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[将譲]逢夢辻〜20〜

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【逢夢辻】〜20〜


「景時か。‥‥入れ」
 もっとグルッと人がいる部屋に通されるのかと思いきや、そこにいたのは頼朝さん一人だけだった。
 景時さんが報告するより早く茶吉尼天の消滅を知っていたらしく、特に何のリアクションもないまま‥‥そんな頼朝さんの表情が一転したのは、九郎さんの名前が出た瞬間。
「あれを、逃がすというか」
「御意。ことが済めば、九郎義経は神子殿の世界へと向かいます故。‥‥それをしかと見届けたのち、ここへと戻って参ります」
 よくは判らなかった。だけど頼朝さんは、景時さんが『戻る』と言った瞬間、僅かに眉を動かしたように見えた。茶吉尼天の恐怖で支配していたはずの景時さんが、その力を振るわない頼朝さんに付き従う姿勢を崩さない‥‥まるでそのことに驚いているかのように。
 景時さんは、そんな頼朝さんの様子に気付かず、早口で言葉を並べ立てる。
「清盛公は『黒龍の逆鱗』なるものを使い、死した兵を怨霊として蘇らせているとの調べがつきました。その根元を破壊し五行の均衡を整えることで、神子殿と九郎は時空を越えることが‥‥そして平家からは、戦力となる怨霊が全て消え去ることとなります」
「皆まで言うな。‥‥平家、並びに九郎義経の追討をやめよとの申し出であろう」
「っ‥‥、御意」

「かまわぬ。好きにするがよい」

 一瞬、空耳かと思った。
 そう感じたのは俺だけじゃないらしく、景時さんも不安そうに視線を投げてくる。
 狐に摘まれたような気分で顔を見合わせた俺達に、くるりと背を向けた頼朝さんは‥‥低い微かな声で、次の命を出した。
「速やかに片付けて、此処へ帰れ」
「‥‥‥ハッ」
 話は済んだとばかりに部屋を出た頼朝さんの後ろ姿をポーッと見つめた景時さんは、さっきまでの凛々しい姿も何処へやら、腰が抜けたように座り込み、力無く笑いながら涙を零した。
「やだな‥‥‥泣けてきちゃうよ‥‥」
 意味がわからないとばかりに首を振る景時さんを見つめながら、なんとなく納得した。
 確信は持てないけど、頼朝さんの中では平家や九郎さんに対するソレより少し、梶原景時って家臣への執着の方が強かったんじゃないか。そう思う。‥‥自分を守る大きな力を失った頼朝さんには、景時さんの存在は小さくないはずだ。しかも、茶吉尼天を倒した理由が離反の為じゃないのだとしたら‥‥そこまで気付いてるのかどうかは、やっぱりよくは解らないけど。
 そんなことを考えたのは、たぶん『完璧』に見えていた兄さんの弱点を知ってしまったからなんだろう。
 兄さんの弱点は、俺。
 それを認めてしまうのは少し恥ずかしい気もするけれど、物騒な夜の町を、生死のかかった戦場を垣間見てしまった今となっては、否定する気分にもならない。
 掛け値無しに強い人にも、意外な弱さはある。
 それが人を惹きつける根元なのかもしれないと、‥‥そんな気がした。


 一度、京に帰った俺達は、そこで『厳島神社に黒龍の逆鱗が納められた』と聞いて、休む間もなく西へと向かうことになった。
 黒龍の逆鱗、か‥‥。
 この話をすれば、誰よりも朔が一番悲しむと考えていたのに、意外にも一番様子がおかしかったのは弁慶さんだった。朔は凍り付いたように冷静な瞳のまま「ならばそれを取り返しましょう」と呟くだけ。
 逆鱗を失ったということは、その龍はもう二度と戻らない。それを壊した時に新しい黒龍が生じるのだと説明されても、無言で一つ頷いただけだった。
 朔は今でも、黒龍を愛しているのに‥‥。

 朔はあまり口数の多い方ではなかったけど、俺や先輩には色々と話を聞かせてくれた。
 それは俺達がこの世界と直接関係がない存在だからなのか、それとも何か他の理由があるのか解らなかったけど。

