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[将譲]逢夢辻〜14〜

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【逢夢辻】〜14〜


 まったく人使いの荒い弟だと笑いが込み上げる。あんなにタフな奴だったか。
 そういや、昔はけっこう無茶なことも言ったかな‥‥いつの間にか慎重になって、言葉を選び始めた辺りからか、妙に、よそよそしくなりやがった。
 ‥‥距離を取らせていたのは、俺なのかもしれない。
 譲が嫌がるのも解っていたはずなのに、なんだかカッコつけて、アイツの『兄貴』を演じてた。今思えば恥ずかしいとしても、あれは不可抗力だぜ?
 素直に『好きだ』なんて言えるわけもねぇ。
『俺はここで最善を尽くす。兄さんも俺を失わないために頑張ってくれよ?』
 恥ずかしげもなく凛と言い切った瞳を思い出せば、どうやっても顔がニヤケるのがわかる。ったく困ったもんだな、惚れ直しちゃうぜ?
 幸せに浸っていた俺の後ろから、気怠い声がかかった。
「これはこれは。随分とご機嫌麗しいようで、兄上‥‥」
 剣を振るか昼寝をするか、でなきゃ人を弄くって遊ぶか。コイツの行動パターンは、子供というより野性に近いな。


 譲とはひとまず別れて、俺は大人しく平家の中を探ることになった。
 譲が何度か見た夢の中には『黒龍の逆鱗』をかかげる清盛の姿があったらしい。
「しかし予知夢なんてどーやって見るんだ?」
「別にコツなんかないよ。ただこの先どうなるのかって不安になると、色々夢に見るくらいで」
 それか!
「未来に不安を感じない人間には、先を見るなんつぅ壮絶なパワーは湧いてこないってことだな?」
「不安くらい感じるだろ!?‥‥こんな、世界に来て‥‥」
 まるで理解できないと首を振りながら、半ば悲鳴のような声で否定した譲には悪いんだが‥‥。
「いや‥‥厄介事は、降りかかってから心配する主義だ」
 全て事後処理。
 教訓:後悔は 先に立ったら 取り越し苦労
 それでも案外生きてこられるもんだぞと言えば、譲は「ある意味、尊敬する‥‥」とゲンナリした顔をした。

 そんなわけでたぶん俺的に『全く無理』というわけでもないんだろうが、予知に関しては譲に一任することにした。心配性もスキルのうちだな。その分、リアルタイムの情報を仕入れるのは俺の方が得意らしい。
 源氏‥‥頼朝の内部事情も、清盛にとっての逆鱗に関しても、夢である程度までは絞り込めた。コツさえ掴めばスパイくらいにはなれそうだ。


「黙っていても構わないが‥‥その箱に手を触れると、叔父上が湧くぞ」
 湧くってナニ。
「お前な‥‥‥虫じゃねぇんだから‥‥」
 危険を知らせてくれたことには感謝するが、脱力感は拭えない。もう少し『言い方』ってもんがあるだろ。
「クッ。死人も虫も、かわらぬ‥‥‥敬う必要があれば、そうするさ」
 キツイ言い方をするが、そこに含まれた『絶望』に目を瞑ることはできなかった。
 知盛にとって『平家の怨霊』の中で暮らす日々は、おびただしい数の虫の中に埋もれて生きるようなものなのかもしれない。
 戦に出れば生身の人間に触れる。刀を合わせている時は、自分がまだ生きていると感じることができる。たしか経正が蘇った晩、滅多に酔わない男が酒に漬かり、そんなことを口走っていた‥‥。
 コイツの感覚は、ある意味正しい。
「あの箱に入ってんのは『黒龍の逆鱗』だ。三種の神器が欠けた今、それが平家の怨霊の源になってる」
「ほう‥‥。それを奪い、平家を滅ぼす‥‥‥と」
「そうは言ってねぇ。源氏を引かせて、生きてる奴等を南に逃がす。それにはコイツが邪魔になるって話だ」
 清盛は、そうなれば平家の天下を望むだろう。
 それじゃ何も終わらねぇ。
「源氏を‥‥‥? それは、あの化け物を無に帰すと。そこまでのことか?」
 コイツ、どこまで知ってやがる?
「茶吉尼天を知ってるのか」
「こちらにも、事情があって、な‥‥」
「重衡‥‥‥か?」
「さて。そんな輩もあったか」
 とぼけんな。
 こんなことになるまで何も知らなかった俺は、源氏方に向かった重衡がどんな目に遭ったのかも知らずにいた。茶吉尼天の存在を知ってようやく、夢で何度も探りを入れたが、生きている記憶も死んでしまった証拠も見つけることができずにいる。
 知盛が源氏を探るとすれば‥‥。
「まーいいさ。そうだ。平家の安全を確保する為には、茶吉尼天は消すしかねぇ」
「異国の神を‥‥‥か?‥‥クッ、面白い男だ‥‥」
 面白い。
 そうだな、お前が乗ってくるとしたら、そんな表現が一番合うのかもしれない。
 面白いだろ?‥‥さあ、乗ってこい。
「暇潰しには、なりそうだな‥‥」
 素直に反応したのが気恥ずかしくなったのか、知盛はさっさと踵を返して消えてしまった。
 緊張が抜ける。

 譲、どうやらこっちも孤独な戦いはしなくてすみそうだぞ。
 あの心配性に一つ明るい報告ができそうだと、やたら浮かれて、夜を待った。
 
 
 
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