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[将譲]逢夢辻〜15〜

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【逢夢辻】〜15〜


 譲くんに、相談を持ちかけられた。
 驚かないでくださいと前置きされて、将臣くんが還内府だとか、このままいくと真正面から剣を合わせることになるとか。
「うん。そうだね」
「驚かないん‥‥ですか‥‥?」
 驚かないでって前置きした癖に、そんなとこで突っ込まないでよ。
「ビックリしたけど、譲くんが私に嘘つくわけないし」
 そう。嘘つくわけがない。
 協力するよ。
 そうじゃなきゃ、ここへ戻ってきた意味がないんだから。
「先輩‥‥顔色が」
「なんでもないの。ほら、ちょっと急な話だったから‥‥今夜、教室で会えるかな」
 将臣くんも一緒に。
 たぶん、私達にはそんなこともできる。なぜだかは解らないけど。
「あ、はい。試してみます」
「うん」
 ここで詳しい話をするのは危険。味方は味方とばかりは限らない。

 約束だけ取り付けて、足早に部屋を出た。
 たぶん大丈夫。
 まだ、間違ってないはず。
「‥‥‥神子」
「リズ先生?」
 なんだろう、この人の顔を見るとホッとする。
「案ずるな。私がお前を謀ることはない」
 そうだ‥‥この人は、絶対の味方。それが解るから‥‥。
 涙が溢れて。
 譲くんが部屋を出そうな気配を感じて慌ててそこから遠ざかろうとした私は、一瞬で見知らぬ山中へと飛ばされた。リズ先生のマントの中で。
「泣く場所くらいは提供できる。顔を上げたら、お前はお前の信じた道を往きなさい。全てが終わるまで、傍にいる」
「っ、‥‥はい‥」

 信じられなかった。信じてあげられなかった。
 譲くんが何をしようとしているのか、全然見えなくて‥‥沢山の選択を間違えて。
 結果的に、手に入れてしまった白龍の逆鱗。
 止めることのできなかった、二人の‥‥‥‥‥っ。

 もうあんな場所には戻らない。

 独りでポツンと戻った雨の渡り廊下で、私は誓ったの。
 二人を絶対に連れて帰るって。
 なにがなんでも。運命をひん曲げたって、絶対に連れて帰るって。
 譲くんは最初から最後まで、本当のことしか言わなかった。それを信じられなかった私のミス。
 源氏も平家も味方じゃない。
 選択を間違えれば、八葉ですらその限りじゃない。
 そして、みんな失うんだ。
 離れていく、辛そうな背中‥‥最後まで信じてくれた人は、この腕の中で‥‥っ。
「神子、絶望に飲まれてはならない」
 そうだ。私はもう知ってる。
 譲くん達は絶対に味方になってくれる。‥‥九郎さんも、失わない。
「大丈夫です」
 辛くても転んでも、きっとこの人は支えてくれるだろう。
「見ていてくださいね」
「勿論だ」
 まずは今夜。
 どうすればいいのか、腹を割って話してみよう。

 もう二度と、独りにならずにすむように。
 
 
 
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[将譲]逢夢辻〜14〜

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【逢夢辻】〜14〜


 まったく人使いの荒い弟だと笑いが込み上げる。あんなにタフな奴だったか。
 そういや、昔はけっこう無茶なことも言ったかな‥‥いつの間にか慎重になって、言葉を選び始めた辺りからか、妙に、よそよそしくなりやがった。
 ‥‥距離を取らせていたのは、俺なのかもしれない。
 譲が嫌がるのも解っていたはずなのに、なんだかカッコつけて、アイツの『兄貴』を演じてた。今思えば恥ずかしいとしても、あれは不可抗力だぜ?
 素直に『好きだ』なんて言えるわけもねぇ。
『俺はここで最善を尽くす。兄さんも俺を失わないために頑張ってくれよ?』
 恥ずかしげもなく凛と言い切った瞳を思い出せば、どうやっても顔がニヤケるのがわかる。ったく困ったもんだな、惚れ直しちゃうぜ?
 幸せに浸っていた俺の後ろから、気怠い声がかかった。
「これはこれは。随分とご機嫌麗しいようで、兄上‥‥」
 剣を振るか昼寝をするか、でなきゃ人を弄くって遊ぶか。コイツの行動パターンは、子供というより野性に近いな。