「譲殿と将臣殿の関係は、私には解りかねるわ。‥‥でもそれで二人が幸せだというなら、それでも良いのではないかしらと、最近少し思えるようになってきたの」
 兄さんと熊野で別れて、少しした辺りかな。月夜の晩、縁側でボーッと月を見ていた俺に、朔が話しかけてきた。
「思えば恋は、立場や常識を念頭に置いてするものではないものね‥‥」
 それは俺に対しての言葉なのか、それとも朔が何か話したがっているのかと考えながら視線で促すと、隣にそっと腰掛けながら独り言のように語り始めた。

「ヒノエ殿が‥‥‥私に好意を持っているのですって。私は黒龍のものだと言っても『物じゃない。だから朔は自由だよ』なんて返されて、正直‥‥少し戸惑っているのだけれど‥‥」
 ヒノエらしい。
 どこまでも自分のやり方で押していくところとか。
 自然に、人の心を楽にしていくところとか。
「黒龍への愛が尽きることはないわ。そう伝えても『そのままでいい』って笑うのよ」
 困惑したように語る朔は、それでもどこか幸せそうで。
『恋人だろうが辛い過去だろうが、それを消したら今の自分はいなくなっちゃうだろ。朔が何かを手放す必要はないから、全部抱えておいで。‥‥抱えきれないなら、オレが一緒に抱えてやるよ』
 ヒノエの台詞は、なんかの歌の歌詞みたいだとか思う。アイツ、あっちの世界にいってもモテるんだろうな。

 朔はヒノエに惹かれていくことで『自分が黒龍のことを忘れてしまうんじゃないか』と怖れているようだった。
 忘れてしまえるなら忘れてしまえばいい。それでも心が痛むなら、やっぱり誰かが一緒に居た方がいいに決まっているし‥‥。
 先輩は、この戦が終われば元の世界へ帰る。
 それはもう先輩だけの問題じゃなかった。九郎さんの安全を考えれば他に選択肢はない。

 ヒノエになら‥‥朔を託していけるのにな。
 それが俺達の自分勝手な理想だと、気付いてないわけじゃない。
 それでも、優しい朔を独りにして帰るのは、やっぱり心苦しいわけで‥‥。


 これが最後の勝負。
 ゴールが見える焦燥感は、思ったよりもずっと心に重いものだった。
 
 
 
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[将譲]逢夢辻〜19〜

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【逢夢辻】〜19〜


 心配性な弟は、ヤバイ。
 マジでヤバイっつーか可愛すぎるだろ、これでどうやって別行動とか‥‥もうアリエネェから、まったく‥‥。
 本当なら一瞬でも離したくないところだが、譲が望む『幸せなラスト』を叶えるためには、あと一度だけ、どうしても別行動を取る必要があった。
「今度はすぐに戻る。日が沈んだら‥‥夜更かししてねーで、まっすぐ俺の所に来いよ?」
「兄さん‥‥っ」
「うん?」
 これが最後の別れになるワケじゃない。
 生きている限り、俺と譲は繋がっていられるし、いつでも‥‥逢える。それが判っていても、現実的な距離は切なさを煽った。
 いつもなら、それを悟られる前に背を向けられたのに、な。
「狡い‥‥‥‥そんな、目で」
 悪ぃ。お前に俺の辛さまで背負わせるつもりはなかったんだが。
「早く帰ろうな」
 アタリマエみたいに同じ家で眠って、どんだけ喧嘩しても同じ家に帰って、好き勝手言って、飯食って、笑い合う。
 今思えば、馬鹿みたいに平和な世界に。
「ああ」
「南の海、一緒に行くんだろ?」
「覚えてたのか」
「忘れるかよ」
 お前がくれた、未来とか、希望とか。俺がどれだけ、そんな「ささやかなもの」に縋って生きてきたかなんて、教えるつもりはないけどな。


 なんとか手を離して、故郷と戦場が交じり合ったような場所へと足を進める。
 後ろ髪を引かれている場合じゃない。早く辿り着けば、それだけ早く帰ることもできるだろう。そう思えば、幾つもの山越えも苦労とは思えなかった。

