記事一覧

[将譲]逢夢辻〜11〜

 小説TOP ≪ 10 || 目次 || 12
--
 
 
 
【逢夢辻】〜11〜


 戦場‥‥‥?
 そこが地獄じゃないと気付いたのは、生きてる兄さんを見つけたから。だけど兄さんを見つけたって、そこは『地獄絵図』をリアルにした世界に変わりがなかった。
「ゆずる‥‥か?」
 まさかこの日の兄さんに俺が見えるはずはない。
 なのにこっちを向いたまま手にした剣を取り落としそうになってる兄さんに、声を掛けるより早く‥‥‥キリキリキリ‥‥耳に馴染んだあの音。
 振り向けばそこには、兄さんを狙う弓兵の姿。
 背格好が俺に似てることに気付いて、心底青ざめる。
『兄さん、違う!!逃げてっ!!!』
 聞こえるはずのない声で叫びながら、視界を塞ぐ赤い飛沫に振り向くと‥‥そこには。
「知盛‥‥?」
 平知盛。
 生田の戦で、先輩に刃を向けた平家の将。
「死にたかった、か?‥‥‥クッ‥‥邪魔をして申し訳ない。還内府殿‥‥?」

 かえりないふ‥‥‥?

「いや、サンキュ。ちょっと何かに取り憑かれちまってな」
「無理もない。‥‥‥仏を踏み砕きながら、戦うのだから‥‥な‥‥」
 楽しげに笑ってみせるけど、目が恐い。この人本当は、そうとう苛立ってるのかもしれない。たぶん‥‥兄さんが命を捨てようとしたから。
「悪かったよ。ちょっとな‥‥生き別れた弟に、面立ちが似てたもんだから」
「‥‥‥‥兄上」
「うわっ、なんだ、キショイだろ、イキナリッ」
「きしょい‥‥‥?」
「気持ち悪いって言ってんだよっ」
「クッ‥‥‥兄上は、よほど弟君が大切と見える」
「お前じゃないっ。俺は譲がっ」
「ならば、こんな所で野垂れ死んでいる場合ではない‥‥だろう?」

 兄さんは還内府?
 知盛‥‥平家‥‥‥、俺達の敵なのか?
 
 
 
 それでも、兄さんが生きて来れたのは。
 
 
 
「譲‥‥譲‥‥っ」
 強く揺さぶられて目を覚ます。
 外はまだ暗い。
 俺はよほど魘されていたのか、全身が汗でじっとりと濡れていた。
「大丈夫か?」
 ホッとしたような顔を見つめながら、今見たことを口にしていいのか悩んだ。
 それを聞くということは、俺の立場を明かすことでもある。それは‥‥先輩を、九郎さん達を、敵に売るような行為だと解っているのに。
 だけど‥‥‥あの、地獄絵図。
 あれは過去の、そして未来の俺達の姿かもしれない。

 どんな夢を見ても、過去を変えることはできない。
 変えることができるとしたら、それは今から造る未来の姿だけだろ?

「兄さんは、還内府?」

 さすがに地雷を踏んだらしい。
 一瞬で殺気立った視線が、俺を試すように揺れる。
「夢で見た。‥‥兄さんの過去を」
 たぶんあんなに衰弱した兄さんを拾ったのは、平家の貴族なんだろう。
 それがどうして平家を率いるトップにいるのかなんて、さすがに想像もつかないけど。それでも何かの因果が巡って、今はそれが現実。
 源氏に来いなんて言えるわけがない。敦盛を抱え込むことだって正直、無茶な話だと思ったのに‥‥兄さんは、還内府。
 血の繋がりを重視する平家の中で、それでもそれを率いる、ただ一人の将。
 それがどんなに凄いことなのか、俺にだって少しは解る。
 熊野に来たのは、おそらく平家と熊野の密約を取り付けるため。‥‥そしてそれは俺達を、葬るため?
「お前は、源氏か?」
 真剣な顔で聞かれて、正直ホッとした。
 知るはずがないと解っていても、もしも‥‥もしも俺や先輩の立場を知って、それでも敵だと言い切られたらどうしようなんて、不安で胸がパンパンだった。
「そうだよ。だから驚いたんだろ」
 精一杯、軽い声を出す。
 たいしたことじゃない‥‥そうだろ?
 だって俺達は、元々この世界の人間じゃない。たまたま落ちた場所で、たまたま拾い上げてくれた人がいて。それが敵と味方‥‥だからって一緒になって喧嘩をする必要があるのか?
「‥‥‥確かに、そりゃ驚くな」
 諦めたように笑う兄さんが、この賭けに乗ってくれたのが解った。

 当然だろ?

