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[将譲]逢夢辻〜16〜

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【逢夢辻】〜16〜


「九郎さんが?」
 先輩の話は、にわかには信じがたいものだった。
「いや、ありうるぜ。元々俺達の世界の歴史だって、義経は頼朝に追われて殺されただろ?」
「それは‥‥逃げ延びて、東北の方に‥‥」
「歴史ではね」
 詳しい情報の出所は教えてくれなかった。でも先輩はまるで俺と同じ能力を持っているかのように、未来を語って聞かせてくれる。
 しかもそれは、夢のようなボンヤリとした情報じゃなくて。
「まるで見てきたみてぇだな」
「見てきたのよ」
 え?
「どうやって、とか聞かないでね。理由は、たぶん私が白龍の神子だから‥‥そう、そんなとこだよ」
 重い溜息を吐いた先輩は、振り切るように先を続けた。
「とにかく、黒龍の逆鱗は後回し。手をつけるとしたら」
「茶吉尼天から、だな」
 確かに断片的に夢で見る未来は、順番がつけられない。
「先輩が言うんですから、信じますよ」
 俺達を信じてくれた貴女を、俺は全面的に信じます。
「ありがと。私も‥‥絶対に信じるから」
 まっすぐに見つめてくれた瞳は、やっぱり綺麗だと思った。


 とはいえ、九郎さんの絶対的な存在である『兄上』を疑うような話はできるはずがなかった。
 兄さんの協力もあって、あまり犠牲を出さないように源氏と平家は戦いを続け、今は源氏が優勢とまで言われるようになった。
 兄さんは平家が勝つことが目的なんじゃないと言う。
「怨霊なんか使っても戦わなきゃならねーのは、頼朝が『平家』を一掃する指示を出してるからだ。平家平家っていってもな、戦力にならない女子供も含めたら結構な人数になっちまう。怨霊はいい。むしろ早く浄化してラクにしてやれたら、その方が‥‥。それよりどこか、追っ手を気にせず安らげる場所を確保できれば、それが一番なんだ。清盛をはじめ一部の連中が騒いでるだけで、今の平家に『都に返り咲く』なんて夢を持ってる奴は、ほとんどいねぇよ」
 だから負けるのはいいと言う。
 いっそ追い詰めて茶吉尼天が出てくるよりは、負け戦のふりをして上手く逃がしたい。
 そんな思惑を知らず、九郎さんの功績はドンドンあがっていった。
 これが先輩の言う『危険』の正体。
 頼朝さんは目障りになった九郎さんを謀反の罪で拘束して、殺してしまうのだと。
 英雄はいらない。そういうことらしい。
 だけどそんな未来を、九郎さんが信じる筈なんかなかった。
 打ち明けることも誘導することもできず道に迷った俺は、頼朝さんの懐刀でもある景時さんと話をしてみる決意を固めた。
「あの人は味方じゃない」
 先輩は青ざめた顔で、そう言うけど‥‥。
「それは、味方をする状況じゃなかったってことですよ」
 信じられる人がいるんじゃなくて、信じていい時があるってだけの話なんだと思うから。

