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[将譲]逢夢辻〜21〜

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【逢夢辻】〜21〜


 黒龍の逆鱗は厳島神社にある。
 その情報をくれたのは、意外にも経正だった。
 逆鱗を破壊すれば、そこから作られた怨霊は全て消えちまうってのに‥‥それは先の戦で命を落とした経正も、例外じゃ‥‥ねぇ。
「将臣殿が役を終え自由になることで、きっと私も、五行の自然な流れへと溶けることを許されるのですよ」
 穏やかに笑い返されて、心底驚く。
 まさかコイツが怨霊になって留まっていることが俺のためだとか、考えたこともなかった。
「経正?」
「将臣殿は平氏ではありません。ですが、縁あって此処へと降りたというだけで、こんな状態の平家を、平家の誰よりも真剣に気遣ってくださる。‥‥それはもう、血族の情など遙かに越えた次元の話ですし、きっと将臣殿自身の人徳がそうさせるのでしょう。ですから私は、平家の末裔として、その偉業を見届ける義務があるのだと自分に課しているのです」
 そういや此処へ戻る前、敦盛にも同じように返されたのを思い出す。
『怨霊は悲しい存在だ。兄上には兄上のお考えがあって、ここに留まっていらっしゃるのだろう。それが平家の皆を救うためだというのならば、戦いを収束させ、怨霊を作り出す源を消し去ることで、あの方は自由になることができる‥‥それは、私も同じだ』
 本当にコイツラ、似た者兄弟だな。
 そうだ。すでに命を落としている経正や敦盛は、救いようがない。むしろムリヤリ繋ぎ止めている鎖を断ち切って、本当の意味で眠ることのできる時こそが『救い』なのかもしれない。
 そう思うと、切ないもんだな‥‥。
「敦盛が‥‥‥そうですか、そんなことを」
 成長したのだな、と目を細める仕草は、兄なのか父なのかと問いたくなるほどの慈愛に満ちて、どこまでも穏やかだ。これが世に言う『怨霊』だなんて、誰も思わねぇな‥‥むしろ守護霊とか菩薩に近いんじゃねぇか?
「源氏に付いたあの子が、きっと誰よりも平家の行く末を案じていたのでしょう。怨霊という存在の悲しさを一番身に沁みて知っているせいかもしれませんね‥‥。敦盛にそんな覚悟があるのでしたら、私はきっと、最期の力であの子を浄土へと導きます。それが兄として私にできる、最上のことでしょう」
 二人の想いを胸に、厳島神社‥‥清盛へと向かう決意を新たにした。


 今日の譲は、どこか変だ。
「兄さ‥‥もっと、奥‥‥‥‥もっと‥‥っ」
 熱に浮かされたように求めながら、吸いつくように絡みついてくる肌に‥‥熱に、暴走しそうになる。
「ゆず‥‥‥っ、‥‥なんか、あったのか?」
 やけに積極的な腰を深く貫きながら止めると、なんか、なんだか、タマラナイ顔になった。
「兄さんだろ?」
 なに?
「なにか‥‥あって、‥‥俺には、話さない‥‥からっ」
「っ」
 思わず弛めた手を振り払うように、強く腰を回して誘う仕草。
 こんな譲は、知らない。
 妖艶に笑いながら、軽く馬鹿にするように首を傾げる。
「愚痴でも何でも、言わないなら聞かない。‥‥‥黙って俺を欲しがってろよ」
 気付かれてたのか‥‥。

 これから戦う相手に対して、迷いになるようなことは言いたくなかった。
 言えば確実に迷うだろう。俺よりずっと繊細なくせに‥‥そんじゃなくても源氏側の人間は、なんだかんだとコイツの優しさに甘えて手の裏を見せる。
 適当に放置することもせずに全てを抱え込むから、お前はもう目一杯だろ?
 俺まで、お前の重荷になるとか‥‥考えたくねぇんだよ。
「兄さんは俺が欲しくない?」
「欲しい」
 喉から手が出るほどってのは、こういうのを言うんだろうな。
「だから、言えないことは言わなくていい。全部終わったらまとめて聞くから。‥‥現実が辛いなら‥‥俺で、逃避して‥‥いいから」
 恥ずかしそうに苦笑しながら、物凄い台詞を口にする。
 無言でケツを振るより、よっぽど羞恥心を煽られるのか、耳朶から首筋まで驚くほど赤く熟れた。
「サンキュ」
 どう言えば俺がラクになるのかなんて全部お見通しって具合に、許されて甘やかされて、軽々と飲み込まれちまう。
 凪いだ海のような穏やかな譲は、澄んで、綺麗で、どこまでも深い。
 これで惚れるなとか、無茶だろ?
「んう‥っ、‥‥兄、さ‥‥んっ」
 後ろからゆっくりと沈みこんで、そのまま甘ったれるように背中に張り付くと、「馬鹿だな」なんて言いながら、回した手をギュッと抱きしめた。
 
 
 
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