 俺は兄さんの弟で。‥‥だけど、それだけじゃない。
「夢‥‥疲れたな。酷い戦の場面ばかりで」
「そりゃお疲れさん」
 だから、嫌な夢は忘れさせて。
「兄さん‥‥」
 伸ばした手の意味を悟って、サッと抱きしめてくれる。
 深く深く、脳髄まで痺れるようなキスをして、そのまま心地の良い波に流してくれる。
「弟だからって、まさか知盛に手を出したりしてないよな?」
「なんでアイツの名前、つーか、あるかっ!!」
「耳元で大声出さないでくれよ。ウルサイから」
「お前がバカなコト言うからだろ」
「だって‥‥」
 ちょっとムッとしたんだ。俺以外の誰かが、兄さんを兄上だなんて呼ぶから。
「クダラネェこと考えられなくしてやるよ。覚悟してろ」
「うあ‥‥っ」
 片手でラクラクと吊り上げられた足の間から、今までよりずっと深く沈みこんできた質量に驚く。
「や‥‥無理っ」
「無理じゃねぇだろ、こんなにズブズブと飲み込みやがって。‥‥全部見えてるぜ?」
 何言ってんだっ。
「いや、だ、‥ってば‥‥っ」
 思わず下ろした目線を後悔するような世界が、そこに広がっていた。
 なにアレ‥‥俺の‥‥?
「見えてるか。お前がどんだけ熱くなってるか」
「やだ‥‥‥」
 こんなの、オカシイ。そんな‥‥‥だって‥‥。
 目を逸らすことも出来なくなった俺に見せつけるように、掌と4本の指でしっかりと握り込んで、親指の腹で先端を擦り上げてくる。
「んあぁんっ」
 ダメだ。こんなことされて、悦んじゃ‥‥っ。
「出すと眠くなるなら、出せないように握っててやろうか?」
 そんなことしたら‥‥壊れる。
「‥‥いや‥‥‥ヤダ‥‥ッ」
「キモチイイのが、ずっと続いて‥‥グチャグチャになったお前を、見てみたいぜ」
「やだぁっ」
 想像するのも怖い。なにより、変に込み上げる好奇心が、こわい。
「ヤダ、ヤダ‥‥普通にイカせて‥‥兄さん‥っ」
 何を言ってるのか、よく解らなかった。
 不安に包まれる安堵感。
 死にたいほど恥ずかしいのに、泥のような悦楽に包まれる幸福感。
 与えられる何もかもが幸せな色に変わるのは、それが兄さんだから‥‥有川将臣、この身体と、この声と、この顔と、この‥‥‥魂と。

 このまま溶け合ってしまえたらいいのに。
 二度と離れることのできないような塊になって‥‥いつまでも感じていられたらいいのに‥‥。

 そして俺は夢を見た。

 何の音も‥‥人の気配すらない教室と。机の上に腰掛けた、あの頃のままの兄さん。
 触れればちゃんと手触りのある、実体のような姿と熱。
「やっとお前と繋がったか」
 可笑しそうに笑う顔に、首を傾げながら‥‥‥。
 
 
 
--
 小説TOP ≪ 10 || 目次 || 12

[将譲]逢夢辻〜10〜

 小説TOP ≪ 09 || 目次 || 11
--
 
 
 
【逢夢辻】〜10〜


 やばいなー。可愛いなー。
 無邪気に悩殺してくる譲の痴態が可愛すぎて感動しすぎて気持ち良すぎて、頭がついていかねぇ。
「なんだ俺‥‥‥泣いてんのか」
 滲んだ視界に笑いが込み上げる。
 これじゃどっちが『カワイイ』んだかわかんねーな。
 完全に飲まれてる自分が可笑しい。ほんと、俺はどんだけお前が好きなんだと。

