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[将譲]逢夢辻〜06〜

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【逢夢辻】〜06〜


 タイムリミット、か。
 危険を顧みずに自分を迎えに来たガキを、叱りとばす気にはなれない。偉そうなことを言っても「不安で不安でたまらなかったのだ」と顔に書いてあることを自覚してない子供が、昔の記憶を呼び起こすせいかもしれない。
 生意気なガキは、どれもこれも譲に見えるのが厄介だ。そんなこと言ったら譲に張り飛ばされるだろうが。
「行くなって‥‥言ってるのに」
 譲は昔から、ワガママを言わない子供だった。
 ワガママを言っている自分を許せない。そんな顔をして何もかもを飲み込んで、そのくせ諦めることもできずにジトーッと恨みがましい視線を向けてたなんて、絶対自覚してないだろうな。
 毛穴からダダ漏れなんだよ!と呆れたり、怒ったり。そんな譲が可愛すぎて、わざと煽ってみたり‥‥俺はそーとー大人げない兄ちゃんだったな。
 ゴメン。
 せっかくお前が素直に開いてる扉を、蹴り飛ばしたいなんて思ってねぇよ。勿体ない。
 だけど今は、行くべきなんだろう。
 自分を待っている場所。帰らなきゃならねぇ場所。もう少しなら後回しにできたとしても‥‥‥なぁ、譲。

 このまま傍にいたら、俺はお前を泣かせる確信があるぜ?

 リミットだろ。
 ここでコイツラに着いていかなかったら、もう今夜にもお前を泣かせて壊して絶望させる。振り切って残ったのだからと責めて、許してしまうだろうお前を、確実に力任せに自分の物にしてしまう。それ以外の自分を想像することすらできない程度に、俺の理性は粉々で‥‥‥それを躊躇する程度には、お前を愛している自信がある。だから。
「次に逢う時までに、どっちにするか決めとけよ?」
 コソッと呟いた一言に、腹の中まで犯されたような顔をして赤くなった譲の後ろ、気付かぬ振りで沈黙を決め込んだ奴等と目が合った。
 望美、朔、景時、弁慶‥‥リズ先生は、さすがに読めねーな。
 身勝手な兄貴。
 そうだろう、さすがに自覚はある。
「為すべきことがおありなのでしょう。狭い世界です、また会えますよ。‥‥そうでしょう?」
 譲の肩を抱くように、弁慶が呟く。
「さっさと終わらせて合流してよね。こっちだって忙しいんだから」
 早く行けとばかりに望美が手を振る。
「大丈夫大丈夫〜♪帰ってくるまで、ちゃんと望美ちゃん達は守るからね〜♪」
 景時が含みのある瞳で笑う。
「ああ。頼んだ」
 努めて軽く手を振って、振り返りもせず歩き出す。

 譲の中に、どんな形であれ自分への執着を認めて、望美に嫉妬してたみたいだとか告られて、堪えていた欲がマグマのように噴き出した。
 この世界へ流れ着いてから、ずっと。
『譲が生きていればいい』
 それだけを願ってきたはずの自分が、生きていたら傍にいたくて、想いが通じれば欲しがって‥‥だいたいアイツが男を受け入れるわけがねぇことぐらい、百も承知だったはずだ。しかも俺は、血を分けた兄弟で。オカシイだろ、誰がどう考えても。狂ってるだろ。
 自覚しても止まらなかった。
 苦しいほど欲が込み上げて、内側から食いつぶしていくような感覚に震え上がりながら、ぼんやりとここへ来てからの日々を思い出す。
 何度、死を覚悟したか。
 明日も見えない地獄のような日々の中で、壊れて、狂って、いつか譲に逢えたら‥‥なんて馬鹿みたいな夢を見ることだけが、正気を保つ術だった。
 叶わないと思っていたから、そんなことを考えたのかもしれない。だが‥‥一度壊れた心は、元には戻らず。
 捨てた希望をあっさりと拾い上げた現実に、目眩を覚える。
 実際に目の前にした譲は何も変わらず、望美のことだけを盲目に見つめていて‥‥そこで諦めればよかったんだ。変な期待をしないで、守るべき陣の中に逃げ帰ってしまえば。

