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【酔恋譚】 ~Suirentan-20~

 身体をめぐる甘い血は、君と交わり恋に酔う。
 綺麗なままでは恋と呼べず。しかしどこまで落ちても輝きを失わず。

 光と闇を抱いて回る星のように。
 生と死を抱いて巡る魂のように。
 大きな流れに翻弄されるばかりの想い。…漂う波に浮かぶ小舟のような、儚い恋。

 儚くともよい。
 どうか君を失う時は、私の心も共にありますよう。

 儚くとも……この心が、永久のものでありますよう。



 雨が降る。これは玄武が無事に戻り、京を守らんとする四神が戻った証。
 しかし風は今も淀んだまま、京は未だ穢れを抱いたまま、鬼との全面対決は明日に持ち越された。
 これが終われば…………さて、どうなるのか。
 表面上の平和が戻り、悪しき鬼の消えた京には、きっと新たな悪役が必要となるだろう。
 新たな生贄が、不可欠となるだろう。
 慈愛の心で空気を回し続ける彼女が…神子殿が居なくなる。
 それに気付いて恐怖するのは、私の杞憂であってほしいものだと、心から願う。

 鬼との戦いは呆気ないほどの幕切れを迎えた。
 天命はどちらにあるかなどと、それこそ愚問だと言わざるを得ない。
 あの女鬼がしゃしゃり出てきた時も、心は白けたままだった。
「お館様を助けて!……殺さないで…」
 お呼びでないよ。この世界も、そこにいる鬼の頭も、誰もお前を呼んではいない。
 否。それを理解した上で、それでも飛び出してきたのだろう。
 無様であれ、美しく引いてしまえない。愚かしくとも、どうしても失えない者なのだと……その心は理解できる。理解できてしまう自分を虚ろに思うことも、もうなかった。
 人を愛した時点で捨てねばならぬものは、確かに存在する。
 皆が自分の胸に手を当てるように、その女を見つめた時、それは起こった。

「いやぁっ、やめて。そんなものは呼びたくない!……もう誰も傷つけたくないのに……っ」

 拐かされ操られた、悲しい少女の叫び。
 願わずとも黒龍に支配されてしまった身から、人を食らう闇の霧が溢れ出た。
 これは……!?
 八葉へと、守るべき者の元へと、穢れを振りまく黒い霧。
 息苦しく不快な闇。
 唐突に襲った事態に焦りながら鷹通を振り返れば、同じ気持ちで此方へ向かう視線が在った。
 失いたくない。失うわけにはいかない。
 必死で抗う力は、あまりにも無力で。無力で……絶望に取り憑かれそうになる。
「みんな……っ」
 空気を切り裂くような声。
 振り返れば、仁王立ちの神子殿が全身で見つめていた。
「神子、お前は、かならず私が守る…っ。……おとなしくしていろ」
 おやおや、泰明殿。勇ましいことを言ってくれるじゃないか。
 この追い詰められた状況下、余所では決して見られないものを見て楽しくなってしまう。
 これだから人生はやめられない。
 神子殿はその顔を驚いたように見つめてから、とても場違いなほど……花が開くように、ふわりと笑った。
「おまかせしますね」
 その緊張感とは無縁の笑顔に唖然としながらも、何故か心を押されるような心地になる。
「皆、神子のために、力を集めろ」
 珍しく号令なぞをかける泰明殿の声も、一寸の迷いもなく澄み切っていた。
 鬼の術に惑うことなく、黒龍の瘴気にも怯えることなく。八葉の力を集めた閃光の中、神子殿はその元凶へと向かい悠然と走り出した。
 黒い影を抱きしめる慈愛の腕。
 神子殿の中から溢れ出した白光が、黒龍を伴って天へと昇ってゆく。
 地上の瘴気は八葉の手に。
 天上の黒雲は龍神の御身に。
 そして全てが晴れ渡り、光に満たされた。