 すっかり脱力した譲の身体を優しく寝かして、意識が無いのをいいことに思う存分ベタベタしてみる。なんだこの可愛い物体は。とても血が繋がってるとは思えねぇ。
 つい深くなりすぎたキスが、譲の眠りを妨げる。
「なに、して‥‥」
 いつもはあんなに寝起きのいい奴が、気怠そうに横を向いて‥‥いや、照れてんのか。
「キス」
 チュッチュッチュッと音を立てて顔中に触れまくると、呆れたように払いのける。
 それも照れ隠しだろ。
 不機嫌な振りして、口の端が笑ってるのに気付いてない。
「兄さんっ」
「‥‥‥もう一回」
 こういう時の自分は狡いなーとか思わなくもない。
 譲が甘やかせば甘やかすだけ、際限なく甘えちまう。めいっぱい猫撫で声出して擦り寄るように顔を寄せると、案の定。
「仕方ないな‥‥」
 なんて、嬉しそうに抱き寄せてくる。

 嬉しそうに?

 それはまあ、お前、なんか‥‥甘すぎないか?
 意外と悪くなかったとか?
 いや、譲は‥‥‥‥自分が『欲しい』なんて思った時点で、恥ずかしくなって突っぱねてくる。そういう奴だろ。
 そっか‥‥。
「欲しいんだろ?」
 呆れるように笑った顔が、俺の望むままに受け入れようとしてるのに気付いて、苦しくなる。
 そんな菩薩みたいなツラで『捧げて』くんじゃねぇよ。
「欲しい」
 罪悪感で止まってやれたら‥‥お前が何を望んでいるのか、ちゃんと聞いてやれたらいいのに。そう思う反面、嬉しそうに腕を伸ばす顔を見て、何も聞かないのが正解なのかもしれないとも考えた。
 どんな理由があるにせろ、ムリヤリ受け入れてるわけじゃない。それは、ついさっき解った。嫌々してたら、あんな‥‥‥あんな顔は、しないだろ。
「兄さん」
 急かすように熱くなる声。
 膝に乗せたまま軽く抱きしめて脇を滑るようにさすると、くすぐったいのか感じているのか、息を荒くして身を捩った。
 そのまま後ろを向かせて、背を抱くように沈みこむ。
「ゥ‥‥グ‥ッ」
「息吐けよ。‥‥ゆっくり‥‥そうだ」
 性急な交わりは譲に負担をかける。本当なら一晩に何度もすることじゃねぇ。
 譲の息が調うまで、ゆるゆると小刻みな出し入れを繰り返していると、さっき注ぎ込んだものが潤滑油のように滑りながら派手な音を立て始めた。
「やあ‥‥っ、‥‥兄さ、んっ」
 耳を塞ぐように頭を抱えたせいで上半身が布団に沈んで、反り返った背中が妙に艶めかしい。
 そんな可愛いこと言うんじゃねえよ。苛めたくなるじゃねーか。
 一気に深く沈みこむと、前のめりになった身体を支えるために耳から手を離す。
 相変わらずソコはグチャグチャと淫猥な音を立ててる。
「音だけで済んでいいじゃねぇか。こっちは、なかなかいい眺めだぜ?」
「やあっ」
「そう言うなよ。こんな固く張りつめて‥‥‥イイだろ」
「そ、んな‥‥ぁ、んあんっ」
 感じまくる身体を自覚させるように握り込んで扱きだすと、自分を抱くように肩を掴んだ腕の途中に歯を立てて、悲鳴を堪える。血の気が引くほど強く‥‥指先が白くなるほどの力で。
「ほら、怪我すんぞ」
 動きを止めて指を外すと、すっかり弱々しくなった眼差しが、子供のように泣き出した。
「ダメ‥‥‥後ろ、しながら‥‥触っちゃ‥‥」
 悩殺。
「こうすると、感じる‥‥?」
「う、あ‥‥っ、ダメ、出ちゃ‥からっ」
「イケばいいだろ」
「そしたら、また‥‥一人に、しちゃ‥‥ぅ」
 ほとんど意識のない状態でナニ‥‥可愛いこと言って。
 ダメだもう、もたねぇ。
 絞り出すように何度か突き上げると、譲も諦めたように飛沫を上げた。
「ア‥‥兄さぁ‥‥」
 この年で射精自体に慣れてないのか、一度吐き出す事にどうしようもない眠気に襲われるらしい。ゴメンとか小さく謝りながらムリヤリ身体を捻って抱きついてきた譲が、腕の中でホロホロと崩れる。
 一人に、したくない‥‥か。
 目覚めたら今度こそちゃんと聞いてやらなきゃな。