「景時さんは、茶吉尼天って知ってますか」
 茶飲み話を始めるように、静かな部屋で向かい合う。
 静かな空気を崩さずにサッと緊張を走らせた景時さんは、それでも穏やかに笑い返した。
「どこから拾ってきたの?」
 そんなネタ。
 確かに疑われるのは仕方がない。俺は半分スパイみたいなものだから。
「夢で見ました。‥‥俺達は、それと戦って」
「戦う?あの異国の神と!?」
「はい。勝ちました」
 それがただの夢でないことは、景時さんが一番よく知っているのかもしれない。予知夢に魘されて飛び起きた時、隣に寝ていた景時さんに何度も宥められてきた。眠れない夜に『星の一族』についての話を聞かせてくれたこともある。
 だからこれが『ただの悪夢』じゃないと、気付けたんだし。
「勝った‥‥?‥‥‥あの、茶吉尼天に?」
「はい」
 信じられないと、そんな顔をして真っ青になって横を向いた景時さんが、遠くを見つめて喘ぐように呟いた。
「そんな、話を‥‥オレに聞かせて、どうするつもり?」
「景時さんの本音が聞きたくて」
 先輩は景時さんが『茶吉尼天を怖れて』頼朝さんに仕えてるんだと言っていた。
 本当に?
 頼朝さんに危機が迫れば、掌を返すように離反するかもしれないと先輩は言うけど、それは景時さんの人となりを思えば、容易いことであるはずがない。
 本当に、恐怖だけなんだろうか。
「オレの本音、か」
「イキナリすみません‥‥」
 聞かせてくれと迫っても、はぐらかされるかもしれないとは怖れていた。
 だけど景時さんは居住まいを正して、話す姿勢を向けてくれる。
「ううん、いいよ。そうだね‥‥譲くんには聞いておいてほしいな〜なんて甘えもあるんだ。ただ‥‥‥望美ちゃんには言わないでね」
「先輩に?」
「うん。狡いとは思うんだけど、彼女には嘘吐いておかないとね。だってほら、望美ちゃんは朔が初めて心を許した親友でもあるからさ。そんな大切な人に、朔に打ち明けられないような秘密を持ってほしくないんだよ。これはオレのワガママで」
 あ‥‥。
「だから望美ちゃんには、頼朝様と茶吉尼天が怖いから、オレは源氏に与したと言ってある。‥‥それは嘘じゃないけど、本当でもないんだ」

 少し困った顔で頬を掻いた景時さんは、子犬のような目で首を傾げてる。
「なんていうのかなー、こういうのは。一目惚れ〜なんて言ったら、全然違っちゃうかな。上手く言えない‥‥いや、よく解らないんだけど」
 考え考え、それでも本当のことを話してくれる。その信頼が誇らしい。
「偉い人は沢山見てきたんだよ。父上とか、平家の清盛公とか‥‥そうだね、陰陽師の師匠なんかも。だけどオレは、その『偉い人』に近づきたいとは思わなかった。だから父上に認められるために死ぬ気で努力しようとも、必死で陰陽師を習得しようともしなかったし、平家が京を追われた時も『運命を共にしよう』なんて微塵も思わなかったんだ。苦しいだけの戦いに身を投じて、花と散ろうなんて‥‥そんな九郎が好きそうな『武士の心』は持ち合わせてないからね。薄情かもしれないけど。それは‥‥今思えば、執着が足りなかったんだろうな‥‥って」
 解る気がした。
 俺だって先輩がいるから源氏に組みしているだけで、源氏のために命を賭けようだなんて思ったことは、一度もない。
 もしかすると景時さんは、俺達の世界に近い考え方を持ってる人なのかもしれない。

「それが今のオレときたらさ」

 フと、声に不安定な力がこもる。
「‥‥頼朝様の作る未来を、夢に見てる。あの方が言葉少なに語る、夢物語みたいな『武士の世』が、本当に来るなら‥‥その為にオレの力を使ってくれないかな、なんてね。正直、戦も嫌いだし、人を殺すのも殺されそうになるのも恐いし嫌だし、逃げ出したくなることは沢山あるんだけど。それでも‥‥逃げられない。こういうの、執着っていうんじゃないかなってね」
 まるでそれは下心のない純粋な愛情のようで、ドキリとした。
「それじゃ茶吉尼天の力を削いだら‥‥」
「いいんだよ。あんなものに頼らなくても、頼朝様は未来を手中になさるだろう。異国の神に頼り切って、それを自分の力と過信してしまえば、頼朝様はいつまでもその支配から逃げられない。そんな勝ち方じゃなくても」
 景時さんは、頼朝さんを信じてるんだ‥‥。
 ふんわりと微笑んだ景時さんは、夢に浮かされるように言葉を紡いだ。

「そんな勝ち方じゃなくても、きっと。あの方は未来を手に入れる‥‥オレは、そっちを信じたいんだ。たとえ一時、あの方の敵に回ることになったとしても」
 
 
 