 ここへ来る前、源氏の‥‥つっても、譲と望美の周辺の奴らだけにだが、俺の正体を包み隠さず話してきた。リズ先生は当然のように無反応で、ヒノエは敦盛から一通り聞いたらしく楽しげに、弁慶や景時は「さすがに還内府とは思わなかった」と笑う程度には、正体に気付いていたらしい。
 ただ一人を除いては。
「将臣っ、お前は譲の兄ではないのか!?」
 譲は望美と一緒に異世界から召還されたと、ならばなぜお前が平重盛公だというのか!みたいな、なんつーか、全然通じてない辺りが可笑しくて。
「笑うなっ」
 無理だろ、普通に。
 九郎以外の人間は全て(リズ先生まで)噴き出して、九郎は自分に理解力が足りないのかと、かなり凹んでる様子だった。
「重盛じゃなくて、還内府。要するに、単純に『似てた』んだろ?‥‥そのおかげで命拾いしたんだけどな」
「‥‥‥似ていたのは姿形だけではない。平家が窮地に陥った時、誰もが頼りにしていた重盛公に、その大らかな気質や、淀みのない優しさが似ておられたのだ。だから自然と誰もが頼りにし始めた。叔父上ですら‥‥‥‥」
「サンキュ、敦盛」
 清盛が俺を頼っていたのか、それとも平家復興の為の人身御供として祭り上げられたのか、未だに判らない。それが心を苦しくもしたもんだが。
「ともかく俺は、平家を裏切るつもりはない。ただ、今さら平家を復興させるだとか、そういう不毛なことも考えてねぇ」
「ならば、なぜ!?」
「怨霊を使って戦うのは、源氏が‥‥頼朝が、平家を根絶やしにしろと命じていたからだ。兵士ですらない女子供も含め、全ての平氏を根絶やしにしろと」
「兄上が、そのような」
「九郎‥‥‥残念ながら、将臣くんの言うことは正しいんだよ」
 景時が低く告げた真実は、自分自身が謂われのない冤罪を着せられて殺されかけた今ですら、九郎には信じがたいものだったらしい。
「そんな‥‥源氏は‥‥兄上も俺も、先の戦で救われた命だというのに‥‥」
「それが、頼朝様の不安の元なんだよ」
 確かにそうだ。
 幼いから子供だからと摘まずにおいた種が芽吹いて、今の源氏がある。
 その歴史を繰り返さないために。
 過去の自分や、九郎の存在を‥‥怖れたために、頼朝は。
「だろうな。あながち的外れの不安でもないんだろうが、それで易々と殺されるのは御免だ」
 九郎のキャラを思えば有り得ねぇ『謀反の罪』も、確かに傍目に見れば『その可能性』は否定できなかった。それだけの話だ。
 平家も何も、全て同じ土俵の上にある。
「‥‥‥兄上‥っ」
 頼朝にとっては、九郎も平家も皆同じ。幼い頃から自分が抱いてきた恨みの深さだけ、他人の中にも、そんな幻を見てしまう。結局、人は自分のフィルターを通してしか世の中を理解できない。そういうことかもしれないが。
「それでも今なら‥‥茶吉尼天が消滅した今なら、交渉の余地はあるだろ」
「交渉というと、何か気を引けそうなものがありますか」
 食いついてきた弁慶の声に、その場が静まりかえる。
 それは地の底から聞こえるような、ゾッとするような絶望を含むものだった。
 こいつ、なんか知ってるな。
「平家の怨霊を全て消し去る。もちろん神子の封印みたいな末端的なのじゃなくてな。もっと効率よく、元を断つことさえできりゃ‥‥」
 今の平家は亡霊のようなもの。清盛の吸引力で動いているにすぎない、死した塊。
 ならばその清盛ごと綺麗サッパリ消し去っちまえば‥‥ひとまず、頼朝の目指す『武士の世』には、一つ貢献することになる。
 追討の手を弛める条件でそれを成し、二度と京に結集できなさそうな遠い場所へと動くことで頼朝の気も済むんじゃないかと提案すると、それは自分が直接掛け合ってみると景時が手をあげた。
「平家の追討だけじゃなくてね。‥‥九郎のことも、もう追わないで欲しいって、お願いにあがるつもりでいたから‥‥」
 景時一人で行かせることに難色を示した望美に、譲はすかさず「俺も一緒に行きます」と立ち上がった。
「ダメだよ〜っ、殺されちゃうかもしれないんだよ?」
 さすがにその場はざわついたが、一度キッパリと決断した譲が、それを引っ込めるなんてことは考えられず‥‥俺と望美は頷くしかなかった。こういう所は、昔から変わらない。
「‥‥ま、大丈夫だろ」
 こういう時、俺がただの『有川将臣』なら一緒に動けるのにな‥‥と、悔しくないと言えば嘘になる。
 落ち着きかけた話の腰を折るように、凛とした声が響いた。
「将臣くん、僕は先程の問いを答えてもらっていませんよ」
 弁慶‥‥?
「平家の怨霊を消すと言っても、どうするおつもりですか。そんな秘密兵器を秘密のままにされては、信用もままなりません」
 こういう所はさすが、氷の軍師と呼ばれるだけのことはある。
 怨霊を消すなんていう『根拠のない夢物語』は、信じるに値しないってことか。
「いいぜ。夜はまだ長いしな‥‥」