 心地良い怠さに身体を預けながら、譲の身体を引き寄せて眠りについた。
 なんか眠っちまうのが勿体ねぇなーなんて、笑いながら。
 
 
 
--
 小説TOP ≪ 09 || 目次 || 11

[将譲]逢夢辻〜09〜

 小説TOP ≪ 08 || 目次 || 10
--
 
 
 
【逢夢辻】〜09〜


 不思議な夢を見た。
 怨霊のいない、物静かな京の夜。それは目指した未来なのかと思うほど、平和で穏やかな‥‥そんな夜の町に不似合いな、痩せこけた男が一人。
 兄さん‥‥?
 見慣れた短い髪。今よりも幾らか幼い顔。
 そうだこれは、あの時別れたままの・・・兄さんの、過去‥‥?

 何が起こったのか解らなかった。
 見覚えのある姿、見たことのない町並み。それがはぐれた頃の兄さんの出で立ちにそっくりで、何度も歩いた京の町にそっくりで‥‥思い出以外の過去を夢に見ることなんて、今まで一度もなかったのに。
 あの傷を見たせいか?
 兄さんの肩に胸に腹に背中に腕に足に、要所という要所を全て覆い尽くすようなおびただしい傷跡と火傷の痕。引きつるように縫い合わされた皮膚は、少しイビツな形でくっついていたり、うっすらと赤黒く変色したまま残っていたり。
 正直、もうパニックだった。
 見えない過去が苦しくて、知ったからといって何が変わる訳じゃないけど、何も知らずに傍にいることが苦しくて‥‥‥そうだ、俺は願ったんだ。
 兄さんの、過去‥‥。

「譲‥‥っ?」
 こっちに向かってきた兄さんが、夢の住人である俺を見つけたのかと思った。
 必死で手を伸ばしたけど、その身体は通り抜けて、無防備に倒れ込んで‥‥地面に突っ伏したまま、祈るように何度も俺の名前を呼んでいる‥‥。
『兄さんっ、兄さんっ』
 差し伸べた手は擦り抜けて、呼びかける声は届かなくて。
 その時、通りの向こうで複数の足音。同時に起きあがりフラフラと走り出した兄さんは、それがどれほど危険なものだか解っているらしい。
 姿を見るなり、いたぶるように追いかけてくる物騒な連中は、兄さんが物陰に隠れてやりすごした直後に、目に付いた町の人を身ぐるみ剥いで満足げに立ち去っていった。
 背筋が凍る‥‥。
 怖ろしいのは怨霊も人も同じ‥‥いや、自らの意志で動いている分、怨霊よりタチが悪いかもしれない。
 朝までそこで隠れていればいいのに。そう願う視界の端で、兄さんが動いた。
「‥‥譲‥っ」
 誰だ、これは。
 食べるものもなく休む場所もなく、身体は見る影もなく窶れきって、目ばかりをギラギラと光らせたまま鬼気迫る顔で俺を捜して‥‥‥っ。
 平和な顔をしている地獄の町。
 こんな場所に落とされたら、先輩も俺もひとたまりもない‥‥‥いや、先輩を守るためなら死ぬ気で頑張るだろうけど。
 あ。
『お前に逢うために、生き残ってきたんだぜ?』
 もしかすると、そうかもしれない。
 これはたぶん地獄の入口みたいなもの。死んだ方が楽だなんて考えた時点で、死は現実のものになってしまうから‥‥。

 トクン

 聞こえる。‥‥命の音。

「ん。起きたのか?」
 おでこの辺りでモゾモゾと微睡む幸せな声。ああアレが夢で良かったなんて、絶対に言えない。
 目の前にあった一際酷い傷跡を、クチュッと音を立てて舐め上げる。
「ちょ‥と、ゆず‥‥?」
 痛々しい傷跡の一つ一つが、全て愛しい。
「や、め‥っ」
「黙って」
 俺を待っていてくれた。希望を捨てずに生きていてくれた。兄さんの存在の全てが、死ぬほど愛おしい。
「譲?」
 戸惑うように上がった頭を沈めるように口づけて、言葉にならない想いをぶつける。
 兄さんはまだ、自分だけが求めているように考えてるのかもしれないけど‥‥。耳の奥に誰かの言葉が残ってる。『男はみんな野生の獣なの』‥‥そうだな。後でお前の相談にも乗ってやらなきゃ。きっと。この夜を越えたら‥‥。