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[将譲]逢夢辻〜15〜

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【逢夢辻】〜15〜


 譲くんに、相談を持ちかけられた。
 驚かないでくださいと前置きされて、将臣くんが還内府だとか、このままいくと真正面から剣を合わせることになるとか。
「うん。そうだね」
「驚かないん‥‥ですか‥‥?」
 驚かないでって前置きした癖に、そんなとこで突っ込まないでよ。
「ビックリしたけど、譲くんが私に嘘つくわけないし」
 そう。嘘つくわけがない。
 協力するよ。
 そうじゃなきゃ、ここへ戻ってきた意味がないんだから。
「先輩‥‥顔色が」
「なんでもないの。ほら、ちょっと急な話だったから‥‥今夜、教室で会えるかな」
 将臣くんも一緒に。
 たぶん、私達にはそんなこともできる。なぜだかは解らないけど。
「あ、はい。試してみます」
「うん」
 ここで詳しい話をするのは危険。味方は味方とばかりは限らない。

 約束だけ取り付けて、足早に部屋を出た。
 たぶん大丈夫。
 まだ、間違ってないはず。
「‥‥‥神子」
「リズ先生?」
 なんだろう、この人の顔を見るとホッとする。
「案ずるな。私がお前を謀ることはない」
 そうだ‥‥この人は、絶対の味方。それが解るから‥‥。
 涙が溢れて。
 譲くんが部屋を出そうな気配を感じて慌ててそこから遠ざかろうとした私は、一瞬で見知らぬ山中へと飛ばされた。リズ先生のマントの中で。
「泣く場所くらいは提供できる。顔を上げたら、お前はお前の信じた道を往きなさい。全てが終わるまで、傍にいる」
「っ、‥‥はい‥」

 信じられなかった。信じてあげられなかった。
 譲くんが何をしようとしているのか、全然見えなくて‥‥沢山の選択を間違えて。
 結果的に、手に入れてしまった白龍の逆鱗。
 止めることのできなかった、二人の‥‥‥‥‥っ。

 もうあんな場所には戻らない。

 独りでポツンと戻った雨の渡り廊下で、私は誓ったの。
 二人を絶対に連れて帰るって。
 なにがなんでも。運命をひん曲げたって、絶対に連れて帰るって。
 譲くんは最初から最後まで、本当のことしか言わなかった。それを信じられなかった私のミス。
 源氏も平家も味方じゃない。
 選択を間違えれば、八葉ですらその限りじゃない。
 そして、みんな失うんだ。
 離れていく、辛そうな背中‥‥最後まで信じてくれた人は、この腕の中で‥‥っ。
「神子、絶望に飲まれてはならない」
 そうだ。私はもう知ってる。
 譲くん達は絶対に味方になってくれる。‥‥九郎さんも、失わない。
「大丈夫です」
 辛くても転んでも、きっとこの人は支えてくれるだろう。
「見ていてくださいね」
「勿論だ」
 まずは今夜。
 どうすればいいのか、腹を割って話してみよう。

 もう二度と、独りにならずにすむように。
 
 
 
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[将譲]逢夢辻〜14〜

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【逢夢辻】〜14〜


 まったく人使いの荒い弟だと笑いが込み上げる。あんなにタフな奴だったか。
 そういや、昔はけっこう無茶なことも言ったかな‥‥いつの間にか慎重になって、言葉を選び始めた辺りからか、妙に、よそよそしくなりやがった。
 ‥‥距離を取らせていたのは、俺なのかもしれない。
 譲が嫌がるのも解っていたはずなのに、なんだかカッコつけて、アイツの『兄貴』を演じてた。今思えば恥ずかしいとしても、あれは不可抗力だぜ?
 素直に『好きだ』なんて言えるわけもねぇ。
『俺はここで最善を尽くす。兄さんも俺を失わないために頑張ってくれよ?』
 恥ずかしげもなく凛と言い切った瞳を思い出せば、どうやっても顔がニヤケるのがわかる。ったく困ったもんだな、惚れ直しちゃうぜ?
 幸せに浸っていた俺の後ろから、気怠い声がかかった。
「これはこれは。随分とご機嫌麗しいようで、兄上‥‥」
 剣を振るか昼寝をするか、でなきゃ人を弄くって遊ぶか。コイツの行動パターンは、子供というより野性に近いな。