『兄さんを好きだから・・・』

 それが恋愛感情じゃねぇことぐらい、誰にだって解る。
 それでも、それはGoサインにしか聞こえなかった。気付けば抱きしめて、ムリヤリ唇を奪って、もう何も考えられなくて。

 満足なんてしねぇよ。
 生きてるだけでいいなんて、どこの馬鹿が口走った?
 お前が欲しい。酷いことして泣かせたい。明日死んでもお前の中に俺が残るように、刻みつけてしまいたい‥‥‥それがお前を傷つけることだとしても。
 優しくなんか、してやれない。

 溢れる恋情を持て余すように戦をこなして、三草山の戦いでは源氏に圧勝することができた。
 勝利を急いでいた。
 コイツラの安全が確保できれば、譲の元に返ることもできるだろ‥‥それを譲が望めばの話だけどな。
 逢いたい。
 逢いたくない。逢うのが恐い。それでも逢いたい‥‥‥‥抱きたい。
「まるで獣だな‥‥」
 夜風に呟いて、独り、熊野への道を急いでいた。
 
 
 
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[将譲]逢夢辻〜05〜

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【逢夢辻】~05~


「俺が兄さんを好きだから、離れるなって言ってるんだ」

 なに言ってんだろ‥‥。
 俺のワガママを兄さんが聞くはずもないことは解ってるのに。うっかり恥ずかしいことを口走った気がする。
 笑って流すかな。
 たぶん兄さんなら、聞かなかったことにして歩き出す‥‥そうだろ?
 顔も上げられずに立ち尽くしていた俺を力任せに抱きしめた腕が、不思議だった。

 稀有な力を持つ、星の一族。
 先読みの力があったという菫姫が本当に俺達の祖母だというなら、ここへ来てから何度も見た夢は、予知能力の一つなんだろうか。
 自分のいない場所で笑う兄さんの姿。見知らぬ誰かと酒をかわす、俺の知らない大人びた顔。それから‥‥まだぼんやりとしか見えない、戦の場面。先輩と剣を交わしていたのは‥‥いや、それだけは無いと信じたいけど。
 菫姫が時空を越えたという話を聞いて、悲しくなった。
 やっぱり兄さんが途中で波に飲まれたのは、俺が‥‥先輩を取り上げるように引き寄せたから。兄さんを引き離そうと意識して‥‥二人きりになりたいと願って。
 本当に俺に、そんな力があるかどうかはわからない。
 だけど願っていたのは確かで‥‥。

 なのになぜか、穏やかになるはずの心は日に日に追い詰められていく。
「譲‥‥?」
 気付きたくなんかない。
 認めたくなんかない。
 だけど、この熱い腕の中で自分を誤魔化しきることはできない。
「先輩のためだけじゃなくて‥‥やっと逢えたのに‥‥」
 戸惑うような視線を投げてくる兄さんは、まるでいつもと別人‥‥だけど、心地悪くはなかった。なによりその視界の中を占拠してる事実が、嬉しくて。やっと手が届いたような気がして。
 馬鹿だな、俺は。
 先輩に嫉妬してたなんて、恥ずかしくてタマラナイ。

 赤く火照った顔を隠そうとして俯くと、いきなり顎をしゃくられて。
「っ‥‥!」
 身構える暇もなく、唇を奪われた。


 どうして?


 世界を叩き割るような出来事に硬直して、すぐに力一杯その胸を押しのけようとした腕は軽く捕らえられて、抵抗は許さないとでも言うように苦しいほど抱きしめられてしまう。
 深く‥‥目眩がするほど深く、全てを奪い尽くすようなキスに、身体の力が抜けていく恐怖を噛みしめながら、混乱した頭を必死で働かせる。
 まさか、それが愛情の印とは思えない。
 だって俺達は兄弟で男同士で‥‥オカシイだろ?
 甘えたり、反発したり、執着したり。それは恋人だからじゃない。兄さんは俺の兄さんなんだから。

