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[将譲]逢夢辻〜05〜

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【逢夢辻】~05~


「俺が兄さんを好きだから、離れるなって言ってるんだ」

 なに言ってんだろ‥‥。
 俺のワガママを兄さんが聞くはずもないことは解ってるのに。うっかり恥ずかしいことを口走った気がする。
 笑って流すかな。
 たぶん兄さんなら、聞かなかったことにして歩き出す‥‥そうだろ?
 顔も上げられずに立ち尽くしていた俺を力任せに抱きしめた腕が、不思議だった。

 稀有な力を持つ、星の一族。
 先読みの力があったという菫姫が本当に俺達の祖母だというなら、ここへ来てから何度も見た夢は、予知能力の一つなんだろうか。
 自分のいない場所で笑う兄さんの姿。見知らぬ誰かと酒をかわす、俺の知らない大人びた顔。それから‥‥まだぼんやりとしか見えない、戦の場面。先輩と剣を交わしていたのは‥‥いや、それだけは無いと信じたいけど。
 菫姫が時空を越えたという話を聞いて、悲しくなった。
 やっぱり兄さんが途中で波に飲まれたのは、俺が‥‥先輩を取り上げるように引き寄せたから。兄さんを引き離そうと意識して‥‥二人きりになりたいと願って。
 本当に俺に、そんな力があるかどうかはわからない。
 だけど願っていたのは確かで‥‥。

 なのになぜか、穏やかになるはずの心は日に日に追い詰められていく。
「譲‥‥?」
 気付きたくなんかない。
 認めたくなんかない。
 だけど、この熱い腕の中で自分を誤魔化しきることはできない。
「先輩のためだけじゃなくて‥‥やっと逢えたのに‥‥」
 戸惑うような視線を投げてくる兄さんは、まるでいつもと別人‥‥だけど、心地悪くはなかった。なによりその視界の中を占拠してる事実が、嬉しくて。やっと手が届いたような気がして。
 馬鹿だな、俺は。
 先輩に嫉妬してたなんて、恥ずかしくてタマラナイ。

 赤く火照った顔を隠そうとして俯くと、いきなり顎をしゃくられて。
「っ‥‥!」
 身構える暇もなく、唇を奪われた。


 どうして?


 世界を叩き割るような出来事に硬直して、すぐに力一杯その胸を押しのけようとした腕は軽く捕らえられて、抵抗は許さないとでも言うように苦しいほど抱きしめられてしまう。
 深く‥‥目眩がするほど深く、全てを奪い尽くすようなキスに、身体の力が抜けていく恐怖を噛みしめながら、混乱した頭を必死で働かせる。
 まさか、それが愛情の印とは思えない。
 だって俺達は兄弟で男同士で‥‥オカシイだろ?
 甘えたり、反発したり、執着したり。それは恋人だからじゃない。兄さんは俺の兄さんなんだから。

 こんな‥‥‥‥切なくなるような痛みは、イラナイ。

「なにするんだ」
 ようやく解放された口で精一杯怒鳴りつけたはずが、声は掠れて、囁きにしかならなくて‥‥それがまた悔しさを上乗せする。
「お前が欲しい」
 トチ狂った野獣のような言葉と、それを本気でぶつけてくる瞳に苛立ちながら、粉々にされたプライドを拾い集めるように声を張り上げる。
「俺は女じゃない!」
 今にも腰が抜けそうな感覚。背中を走るムズムズとした痺れ。支えられずには立つこともできない自分が、やるせない。
 好きだけど。
 傍にいたいと願ったけど。それはこういう意味じゃないだろ!?
「ゆずる‥‥‥」
 その時、途方に暮れたような声が、俺の名を呼んだ。

 からかってるわけじゃないコトくらい解ってる。
 理解しろだなんて言われても困るけど、そうじゃないから兄さんも困ってるんだってコトくらい。
 どうしたらいい?
 二人して途方に暮れてみる。受け止めることも笑い飛ばすこともできず、支え合うように抱きあって。

 俺は‥‥‥俺にとって、兄さんは‥‥。

 震えが止まるまでジッと抱きしめていてくれる腕は、好きだと思う。初めて素直に甘えているような気がするのは、錯覚じゃないのかもしれない。
 答えも出せず無駄に続く沈黙。そろそろ帰らなきゃいけない時間だと焦っても歩き出せない俺を、無言で連れて歩く後ろ姿も、固く結んだ手も、気遣うように向けられる視線も、よろめいた背中を支えてくれる温度も、全て。
 泣きたいくらい、好きだと思う。
 それでも応えることなんかできない。兄さんの本気が見えてしまった分だけ、覚悟を迫られる気分だった。
 曖昧に笑って済むコトじゃないんだろ‥‥?
 いったい何の覚悟を迫られているのか、応えるということが、どんなことなのか、見知った常識の範囲で考えられるはずがなかった。
 先輩となら、わかる。
 何かあっても男として振る舞うことはできると信じてる。

 どうやって帰り着いたのか、よくは覚えていないけど「疲れてるみたいだから、今日は早くお休み〜♪」なんて送り出されて、いつの間にやら布団の中。

 確かあの時『お前が欲しい』とか言ったな。
 欲しいって‥‥なんだ。
 俺の何を求めてるんだよ、兄さん。

 思い当たるような行為を連想して、目眩を覚えた。
 無理。却下。アリエナイ。
 だいたいそんなコトに何の意味もないだろ?‥‥俺にどうしろって言うんだよ。そんな構造になってないって。こんな世界にも可愛い女の子くらいいるだろ?
 そこまで考えて、その『可愛い女の子』に盛ってる兄さんを想像した途端、自分にガッカリした。
 なんでムカついてんだろう、俺‥‥‥。
 恐い。
 いつか全てを受け入れてしまいそうな自分が、そんな流れが恐い。
 これまでずっと擦れ違っていた俺達が、どんな波に飲まれていくのか‥‥想像したくない。変な夢を見そうで恐い。
 好き‥‥‥だったら、どうしよう。
 そんな意味でなんて考えたくもないけど、考えたくないくらい逃げ回ってる自分が、もう引き返せないような場所にいるようで。

 グルグルと考え込みながら見た夢は、遠い昔の夏休み。
 悩みもなく笑い合っていた、幼い日の夢だった。
 
 
 
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