 譲とはひとまず別れて、俺は大人しく平家の中を探ることになった。
 譲が何度か見た夢の中には『黒龍の逆鱗』をかかげる清盛の姿があったらしい。
「しかし予知夢なんてどーやって見るんだ?」
「別にコツなんかないよ。ただこの先どうなるのかって不安になると、色々夢に見るくらいで」
 それか!
「未来に不安を感じない人間には、先を見るなんつぅ壮絶なパワーは湧いてこないってことだな?」
「不安くらい感じるだろ!?‥‥こんな、世界に来て‥‥」
 まるで理解できないと首を振りながら、半ば悲鳴のような声で否定した譲には悪いんだが‥‥。
「いや‥‥厄介事は、降りかかってから心配する主義だ」
 全て事後処理。
 教訓:後悔は 先に立ったら 取り越し苦労
 それでも案外生きてこられるもんだぞと言えば、譲は「ある意味、尊敬する‥‥」とゲンナリした顔をした。

 そんなわけでたぶん俺的に『全く無理』というわけでもないんだろうが、予知に関しては譲に一任することにした。心配性もスキルのうちだな。その分、リアルタイムの情報を仕入れるのは俺の方が得意らしい。
 源氏‥‥頼朝の内部事情も、清盛にとっての逆鱗に関しても、夢である程度までは絞り込めた。コツさえ掴めばスパイくらいにはなれそうだ。


「黙っていても構わないが‥‥その箱に手を触れると、叔父上が湧くぞ」
 湧くってナニ。
「お前な‥‥‥虫じゃねぇんだから‥‥」
 危険を知らせてくれたことには感謝するが、脱力感は拭えない。もう少し『言い方』ってもんがあるだろ。
「クッ。死人も虫も、かわらぬ‥‥‥敬う必要があれば、そうするさ」
 キツイ言い方をするが、そこに含まれた『絶望』に目を瞑ることはできなかった。
 知盛にとって『平家の怨霊』の中で暮らす日々は、おびただしい数の虫の中に埋もれて生きるようなものなのかもしれない。
 戦に出れば生身の人間に触れる。刀を合わせている時は、自分がまだ生きていると感じることができる。たしか経正が蘇った晩、滅多に酔わない男が酒に漬かり、そんなことを口走っていた‥‥。
 コイツの感覚は、ある意味正しい。
「あの箱に入ってんのは『黒龍の逆鱗』だ。三種の神器が欠けた今、それが平家の怨霊の源になってる」
「ほう‥‥。それを奪い、平家を滅ぼす‥‥‥と」
「そうは言ってねぇ。源氏を引かせて、生きてる奴等を南に逃がす。それにはコイツが邪魔になるって話だ」
 清盛は、そうなれば平家の天下を望むだろう。
 それじゃ何も終わらねぇ。
「源氏を‥‥‥? それは、あの化け物を無に帰すと。そこまでのことか?」
 コイツ、どこまで知ってやがる?
「茶吉尼天を知ってるのか」
「こちらにも、事情があって、な‥‥」
「重衡‥‥‥か?」
「さて。そんな輩もあったか」
 とぼけんな。
 こんなことになるまで何も知らなかった俺は、源氏方に向かった重衡がどんな目に遭ったのかも知らずにいた。茶吉尼天の存在を知ってようやく、夢で何度も探りを入れたが、生きている記憶も死んでしまった証拠も見つけることができずにいる。
 知盛が源氏を探るとすれば‥‥。
「まーいいさ。そうだ。平家の安全を確保する為には、茶吉尼天は消すしかねぇ」
「異国の神を‥‥‥か?‥‥クッ、面白い男だ‥‥」
 面白い。
 そうだな、お前が乗ってくるとしたら、そんな表現が一番合うのかもしれない。
 面白いだろ?‥‥さあ、乗ってこい。
「暇潰しには、なりそうだな‥‥」
 素直に反応したのが気恥ずかしくなったのか、知盛はさっさと踵を返して消えてしまった。
 緊張が抜ける。

