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[将譲]逢夢辻〜21〜

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【逢夢辻】〜21〜


 黒龍の逆鱗は厳島神社にある。
 その情報をくれたのは、意外にも経正だった。
 逆鱗を破壊すれば、そこから作られた怨霊は全て消えちまうってのに‥‥それは先の戦で命を落とした経正も、例外じゃ‥‥ねぇ。
「将臣殿が役を終え自由になることで、きっと私も、五行の自然な流れへと溶けることを許されるのですよ」
 穏やかに笑い返されて、心底驚く。
 まさかコイツが怨霊になって留まっていることが俺のためだとか、考えたこともなかった。
「経正?」
「将臣殿は平氏ではありません。ですが、縁あって此処へと降りたというだけで、こんな状態の平家を、平家の誰よりも真剣に気遣ってくださる。‥‥それはもう、血族の情など遙かに越えた次元の話ですし、きっと将臣殿自身の人徳がそうさせるのでしょう。ですから私は、平家の末裔として、その偉業を見届ける義務があるのだと自分に課しているのです」
 そういや此処へ戻る前、敦盛にも同じように返されたのを思い出す。
『怨霊は悲しい存在だ。兄上には兄上のお考えがあって、ここに留まっていらっしゃるのだろう。それが平家の皆を救うためだというのならば、戦いを収束させ、怨霊を作り出す源を消し去ることで、あの方は自由になることができる‥‥それは、私も同じだ』
 本当にコイツラ、似た者兄弟だな。
 そうだ。すでに命を落としている経正や敦盛は、救いようがない。むしろムリヤリ繋ぎ止めている鎖を断ち切って、本当の意味で眠ることのできる時こそが『救い』なのかもしれない。
 そう思うと、切ないもんだな‥‥。
「敦盛が‥‥‥そうですか、そんなことを」
 成長したのだな、と目を細める仕草は、兄なのか父なのかと問いたくなるほどの慈愛に満ちて、どこまでも穏やかだ。これが世に言う『怨霊』だなんて、誰も思わねぇな‥‥むしろ守護霊とか菩薩に近いんじゃねぇか?
「源氏に付いたあの子が、きっと誰よりも平家の行く末を案じていたのでしょう。怨霊という存在の悲しさを一番身に沁みて知っているせいかもしれませんね‥‥。敦盛にそんな覚悟があるのでしたら、私はきっと、最期の力であの子を浄土へと導きます。それが兄として私にできる、最上のことでしょう」
 二人の想いを胸に、厳島神社‥‥清盛へと向かう決意を新たにした。


 今日の譲は、どこか変だ。
「兄さ‥‥もっと、奥‥‥‥‥もっと‥‥っ」
 熱に浮かされたように求めながら、吸いつくように絡みついてくる肌に‥‥熱に、暴走しそうになる。
「ゆず‥‥‥っ、‥‥なんか、あったのか?」
 やけに積極的な腰を深く貫きながら止めると、なんか、なんだか、タマラナイ顔になった。
「兄さんだろ?」
 なに?
「なにか‥‥あって、‥‥俺には、話さない‥‥からっ」
「っ」
 思わず弛めた手を振り払うように、強く腰を回して誘う仕草。
 こんな譲は、知らない。
 妖艶に笑いながら、軽く馬鹿にするように首を傾げる。
「愚痴でも何でも、言わないなら聞かない。‥‥‥黙って俺を欲しがってろよ」
 気付かれてたのか‥‥。

 これから戦う相手に対して、迷いになるようなことは言いたくなかった。
 言えば確実に迷うだろう。俺よりずっと繊細なくせに‥‥そんじゃなくても源氏側の人間は、なんだかんだとコイツの優しさに甘えて手の裏を見せる。
 適当に放置することもせずに全てを抱え込むから、お前はもう目一杯だろ?
 俺まで、お前の重荷になるとか‥‥考えたくねぇんだよ。
「兄さんは俺が欲しくない?」
「欲しい」
 喉から手が出るほどってのは、こういうのを言うんだろうな。
「だから、言えないことは言わなくていい。全部終わったらまとめて聞くから。‥‥現実が辛いなら‥‥俺で、逃避して‥‥いいから」
 恥ずかしそうに苦笑しながら、物凄い台詞を口にする。
 無言でケツを振るより、よっぽど羞恥心を煽られるのか、耳朶から首筋まで驚くほど赤く熟れた。
「サンキュ」
 どう言えば俺がラクになるのかなんて全部お見通しって具合に、許されて甘やかされて、軽々と飲み込まれちまう。
 凪いだ海のような穏やかな譲は、澄んで、綺麗で、どこまでも深い。
 これで惚れるなとか、無茶だろ?
「んう‥っ、‥‥兄、さ‥‥んっ」
 後ろからゆっくりと沈みこんで、そのまま甘ったれるように背中に張り付くと、「馬鹿だな」なんて言いながら、回した手をギュッと抱きしめた。
 