 男に発情するかって言われたら、それはまだ判らない。
 ただ、兄さん以外の誰かにこんな風に触れられたら、たぶん舌を噛みきって死んでる。そう思うくらい悪寒が走るような、生々しい肌の触れ合いが、まさか‥‥心地良いだなんて。
 俺も大概恥ずかしい。
 すっかり大人しくなった兄さんの瞳を覗き込んで、その目をペロリと舐め上げると、ゾクリと肩先が震える。‥‥ヤバイかな。頬から僅かにのぞいたザラリとした感覚にまで、そんな男臭い生理現象まで愛しいとか‥‥どうかしてる。
 脇に長く続いた傷を追って身体を引き寄せると、好きにしろとばかりに寝返りを打って背を見せた。
「‥‥‥全部、見せて」
「いいぜ?」
 そう言うと、長く伸ばした髪を無造作にかきあげる。
 こんな所にも傷が‥‥。
「頸動脈のすぐ傍じゃないか」
「だよな。俺もさすがにヤバイとは思ったけど」
 なんとかなったから。
 笑い声の中に恐怖が微塵も混じらないのが不思議だった。
 結果オゥライ。
 兄さんに言わせたら、そんなとこだろう。
「ホント‥‥心臓がいくつあっても足りない」
「お前にそんだけ心配してもらえんなら、もっと作っとくんだったぜ」
「ばか」
「‥‥‥‥‥なあ」
 突然熱くなった声に鼓動が飛び跳ねる。
「そろそろ、限界なんだけど」
 甘えるような響きがどんな意味を持ってるのか、ハッキリとわかった。腹這いになったその身体の下で、どんなことになってるのか。
 ダメだもう、嫌悪感すら感じない。
 ラクにしてあげたいけど、どうすればいいのか判らない。無茶なこと言われてるのかもしれない。だけど、もう。
「好きにしろよ」
 痛くていいから。
 苦しくても辛くても構わない。いっそ‥‥酷くされたい。

 形勢逆転とばかりに組み敷かれた身体が、ムリヤリこじ開けられていく。
 片手で軽々と折り曲げられた足と腰。
 座り込んだ兄さんの口が信じられない所に触れて、舌が、ねじこまれる。
 苦しくて悲鳴も出ない。
「そんな‥‥汚いとこ‥‥っ」
「黙ってろ」
 グチュグチュと音を立てて唾液が送り込まれて。
「‥ア‥‥‥」

 侵蝕される。

 突き立てられた指が内臓を抉るごとに、世界が、塗り替えられていく。
「ヤ‥‥‥‥‥変‥‥」
 胸で繰り返す呼吸は、吸えば吸うほど目眩を酷くしていくようで。
 初めてなのに。
 こんな変なこと‥‥絶対、初めてなのに‥‥。
 感じるとか。
 そんな。アリエナイだろ‥‥。なんかやだ。まるで俺が‥‥っ。
「ほら、もう一本」
「ンハ‥‥ッ」
 ずるずると犯されていく感覚は、違和感しか生まない。
 どうしよう。
 もっと、欲しい。
「いいから‥‥ハヤク。にいさん‥‥っ」
「‥‥壊れるぞ?」
「壊せよっ」
 グチャグチャに壊して。ドロドロに溶かして。いっそ、もう。

 あなたの一部にして。

「っあぁあああ‥‥っ」
 メリメリと沈みこむ固いものに、命を打ち付けられたような気分になった。
 痛みも息苦しさも、それがなけりゃ生きてる気がしないほど、当然のことにように。
「譲、譲‥‥ゆずる‥‥っ」