 譲、どうやらこっちも孤独な戦いはしなくてすみそうだぞ。
 あの心配性に一つ明るい報告ができそうだと、やたら浮かれて、夜を待った。
 
 
 
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[将譲]逢夢辻〜13〜

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【逢夢辻】〜13〜


 それからの数日間、図らずとも熊野の宿に足止めを食らった俺達は、その間に大まかな方向性を決めてしまった。‥‥まぁ、熊野で決められなくても、毎日逢える場所を見つけたから‥‥その余裕も手伝って、冷静に話をすることもできた。
 その‥‥‥話だけじゃなくて‥‥。
「兄さ‥っ、話、進まな‥‥」
「そんなのこそ昼のうちにやればいいじゃねぇか」
 第一ここなら、お前の身体に負担をかけずに楽しめるしな。‥‥そんなことをブツブツと言いながら、激しく突き上げてくる。
 でもその感覚は、凄くリアルなもので‥‥。
「あっ、ん、んんぅ‥‥っ」
「何、声堪えてんだよ。誰も聞いてねぇだろ?」
「だけど」
 誰もいない学校は、妙に声が‥‥響く。
 教室の窓はいつも開いていて、あまりにもシンとした空気を、俺が、汚しているようで。
「や、ダメ、兄さんっ、ほどいてぇっ」
「色々見るから照れんだよ。ほら‥‥‥俺だけ感じてろ、譲」
「ぁ‥‥っ」
 耳元で囁く声は、直に心臓を貫いて、全身を高速で駆けめぐる。
 爪の先まで、頭の心まで‥‥兄さんに犯されて。
「‥‥ハッ‥‥‥兄さ、ん‥‥」

 感じすぎて、バカになりそう。

 何も考えられなくなる。
 抱え込んでいるはずの色んなことが、一瞬どうでもよく思えてくる。
 そんなはずはないのに。
 兄さんも、それは解ってるはずなのに。

 突然、チュッと音を立てて、額にキスが落ちた。
「あんまり考え込むなよ。その時が来たら、嫌でも頭使わなきゃなんねーんだから。スペースは空けとけ」
 そうだ。いくら未来を垣間見れるといっても、人の心の中までは解らない。計画通りに進むはずもなければ、詳細な計画を立てる術もありはしない。
 まずは八葉‥‥味方といえる人達の心を理解しなければ。
 個性が強いというより、方向性が全員違う。たぶんみんな違う方向を向いて戦ってる。きっと、俺達のように。

 今、兄さんの正体をバラしてしまえば、本音はどうあれ戦う以外に道がないことは自明の理だろう。還内府の力を削げば、源氏の血路は拓ける。そんなことは戦を知らない俺にだって解る。
 だけど、本当はどうなんだろう。
 敦盛は勿論兄さんの正体を知ってる。弁慶さんだって景時さんだって、本当は気付いてるんじゃないか?還内府とは思わなくても、平家の人間だってことくらい。‥‥リズ先生もヒノエも、何も聞かないのがかえってオカシイ。そんな気すらしてきた。


 無情なほど呆気なく朝が来て、それでも俺の身体は兄さんの腕の中にあって‥‥。
 こんな幸せが、ずっと続けばいいのに。
 それこそが夢物語だってことには、もう気付いてる。
 熱い身体に包まれて眠るのは、もしかするとこれが最後かもしれない。悲観的に考えたら、泣けてきそうな状況だ。
「バカ‥‥もうちょっと、眠ってろ」
 僅かに震えた身体にも反応して、気怠そうに引き寄せる腕。
 失うのは、怖い。
 けど。
「全部終わったら‥‥あの家に帰れるかな」
「当然だろ」
「‥‥‥ん」
 兄さんに不安がないワケじゃない。抱きしめる腕の強さが、何かを強く叫んでる。
 そうだ。
 一人になることより‥‥兄さんをまた独りにしてしまうことが、なにより怖ろしい。
「あっちに帰ったら、旅行に行こうか」
「うん?どうした?」
「兄さんの好きな南の海‥‥」
 いっしょに見に行こう。
 そんな他愛のない約束が、今は一番必要な気がした。
 一番キツイ時。
 舵を見失いそうな時‥‥俺達を支えてくれる、ささやかな約束が。
「‥‥‥ああ。行こうな」
「絶対にね」