 逸る心で一通りの説明を終えて、小さく震えていた譲を抱きしめて眠った。
 その夢の中で、ようやく譲が抱えていた不安を知り、愛しさで狂いそうになりながら朝を迎えて‥‥。

 最後の一勝負に向けて、今はただ歩く。
 夜を一つ越える毎に『あの家』が近づくと、固く信じながら。
 
 
 
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[将譲]逢夢辻〜18〜

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【逢夢辻】〜18〜


「壊れちゃってんのよ。‥‥ムカツクわ」
 そう言って震える手を九郎さんに伸ばした先輩は、驚くほど儚げで、とても見ていられなかった。
 そういえば。
『見てきたのよ』
 夢の世界で、真っ青な顔をして呟いた横顔を思い出す。
 それは、九郎さんが罠にかかって『逝ってしまう未来』を見てきたってことですよね。
 ホッとして泣いている先輩に、何を聞くつもりもないけれど‥‥。
 先輩。
 俺は‥‥兄さんは、その世界で生きていましたか?
 頑なに俺達を信じると言い切った姿から、一つの未来が浮かび上がる。
 それは予知夢よりも確実な予感。
 先輩が垣間見た未来に、俺達の姿は、ない。

 兄さんを、失う‥‥‥?

 気付けば知盛がそこにいて、弁慶さんや景時さんは、兄さんの口から、その正体を白状させようとしている。大丈夫。今すぐに危険が迫るわけじゃない。みんな兄さんの正体にはうっすら気付いているし、頼朝さんが敵になった今、平家は必ずしも共通の敵じゃない。わかってるのに‥‥それでも震えは止まらなくて、背中でも叩かれたら泣き出してしまいそうで。
 皆の視線から隠れるように、その背中に身を預けて、ギュッと手を握りしめた。


「んなこと考えてたのかよ」
「う‥‥あぁっ‥‥」
 仰向けのまま、膝の上に腰だけ攫われるような姿勢で、無造作に突き上げられる。
 もう、何度目だろう‥‥途中から身体の力も入らなくなって、いやたぶんそれ以上に気力が保たなくて‥‥それでも眠ることもやめることもできずに、だらしなく上腕を投げ出した姿勢で、人形のように抱かれ続けていた。
 散々泣かされて掠れた声で、それでも兄さんの尋問のような問いに答え続けている。
 情けない‥‥な。
 それでも、そんな自分が嬉しいと感じてしまうのは、とうとう俺が壊れたってことなのか。
 ああ、もう何も考えたくない。
 このまま‥‥この腕の中で、消えてしまえたらいいのに。
 これ以上の居場所なんて、どこにもありはしないんだから‥‥。
「兄さん‥‥‥疲れた‥‥」
「だろうな」
 違う。やめないで。
 身体じゃなくて‥‥‥心が‥‥。
 言葉にならず伸ばした指を、あしらうように握りしめて口づける仕草に、涙が溢れる。
「無理することねぇよ。欲しけりゃ明日だって‥‥譲?」
 欲しい。
 身体の奥から、熱が込み上げて‥‥考えることに疲れた頭は、そんな自分を止めてくれなくて。
「好きにさせて‥‥くれよ」
 気付けば兄さんを組み敷くように跨いで、自ら腰を振っていた。
 浴びるように何度も何度もかけられた白いものが、汗と混じって滴り落ちても。戸惑うように見つめた兄さんが、鉄も溶けそうな視線で俺を視姦しても。かまわず。もういっそ、見せつけるように踊りながら。
 自分を、犯し続ける。
 こんな行為が好きなのかと聞かれれば、やっぱりまだよく解らない。
 それでも、考えなくていいのは嬉しかった。
 今は兄さんの熱を感じて、鼓動を数えて、視線を気にしているだけでいい。

