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【逢夢辻】〜08〜
バツの悪い再会。
譲に捕獲されたままズルズルと輪の中に入り、勝浦の宿まで連行される。
「譲くん達は兄弟なんだし、一緒がいいよね〜?」
空き部屋がそこにしかないみたいで〜とかなんとか解りやすい配慮をする景時が、連中からかなり離れた部屋を振ってきた。それが自分たちに対する配慮だとすら気付かない譲は、また何か考え込んでるらしい‥‥ったく、人の気も知らねぇで。
どうすりゃいい?
譲は譲なりに覚悟を決めて俺の手を取った。そう考えてもいいのかもしれない。いや‥‥そもそも、その『覚悟』ってのはどこまでのコトだ?
皆と離れて部屋へ向かう廊下が、嫌に長い。
譲。
わかってんのか?
息苦しさに足を止めると、振り返りもしない背中が苛立つように溜息を吐いた。
「俺に嫌われるのが恐いなら、初めから手なんか出すなよ」
低く静かに言い放った身体が部屋へと滑りこむ。
心臓を手掴みされたような気分で後を追うと、すっかり服を落とした譲が凛と立ち尽くし、肩越しに振り返って視線を流してきやがった。
「オカシイだろ。こんな‥‥ゴツイ男の身体を見て、それでも欲しいと思うなら奪ってみろ。目が覚めたなら幻滅すればいい」
やられた。
「‥‥‥どうなんだよ、兄さん」
聞くな、バカ。
「欲しいに決まってんだろがっ」
吸い寄せられるように背中を抱いて、そこに走る刀傷に舌を這わせる。
こんな傷を負わせたのは誰だ。
綺麗な肌。
余計な肉の一つもない、よく鍛え上げられた、しなやかな背中。
この馬鹿げた想いに気付いてからこっち、目を逸らすことばかりだった首筋も、項も、背中も腰も‥‥。
「ハ‥‥ッ」
緊張した尻の肉を噛むと、ガクンと身体が揺れた。
気にせず這い蹲るように大腿にキスを落とすと、微かな声で制止がかかる。
「もう、いいから‥‥」
相変わらず綺麗に立ち尽くしたままで俺を見下ろしている、優しげな笑顔。
呆れたような、許容したような、少し困ったような顔で笑いかけながら、首を傾げる。
「いいから‥‥早く、兄さんも脱げよ」
「‥‥‥‥だな」
求愛行動に夢中になる動物みたいなもんか。意識がブッ飛ぶほど夢中でその身体を確かめていた自分を指摘されて、緊張が抜ける。
武器と鎧と‥‥身を隠していた全てを取り払いながら、最後の一枚を剥ぐことに躊躇する。
「イマサラ恥ずかしいとか言うなよ?」
「言わねぇよ」
ただ、お前に見せるのは‥‥気が引ける。
仕方ねぇとばかりにそれを取り払うと、予想通り‥‥いや、予想以上の反応が返ってきた。
呼吸を忘れて青ざめる顔。
心配を通り越して、拒絶するように震え出した身体。
「悪ぃ。気持ち悪かったか?」
明るく言って布団に寝転がると、言葉を生んでは音にならず飲み込むといった具合の心配性な弟が、唐突に泣き崩れた。
「なんで‥‥‥‥、‥‥こんなっ」
仕方ねぇだろ。斬りつけられるよりも深く斬りつけて、人を殺めてきた。戦に出るってのはそういうことだから。‥‥むしろ傷一つ無い身体じゃ、罪悪感で狂ってたかもしれねぇしな。
俺も痛い。
殺されるくらいなら、殺してでも生き残る。
その先に何が待っていようと、この身一つ守れないようじゃ、味方も何も全て失うしか選択肢がねぇ。
「お前に逢うために、生き残ってきたんだぜ?」
冗談めかして言いながら、嗚咽をあげる背中をゆっくりと撫でつける。
それは本当だ。
お前に逢うために‥‥生き残ってりゃ、いつかお前に逢えるかもしれねぇと思うから、どんな地獄も渡り歩いてこれた。
そーゆー意味じゃ、お前は俺の恩人なのかもしれねぇな。
脇に腕を入れて、泣きやまない頭を引き寄せる。
ごめんな。
お前の背中に刻まれた真新しい傷一つで、世界が崩れるほど動揺したんだ。お前がどのくらい苦しいかなんて、想像しない方がオカシイ。
それでも今の俺はコレで。
お前にだけは全てを知っていてほしいとも思う。
それが俺のワガママなんだとしても‥‥お前に嘘付いても仕方ねぇしな。
少し呼吸が落ち着いてきたタイミングを見計らって、グチャグチャに泣きはらした顔も、引きつるように震える喉も、投げ出した身体ごと味わうように舌を這わせていく。
抵抗しないのは、同情か?
それとも‥‥。
「‥‥ぅっ」
愛撫に反応して立ち上がったソレを、喜んで舐め上げた。
言葉にしなくても、わかることはある。
ゲッソリするほどショックで萎えきったはずの身体が、すぐに熱を持つのは‥‥俺が触れた箇所を庇うように捩りながら、ヒクヒクと悦ぶように熱を集めるのは。
なあ、譲。
俺は自惚れてもいいってコトだよな?
「や‥‥だ、出ちゃ‥‥っ」
「出せよ」
喉の奥にあたるほど深く含んで吸い上げると、譲の両手が戸惑うように髪を混ぜた。
「‥‥ンン‥ッ」
たっぷりと吐き出した後で喘ぐように呼吸を繰り返して、投げ出すように横を向く。
すっかり濡れて曇った眼鏡を外してやると、甘えるように首を抱き寄せて、ハラハラと綺麗な涙を流した。
泣くなよ。これ以上の無体を働けなくなるじゃねーか。
不思議な感覚だった。
身体は火照ったままなのに、気持ちは妙に優しくなって‥‥満足して。求めてきた頭をギュッと抱きしめたら、穏やかな眠気に負けそうになる。
「兄さんの、鼓動‥‥‥」
満足げに呟いた譲が無防備な笑みを見せて、眠りに落ちた。
そりゃそーか。
朝っぱらから俺になんか会って大騒ぎしてから、やたら長い道のりを歩いて、ビキビキに緊張して誘うわ、その後にヤバイの見るわ、泣きじゃくるわ、挙げ句に‥‥。
「お疲れさん」