 
 
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[将譲]逢夢辻〜20〜

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【逢夢辻】〜20〜


「景時か。‥‥入れ」
 もっとグルッと人がいる部屋に通されるのかと思いきや、そこにいたのは頼朝さん一人だけだった。
 景時さんが報告するより早く茶吉尼天の消滅を知っていたらしく、特に何のリアクションもないまま‥‥そんな頼朝さんの表情が一転したのは、九郎さんの名前が出た瞬間。
「あれを、逃がすというか」
「御意。ことが済めば、九郎義経は神子殿の世界へと向かいます故。‥‥それをしかと見届けたのち、ここへと戻って参ります」
 よくは判らなかった。だけど頼朝さんは、景時さんが『戻る』と言った瞬間、僅かに眉を動かしたように見えた。茶吉尼天の恐怖で支配していたはずの景時さんが、その力を振るわない頼朝さんに付き従う姿勢を崩さない‥‥まるでそのことに驚いているかのように。
 景時さんは、そんな頼朝さんの様子に気付かず、早口で言葉を並べ立てる。
「清盛公は『黒龍の逆鱗』なるものを使い、死した兵を怨霊として蘇らせているとの調べがつきました。その根元を破壊し五行の均衡を整えることで、神子殿と九郎は時空を越えることが‥‥そして平家からは、戦力となる怨霊が全て消え去ることとなります」
「皆まで言うな。‥‥平家、並びに九郎義経の追討をやめよとの申し出であろう」
「っ‥‥、御意」

「かまわぬ。好きにするがよい」

 一瞬、空耳かと思った。
 そう感じたのは俺だけじゃないらしく、景時さんも不安そうに視線を投げてくる。
 狐に摘まれたような気分で顔を見合わせた俺達に、くるりと背を向けた頼朝さんは‥‥低い微かな声で、次の命を出した。
「速やかに片付けて、此処へ帰れ」
「‥‥‥ハッ」
 話は済んだとばかりに部屋を出た頼朝さんの後ろ姿をポーッと見つめた景時さんは、さっきまでの凛々しい姿も何処へやら、腰が抜けたように座り込み、力無く笑いながら涙を零した。
「やだな‥‥‥泣けてきちゃうよ‥‥」
 意味がわからないとばかりに首を振る景時さんを見つめながら、なんとなく納得した。
 確信は持てないけど、頼朝さんの中では平家や九郎さんに対するソレより少し、梶原景時って家臣への執着の方が強かったんじゃないか。そう思う。‥‥自分を守る大きな力を失った頼朝さんには、景時さんの存在は小さくないはずだ。しかも、茶吉尼天を倒した理由が離反の為じゃないのだとしたら‥‥そこまで気付いてるのかどうかは、やっぱりよくは解らないけど。
 そんなことを考えたのは、たぶん『完璧』に見えていた兄さんの弱点を知ってしまったからなんだろう。
 兄さんの弱点は、俺。
 それを認めてしまうのは少し恥ずかしい気もするけれど、物騒な夜の町を、生死のかかった戦場を垣間見てしまった今となっては、否定する気分にもならない。
 掛け値無しに強い人にも、意外な弱さはある。
 それが人を惹きつける根元なのかもしれないと、‥‥そんな気がした。


 一度、京に帰った俺達は、そこで『厳島神社に黒龍の逆鱗が納められた』と聞いて、休む間もなく西へと向かうことになった。
 黒龍の逆鱗、か‥‥。
 この話をすれば、誰よりも朔が一番悲しむと考えていたのに、意外にも一番様子がおかしかったのは弁慶さんだった。朔は凍り付いたように冷静な瞳のまま「ならばそれを取り返しましょう」と呟くだけ。
 逆鱗を失ったということは、その龍はもう二度と戻らない。それを壊した時に新しい黒龍が生じるのだと説明されても、無言で一つ頷いただけだった。
 朔は今でも、黒龍を愛しているのに‥‥。

