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【逢夢辻】〜11〜
戦場‥‥‥?
そこが地獄じゃないと気付いたのは、生きてる兄さんを見つけたから。だけど兄さんを見つけたって、そこは『地獄絵図』をリアルにした世界に変わりがなかった。
「ゆずる‥‥か?」
まさかこの日の兄さんに俺が見えるはずはない。
なのにこっちを向いたまま手にした剣を取り落としそうになってる兄さんに、声を掛けるより早く‥‥‥キリキリキリ‥‥耳に馴染んだあの音。
振り向けばそこには、兄さんを狙う弓兵の姿。
背格好が俺に似てることに気付いて、心底青ざめる。
『兄さん、違う!!逃げてっ!!!』
聞こえるはずのない声で叫びながら、視界を塞ぐ赤い飛沫に振り向くと‥‥そこには。
「知盛‥‥?」
平知盛。
生田の戦で、先輩に刃を向けた平家の将。
「死にたかった、か?‥‥‥クッ‥‥邪魔をして申し訳ない。還内府殿‥‥?」
かえりないふ‥‥‥?
「いや、サンキュ。ちょっと何かに取り憑かれちまってな」
「無理もない。‥‥‥仏を踏み砕きながら、戦うのだから‥‥な‥‥」
楽しげに笑ってみせるけど、目が恐い。この人本当は、そうとう苛立ってるのかもしれない。たぶん‥‥兄さんが命を捨てようとしたから。
「悪かったよ。ちょっとな‥‥生き別れた弟に、面立ちが似てたもんだから」
「‥‥‥‥兄上」
「うわっ、なんだ、キショイだろ、イキナリッ」
「きしょい‥‥‥?」
「気持ち悪いって言ってんだよっ」
「クッ‥‥‥兄上は、よほど弟君が大切と見える」
「お前じゃないっ。俺は譲がっ」
「ならば、こんな所で野垂れ死んでいる場合ではない‥‥だろう?」
兄さんは還内府?
知盛‥‥平家‥‥‥、俺達の敵なのか?
それでも、兄さんが生きて来れたのは。
「譲‥‥譲‥‥っ」
強く揺さぶられて目を覚ます。
外はまだ暗い。
俺はよほど魘されていたのか、全身が汗でじっとりと濡れていた。
「大丈夫か?」
ホッとしたような顔を見つめながら、今見たことを口にしていいのか悩んだ。
それを聞くということは、俺の立場を明かすことでもある。それは‥‥先輩を、九郎さん達を、敵に売るような行為だと解っているのに。
だけど‥‥‥あの、地獄絵図。
あれは過去の、そして未来の俺達の姿かもしれない。
どんな夢を見ても、過去を変えることはできない。
変えることができるとしたら、それは今から造る未来の姿だけだろ?
「兄さんは、還内府?」
さすがに地雷を踏んだらしい。
一瞬で殺気立った視線が、俺を試すように揺れる。
「夢で見た。‥‥兄さんの過去を」
たぶんあんなに衰弱した兄さんを拾ったのは、平家の貴族なんだろう。
それがどうして平家を率いるトップにいるのかなんて、さすがに想像もつかないけど。それでも何かの因果が巡って、今はそれが現実。
源氏に来いなんて言えるわけがない。敦盛を抱え込むことだって正直、無茶な話だと思ったのに‥‥兄さんは、還内府。
血の繋がりを重視する平家の中で、それでもそれを率いる、ただ一人の将。
それがどんなに凄いことなのか、俺にだって少しは解る。
熊野に来たのは、おそらく平家と熊野の密約を取り付けるため。‥‥そしてそれは俺達を、葬るため?
「お前は、源氏か?」
真剣な顔で聞かれて、正直ホッとした。
知るはずがないと解っていても、もしも‥‥もしも俺や先輩の立場を知って、それでも敵だと言い切られたらどうしようなんて、不安で胸がパンパンだった。
「そうだよ。だから驚いたんだろ」
精一杯、軽い声を出す。
たいしたことじゃない‥‥そうだろ?
だって俺達は、元々この世界の人間じゃない。たまたま落ちた場所で、たまたま拾い上げてくれた人がいて。それが敵と味方‥‥だからって一緒になって喧嘩をする必要があるのか?
「‥‥‥確かに、そりゃ驚くな」
諦めたように笑う兄さんが、この賭けに乗ってくれたのが解った。
当然だろ?
俺は兄さんの弟で。‥‥だけど、それだけじゃない。
「夢‥‥疲れたな。酷い戦の場面ばかりで」
「そりゃお疲れさん」
だから、嫌な夢は忘れさせて。
「兄さん‥‥」
伸ばした手の意味を悟って、サッと抱きしめてくれる。
深く深く、脳髄まで痺れるようなキスをして、そのまま心地の良い波に流してくれる。
「弟だからって、まさか知盛に手を出したりしてないよな?」
「なんでアイツの名前、つーか、あるかっ!!」
「耳元で大声出さないでくれよ。ウルサイから」
「お前がバカなコト言うからだろ」
「だって‥‥」
ちょっとムッとしたんだ。俺以外の誰かが、兄さんを兄上だなんて呼ぶから。
「クダラネェこと考えられなくしてやるよ。覚悟してろ」
「うあ‥‥っ」
片手でラクラクと吊り上げられた足の間から、今までよりずっと深く沈みこんできた質量に驚く。
「や‥‥無理っ」
「無理じゃねぇだろ、こんなにズブズブと飲み込みやがって。‥‥全部見えてるぜ?」
何言ってんだっ。
「いや、だ、‥ってば‥‥っ」
思わず下ろした目線を後悔するような世界が、そこに広がっていた。
なにアレ‥‥俺の‥‥?
「見えてるか。お前がどんだけ熱くなってるか」
「やだ‥‥‥」
こんなの、オカシイ。そんな‥‥‥だって‥‥。
目を逸らすことも出来なくなった俺に見せつけるように、掌と4本の指でしっかりと握り込んで、親指の腹で先端を擦り上げてくる。
「んあぁんっ」
ダメだ。こんなことされて、悦んじゃ‥‥っ。
「出すと眠くなるなら、出せないように握っててやろうか?」
そんなことしたら‥‥壊れる。
「‥‥いや‥‥‥ヤダ‥‥ッ」
「キモチイイのが、ずっと続いて‥‥グチャグチャになったお前を、見てみたいぜ」
「やだぁっ」
想像するのも怖い。なにより、変に込み上げる好奇心が、こわい。
「ヤダ、ヤダ‥‥普通にイカせて‥‥兄さん‥っ」
何を言ってるのか、よく解らなかった。
不安に包まれる安堵感。
死にたいほど恥ずかしいのに、泥のような悦楽に包まれる幸福感。
与えられる何もかもが幸せな色に変わるのは、それが兄さんだから‥‥有川将臣、この身体と、この声と、この顔と、この‥‥‥魂と。
このまま溶け合ってしまえたらいいのに。
二度と離れることのできないような塊になって‥‥いつまでも感じていられたらいいのに‥‥。
そして俺は夢を見た。
何の音も‥‥人の気配すらない教室と。机の上に腰掛けた、あの頃のままの兄さん。
触れればちゃんと手触りのある、実体のような姿と熱。
「やっとお前と繋がったか」
可笑しそうに笑う顔に、首を傾げながら‥‥‥。
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