 約束を交わしたのは、きっと予感。
 その日のうちに川を汚していた怨霊を退治することもできて、俺達はそこで一度別れることになった。
 まさか一緒に本宮に入るわけにはいかないから。
「またな」

 これまで通り、軽い言葉で去っていった兄さんの背中を、俺はただ静かに見つめていた。
 
 
 
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[将譲]逢夢辻〜12〜

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【逢夢辻】〜12〜


 川の怪異が治まるまでは熊野本宮に向かえない。
 それは源氏も平家も同じこと。
 いや、それどころか、熊野の人間ですら本宮に辿り着けないときてる。
「中の奴等は大丈夫なのか」
「食い物なら幾らでもあるだろ。あそこはちょっとした要塞みたいなもんだから」
 いかにも熊野の悪ガキといった具合の『ヒノエ』が笑う。
「まぁさぁおぉみぃいいいっ」
「やべっ。あとでな♪」
 そーいや、望美との追いかけっこの最中だった。

 あまりにも可愛かった譲を一晩に3度も‥‥しかも結構、容赦なく犯しまくったせいで、朝方には熱を出して寝込んじまった。
 アレだな。いくら体力があっても、こーゆーのは別腹なんだな。

 夜明け前にリアルタイムの譲と夢で話ができたのは、ほんの一瞬。
 扉が開いたんだなーと感激した俺の目の前で、光に透けて消えたと思ったら。
「兄さん?」
 同じタイミングで目を覚まして、確認するように抱きついてきた。
 可愛い!と思わず朝日の中、押し倒しそうになって高熱に気付いたわけだが、水を汲みに行った所で望美とバッタリ。根ほり葉ほり聞かれそうになって、つい「んなこと言ってる場合じゃねぇから」とか説明したのが運の尽き‥‥という具合で。
 瞬時に鬼と化した望美を落ち着かせようと羽交い締めにした景時は、無惨にとばっちりをくらい、弁慶がヤレヤレとか笑いながら譲の看病を始めた。

 灯台下暗しとばかりに譲の様子を見に行くと、寝込んでる譲より酷い惨状の景時が弁慶に薬を塗られている所だった。
「悪ぃっ」
 パンッと手を合わせると、可笑しそうに笑う。
「いいよ〜、まあ、ある程度は予想してたしね〜」
「さて。薬は煎じておきましたから、何回かに分けて今日中にコレを飲みきってしまってください。将臣くん、責任をもって看病してくださいね」
「おう」
「こ〜こ〜に〜い〜た〜か〜〜〜」
「それじゃ。望美さん、行きましょうか」
「そだねぇ〜。まずは川の怪異をなんとかしないと♪」
「どうしてですかっ、あんなの残していったら」
「なぜだ。譲の兄上が看病を買って出てくれたのだろう?・・・優しい兄を持つというのは、いいことだな」
 お。
 なんか今、話の流れをぶった切った奴がいるな。
「九郎さん!?」
 そうか。源九郎義経は、天然キャラ‥‥と。
 かといって、さすがの望美も、まるで察していない九郎に『コトの顛末』を話して聞かせる程の度胸はないらしく(説明しても通じなさそうだが)二の句が継げず口をパクパクさせている。
 そのうちに、望美を抱えて景時撤収。
「はーなーせーっ」
 景時‥‥‥アイツは猛獣使いか?
「まあ、彼女の方は何とかしておきますから、あまり無理をさせないであげてくださいね」
 クスクスと笑いながら去っていく弁慶と、静かにあとに続く朔の姿‥‥。

「にいさん」

 布団の中から恨みがましい声が聞こえて、ヒッと背筋が凍り付く。
「起きてたのか」
「あれ、なに‥‥まさか、全部バレて‥‥」
 たぶん部屋割りの段階から、いや‥‥春の京で別れる辺りからか。
「気付かなかったか?」
「なっ、なんでそんなに冷静なんだよ!兄さんはっ、兄さんがっ」
 まったくだな。
「‥‥‥ああ、俺のせいだ」
 ゴメンと素直に謝ると、狼狽えた顔が泣きそうに歪む。
 俺はいつまでも此処にいるわけじゃない。だけどお前は、まだ暫くコイツラと一緒に動くんだもんな。‥‥もう少し、気を使ってやればよかったな。
「もう、いいよ‥‥、続き、したいんだろ?」
 赤い顔で俯きながら、袖なんか可愛く引くもんだから、止まらなくなる。