 傍にいたい。望みはそれだけだ。

 だけど叶うことなら、あの平和な世界に戻りたい。兄さんと一緒に。先輩と一緒に。九郎さんにも他の誰にも死んでほしくない。源氏も平家も争いをやめて、平和な京を見届けて、白龍の力を戻して、何の気がかりもなく笑って帰りたい。
 俺は‥‥‥欲張り、だな‥‥。
「譲、俺は此処にいるぜ?」
 え‥‥?
 呼びかけに視線を下ろすと、優しく苦笑する兄さんと目が合った。
「別に俺は、お前が死のうが俺がくたばろうが構わねぇ。どうせ逝くなら、お前と重なり合って逝きたいとは思うけどな」
「なにを、言って」
「だーかーら。まだ来ねぇラストをウジウジ悩んでないで、俺を、感じとけ」
「んはあっ」
 力強く腰を捕まれて、太い杭に、深く、深く、穿たれる。
 下から上へ、脳天から何かが突き抜けそうなくらい深く激しく突き上げられて、あまりの快感に肌が泡立つのを感じる。
 苦しくて、愛しくて、込み上げる鼓動を感じた時。

 俺は生きてるんだなと‥‥アタリマエのことに、感動した。
 
 
 
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[将譲]逢夢辻〜17〜

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【逢夢辻】〜17〜


 重衡の行方を追えば、鎌倉で途切れるという。
 だけど鎌倉が重衡を討ったとすれば、平家を叩いたタイミングで、それを誇示するんじゃねぇか?
「‥‥生きては、いるのだろう」
 コイツが言い切るってことは、たぶんその後の消息もある程度は判ってんだろう。それでも茶吉尼天の消滅に拘るのには、何か引っかかるものがあるが。
「駒としてか?」
「フッ‥‥‥。何の役に立つのか、俺には解らぬが‥‥?」
 ハイハイ。
 ったく、ここまで調べまくっといて今さら皮肉言っても、ただのツンデレにしか見えねーっつの。
 ゆっくりからかえる状況じゃないのが、ちと惜しい。今まで散々弄られてきた仕返しでもしてやれそうなタイミングだってのに。
 
 足早に向かっているのは、鎌倉。
 九郎義経を罪人として仕立て上げた頼朝が、とうとう奴を監禁するんだとか。まあ実際は景時やヒノエの情報が一足早かったらしく、俺達は茶吉尼天との一戦に間に合うかどうかってとこだが。予想より早くコトが進んでいることは確かだ。
 夕べの感じだと、まだ九郎は「兄上にお目通りを」とか言ってるらしい。四の五の言ってねぇでサッサと逃げろって話じゃないのか!?‥‥ま、あの天然小僧に空気を読めとは言わないが、なんかやっぱ心苦しいのはあるよな。
 アイツは本当に何の計算もなく、信じたいものを信じる。俺なんか、アイツの正体を知ったあと「将臣将臣」呼ばれるだけで意味もなく落ち込んだりしたんだぜ?‥‥最終的にこっち側にいなきゃできねぇこともあるわけだし、だから単純に裏切ってるだとか敵だとか‥そんな意識も無いってのに。それでも、アイツを謀るのはキツかった。
 もしかして頼朝は、その手の罪悪感に負けたんじゃねぇのか?
 九郎は被害者。それは誰が見たってその通りだが、なんか釈然としない部分も残った。‥‥んなこと望美に言ったら、食い殺されそうだけどな。