 朔はあまり口数の多い方ではなかったけど、俺や先輩には色々と話を聞かせてくれた。
 それは俺達がこの世界と直接関係がない存在だからなのか、それとも何か他の理由があるのか解らなかったけど。

「譲殿と将臣殿の関係は、私には解りかねるわ。‥‥でもそれで二人が幸せだというなら、それでも良いのではないかしらと、最近少し思えるようになってきたの」
 兄さんと熊野で別れて、少しした辺りかな。月夜の晩、縁側でボーッと月を見ていた俺に、朔が話しかけてきた。
「思えば恋は、立場や常識を念頭に置いてするものではないものね‥‥」
 それは俺に対しての言葉なのか、それとも朔が何か話したがっているのかと考えながら視線で促すと、隣にそっと腰掛けながら独り言のように語り始めた。

「ヒノエ殿が‥‥‥私に好意を持っているのですって。私は黒龍のものだと言っても『物じゃない。だから朔は自由だよ』なんて返されて、正直‥‥少し戸惑っているのだけれど‥‥」
 ヒノエらしい。
 どこまでも自分のやり方で押していくところとか。
 自然に、人の心を楽にしていくところとか。
「黒龍への愛が尽きることはないわ。そう伝えても『そのままでいい』って笑うのよ」
 困惑したように語る朔は、それでもどこか幸せそうで。
『恋人だろうが辛い過去だろうが、それを消したら今の自分はいなくなっちゃうだろ。朔が何かを手放す必要はないから、全部抱えておいで。‥‥抱えきれないなら、オレが一緒に抱えてやるよ』
 ヒノエの台詞は、なんかの歌の歌詞みたいだとか思う。アイツ、あっちの世界にいってもモテるんだろうな。

 朔はヒノエに惹かれていくことで『自分が黒龍のことを忘れてしまうんじゃないか』と怖れているようだった。
 忘れてしまえるなら忘れてしまえばいい。それでも心が痛むなら、やっぱり誰かが一緒に居た方がいいに決まっているし‥‥。
 先輩は、この戦が終われば元の世界へ帰る。
 それはもう先輩だけの問題じゃなかった。九郎さんの安全を考えれば他に選択肢はない。

 ヒノエになら‥‥朔を託していけるのにな。
 それが俺達の自分勝手な理想だと、気付いてないわけじゃない。
 それでも、優しい朔を独りにして帰るのは、やっぱり心苦しいわけで‥‥。


 これが最後の勝負。
 ゴールが見える焦燥感は、思ったよりもずっと心に重いものだった。
 
 
 
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[将譲]逢夢辻〜19〜

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【逢夢辻】〜19〜


 心配性な弟は、ヤバイ。
 マジでヤバイっつーか可愛すぎるだろ、これでどうやって別行動とか‥‥もうアリエネェから、まったく‥‥。
 本当なら一瞬でも離したくないところだが、譲が望む『幸せなラスト』を叶えるためには、あと一度だけ、どうしても別行動を取る必要があった。
「今度はすぐに戻る。日が沈んだら‥‥夜更かししてねーで、まっすぐ俺の所に来いよ?」
「兄さん‥‥っ」
「うん?」
 これが最後の別れになるワケじゃない。
 生きている限り、俺と譲は繋がっていられるし、いつでも‥‥逢える。それが判っていても、現実的な距離は切なさを煽った。
 いつもなら、それを悟られる前に背を向けられたのに、な。
「狡い‥‥‥‥そんな、目で」
 悪ぃ。お前に俺の辛さまで背負わせるつもりはなかったんだが。
「早く帰ろうな」
 アタリマエみたいに同じ家で眠って、どんだけ喧嘩しても同じ家に帰って、好き勝手言って、飯食って、笑い合う。
 今思えば、馬鹿みたいに平和な世界に。
「ああ」
「南の海、一緒に行くんだろ?」
「覚えてたのか」
「忘れるかよ」
 お前がくれた、未来とか、希望とか。俺がどれだけ、そんな「ささやかなもの」に縋って生きてきたかなんて、教えるつもりはないけどな。