 こんな‥‥‥‥切なくなるような痛みは、イラナイ。

「なにするんだ」
 ようやく解放された口で精一杯怒鳴りつけたはずが、声は掠れて、囁きにしかならなくて‥‥それがまた悔しさを上乗せする。
「お前が欲しい」
 トチ狂った野獣のような言葉と、それを本気でぶつけてくる瞳に苛立ちながら、粉々にされたプライドを拾い集めるように声を張り上げる。
「俺は女じゃない!」
 今にも腰が抜けそうな感覚。背中を走るムズムズとした痺れ。支えられずには立つこともできない自分が、やるせない。
 好きだけど。
 傍にいたいと願ったけど。それはこういう意味じゃないだろ!?
「ゆずる‥‥‥」
 その時、途方に暮れたような声が、俺の名を呼んだ。

 からかってるわけじゃないコトくらい解ってる。
 理解しろだなんて言われても困るけど、そうじゃないから兄さんも困ってるんだってコトくらい。
 どうしたらいい?
 二人して途方に暮れてみる。受け止めることも笑い飛ばすこともできず、支え合うように抱きあって。

 俺は‥‥‥俺にとって、兄さんは‥‥。

 震えが止まるまでジッと抱きしめていてくれる腕は、好きだと思う。初めて素直に甘えているような気がするのは、錯覚じゃないのかもしれない。
 答えも出せず無駄に続く沈黙。そろそろ帰らなきゃいけない時間だと焦っても歩き出せない俺を、無言で連れて歩く後ろ姿も、固く結んだ手も、気遣うように向けられる視線も、よろめいた背中を支えてくれる温度も、全て。
 泣きたいくらい、好きだと思う。
 それでも応えることなんかできない。兄さんの本気が見えてしまった分だけ、覚悟を迫られる気分だった。
 曖昧に笑って済むコトじゃないんだろ‥‥?
 いったい何の覚悟を迫られているのか、応えるということが、どんなことなのか、見知った常識の範囲で考えられるはずがなかった。
 先輩となら、わかる。
 何かあっても男として振る舞うことはできると信じてる。

 どうやって帰り着いたのか、よくは覚えていないけど「疲れてるみたいだから、今日は早くお休み〜♪」なんて送り出されて、いつの間にやら布団の中。

 確かあの時『お前が欲しい』とか言ったな。
 欲しいって‥‥なんだ。
 俺の何を求めてるんだよ、兄さん。

 思い当たるような行為を連想して、目眩を覚えた。
 無理。却下。アリエナイ。
 だいたいそんなコトに何の意味もないだろ?‥‥俺にどうしろって言うんだよ。そんな構造になってないって。こんな世界にも可愛い女の子くらいいるだろ?
 そこまで考えて、その『可愛い女の子』に盛ってる兄さんを想像した途端、自分にガッカリした。
 なんでムカついてんだろう、俺‥‥‥。
 恐い。
 いつか全てを受け入れてしまいそうな自分が、そんな流れが恐い。
 これまでずっと擦れ違っていた俺達が、どんな波に飲まれていくのか‥‥想像したくない。変な夢を見そうで恐い。
 好き‥‥‥だったら、どうしよう。
 そんな意味でなんて考えたくもないけど、考えたくないくらい逃げ回ってる自分が、もう引き返せないような場所にいるようで。

 グルグルと考え込みながら見た夢は、遠い昔の夏休み。
 悩みもなく笑い合っていた、幼い日の夢だった。
 
 
 
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[将譲]逢夢辻〜04〜

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【逢夢辻】〜04〜


「星の一族?」
 なんだソレ。占い師かなんかか?
「だから、龍神の神子を‥‥先輩を守る血族のことだよ。居場所が判ったから」
 やけに乗り気な譲は、八葉とやらに自分が選ばれたことが誇らしくてならないらしい。つーか望美が神子様って風情かよ。この世界に来てから、前より勝ち気になりやがって「必要だから」とか言いながら、真剣をブンブン振り回してる女を見て、守ってやろうなんて気力はすっかり削がれてる。
 まあ、守ろうと思う気持ちに守られて、譲の安全は確保されるだろうが‥‥正直云えば、胸糞悪ぃ。同じ八葉の面子、特に四神が被るらしい景時なんざ、俺よりずっと兄貴らしい顔で常に傍にいて。
 腹が立つ。
 正直、あまり長くあっちを留守にする訳にもいかない。そろそろ心配性な奴等が痺れを切らす頃だと自覚はしてる、でも‥‥もう少しだけ、譲の傍にいたかった。
 ワガママ、か。
 子供みたいだな‥‥ったく。