 譲とはひとまず別れて、俺は大人しく平家の中を探ることになった。
 譲が何度か見た夢の中には『黒龍の逆鱗』をかかげる清盛の姿があったらしい。
「しかし予知夢なんてどーやって見るんだ?」
「別にコツなんかないよ。ただこの先どうなるのかって不安になると、色々夢に見るくらいで」
 それか!
「未来に不安を感じない人間には、先を見るなんつぅ壮絶なパワーは湧いてこないってことだな?」
「不安くらい感じるだろ!?‥‥こんな、世界に来て‥‥」
 まるで理解できないと首を振りながら、半ば悲鳴のような声で否定した譲には悪いんだが‥‥。
「いや‥‥厄介事は、降りかかってから心配する主義だ」
 全て事後処理。
 教訓:後悔は 先に立ったら 取り越し苦労
 それでも案外生きてこられるもんだぞと言えば、譲は「ある意味、尊敬する‥‥」とゲンナリした顔をした。

 そんなわけでたぶん俺的に『全く無理』というわけでもないんだろうが、予知に関しては譲に一任することにした。心配性もスキルのうちだな。その分、リアルタイムの情報を仕入れるのは俺の方が得意らしい。
 源氏‥‥頼朝の内部事情も、清盛にとっての逆鱗に関しても、夢である程度までは絞り込めた。コツさえ掴めばスパイくらいにはなれそうだ。


「黙っていても構わないが‥‥その箱に手を触れると、叔父上が湧くぞ」
 湧くってナニ。
「お前な‥‥‥虫じゃねぇんだから‥‥」
 危険を知らせてくれたことには感謝するが、脱力感は拭えない。もう少し『言い方』ってもんがあるだろ。
「クッ。死人も虫も、かわらぬ‥‥‥敬う必要があれば、そうするさ」
 キツイ言い方をするが、そこに含まれた『絶望』に目を瞑ることはできなかった。
 知盛にとって『平家の怨霊』の中で暮らす日々は、おびただしい数の虫の中に埋もれて生きるようなものなのかもしれない。
 戦に出れば生身の人間に触れる。刀を合わせている時は、自分がまだ生きていると感じることができる。たしか経正が蘇った晩、滅多に酔わない男が酒に漬かり、そんなことを口走っていた‥‥。
 コイツの感覚は、ある意味正しい。
「あの箱に入ってんのは『黒龍の逆鱗』だ。三種の神器が欠けた今、それが平家の怨霊の源になってる」
「ほう‥‥。それを奪い、平家を滅ぼす‥‥‥と」
「そうは言ってねぇ。源氏を引かせて、生きてる奴等を南に逃がす。それにはコイツが邪魔になるって話だ」
 清盛は、そうなれば平家の天下を望むだろう。
 それじゃ何も終わらねぇ。
「源氏を‥‥‥? それは、あの化け物を無に帰すと。そこまでのことか?」
 コイツ、どこまで知ってやがる?
「茶吉尼天を知ってるのか」
「こちらにも、事情があって、な‥‥」
「重衡‥‥‥か?」
「さて。そんな輩もあったか」
 とぼけんな。
 こんなことになるまで何も知らなかった俺は、源氏方に向かった重衡がどんな目に遭ったのかも知らずにいた。茶吉尼天の存在を知ってようやく、夢で何度も探りを入れたが、生きている記憶も死んでしまった証拠も見つけることができずにいる。
 知盛が源氏を探るとすれば‥‥。
「まーいいさ。そうだ。平家の安全を確保する為には、茶吉尼天は消すしかねぇ」
「異国の神を‥‥‥か?‥‥クッ、面白い男だ‥‥」
 面白い。
 そうだな、お前が乗ってくるとしたら、そんな表現が一番合うのかもしれない。
 面白いだろ?‥‥さあ、乗ってこい。
「暇潰しには、なりそうだな‥‥」
 素直に反応したのが気恥ずかしくなったのか、知盛はさっさと踵を返して消えてしまった。
 緊張が抜ける。

 譲、どうやらこっちも孤独な戦いはしなくてすみそうだぞ。
 あの心配性に一つ明るい報告ができそうだと、やたら浮かれて、夜を待った。
 
 
 