 なんとか手を離して、故郷と戦場が交じり合ったような場所へと足を進める。
 後ろ髪を引かれている場合じゃない。早く辿り着けば、それだけ早く帰ることもできるだろう。そう思えば、幾つもの山越えも苦労とは思えなかった。

 ここへ来る前、源氏の‥‥つっても、譲と望美の周辺の奴らだけにだが、俺の正体を包み隠さず話してきた。リズ先生は当然のように無反応で、ヒノエは敦盛から一通り聞いたらしく楽しげに、弁慶や景時は「さすがに還内府とは思わなかった」と笑う程度には、正体に気付いていたらしい。
 ただ一人を除いては。
「将臣っ、お前は譲の兄ではないのか!?」
 譲は望美と一緒に異世界から召還されたと、ならばなぜお前が平重盛公だというのか!みたいな、なんつーか、全然通じてない辺りが可笑しくて。
「笑うなっ」
 無理だろ、普通に。
 九郎以外の人間は全て(リズ先生まで)噴き出して、九郎は自分に理解力が足りないのかと、かなり凹んでる様子だった。
「重盛じゃなくて、還内府。要するに、単純に『似てた』んだろ?‥‥そのおかげで命拾いしたんだけどな」
「‥‥‥似ていたのは姿形だけではない。平家が窮地に陥った時、誰もが頼りにしていた重盛公に、その大らかな気質や、淀みのない優しさが似ておられたのだ。だから自然と誰もが頼りにし始めた。叔父上ですら‥‥‥‥」
「サンキュ、敦盛」
 清盛が俺を頼っていたのか、それとも平家復興の為の人身御供として祭り上げられたのか、未だに判らない。それが心を苦しくもしたもんだが。
「ともかく俺は、平家を裏切るつもりはない。ただ、今さら平家を復興させるだとか、そういう不毛なことも考えてねぇ」
「ならば、なぜ!?」
「怨霊を使って戦うのは、源氏が‥‥頼朝が、平家を根絶やしにしろと命じていたからだ。兵士ですらない女子供も含め、全ての平氏を根絶やしにしろと」
「兄上が、そのような」
「九郎‥‥‥残念ながら、将臣くんの言うことは正しいんだよ」
 景時が低く告げた真実は、自分自身が謂われのない冤罪を着せられて殺されかけた今ですら、九郎には信じがたいものだったらしい。
「そんな‥‥源氏は‥‥兄上も俺も、先の戦で救われた命だというのに‥‥」
「それが、頼朝様の不安の元なんだよ」
 確かにそうだ。
 幼いから子供だからと摘まずにおいた種が芽吹いて、今の源氏がある。
 その歴史を繰り返さないために。
 過去の自分や、九郎の存在を‥‥怖れたために、頼朝は。
「だろうな。あながち的外れの不安でもないんだろうが、それで易々と殺されるのは御免だ」
 九郎のキャラを思えば有り得ねぇ『謀反の罪』も、確かに傍目に見れば『その可能性』は否定できなかった。それだけの話だ。
 平家も何も、全て同じ土俵の上にある。
「‥‥‥兄上‥っ」
 頼朝にとっては、九郎も平家も皆同じ。幼い頃から自分が抱いてきた恨みの深さだけ、他人の中にも、そんな幻を見てしまう。結局、人は自分のフィルターを通してしか世の中を理解できない。そういうことかもしれないが。
「それでも今なら‥‥茶吉尼天が消滅した今なら、交渉の余地はあるだろ」
「交渉というと、何か気を引けそうなものがありますか」
 食いついてきた弁慶の声に、その場が静まりかえる。
 それは地の底から聞こえるような、ゾッとするような絶望を含むものだった。
 こいつ、なんか知ってるな。
「平家の怨霊を全て消し去る。もちろん神子の封印みたいな末端的なのじゃなくてな。もっと効率よく、元を断つことさえできりゃ‥‥」
 今の平家は亡霊のようなもの。清盛の吸引力で動いているにすぎない、死した塊。
 ならばその清盛ごと綺麗サッパリ消し去っちまえば‥‥ひとまず、頼朝の目指す『武士の世』には、一つ貢献することになる。
 追討の手を弛める条件でそれを成し、二度と京に結集できなさそうな遠い場所へと動くことで頼朝の気も済むんじゃないかと提案すると、それは自分が直接掛け合ってみると景時が手をあげた。
「平家の追討だけじゃなくてね。‥‥九郎のことも、もう追わないで欲しいって、お願いにあがるつもりでいたから‥‥」
 景時一人で行かせることに難色を示した望美に、譲はすかさず「俺も一緒に行きます」と立ち上がった。
「ダメだよ〜っ、殺されちゃうかもしれないんだよ?」
 さすがにその場はざわついたが、一度キッパリと決断した譲が、それを引っ込めるなんてことは考えられず‥‥俺と望美は頷くしかなかった。こういう所は、昔から変わらない。
「‥‥ま、大丈夫だろ」
 こういう時、俺がただの『有川将臣』なら一緒に動けるのにな‥‥と、悔しくないと言えば嘘になる。
 落ち着きかけた話の腰を折るように、凛とした声が響いた。
「将臣くん、僕は先程の問いを答えてもらっていませんよ」
 弁慶‥‥?
「平家の怨霊を消すと言っても、どうするおつもりですか。そんな秘密兵器を秘密のままにされては、信用もままなりません」
 こういう所はさすが、氷の軍師と呼ばれるだけのことはある。
 怨霊を消すなんていう『根拠のない夢物語』は、信じるに値しないってことか。
「いいぜ。夜はまだ長いしな‥‥」