 結局、白昼堂々、いっそ夜より静かな熊野の宿で、やりたい放題やらかして。
「まーさーおーみーくん?」
 帰ってきた望美に、半殺しにされかけた。
 
 
 
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[将譲]逢夢辻〜11〜

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【逢夢辻】〜11〜


 戦場‥‥‥?
 そこが地獄じゃないと気付いたのは、生きてる兄さんを見つけたから。だけど兄さんを見つけたって、そこは『地獄絵図』をリアルにした世界に変わりがなかった。
「ゆずる‥‥か?」
 まさかこの日の兄さんに俺が見えるはずはない。
 なのにこっちを向いたまま手にした剣を取り落としそうになってる兄さんに、声を掛けるより早く‥‥‥キリキリキリ‥‥耳に馴染んだあの音。
 振り向けばそこには、兄さんを狙う弓兵の姿。
 背格好が俺に似てることに気付いて、心底青ざめる。
『兄さん、違う!!逃げてっ!!!』
 聞こえるはずのない声で叫びながら、視界を塞ぐ赤い飛沫に振り向くと‥‥そこには。
「知盛‥‥?」
 平知盛。
 生田の戦で、先輩に刃を向けた平家の将。
「死にたかった、か?‥‥‥クッ‥‥邪魔をして申し訳ない。還内府殿‥‥?」

 かえりないふ‥‥‥?

「いや、サンキュ。ちょっと何かに取り憑かれちまってな」
「無理もない。‥‥‥仏を踏み砕きながら、戦うのだから‥‥な‥‥」
 楽しげに笑ってみせるけど、目が恐い。この人本当は、そうとう苛立ってるのかもしれない。たぶん‥‥兄さんが命を捨てようとしたから。
「悪かったよ。ちょっとな‥‥生き別れた弟に、面立ちが似てたもんだから」
「‥‥‥‥兄上」
「うわっ、なんだ、キショイだろ、イキナリッ」
「きしょい‥‥‥?」
「気持ち悪いって言ってんだよっ」
「クッ‥‥‥兄上は、よほど弟君が大切と見える」
「お前じゃないっ。俺は譲がっ」
「ならば、こんな所で野垂れ死んでいる場合ではない‥‥だろう?」

 兄さんは還内府?
 知盛‥‥平家‥‥‥、俺達の敵なのか?
 
 
 
 それでも、兄さんが生きて来れたのは。
 
 
 
「譲‥‥譲‥‥っ」
 強く揺さぶられて目を覚ます。
 外はまだ暗い。
 俺はよほど魘されていたのか、全身が汗でじっとりと濡れていた。
「大丈夫か?」
 ホッとしたような顔を見つめながら、今見たことを口にしていいのか悩んだ。
 それを聞くということは、俺の立場を明かすことでもある。それは‥‥先輩を、九郎さん達を、敵に売るような行為だと解っているのに。
 だけど‥‥‥あの、地獄絵図。
 あれは過去の、そして未来の俺達の姿かもしれない。

 どんな夢を見ても、過去を変えることはできない。
 変えることができるとしたら、それは今から造る未来の姿だけだろ?