 しかたなく付き合った星の一族の屋敷で、妙な展開になる。
 星の一族の継承者、菫姫。
 それが俺達の婆さんだとか、そんな無茶な展開があるか?
 なんかの怪奇現象を見てるようでゾッとした俺の隣、譲が今にも倒れそうな顔色で震えていた。目が合った望美に『なんとかしとけ』と目配せして、譲を強引に外へと連れ出す。
「なにするんだよ、兄さんっ」
「心配しちゃ悪ぃか。お前‥‥酷い顔色だぜ?」
 ブンッと腕を払いのけられて、その酷い顔色を問い質すと、唐突に‥‥譲が謝りだした。小さな声で何度も謝りながら、混乱して頭を振る。
「ゴメン‥‥そんな、つもりは‥‥なくて。‥‥俺が、悪い‥‥っ」
 泣き崩れる譲をわけもわからず抱きしめると、殺しきれない嗚咽の向こうで「俺が兄さんを切り離したのかもしれない。時空の狭間に置き去りにしたのかもしれない」‥‥そんなことを言う。
 菫姫は、想いの強さで時空を越えた。
 それが本当なら、そんな離れ業が俺達にもできるなら。
 望美と二人になりたかった譲が、俺を切り離すこともできるのか?‥‥いや、傍にいてもアイツばかりを見つめている譲を、そんな二人を見てるのがイイカゲン限界だった俺自身が、その手を離した。‥‥‥そっちだろう。
「泣くな、譲。それならそれでも構わねぇ。お前が自分を責める必要はないんだ」
 どっちにしても起きてしまったこと。
 譲がそれで幸せだというなら、それはそれでいいじゃないかと切り替える。
 どうせ叶うはずのない想い。
 お前の幸せと引き替えになら、喜んで捨ててやる。
「帰るぞ」
 凭れていた身体をそっと突き放そうとすると、でかい手に腕を掴み上げられる。
 なんだ?
「どこにも行くなよ」
「アイツラの所に帰るんだろ?」
「そうじゃない。そのあと‥‥どこか遠くに行きそうな気がしたから」
 罪悪感ならイラナイ。
 一番素直なお前の気持ちが、俺に消えろと命じているなら‥‥それでいいじゃねぇか。
「俺にも帰る場所がある。それがお前等と同じ場所である必要はねぇだろ?」
 実際、今すぐ白龍が帰り道を用意した所で、アイツラを投げて帰るわけにもいかない。日本人には『一宿一飯の恩』ってのがあんだよ。そのくらい理解しろ。
「兄さんは八葉だろ!?」
「んなもん関係あるかっ。お前が思うほど、俺はアイツに執着してねぇから安心しろ!」
 執着してるのは‥‥クソッ、言えるか。
 全てを放棄して歩き出した俺の背に、血を吐くような声が届く。

「                        」

 何を言われたのか、理解できなかった。
 んなわけねぇ。
 そんな都合の良い話があってたまるかよ。
 キンと遠く響く耳鳴りの向こう、振り返ることもできない俺を、譲の声が追いかけてきた。
 
 
 
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[将譲]逢夢辻〜03〜

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【逢夢辻】〜03〜


「馬鹿じゃないの、アンタ馬鹿じゃないの、ってゆーか譲くんが超複雑そうな顔してたわよ、このトンチンカン!」
 腹が立って仕方ない。
 せっかく譲くんに会わせてあげたのにっ。本当は変態近親相姦ホモ兄貴になんか、大切な譲くんを触れさせることだって『勘弁してよ』と思うのに、それでも‥‥兄弟だし。譲くんは将臣くんのことムチャクチャ心配してたし。この馬鹿だって、あの時は、夢で逢ったあの時は、譲くんのコトばかり‥‥。
 そうよ。あんだけ心配してたってのに。
「なんで座り込んでるのよ」
 気付けば将臣くんは、怒り狂う私をモノともせず、机でバッタリとお昼寝ポーズ。

