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[将譲]逢夢辻〜13〜

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【逢夢辻】〜13〜


 それからの数日間、図らずとも熊野の宿に足止めを食らった俺達は、その間に大まかな方向性を決めてしまった。‥‥まぁ、熊野で決められなくても、毎日逢える場所を見つけたから‥‥その余裕も手伝って、冷静に話をすることもできた。
 その‥‥‥話だけじゃなくて‥‥。
「兄さ‥っ、話、進まな‥‥」
「そんなのこそ昼のうちにやればいいじゃねぇか」
 第一ここなら、お前の身体に負担をかけずに楽しめるしな。‥‥そんなことをブツブツと言いながら、激しく突き上げてくる。
 でもその感覚は、凄くリアルなもので‥‥。
「あっ、ん、んんぅ‥‥っ」
「何、声堪えてんだよ。誰も聞いてねぇだろ?」
「だけど」
 誰もいない学校は、妙に声が‥‥響く。
 教室の窓はいつも開いていて、あまりにもシンとした空気を、俺が、汚しているようで。
「や、ダメ、兄さんっ、ほどいてぇっ」
「色々見るから照れんだよ。ほら‥‥‥俺だけ感じてろ、譲」
「ぁ‥‥っ」
 耳元で囁く声は、直に心臓を貫いて、全身を高速で駆けめぐる。
 爪の先まで、頭の心まで‥‥兄さんに犯されて。
「‥‥ハッ‥‥‥兄さ、ん‥‥」

 感じすぎて、バカになりそう。

 何も考えられなくなる。
 抱え込んでいるはずの色んなことが、一瞬どうでもよく思えてくる。
 そんなはずはないのに。
 兄さんも、それは解ってるはずなのに。

 突然、チュッと音を立てて、額にキスが落ちた。
「あんまり考え込むなよ。その時が来たら、嫌でも頭使わなきゃなんねーんだから。スペースは空けとけ」
 そうだ。いくら未来を垣間見れるといっても、人の心の中までは解らない。計画通りに進むはずもなければ、詳細な計画を立てる術もありはしない。
 まずは八葉‥‥味方といえる人達の心を理解しなければ。
 個性が強いというより、方向性が全員違う。たぶんみんな違う方向を向いて戦ってる。きっと、俺達のように。

 今、兄さんの正体をバラしてしまえば、本音はどうあれ戦う以外に道がないことは自明の理だろう。還内府の力を削げば、源氏の血路は拓ける。そんなことは戦を知らない俺にだって解る。
 だけど、本当はどうなんだろう。
 敦盛は勿論兄さんの正体を知ってる。弁慶さんだって景時さんだって、本当は気付いてるんじゃないか?還内府とは思わなくても、平家の人間だってことくらい。‥‥リズ先生もヒノエも、何も聞かないのがかえってオカシイ。そんな気すらしてきた。


 無情なほど呆気なく朝が来て、それでも俺の身体は兄さんの腕の中にあって‥‥。
 こんな幸せが、ずっと続けばいいのに。
 それこそが夢物語だってことには、もう気付いてる。
 熱い身体に包まれて眠るのは、もしかするとこれが最後かもしれない。悲観的に考えたら、泣けてきそうな状況だ。
「バカ‥‥もうちょっと、眠ってろ」
 僅かに震えた身体にも反応して、気怠そうに引き寄せる腕。
 失うのは、怖い。
 けど。
「全部終わったら‥‥あの家に帰れるかな」
「当然だろ」
「‥‥‥ん」
 兄さんに不安がないワケじゃない。抱きしめる腕の強さが、何かを強く叫んでる。
 そうだ。
 一人になることより‥‥兄さんをまた独りにしてしまうことが、なにより怖ろしい。
「あっちに帰ったら、旅行に行こうか」
「うん?どうした?」
「兄さんの好きな南の海‥‥」
 いっしょに見に行こう。
 そんな他愛のない約束が、今は一番必要な気がした。
 一番キツイ時。
 舵を見失いそうな時‥‥俺達を支えてくれる、ささやかな約束が。
「‥‥‥ああ。行こうな」
「絶対にね」

 約束を交わしたのは、きっと予感。
 その日のうちに川を汚していた怨霊を退治することもできて、俺達はそこで一度別れることになった。
 まさか一緒に本宮に入るわけにはいかないから。
「またな」

 これまで通り、軽い言葉で去っていった兄さんの背中を、俺はただ静かに見つめていた。
 
 
 
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