 ああ、もう、死んでもいい。


 なんでだろう。
 本当に、そう思った。
 考えてみれば本末転倒な話で、ここまで必死で生き残ってきた兄さんに対して言うことじゃないんだけど‥‥でも、たぶんそのくらい満たされた気分だったんだろう。
 張りつめた俺の熱が、触れてもいないのに蕩々と流れ落ちてる。
 胸に落ちたそれが、やんわりと締め付けるように首を伝っていく。
 まずい‥‥意識が‥‥‥。
 白くぼやけていく世界の中で、兄さんが泣いてた、ような気が‥‥‥した‥‥。
 
 
 
--
 小説TOP ≪ 08 || 目次 || 10

[将譲]逢夢辻〜08〜

 小説TOP ≪ 07 || 目次 || 09
--
 
 
 
【逢夢辻】〜08〜


 バツの悪い再会。
 譲に捕獲されたままズルズルと輪の中に入り、勝浦の宿まで連行される。
「譲くん達は兄弟なんだし、一緒がいいよね〜?」
 空き部屋がそこにしかないみたいで〜とかなんとか解りやすい配慮をする景時が、連中からかなり離れた部屋を振ってきた。それが自分たちに対する配慮だとすら気付かない譲は、また何か考え込んでるらしい‥‥ったく、人の気も知らねぇで。

 どうすりゃいい?

 譲は譲なりに覚悟を決めて俺の手を取った。そう考えてもいいのかもしれない。いや‥‥そもそも、その『覚悟』ってのはどこまでのコトだ?
 皆と離れて部屋へ向かう廊下が、嫌に長い。
 譲。
 わかってんのか?
 息苦しさに足を止めると、振り返りもしない背中が苛立つように溜息を吐いた。
「俺に嫌われるのが恐いなら、初めから手なんか出すなよ」
 低く静かに言い放った身体が部屋へと滑りこむ。
 心臓を手掴みされたような気分で後を追うと、すっかり服を落とした譲が凛と立ち尽くし、肩越しに振り返って視線を流してきやがった。
「オカシイだろ。こんな‥‥ゴツイ男の身体を見て、それでも欲しいと思うなら奪ってみろ。目が覚めたなら幻滅すればいい」
 やられた。
「‥‥‥どうなんだよ、兄さん」
 聞くな、バカ。
「欲しいに決まってんだろがっ」
 吸い寄せられるように背中を抱いて、そこに走る刀傷に舌を這わせる。
 こんな傷を負わせたのは誰だ。
 綺麗な肌。
 余計な肉の一つもない、よく鍛え上げられた、しなやかな背中。
 この馬鹿げた想いに気付いてからこっち、目を逸らすことばかりだった首筋も、項も、背中も腰も‥‥。
「ハ‥‥ッ」
 緊張した尻の肉を噛むと、ガクンと身体が揺れた。
 気にせず這い蹲るように大腿にキスを落とすと、微かな声で制止がかかる。
「もう、いいから‥‥」
 相変わらず綺麗に立ち尽くしたままで俺を見下ろしている、優しげな笑顔。
 呆れたような、許容したような、少し困ったような顔で笑いかけながら、首を傾げる。
「いいから‥‥早く、兄さんも脱げよ」
「‥‥‥‥だな」
 求愛行動に夢中になる動物みたいなもんか。意識がブッ飛ぶほど夢中でその身体を確かめていた自分を指摘されて、緊張が抜ける。
 武器と鎧と‥‥身を隠していた全てを取り払いながら、最後の一枚を剥ぐことに躊躇する。
「イマサラ恥ずかしいとか言うなよ?」
「言わねぇよ」
 ただ、お前に見せるのは‥‥気が引ける。
 仕方ねぇとばかりにそれを取り払うと、予想通り‥‥いや、予想以上の反応が返ってきた。
 呼吸を忘れて青ざめる顔。
 心配を通り越して、拒絶するように震え出した身体。
「悪ぃ。気持ち悪かったか?」
 明るく言って布団に寝転がると、言葉を生んでは音にならず飲み込むといった具合の心配性な弟が、唐突に泣き崩れた。
「なんで‥‥‥‥、‥‥こんなっ」
 仕方ねぇだろ。斬りつけられるよりも深く斬りつけて、人を殺めてきた。戦に出るってのはそういうことだから。‥‥むしろ傷一つ無い身体じゃ、罪悪感で狂ってたかもしれねぇしな。
 俺も痛い。
 殺されるくらいなら、殺してでも生き残る。
 その先に何が待っていようと、この身一つ守れないようじゃ、味方も何も全て失うしか選択肢がねぇ。
「お前に逢うために、生き残ってきたんだぜ?」
 冗談めかして言いながら、嗚咽をあげる背中をゆっくりと撫でつける。
 それは本当だ。
 お前に逢うために‥‥生き残ってりゃ、いつかお前に逢えるかもしれねぇと思うから、どんな地獄も渡り歩いてこれた。
 そーゆー意味じゃ、お前は俺の恩人なのかもしれねぇな。

