がいるから治安が守られてるんじゃないの」
 依頼は、九郎の暗殺と屋敷への火付け。
「どうやらもう少し個人的な趣のようですね…。それが正義の力であれ、彼に人心が集まることを…望んでおられないのです」
 主語の抜けた言葉を眈々と紡ぐ口調は、いつもと変わらない。
 それでも……。
「やりたくないんだろう?……いくら、あの方の命令とはいえ」
「当然ですね。この町に住んでいれば根っからの悪党でも遠慮したい仕事かと思いますよ。…ですが、上からの依頼です」
「ああ」
 解っている。逃げられないのは知っている。
 此処ハ、ソンナ世界ダ。

 せめて君だけは、巻き込むことのないように…。
 
 
 
 
 
 
 
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