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[将譲]逢夢辻〜07〜

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【逢夢辻】〜07〜


「好きになったら欲しい。身体も心も全部手に入れたい。オレのことだけ感じててほしい‥‥そう考えるのが、自然だろ?」
 余裕の笑顔に世界がグラつく。
「それじゃ‥‥まるで、獣じゃないか‥‥」
 なんとか押し出した否定の言葉は軽くかわされて。
「獣だろ?オマエもオレも。人間様だなんて偉そうに構えてみたって、男は野性の獣なの。卵から生まれるわけじゃないんだからさ」


 三草山‥‥生田の戦で痛手を受けた源氏軍は、熊野水軍に援護を求めるべく動いていた。その熊野の土地に入った頃から、ヒノエと名乗る赤毛の男が、先輩目当てにうろうろとし始めて‥‥。
 先輩は、相手にしてるのかしてないのか、フラッと付いて歩いたり楽しげに会話を交わしたりしている。どこの誰とも判らない奴を、そんなにアッサリと信用していいんですか!と心配する俺に「大丈夫よ〜。不埒を働いたらバシッと斬りつけてあげるから♪」なんて笑ってみせる。
 先輩が良いというなら‥‥と引いてはみても、口先から指先まで猥褻罪のオンパレードじゃないかと呆れて、ヒノエに直談判を試みた。
「朔!?」
 そこで聞いた真相に、えらく驚いてみる。
「でかい声出すなよ。だから、オマエの心配する幼馴染みには、なんだかんだ相談に乗ってもらってるトコ。これで安心しただろ?」
 話を早々に切り上げようとするヒノエに、何か騙されているような心地になる。
「はぐらかしてるんじゃないだろうな」
 振り向いたヒノエは溜息を一つ。呆れを含んだそれに、心が怯んでしまう。
「あのな‥‥。まぁ、望美はイイ女だよ。惚れた男のために戦場に立つなんて、そんじょそこらの女にできることじゃない。オレはアイツのそういう部分には惹かれてるし、正直ちょっと独占欲を煽られたりもするけど」
 待て。いろいろ、待て。
「惚れた男‥‥‥って」
 なんだかもう、これ以上疑問をぶつけるのは、さすがに恥ずかしいような気がしないでもない。俺がグチャグチャと考え込んでる間に、いったい話はどこまで進んでいるのか。
「そこから?」
 ヒノエは一瞬ドン引きしたような顔をして、フッと綺麗に笑った。
「恋でもしてんの?なんか全然周りが見えてないみたいだけど」
 怪訝そうに距離を取っていた口調が、途端に近くなって驚く。
「な‥‥なんで」
「なんでって聞きたいのはこっちだったんだぜ?別にオマエは望美に落ちてる感じじゃない。なのにまるで、姫様の傍付きのようにオレを煙たがってる。何だコイツはって思うじゃねーか」
 そんな風に見えてたのか‥‥。
「お前だって‥‥朔に気があるようには見えなかったぞ。いつも先輩の尻ばっか追っかけて」
「バーカ、それは戦略なの。朔ちゃんはヤローに気がないからね。‥‥まぁ、辛い恋の名残だろうけど。ガードも固いし、景時は邪魔だし、望美ちゃんを味方につけないでどーやって朔ちゃんの柔肌まで辿り着けばいいんだよ」
「柔肌って、お前っ」
「おかしいことじゃないよ。好きになったら欲しい。身体も心も全部手に入れたい。オレのことだけ感じててほしい‥‥そう考えるのが、自然だろ?」
 余裕の笑顔に隠された、切ない響きに目を瞑る。
「それじゃ‥‥まるで、獣じゃないか‥‥」
「獣だろ?オマエもオレも。人間様だなんて偉そうに構えてみたって、男は野性の獣なの。卵から生まれるわけじゃないんだからさ」
 諦めたように笑うヒノエは、とても同い年のようには見えなかった。

 俺は、逃げてるのか。
 京で別れてからずっと、虚しさと不安に押し潰されるような気持ちで毎日を過ごしてきた。逢いたくても逢えなくて、生きているのかすら判らなくて。夢に見る様々な未来は、どれも悲しく暗いものでしかなくて‥‥時折、夜の重さに負けそうになる。
 兄さんは、そんな想いを3年以上も抱えて生きてきたのか。そう思うと、どうしてあの時、あんな風に突き放すことしかできなかったんだろうと悲しくなる。
 もう一度、逢えたら‥‥。
『次に逢う時までに、どっちにするか決めとけよ?』
 何度も反芻した、別れ際の一言。
 わかってるよ。
 もう俺は、逃げたりしない。
 兄さんが何を考えてるのか‥‥その先に何があるのか、全部この身で見極めてやる。
 だから早く。

 はやく。

 念じた想いに応えるように、深紅の陣羽織が目に飛び込んできた。
 早朝。
 顔を洗うために宿を出た、俺の前に‥‥まるで奇跡のように。
「ゆ‥‥ず、る‥‥?」
 思い詰めたように歪む顔。
 あの時と同じ、獣のように発情してる顔。
 もう、恐くない。
「逃げるなよ」
 抱きしめて拘束するつもりが、勢い余って噛みつくようなキスを重ねていた。
 
 
 
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