 途中絡まれる雑魚共に足止めを食らうこともなく、スムーズに向かえてんのは、血生臭い相棒のおかげだと言わざるを得ない。
「実の弟を抱きたがる物好きもあれば、それを手にかける兄もある‥‥‥クッ、ご苦労なことだ」
 物好きで悪かったな。
「まあ、一口に兄弟っつっても色々あるだろ」
「‥‥‥違いない」
 そういえばコイツラも、妙な兄弟だったな‥‥。
 仲が良いんだか悪いんだか。あんだけ無関心なふりして、ここまで執着してたとは‥‥人は外見で判断できねぇぞ、ったく。
「あれ‥‥か‥?」
「っと、もう始めてんのか!」

 合流する直前に知盛が身を隠したのは、俺が八葉としてここに加わるための最低限のマナーみたいなもんだった。今ここで仲間割れしてる場合じゃねぇ。
「兄さん!」
「将臣くんっ」
「待たせたな!」
 強大な敵を前に、参戦を断る奴は一人もいなかった。
「これで八葉が満ちる‥‥勝てるよ、神子」
 白龍のやけにキラキラした声に押されるように追い風が吹いて‥‥戦いの末、茶吉尼天は消滅した。


「よく決断したな」
 思わず九郎に声をかけると、消化し切れてない顔でグッと言葉を詰まらせた。
「兄上が‥‥まさか、謀反などと、本気で‥‥っ」
「本気じゃねぇよ」
 確信はないけど、そんな気がした。
「兄貴ってのは嘘をつくもんだ。負けたくねぇとか、傷つけたくねぇとか、色々考えることは違うんだろうが‥‥良いのも悪いのも含めて、それが執着だったり情だったりすんだろうな」
「執着‥‥‥?」
 頼朝のことは、よくわかんねぇけど。
「気にならなきゃ放置してただろ」
 嫌い嫌いも好きのうち。
 こんな天然ブラコン大将に愛情丸投げされたら、そーとー器用な兄貴以外、力ずくで振り払うしか手段がねぇだろ?
「九郎‥‥‥たぶん頼朝様は、君が思うより少し‥‥疲れていらっしゃるんだよ。君に出逢うまでが長すぎて、酷すぎて‥‥正直に人を信じることが、できずにいらっしゃる。オレは、そう思うよ」
 確かにそーゆーのは、盲目に兄の愛情を信じて疑わなかった九郎より、ただの配下として寄り添ってきた景時の方が、よく見える部分なんだろうな。
「時に、信じることは覚悟を要する。お前が神子をにわかには信じられなかったように」
「景時‥‥リズ先生‥‥」

「壊れちゃってんのよ。‥‥ムカツクわ」

 ボソリと呟いた望美が心底悔しそうに泣きながら、九郎の背中にしがみついた。
「望美?」
「九郎さんは疑わなくていい。兄上〜はどうだか知らないけど、私は九郎さんの味方でいるから。‥‥‥ずっと」
 回された手を包みこんだ九郎は、やっと笑った。
「そうだな」

 その場にいた全員にホッとした空気が流れた所で、知盛が姿を現した。
「バカ、まだ早いっ」
「これ以上茶番に付き合えるか」
 新たな敵にサッと気色ばんだ面々は、知盛が発した一言に瞬間フリーズ。理由は様々な所にあると思うが。
「平泉へ行く」
「平泉!?」
「この顔に似たのが紛れ込んだと聞いた。確認が済めば戻る‥‥‥任せたぞ‥‥」

 好き勝手言い捨てて背を向けた姿を、ポカンと見つめていた。

「将臣、どういうことだ‥‥」
 待て九郎。説明すりゃ長くなるから、つーかどこから話せと?
「ゆっくりと聞かせて頂きましょうね」
 弁慶‥‥目が笑ってないぜ。
「返答次第では、このまま返すわけにはいかないよ〜?」
 景時、お前までかよっ。
「ひとまず夜を明かす準備くらいしたらどう?モタモタしてると日が暮れるよ」
 ヒノエが可笑しそうに笑うのは、裏を返せば『一晩かけて説明すれば?』って意味だろうな‥‥。
「ま、そうなるか」
 それでもなんだか楽しげな雰囲気は、もうほとんど俺の正体なんか知ってるぜーみたいな意味なのかもしれない‥‥そうだろ、譲。
 背を預けるように立ちながら、見えない所で繋がれた手を、ギュッと握りかえしてみた。
 