 逸る心で一通りの説明を終えて、小さく震えていた譲を抱きしめて眠った。
 その夢の中で、ようやく譲が抱えていた不安を知り、愛しさで狂いそうになりながら朝を迎えて‥‥。

 最後の一勝負に向けて、今はただ歩く。
 夜を一つ越える毎に『あの家』が近づくと、固く信じながら。
 
 
 
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[将譲]逢夢辻〜18〜

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【逢夢辻】〜18〜


「壊れちゃってんのよ。‥‥ムカツクわ」
 そう言って震える手を九郎さんに伸ばした先輩は、驚くほど儚げで、とても見ていられなかった。
 そういえば。
『見てきたのよ』
 夢の世界で、真っ青な顔をして呟いた横顔を思い出す。
 それは、九郎さんが罠にかかって『逝ってしまう未来』を見てきたってことですよね。
 ホッとして泣いている先輩に、何を聞くつもりもないけれど‥‥。
 先輩。
 俺は‥‥兄さんは、その世界で生きていましたか?
 頑なに俺達を信じると言い切った姿から、一つの未来が浮かび上がる。
 それは予知夢よりも確実な予感。
 先輩が垣間見た未来に、俺達の姿は、ない。

 兄さんを、失う‥‥‥?

 気付けば知盛がそこにいて、弁慶さんや景時さんは、兄さんの口から、その正体を白状させようとしている。大丈夫。今すぐに危険が迫るわけじゃない。みんな兄さんの正体にはうっすら気付いているし、頼朝さんが敵になった今、平家は必ずしも共通の敵じゃない。わかってるのに‥‥それでも震えは止まらなくて、背中でも叩かれたら泣き出してしまいそうで。
 皆の視線から隠れるように、その背中に身を預けて、ギュッと手を握りしめた。


「んなこと考えてたのかよ」
「う‥‥あぁっ‥‥」
 仰向けのまま、膝の上に腰だけ攫われるような姿勢で、無造作に突き上げられる。
 もう、何度目だろう‥‥途中から身体の力も入らなくなって、いやたぶんそれ以上に気力が保たなくて‥‥それでも眠ることもやめることもできずに、だらしなく上腕を投げ出した姿勢で、人形のように抱かれ続けていた。
 散々泣かされて掠れた声で、それでも兄さんの尋問のような問いに答え続けている。
 情けない‥‥な。
 それでも、そんな自分が嬉しいと感じてしまうのは、とうとう俺が壊れたってことなのか。
 ああ、もう何も考えたくない。
 このまま‥‥この腕の中で、消えてしまえたらいいのに。
 これ以上の居場所なんて、どこにもありはしないんだから‥‥。
「兄さん‥‥‥疲れた‥‥」
「だろうな」
 違う。やめないで。
 身体じゃなくて‥‥‥心が‥‥。
 言葉にならず伸ばした指を、あしらうように握りしめて口づける仕草に、涙が溢れる。
「無理することねぇよ。欲しけりゃ明日だって‥‥譲?」
 欲しい。
 身体の奥から、熱が込み上げて‥‥考えることに疲れた頭は、そんな自分を止めてくれなくて。
「好きにさせて‥‥くれよ」
 気付けば兄さんを組み敷くように跨いで、自ら腰を振っていた。
 浴びるように何度も何度もかけられた白いものが、汗と混じって滴り落ちても。戸惑うように見つめた兄さんが、鉄も溶けそうな視線で俺を視姦しても。かまわず。もういっそ、見せつけるように踊りながら。
 自分を、犯し続ける。
 こんな行為が好きなのかと聞かれれば、やっぱりまだよく解らない。
 それでも、考えなくていいのは嬉しかった。
 今は兄さんの熱を感じて、鼓動を数えて、視線を気にしているだけでいい。