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[将譲]逢夢辻〜13〜

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【逢夢辻】〜13〜


 それからの数日間、図らずとも熊野の宿に足止めを食らった俺達は、その間に大まかな方向性を決めてしまった。‥‥まぁ、熊野で決められなくても、毎日逢える場所を見つけたから‥‥その余裕も手伝って、冷静に話をすることもできた。
 その‥‥‥話だけじゃなくて‥‥。
「兄さ‥っ、話、進まな‥‥」
「そんなのこそ昼のうちにやればいいじゃねぇか」
 第一ここなら、お前の身体に負担をかけずに楽しめるしな。‥‥そんなことをブツブツと言いながら、激しく突き上げてくる。
 でもその感覚は、凄くリアルなもので‥‥。
「あっ、ん、んんぅ‥‥っ」
「何、声堪えてんだよ。誰も聞いてねぇだろ?」
「だけど」
 誰もいない学校は、妙に声が‥‥響く。
 教室の窓はいつも開いていて、あまりにもシンとした空気を、俺が、汚しているようで。
「や、ダメ、兄さんっ、ほどいてぇっ」
「色々見るから照れんだよ。ほら‥‥‥俺だけ感じてろ、譲」
「ぁ‥‥っ」
 耳元で囁く声は、直に心臓を貫いて、全身を高速で駆けめぐる。
 爪の先まで、頭の心まで‥‥兄さんに犯されて。
「‥‥ハッ‥‥‥兄さ、ん‥‥」

 感じすぎて、バカになりそう。

 何も考えられなくなる。
 抱え込んでいるはずの色んなことが、一瞬どうでもよく思えてくる。
 そんなはずはないのに。
 兄さんも、それは解ってるはずなのに。

 突然、チュッと音を立てて、額にキスが落ちた。
「あんまり考え込むなよ。その時が来たら、嫌でも頭使わなきゃなんねーんだから。スペースは空けとけ」
 そうだ。いくら未来を垣間見れるといっても、人の心の中までは解らない。計画通りに進むはずもなければ、詳細な計画を立てる術もありはしない。
 まずは八葉‥‥味方といえる人達の心を理解しなければ。
 個性が強いというより、方向性が全員違う。たぶんみんな違う方向を向いて戦ってる。きっと、俺達のように。

 今、兄さんの正体をバラしてしまえば、本音はどうあれ戦う以外に道がないことは自明の理だろう。還内府の力を削げば、源氏の血路は拓ける。そんなことは戦を知らない俺にだって解る。
 だけど、本当はどうなんだろう。
 敦盛は勿論兄さんの正体を知ってる。弁慶さんだって景時さんだって、本当は気付いてるんじゃないか?還内府とは思わなくても、平家の人間だってことくらい。‥‥リズ先生もヒノエも、何も聞かないのがかえってオカシイ。そんな気すらしてきた。


 無情なほど呆気なく朝が来て、それでも俺の身体は兄さんの腕の中にあって‥‥。
 こんな幸せが、ずっと続けばいいのに。
 それこそが夢物語だってことには、もう気付いてる。
 熱い身体に包まれて眠るのは、もしかするとこれが最後かもしれない。悲観的に考えたら、泣けてきそうな状況だ。
「バカ‥‥もうちょっと、眠ってろ」
 僅かに震えた身体にも反応して、気怠そうに引き寄せる腕。
 失うのは、怖い。
 けど。
「全部終わったら‥‥あの家に帰れるかな」
「当然だろ」
「‥‥‥ん」
 兄さんに不安がないワケじゃない。抱きしめる腕の強さが、何かを強く叫んでる。
 そうだ。
 一人になることより‥‥兄さんをまた独りにしてしまうことが、なにより怖ろしい。
「あっちに帰ったら、旅行に行こうか」
「うん?どうした?」
「兄さんの好きな南の海‥‥」
 いっしょに見に行こう。
 そんな他愛のない約束が、今は一番必要な気がした。
 一番キツイ時。
 舵を見失いそうな時‥‥俺達を支えてくれる、ささやかな約束が。
「‥‥‥ああ。行こうな」
「絶対にね」

 約束を交わしたのは、きっと予感。
 その日のうちに川を汚していた怨霊を退治することもできて、俺達はそこで一度別れることになった。
 まさか一緒に本宮に入るわけにはいかないから。
「またな」

 これまで通り、軽い言葉で去っていった兄さんの背中を、俺はただ静かに見つめていた。
 
 
 