 
 
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[将譲]逢夢辻〜16〜

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【逢夢辻】〜16〜


「九郎さんが?」
 先輩の話は、にわかには信じがたいものだった。
「いや、ありうるぜ。元々俺達の世界の歴史だって、義経は頼朝に追われて殺されただろ?」
「それは‥‥逃げ延びて、東北の方に‥‥」
「歴史ではね」
 詳しい情報の出所は教えてくれなかった。でも先輩はまるで俺と同じ能力を持っているかのように、未来を語って聞かせてくれる。
 しかもそれは、夢のようなボンヤリとした情報じゃなくて。
「まるで見てきたみてぇだな」
「見てきたのよ」
 え?
「どうやって、とか聞かないでね。理由は、たぶん私が白龍の神子だから‥‥そう、そんなとこだよ」
 重い溜息を吐いた先輩は、振り切るように先を続けた。
「とにかく、黒龍の逆鱗は後回し。手をつけるとしたら」
「茶吉尼天から、だな」
 確かに断片的に夢で見る未来は、順番がつけられない。
「先輩が言うんですから、信じますよ」
 俺達を信じてくれた貴女を、俺は全面的に信じます。
「ありがと。私も‥‥絶対に信じるから」
 まっすぐに見つめてくれた瞳は、やっぱり綺麗だと思った。


 とはいえ、九郎さんの絶対的な存在である『兄上』を疑うような話はできるはずがなかった。
 兄さんの協力もあって、あまり犠牲を出さないように源氏と平家は戦いを続け、今は源氏が優勢とまで言われるようになった。
 兄さんは平家が勝つことが目的なんじゃないと言う。
「怨霊なんか使っても戦わなきゃならねーのは、頼朝が『平家』を一掃する指示を出してるからだ。平家平家っていってもな、戦力にならない女子供も含めたら結構な人数になっちまう。怨霊はいい。むしろ早く浄化してラクにしてやれたら、その方が‥‥。それよりどこか、追っ手を気にせず安らげる場所を確保できれば、それが一番なんだ。清盛をはじめ一部の連中が騒いでるだけで、今の平家に『都に返り咲く』なんて夢を持ってる奴は、ほとんどいねぇよ」
 だから負けるのはいいと言う。
 いっそ追い詰めて茶吉尼天が出てくるよりは、負け戦のふりをして上手く逃がしたい。
 そんな思惑を知らず、九郎さんの功績はドンドンあがっていった。
 これが先輩の言う『危険』の正体。
 頼朝さんは目障りになった九郎さんを謀反の罪で拘束して、殺してしまうのだと。
 英雄はいらない。そういうことらしい。
 だけどそんな未来を、九郎さんが信じる筈なんかなかった。
 打ち明けることも誘導することもできず道に迷った俺は、頼朝さんの懐刀でもある景時さんと話をしてみる決意を固めた。
「あの人は味方じゃない」
 先輩は青ざめた顔で、そう言うけど‥‥。
「それは、味方をする状況じゃなかったってことですよ」
 信じられる人がいるんじゃなくて、信じていい時があるってだけの話なんだと思うから。