「なんか‥‥‥言いなさいよ」
 打っても跳ね返ってこない将臣くんは、ちょっと不気味。どんだけ劣勢でも必ず打ち返してくるから、悪口もラリーになるんじゃない?
「約束通り譲くんには逢えたでしょ?」
「ん。‥‥サンキュ」
 ちょっと待って。鼻声とか、反則。
 馬鹿じゃないの?
 なに、泣いてんのよ。
「譲‥‥‥‥‥生きてた‥‥」
 あたりまえじゃない。譲くんが生きてないはずなんかありっこ、ない‥‥。

 3年半。いったいどんな風に生きてきたんだろう。
 ストレートに聞いたって、良いトコ取りで楽しそうなネタしか話してこないくせに、こんな所に滲み出る。
 生きてた。
 そうよ。私達、この世界に来たばかりだって言ったのに。
『だけどもう既に、怨霊に殺されかかって必死で戦って逃げてきた』
 教えないわよ。言ったって心配するだけなんだから。
 そういう無理をお互い積み重ねて。
 こんな夢の中でさえ、素直になれなくて‥‥。

 二人が素直になれないわけだ。

 言わなきゃ伝わらないのに。無事で良かったって、ただ抱きしめたら良かったのに。混乱して感動してテンパって、何もできなかった‥‥‥頭の中は生きてた生きてた生きてたって優勝パレードみたいに大騒ぎだったくせに。
 普通の顔して。
 見事なまでに擦れ違って。
「馬鹿じゃないの?」
「‥‥‥だな」

 擦れ違う二人をどうにかすることは、私にはできない。
 それはこの十何年で嫌ってほど理解してる。
 だから‥‥悔しいけど、見守るから。
「元気出しなさいよ。しばらく一緒にいられるんでしょ」
 無防備な背中をパチンと叩くと、切ない笑顔が『サンキュ‥』と呟いた。
 
 
 
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[将譲]逢夢辻〜02〜

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【逢夢辻】〜02〜


 正直、少し苛ついていた。
 逢うなり親密なテンションでじゃれ合う二人に、やっぱり俺が入りこむ余地はないと見せつけられたような気がして。
 それにしても。
「兄さん、なのか‥‥?」
 なんで先輩は、それが兄さんだとすぐに解ったんだろう。いや、仕草とか口調とか、確かにそれは兄さんのものではあるけど。
「ああ。あの流れの中ではぐれたのが悪かったか、お前等より三年以上も前の京に流れ着いたらしくてな」
 三年以上?
「‥‥無事、だったのか」
 ホッとした反面、そうだコイツが簡単にくたばるわけがないと思えば、心配していた自分まで悔しい。心配していたより酷い目に遭っていたはずなのに、「まあな」なんて当然みたいに返してくる余裕が悔しい。

 三年間、俺の心配はしてなかったのか。

 ここへ付いてからの数日、ロクに夢見ることもできずに震えて過ごした夜を共有できたかと、ほんの少しだけ期待していた。『無事だったか。心配してたんだぜ?』‥‥期待しすぎないように、慎ましやかに想像していた兄さんより、よっぽど冷静で、無関心な現実のそれ。
 張り倒して逃げ帰りたいような気持ちを汲んでくれたのか、景時さんがそっと頭を撫でてくれる。‥‥やめてください、泣きそうだから。宥めるような指先に縋りたくなる自分がいる。
 フと、針のような視線を感じた。
 兄さん?
 ‥‥‥気のせいか。とても恐い目で見つめていたような気がしたけど。
 やめよう。考えると悲しくなる。
 無関心なだけだ。憎まれているとまで思えば、もう立ち直れそうな気がしない。

 所詮は昔から「ふたり」のオマケでしかない自分。
 物心ついた時から先輩の隣には兄さんがいて、兄さんは兄さんである前に、ライバルのような存在で‥‥。
 普通の兄弟みたいな絆が生まれるはずもない、か。
 今更だろう?
 自分に問いかけても、心のどこかで幼い自分が悲鳴を上げていた。
 先輩は俺が守ると心に決めたはずなのに、そんな空気も萎みきって、今は膨らむ前より悲しい姿。
 やっぱり先輩の隣には兄さんが似合う。
 俺よりずっと、兄弟みたいな二人。

 ともかく無事で良かったと。でなけりゃ先輩が心配するんだからと必死に自分を宥めて、現実から目を逸らした。
 
 
 
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