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[将譲]逢夢辻〜12〜

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【逢夢辻】〜12〜


 川の怪異が治まるまでは熊野本宮に向かえない。
 それは源氏も平家も同じこと。
 いや、それどころか、熊野の人間ですら本宮に辿り着けないときてる。
「中の奴等は大丈夫なのか」
「食い物なら幾らでもあるだろ。あそこはちょっとした要塞みたいなもんだから」
 いかにも熊野の悪ガキといった具合の『ヒノエ』が笑う。
「まぁさぁおぉみぃいいいっ」
「やべっ。あとでな♪」
 そーいや、望美との追いかけっこの最中だった。

 あまりにも可愛かった譲を一晩に3度も‥‥しかも結構、容赦なく犯しまくったせいで、朝方には熱を出して寝込んじまった。
 アレだな。いくら体力があっても、こーゆーのは別腹なんだな。

 夜明け前にリアルタイムの譲と夢で話ができたのは、ほんの一瞬。
 扉が開いたんだなーと感激した俺の目の前で、光に透けて消えたと思ったら。
「兄さん?」
 同じタイミングで目を覚まして、確認するように抱きついてきた。
 可愛い!と思わず朝日の中、押し倒しそうになって高熱に気付いたわけだが、水を汲みに行った所で望美とバッタリ。根ほり葉ほり聞かれそうになって、つい「んなこと言ってる場合じゃねぇから」とか説明したのが運の尽き‥‥という具合で。
 瞬時に鬼と化した望美を落ち着かせようと羽交い締めにした景時は、無惨にとばっちりをくらい、弁慶がヤレヤレとか笑いながら譲の看病を始めた。

 灯台下暗しとばかりに譲の様子を見に行くと、寝込んでる譲より酷い惨状の景時が弁慶に薬を塗られている所だった。
「悪ぃっ」
 パンッと手を合わせると、可笑しそうに笑う。
「いいよ〜、まあ、ある程度は予想してたしね〜」
「さて。薬は煎じておきましたから、何回かに分けて今日中にコレを飲みきってしまってください。将臣くん、責任をもって看病してくださいね」
「おう」
「こ〜こ〜に〜い〜た〜か〜〜〜」
「それじゃ。望美さん、行きましょうか」
「そだねぇ〜。まずは川の怪異をなんとかしないと♪」
「どうしてですかっ、あんなの残していったら」
「なぜだ。譲の兄上が看病を買って出てくれたのだろう?・・・優しい兄を持つというのは、いいことだな」
 お。
 なんか今、話の流れをぶった切った奴がいるな。
「九郎さん!?」
 そうか。源九郎義経は、天然キャラ‥‥と。
 かといって、さすがの望美も、まるで察していない九郎に『コトの顛末』を話して聞かせる程の度胸はないらしく(説明しても通じなさそうだが)二の句が継げず口をパクパクさせている。
 そのうちに、望美を抱えて景時撤収。
「はーなーせーっ」
 景時‥‥‥アイツは猛獣使いか?
「まあ、彼女の方は何とかしておきますから、あまり無理をさせないであげてくださいね」
 クスクスと笑いながら去っていく弁慶と、静かにあとに続く朔の姿‥‥。

「にいさん」

 布団の中から恨みがましい声が聞こえて、ヒッと背筋が凍り付く。
「起きてたのか」
「あれ、なに‥‥まさか、全部バレて‥‥」
 たぶん部屋割りの段階から、いや‥‥春の京で別れる辺りからか。
「気付かなかったか?」
「なっ、なんでそんなに冷静なんだよ!兄さんはっ、兄さんがっ」
 まったくだな。
「‥‥‥ああ、俺のせいだ」
 ゴメンと素直に謝ると、狼狽えた顔が泣きそうに歪む。
 俺はいつまでも此処にいるわけじゃない。だけどお前は、まだ暫くコイツラと一緒に動くんだもんな。‥‥もう少し、気を使ってやればよかったな。
「もう、いいよ‥‥、続き、したいんだろ?」
 赤い顔で俯きながら、袖なんか可愛く引くもんだから、止まらなくなる。

 結局、白昼堂々、いっそ夜より静かな熊野の宿で、やりたい放題やらかして。
「まーさーおーみーくん?」
 帰ってきた望美に、半殺しにされかけた。
 
 
 
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