「兄さんは、還内府?」

 さすがに地雷を踏んだらしい。
 一瞬で殺気立った視線が、俺を試すように揺れる。
「夢で見た。‥‥兄さんの過去を」
 たぶんあんなに衰弱した兄さんを拾ったのは、平家の貴族なんだろう。
 それがどうして平家を率いるトップにいるのかなんて、さすがに想像もつかないけど。それでも何かの因果が巡って、今はそれが現実。
 源氏に来いなんて言えるわけがない。敦盛を抱え込むことだって正直、無茶な話だと思ったのに‥‥兄さんは、還内府。
 血の繋がりを重視する平家の中で、それでもそれを率いる、ただ一人の将。
 それがどんなに凄いことなのか、俺にだって少しは解る。
 熊野に来たのは、おそらく平家と熊野の密約を取り付けるため。‥‥そしてそれは俺達を、葬るため?
「お前は、源氏か?」
 真剣な顔で聞かれて、正直ホッとした。
 知るはずがないと解っていても、もしも‥‥もしも俺や先輩の立場を知って、それでも敵だと言い切られたらどうしようなんて、不安で胸がパンパンだった。
「そうだよ。だから驚いたんだろ」
 精一杯、軽い声を出す。
 たいしたことじゃない‥‥そうだろ?
 だって俺達は、元々この世界の人間じゃない。たまたま落ちた場所で、たまたま拾い上げてくれた人がいて。それが敵と味方‥‥だからって一緒になって喧嘩をする必要があるのか?
「‥‥‥確かに、そりゃ驚くな」
 諦めたように笑う兄さんが、この賭けに乗ってくれたのが解った。

 当然だろ?

 俺は兄さんの弟で。‥‥だけど、それだけじゃない。
「夢‥‥疲れたな。酷い戦の場面ばかりで」
「そりゃお疲れさん」
 だから、嫌な夢は忘れさせて。
「兄さん‥‥」
 伸ばした手の意味を悟って、サッと抱きしめてくれる。
 深く深く、脳髄まで痺れるようなキスをして、そのまま心地の良い波に流してくれる。
「弟だからって、まさか知盛に手を出したりしてないよな?」
「なんでアイツの名前、つーか、あるかっ!!」
「耳元で大声出さないでくれよ。ウルサイから」
「お前がバカなコト言うからだろ」
「だって‥‥」
 ちょっとムッとしたんだ。俺以外の誰かが、兄さんを兄上だなんて呼ぶから。
「クダラネェこと考えられなくしてやるよ。覚悟してろ」
「うあ‥‥っ」
 片手でラクラクと吊り上げられた足の間から、今までよりずっと深く沈みこんできた質量に驚く。
「や‥‥無理っ」
「無理じゃねぇだろ、こんなにズブズブと飲み込みやがって。‥‥全部見えてるぜ?」
 何言ってんだっ。
「いや、だ、‥ってば‥‥っ」
 思わず下ろした目線を後悔するような世界が、そこに広がっていた。
 なにアレ‥‥俺の‥‥?
「見えてるか。お前がどんだけ熱くなってるか」
「やだ‥‥‥」
 こんなの、オカシイ。そんな‥‥‥だって‥‥。
 目を逸らすことも出来なくなった俺に見せつけるように、掌と4本の指でしっかりと握り込んで、親指の腹で先端を擦り上げてくる。
「んあぁんっ」
 ダメだ。こんなことされて、悦んじゃ‥‥っ。
「出すと眠くなるなら、出せないように握っててやろうか?」
 そんなことしたら‥‥壊れる。
「‥‥いや‥‥‥ヤダ‥‥ッ」
「キモチイイのが、ずっと続いて‥‥グチャグチャになったお前を、見てみたいぜ」
「やだぁっ」
 想像するのも怖い。なにより、変に込み上げる好奇心が、こわい。
「ヤダ、ヤダ‥‥普通にイカせて‥‥兄さん‥っ」
 何を言ってるのか、よく解らなかった。
 不安に包まれる安堵感。
 死にたいほど恥ずかしいのに、泥のような悦楽に包まれる幸福感。
 与えられる何もかもが幸せな色に変わるのは、それが兄さんだから‥‥有川将臣、この身体と、この声と、この顔と、この‥‥‥魂と。

 このまま溶け合ってしまえたらいいのに。
 二度と離れることのできないような塊になって‥‥いつまでも感じていられたらいいのに‥‥。

 そして俺は夢を見た。

 何の音も‥‥人の気配すらない教室と。机の上に腰掛けた、あの頃のままの兄さん。
 触れればちゃんと手触りのある、実体のような姿と熱。
「やっとお前と繋がったか」
 可笑しそうに笑う顔に、首を傾げながら‥‥‥。
 
 
 
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