 脇に腕を入れて、泣きやまない頭を引き寄せる。
 ごめんな。
 お前の背中に刻まれた真新しい傷一つで、世界が崩れるほど動揺したんだ。お前がどのくらい苦しいかなんて、想像しない方がオカシイ。
 それでも今の俺はコレで。
 お前にだけは全てを知っていてほしいとも思う。
 それが俺のワガママなんだとしても‥‥お前に嘘付いても仕方ねぇしな。
 少し呼吸が落ち着いてきたタイミングを見計らって、グチャグチャに泣きはらした顔も、引きつるように震える喉も、投げ出した身体ごと味わうように舌を這わせていく。
 抵抗しないのは、同情か?
 それとも‥‥。
「‥‥ぅっ」
 愛撫に反応して立ち上がったソレを、喜んで舐め上げた。
 言葉にしなくても、わかることはある。
 ゲッソリするほどショックで萎えきったはずの身体が、すぐに熱を持つのは‥‥俺が触れた箇所を庇うように捩りながら、ヒクヒクと悦ぶように熱を集めるのは。
 なあ、譲。
 俺は自惚れてもいいってコトだよな?
「や‥‥だ、出ちゃ‥‥っ」
「出せよ」
 喉の奥にあたるほど深く含んで吸い上げると、譲の両手が戸惑うように髪を混ぜた。
「‥‥ンン‥ッ」
 たっぷりと吐き出した後で喘ぐように呼吸を繰り返して、投げ出すように横を向く。
 すっかり濡れて曇った眼鏡を外してやると、甘えるように首を抱き寄せて、ハラハラと綺麗な涙を流した。
 泣くなよ。これ以上の無体を働けなくなるじゃねーか。

 不思議な感覚だった。
 身体は火照ったままなのに、気持ちは妙に優しくなって‥‥満足して。求めてきた頭をギュッと抱きしめたら、穏やかな眠気に負けそうになる。
「兄さんの、鼓動‥‥‥」
 満足げに呟いた譲が無防備な笑みを見せて、眠りに落ちた。
 そりゃそーか。
 朝っぱらから俺になんか会って大騒ぎしてから、やたら長い道のりを歩いて、ビキビキに緊張して誘うわ、その後にヤバイの見るわ、泣きじゃくるわ、挙げ句に‥‥。
「お疲れさん」

 目が覚めるまで抱っこしててやるよ。
 焦る必要も無いみたいだしな。
 
 
 
--
 小説TOP ≪ 07 || 目次 || 09

[将譲]逢夢辻〜07〜

 小説TOP ≪ 06 || 目次 || 08
--
 
 
 
【逢夢辻】〜07〜


「好きになったら欲しい。身体も心も全部手に入れたい。オレのことだけ感じててほしい‥‥そう考えるのが、自然だろ?」
 余裕の笑顔に世界がグラつく。
「それじゃ‥‥まるで、獣じゃないか‥‥」
 なんとか押し出した否定の言葉は軽くかわされて。
「獣だろ?オマエもオレも。人間様だなんて偉そうに構えてみたって、男は野性の獣なの。卵から生まれるわけじゃないんだからさ」