 傍にいたい。望みはそれだけだ。

 だけど叶うことなら、あの平和な世界に戻りたい。兄さんと一緒に。先輩と一緒に。九郎さんにも他の誰にも死んでほしくない。源氏も平家も争いをやめて、平和な京を見届けて、白龍の力を戻して、何の気がかりもなく笑って帰りたい。
 俺は‥‥‥欲張り、だな‥‥。
「譲、俺は此処にいるぜ?」
 え‥‥?
 呼びかけに視線を下ろすと、優しく苦笑する兄さんと目が合った。
「別に俺は、お前が死のうが俺がくたばろうが構わねぇ。どうせ逝くなら、お前と重なり合って逝きたいとは思うけどな」
「なにを、言って」
「だーかーら。まだ来ねぇラストをウジウジ悩んでないで、俺を、感じとけ」
「んはあっ」
 力強く腰を捕まれて、太い杭に、深く、深く、穿たれる。
 下から上へ、脳天から何かが突き抜けそうなくらい深く激しく突き上げられて、あまりの快感に肌が泡立つのを感じる。
 苦しくて、愛しくて、込み上げる鼓動を感じた時。

 俺は生きてるんだなと‥‥アタリマエのことに、感動した。
 
 
 
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[将譲]逢夢辻〜17〜

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【逢夢辻】〜17〜


 重衡の行方を追えば、鎌倉で途切れるという。
 だけど鎌倉が重衡を討ったとすれば、平家を叩いたタイミングで、それを誇示するんじゃねぇか?
「‥‥生きては、いるのだろう」
 コイツが言い切るってことは、たぶんその後の消息もある程度は判ってんだろう。それでも茶吉尼天の消滅に拘るのには、何か引っかかるものがあるが。
「駒としてか?」
「フッ‥‥‥。何の役に立つのか、俺には解らぬが‥‥?」
 ハイハイ。
 ったく、ここまで調べまくっといて今さら皮肉言っても、ただのツンデレにしか見えねーっつの。
 ゆっくりからかえる状況じゃないのが、ちと惜しい。今まで散々弄られてきた仕返しでもしてやれそうなタイミングだってのに。
 
 足早に向かっているのは、鎌倉。
 九郎義経を罪人として仕立て上げた頼朝が、とうとう奴を監禁するんだとか。まあ実際は景時やヒノエの情報が一足早かったらしく、俺達は茶吉尼天との一戦に間に合うかどうかってとこだが。予想より早くコトが進んでいることは確かだ。
 夕べの感じだと、まだ九郎は「兄上にお目通りを」とか言ってるらしい。四の五の言ってねぇでサッサと逃げろって話じゃないのか!?‥‥ま、あの天然小僧に空気を読めとは言わないが、なんかやっぱ心苦しいのはあるよな。
 アイツは本当に何の計算もなく、信じたいものを信じる。俺なんか、アイツの正体を知ったあと「将臣将臣」呼ばれるだけで意味もなく落ち込んだりしたんだぜ?‥‥最終的にこっち側にいなきゃできねぇこともあるわけだし、だから単純に裏切ってるだとか敵だとか‥そんな意識も無いってのに。それでも、アイツを謀るのはキツかった。
 もしかして頼朝は、その手の罪悪感に負けたんじゃねぇのか?
 九郎は被害者。それは誰が見たってその通りだが、なんか釈然としない部分も残った。‥‥んなこと望美に言ったら、食い殺されそうだけどな。