「景時さんは、茶吉尼天って知ってますか」
 茶飲み話を始めるように、静かな部屋で向かい合う。
 静かな空気を崩さずにサッと緊張を走らせた景時さんは、それでも穏やかに笑い返した。
「どこから拾ってきたの?」
 そんなネタ。
 確かに疑われるのは仕方がない。俺は半分スパイみたいなものだから。
「夢で見ました。‥‥俺達は、それと戦って」
「戦う?あの異国の神と!?」
「はい。勝ちました」
 それがただの夢でないことは、景時さんが一番よく知っているのかもしれない。予知夢に魘されて飛び起きた時、隣に寝ていた景時さんに何度も宥められてきた。眠れない夜に『星の一族』についての話を聞かせてくれたこともある。
 だからこれが『ただの悪夢』じゃないと、気付けたんだし。
「勝った‥‥?‥‥‥あの、茶吉尼天に?」
「はい」
 信じられないと、そんな顔をして真っ青になって横を向いた景時さんが、遠くを見つめて喘ぐように呟いた。
「そんな、話を‥‥オレに聞かせて、どうするつもり?」
「景時さんの本音が聞きたくて」
 先輩は景時さんが『茶吉尼天を怖れて』頼朝さんに仕えてるんだと言っていた。
 本当に?
 頼朝さんに危機が迫れば、掌を返すように離反するかもしれないと先輩は言うけど、それは景時さんの人となりを思えば、容易いことであるはずがない。
 本当に、恐怖だけなんだろうか。
「オレの本音、か」
「イキナリすみません‥‥」
 聞かせてくれと迫っても、はぐらかされるかもしれないとは怖れていた。
 だけど景時さんは居住まいを正して、話す姿勢を向けてくれる。
「ううん、いいよ。そうだね‥‥譲くんには聞いておいてほしいな〜なんて甘えもあるんだ。ただ‥‥‥望美ちゃんには言わないでね」
「先輩に?」
「うん。狡いとは思うんだけど、彼女には嘘吐いておかないとね。だってほら、望美ちゃんは朔が初めて心を許した親友でもあるからさ。そんな大切な人に、朔に打ち明けられないような秘密を持ってほしくないんだよ。これはオレのワガママで」
 あ‥‥。
「だから望美ちゃんには、頼朝様と茶吉尼天が怖いから、オレは源氏に与したと言ってある。‥‥それは嘘じゃないけど、本当でもないんだ」

 少し困った顔で頬を掻いた景時さんは、子犬のような目で首を傾げてる。
「なんていうのかなー、こういうのは。一目惚れ〜なんて言ったら、全然違っちゃうかな。上手く言えない‥‥いや、よく解らないんだけど」
 考え考え、それでも本当のことを話してくれる。その信頼が誇らしい。
「偉い人は沢山見てきたんだよ。父上とか、平家の清盛公とか‥‥そうだね、陰陽師の師匠なんかも。だけどオレは、その『偉い人』に近づきたいとは思わなかった。だから父上に認められるために死ぬ気で努力しようとも、必死で陰陽師を習得しようともしなかったし、平家が京を追われた時も『運命を共にしよう』なんて微塵も思わなかったんだ。苦しいだけの戦いに身を投じて、花と散ろうなんて‥‥そんな九郎が好きそうな『武士の心』は持ち合わせてないからね。薄情かもしれないけど。それは‥‥今思えば、執着が足りなかったんだろうな‥‥って」
 解る気がした。
 俺だって先輩がいるから源氏に組みしているだけで、源氏のために命を賭けようだなんて思ったことは、一度もない。
 もしかすると景時さんは、俺達の世界に近い考え方を持ってる人なのかもしれない。

「それが今のオレときたらさ」

 フと、声に不安定な力がこもる。
「‥‥頼朝様の作る未来を、夢に見てる。あの方が言葉少なに語る、夢物語みたいな『武士の世』が、本当に来るなら‥‥その為にオレの力を使ってくれないかな、なんてね。正直、戦も嫌いだし、人を殺すのも殺されそうになるのも恐いし嫌だし、逃げ出したくなることは沢山あるんだけど。それでも‥‥逃げられない。こういうの、執着っていうんじゃないかなってね」
 まるでそれは下心のない純粋な愛情のようで、ドキリとした。
「それじゃ茶吉尼天の力を削いだら‥‥」
「いいんだよ。あんなものに頼らなくても、頼朝様は未来を手中になさるだろう。異国の神に頼り切って、それを自分の力と過信してしまえば、頼朝様はいつまでもその支配から逃げられない。そんな勝ち方じゃなくても」
 景時さんは、頼朝さんを信じてるんだ‥‥。
 ふんわりと微笑んだ景時さんは、夢に浮かされるように言葉を紡いだ。

「そんな勝ち方じゃなくても、きっと。あの方は未来を手に入れる‥‥オレは、そっちを信じたいんだ。たとえ一時、あの方の敵に回ることになったとしても」
 
 
 
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