 三草山‥‥生田の戦で痛手を受けた源氏軍は、熊野水軍に援護を求めるべく動いていた。その熊野の土地に入った頃から、ヒノエと名乗る赤毛の男が、先輩目当てにうろうろとし始めて‥‥。
 先輩は、相手にしてるのかしてないのか、フラッと付いて歩いたり楽しげに会話を交わしたりしている。どこの誰とも判らない奴を、そんなにアッサリと信用していいんですか!と心配する俺に「大丈夫よ〜。不埒を働いたらバシッと斬りつけてあげるから♪」なんて笑ってみせる。
 先輩が良いというなら‥‥と引いてはみても、口先から指先まで猥褻罪のオンパレードじゃないかと呆れて、ヒノエに直談判を試みた。
「朔!?」
 そこで聞いた真相に、えらく驚いてみる。
「でかい声出すなよ。だから、オマエの心配する幼馴染みには、なんだかんだ相談に乗ってもらってるトコ。これで安心しただろ?」
 話を早々に切り上げようとするヒノエに、何か騙されているような心地になる。
「はぐらかしてるんじゃないだろうな」
 振り向いたヒノエは溜息を一つ。呆れを含んだそれに、心が怯んでしまう。
「あのな‥‥。まぁ、望美はイイ女だよ。惚れた男のために戦場に立つなんて、そんじょそこらの女にできることじゃない。オレはアイツのそういう部分には惹かれてるし、正直ちょっと独占欲を煽られたりもするけど」
 待て。いろいろ、待て。
「惚れた男‥‥‥って」
 なんだかもう、これ以上疑問をぶつけるのは、さすがに恥ずかしいような気がしないでもない。俺がグチャグチャと考え込んでる間に、いったい話はどこまで進んでいるのか。
「そこから?」
 ヒノエは一瞬ドン引きしたような顔をして、フッと綺麗に笑った。
「恋でもしてんの?なんか全然周りが見えてないみたいだけど」
 怪訝そうに距離を取っていた口調が、途端に近くなって驚く。
「な‥‥なんで」
「なんでって聞きたいのはこっちだったんだぜ?別にオマエは望美に落ちてる感じじゃない。なのにまるで、姫様の傍付きのようにオレを煙たがってる。何だコイツはって思うじゃねーか」
 そんな風に見えてたのか‥‥。
「お前だって‥‥朔に気があるようには見えなかったぞ。いつも先輩の尻ばっか追っかけて」
「バーカ、それは戦略なの。朔ちゃんはヤローに気がないからね。‥‥まぁ、辛い恋の名残だろうけど。ガードも固いし、景時は邪魔だし、望美ちゃんを味方につけないでどーやって朔ちゃんの柔肌まで辿り着けばいいんだよ」
「柔肌って、お前っ」
「おかしいことじゃないよ。好きになったら欲しい。身体も心も全部手に入れたい。オレのことだけ感じててほしい‥‥そう考えるのが、自然だろ?」
 余裕の笑顔に隠された、切ない響きに目を瞑る。
「それじゃ‥‥まるで、獣じゃないか‥‥」
「獣だろ?オマエもオレも。人間様だなんて偉そうに構えてみたって、男は野性の獣なの。卵から生まれるわけじゃないんだからさ」
 諦めたように笑うヒノエは、とても同い年のようには見えなかった。

 俺は、逃げてるのか。
 京で別れてからずっと、虚しさと不安に押し潰されるような気持ちで毎日を過ごしてきた。逢いたくても逢えなくて、生きているのかすら判らなくて。夢に見る様々な未来は、どれも悲しく暗いものでしかなくて‥‥時折、夜の重さに負けそうになる。
 兄さんは、そんな想いを3年以上も抱えて生きてきたのか。そう思うと、どうしてあの時、あんな風に突き放すことしかできなかったんだろうと悲しくなる。
 もう一度、逢えたら‥‥。
『次に逢う時までに、どっちにするか決めとけよ?』
 何度も反芻した、別れ際の一言。
 わかってるよ。
 もう俺は、逃げたりしない。
 兄さんが何を考えてるのか‥‥その先に何があるのか、全部この身で見極めてやる。
 だから早く。

 はやく。

 念じた想いに応えるように、深紅の陣羽織が目に飛び込んできた。
 早朝。
 顔を洗うために宿を出た、俺の前に‥‥まるで奇跡のように。
「ゆ‥‥ず、る‥‥?」
 思い詰めたように歪む顔。
 あの時と同じ、獣のように発情してる顔。
 もう、恐くない。
「逃げるなよ」
 抱きしめて拘束するつもりが、勢い余って噛みつくようなキスを重ねていた。
 
 
 
--
 小説TOP ≪ 06 || 目次 || 08

ページ移動