 途中絡まれる雑魚共に足止めを食らうこともなく、スムーズに向かえてんのは、血生臭い相棒のおかげだと言わざるを得ない。
「実の弟を抱きたがる物好きもあれば、それを手にかける兄もある‥‥‥クッ、ご苦労なことだ」
 物好きで悪かったな。
「まあ、一口に兄弟っつっても色々あるだろ」
「‥‥‥違いない」
 そういえばコイツラも、妙な兄弟だったな‥‥。
 仲が良いんだか悪いんだか。あんだけ無関心なふりして、ここまで執着してたとは‥‥人は外見で判断できねぇぞ、ったく。
「あれ‥‥か‥?」
「っと、もう始めてんのか!」

 合流する直前に知盛が身を隠したのは、俺が八葉としてここに加わるための最低限のマナーみたいなもんだった。今ここで仲間割れしてる場合じゃねぇ。
「兄さん!」
「将臣くんっ」
「待たせたな!」
 強大な敵を前に、参戦を断る奴は一人もいなかった。
「これで八葉が満ちる‥‥勝てるよ、神子」
 白龍のやけにキラキラした声に押されるように追い風が吹いて‥‥戦いの末、茶吉尼天は消滅した。


「よく決断したな」
 思わず九郎に声をかけると、消化し切れてない顔でグッと言葉を詰まらせた。
「兄上が‥‥まさか、謀反などと、本気で‥‥っ」
「本気じゃねぇよ」
 確信はないけど、そんな気がした。
「兄貴ってのは嘘をつくもんだ。負けたくねぇとか、傷つけたくねぇとか、色々考えることは違うんだろうが‥‥良いのも悪いのも含めて、それが執着だったり情だったりすんだろうな」
「執着‥‥‥?」
 頼朝のことは、よくわかんねぇけど。
「気にならなきゃ放置してただろ」
 嫌い嫌いも好きのうち。
 こんな天然ブラコン大将に愛情丸投げされたら、そーとー器用な兄貴以外、力ずくで振り払うしか手段がねぇだろ?
「九郎‥‥‥たぶん頼朝様は、君が思うより少し‥‥疲れていらっしゃるんだよ。君に出逢うまでが長すぎて、酷すぎて‥‥正直に人を信じることが、できずにいらっしゃる。オレは、そう思うよ」
 確かにそーゆーのは、盲目に兄の愛情を信じて疑わなかった九郎より、ただの配下として寄り添ってきた景時の方が、よく見える部分なんだろうな。
「時に、信じることは覚悟を要する。お前が神子をにわかには信じられなかったように」
「景時‥‥リズ先生‥‥」

「壊れちゃってんのよ。‥‥ムカツクわ」

 ボソリと呟いた望美が心底悔しそうに泣きながら、九郎の背中にしがみついた。
「望美?」
「九郎さんは疑わなくていい。兄上〜はどうだか知らないけど、私は九郎さんの味方でいるから。‥‥‥ずっと」
 回された手を包みこんだ九郎は、やっと笑った。
「そうだな」

 その場にいた全員にホッとした空気が流れた所で、知盛が姿を現した。
「バカ、まだ早いっ」
「これ以上茶番に付き合えるか」
 新たな敵にサッと気色ばんだ面々は、知盛が発した一言に瞬間フリーズ。理由は様々な所にあると思うが。
「平泉へ行く」
「平泉!?」
「この顔に似たのが紛れ込んだと聞いた。確認が済めば戻る‥‥‥任せたぞ‥‥」

 好き勝手言い捨てて背を向けた姿を、ポカンと見つめていた。

「将臣、どういうことだ‥‥」
 待て九郎。説明すりゃ長くなるから、つーかどこから話せと?
「ゆっくりと聞かせて頂きましょうね」
 弁慶‥‥目が笑ってないぜ。
「返答次第では、このまま返すわけにはいかないよ〜?」
 景時、お前までかよっ。
「ひとまず夜を明かす準備くらいしたらどう?モタモタしてると日が暮れるよ」
 ヒノエが可笑しそうに笑うのは、裏を返せば『一晩かけて説明すれば?』って意味だろうな‥‥。
「ま、そうなるか」
 それでもなんだか楽しげな雰囲気は、もうほとんど俺の正体なんか知ってるぜーみたいな意味なのかもしれない‥‥そうだろ、譲。
 背を預けるように立ちながら、見えない所で繋がれた手を、ギュッと握りかえしてみた。
 
 
 
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