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[将譲]逢夢辻〜19〜

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【逢夢辻】〜19〜


 心配性な弟は、ヤバイ。
 マジでヤバイっつーか可愛すぎるだろ、これでどうやって別行動とか‥‥もうアリエネェから、まったく‥‥。
 本当なら一瞬でも離したくないところだが、譲が望む『幸せなラスト』を叶えるためには、あと一度だけ、どうしても別行動を取る必要があった。
「今度はすぐに戻る。日が沈んだら‥‥夜更かししてねーで、まっすぐ俺の所に来いよ?」
「兄さん‥‥っ」
「うん?」
 これが最後の別れになるワケじゃない。
 生きている限り、俺と譲は繋がっていられるし、いつでも‥‥逢える。それが判っていても、現実的な距離は切なさを煽った。
 いつもなら、それを悟られる前に背を向けられたのに、な。
「狡い‥‥‥‥そんな、目で」
 悪ぃ。お前に俺の辛さまで背負わせるつもりはなかったんだが。
「早く帰ろうな」
 アタリマエみたいに同じ家で眠って、どんだけ喧嘩しても同じ家に帰って、好き勝手言って、飯食って、笑い合う。
 今思えば、馬鹿みたいに平和な世界に。
「ああ」
「南の海、一緒に行くんだろ?」
「覚えてたのか」
「忘れるかよ」
 お前がくれた、未来とか、希望とか。俺がどれだけ、そんな「ささやかなもの」に縋って生きてきたかなんて、教えるつもりはないけどな。


 なんとか手を離して、故郷と戦場が交じり合ったような場所へと足を進める。
 後ろ髪を引かれている場合じゃない。早く辿り着けば、それだけ早く帰ることもできるだろう。そう思えば、幾つもの山越えも苦労とは思えなかった。

 ここへ来る前、源氏の‥‥つっても、譲と望美の周辺の奴らだけにだが、俺の正体を包み隠さず話してきた。リズ先生は当然のように無反応で、ヒノエは敦盛から一通り聞いたらしく楽しげに、弁慶や景時は「さすがに還内府とは思わなかった」と笑う程度には、正体に気付いていたらしい。
 ただ一人を除いては。
「将臣っ、お前は譲の兄ではないのか!?」
 譲は望美と一緒に異世界から召還されたと、ならばなぜお前が平重盛公だというのか!みたいな、なんつーか、全然通じてない辺りが可笑しくて。
「笑うなっ」
 無理だろ、普通に。
 九郎以外の人間は全て(リズ先生まで)噴き出して、九郎は自分に理解力が足りないのかと、かなり凹んでる様子だった。
「重盛じゃなくて、還内府。要するに、単純に『似てた』んだろ?‥‥そのおかげで命拾いしたんだけどな」
「‥‥‥似ていたのは姿形だけではない。平家が窮地に陥った時、誰もが頼りにしていた重盛公に、その大らかな気質や、淀みのない優しさが似ておられたのだ。だから自然と誰もが頼りにし始めた。叔父上ですら‥‥‥‥」
「サンキュ、敦盛」
 清盛が俺を頼っていたのか、それとも平家復興の為の人身御供として祭り上げられたのか、未だに判らない。それが心を苦しくもしたもんだが。
「ともかく俺は、平家を裏切るつもりはない。ただ、今さら平家を復興させるだとか、そういう不毛なことも考えてねぇ」
「ならば、なぜ!?」
「怨霊を使って戦うのは、源氏が‥‥頼朝が、平家を根絶やしにしろと命じていたからだ。兵士ですらない女子供も含め、全ての平氏を根絶やしにしろと」
「兄上が、そのような」
「九郎‥‥‥残念ながら、将臣くんの言うことは正しいんだよ」
 景時が低く告げた真実は、自分自身が謂われのない冤罪を着せられて殺されかけた今ですら、九郎には信じがたいものだったらしい。
「そんな‥‥源氏は‥‥兄上も俺も、先の戦で救われた命だというのに‥‥」
「それが、頼朝様の不安の元なんだよ」
 確かにそうだ。
 幼いから子供だからと摘まずにおいた種が芽吹いて、今の源氏がある。
 その歴史を繰り返さないために。
 過去の自分や、九郎の存在を‥‥怖れたために、頼朝は。
「だろうな。あながち的外れの不安でもないんだろうが、それで易々と殺されるのは御免だ」
 九郎のキャラを思えば有り得ねぇ『謀反の罪』も、確かに傍目に見れば『その可能性』は否定できなかった。それだけの話だ。
 平家も何も、全て同じ土俵の上にある。
「‥‥‥兄上‥っ」
 頼朝にとっては、九郎も平家も皆同じ。幼い頃から自分が抱いてきた恨みの深さだけ、他人の中にも、そんな幻を見てしまう。結局、人は自分のフィルターを通してしか世の中を理解できない。そういうことかもしれないが。
「それでも今なら‥‥茶吉尼天が消滅した今なら、交渉の余地はあるだろ」
「交渉というと、何か気を引けそうなものがありますか」
 食いついてきた弁慶の声に、その場が静まりかえる。
 それは地の底から聞こえるような、ゾッとするような絶望を含むものだった。
 こいつ、なんか知ってるな。
「平家の怨霊を全て消し去る。もちろん神子の封印みたいな末端的なのじゃなくてな。もっと効率よく、元を断つことさえできりゃ‥‥」
 今の平家は亡霊のようなもの。清盛の吸引力で動いているにすぎない、死した塊。
 ならばその清盛ごと綺麗サッパリ消し去っちまえば‥‥ひとまず、頼朝の目指す『武士の世』には、一つ貢献することになる。
 追討の手を弛める条件でそれを成し、二度と京に結集できなさそうな遠い場所へと動くことで頼朝の気も済むんじゃないかと提案すると、それは自分が直接掛け合ってみると景時が手をあげた。
「平家の追討だけじゃなくてね。‥‥九郎のことも、もう追わないで欲しいって、お願いにあがるつもりでいたから‥‥」
 景時一人で行かせることに難色を示した望美に、譲はすかさず「俺も一緒に行きます」と立ち上がった。
「ダメだよ〜っ、殺されちゃうかもしれないんだよ?」
 さすがにその場はざわついたが、一度キッパリと決断した譲が、それを引っ込めるなんてことは考えられず‥‥俺と望美は頷くしかなかった。こういう所は、昔から変わらない。
「‥‥ま、大丈夫だろ」
 こういう時、俺がただの『有川将臣』なら一緒に動けるのにな‥‥と、悔しくないと言えば嘘になる。
 落ち着きかけた話の腰を折るように、凛とした声が響いた。
「将臣くん、僕は先程の問いを答えてもらっていませんよ」
 弁慶‥‥?
「平家の怨霊を消すと言っても、どうするおつもりですか。そんな秘密兵器を秘密のままにされては、信用もままなりません」
 こういう所はさすが、氷の軍師と呼ばれるだけのことはある。
 怨霊を消すなんていう『根拠のない夢物語』は、信じるに値しないってことか。
「いいぜ。夜はまだ長いしな‥‥」

 逸る心で一通りの説明を終えて、小さく震えていた譲を抱きしめて眠った。
 その夢の中で、ようやく譲が抱えていた不安を知り、愛しさで狂いそうになりながら朝を迎えて‥‥。

 最後の一勝負に向けて、今はただ歩く。
 夜を一つ越える毎に『あの家』が近づくと、固く信じながら。
 
 
 
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