「まったく、無茶をする。……君には恐怖というものはないのかい」
 蘭の首に巻き付いたまま地面に腰を下ろした神子殿を見つめる。
「怖かったぁ~。すっごく怖かった~……けど、怖くなかったぁ」
 どっちなんだい。
「友雅さんにも恐怖なんかあるんですか」
 君の目に、私はどう映っているものか…。
「………少し、ね」
 君を、仲間を、……鷹通を、失うと思えば、恐怖しない方が嘘だろう。
「神子、大事ないか」
「泰明さんっ」
 瑞々しいほどの笑顔を弾けさせた神子殿を見て、得心する。
 彼を……信じていたから、か。
「お前は、本当に無茶をする……しかし、無事でよかった…」
 人目も憚らずに涙を落とす横顔に驚いて立ち尽くすと、いつの間にか隣に在った鷹通が、温かな溜息をついた。
「泰明殿は本当にお変わりになったと思いませんか」
「そうだね……恋というものは、かくも怖ろしきかな」
「茶化さないでください」
「茶化してなどいないさ」
 私も君も、それまでの己を失うほどに変わってしまった。それが良いことなのか悪いことなのかは解らないが…。
「泰明さぁん、泣かないでくださいよ。…だって、絶対に大丈夫だったんです。泰明さんが守ってくれるって言ったんですよ?絶対に守ってくれるって……もう、これでダメでもいいじゃないですか。間違って死んだって、貴方となら、もういいやって思ったんです」
「しかし……帰るのだろう?」
 静かな涙が空気を支配した。
 泰明殿に限らず、それは私達全員の想いでもある。
 戦いが終わったのだ。君は帰ってしまうのだろう?……月の姫君。
「帰りません」
 あっさりとした答えに、また固まる。
 何を言っている……?
 思わず鷹通と顔を合わせて、その驚く顔に今のが幻聴ではないことを知る。
「………神子?」
「帰りたいけど、帰ったら帰ってこれないでしょ?……私は泰明さんと生きたい。だから帰りません。それじゃダメですか」
 憮然と言い切る神子殿に、何も言わない泰明殿の腕が回った。
 茶化す気にも、なれやしない。
 小さな声でその名を呼び続ける姿に、少し胸が痛む。
「名前しか……出てきませんよね。あんな時」
 鷹通がボソリと代弁してくれたので、本当に何を言う必要もない。
 あんな時。
 もう、愛しくて愛しくて愛しくて崩れそうな時……言葉などで表せる気持ちなど、幾らもない。
「これ以上見守るのも、無粋だとは思わないかい」
 あとの処理は藤姫達に押し付けてしまおう。
 すっかり治まった頃、甘い菓子など手土産に、許しを乞うとして。
「そうですね……きっと青竹が、雨に打たれて待ち侘びております」
 悪戯な顔で笑った恋人の手を取って、そっと歩き出す。

 おぼろ月の花庭。
 月光の竹林。
 蛍。紅葉。夕焼け。虫の音。白雪。朝日。桃の蕾。若葉。雨。蝶。

 美しいものは数あれど、心が閉じていては虚ろなものとなる。
 しかし、そこに君の影があるのなら。
 世界はどこまでも鮮やかな色彩を放ち続けるのだろう。
「鷹通」
「なんでしょうか」
「……鷹通」
 意味もなく、その名を呼びたくなる。
 私は美しいものが好きなのだよ。君のその心のように。
「友雅殿……?」
 懐かしくも優しくもある、ただ美しいものが。
「いや、なんでもないよ。……君の手は温かいね、鷹通」
 それを美しいと想う、この心の熱を、情熱と呼ぼう。

 この心の熱を、恋と呼ぼう。
 
 
 
 
 
 
 
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あ~~~、はいはい。
エロは恋綴りの方で書くから、泣くな譲葉(笑)

あとはもう、山ナシ落ちナシ意味ナシで、ひたすらエロエロでいいですから(笑)とりあえずストーリーとして完結するよ!!という流れになっております。
ラストの戦闘シーンは端折ったけど、神子と泰明の辺りは削るのが大変だったから、そのまま垂れ流しました。友×鷹じゃなかったのかよ!とのお怒りの声は聞こえております。ええ、もう(号泣)アタシが一番そー思ってますからっっ。うわーん。

[友帝]生身

 八葉の役も終わり息を付いた頃、ふと気付く。
 内裏の穢れが祓われ、清浄な空気を取り戻しても……依然変わることなく取り巻くのは、帝を核に回る、私怨や怨望の念。
 出世欲などの男臭いものには蓋をできるが、女人の絡む後宮の絡みは、どう扱っても平穏にはいかない。誇張無しに、どう扱っても治まるはずのないものなのだ。それは『どうにもならぬもの』として扱えばよい話だというのに。
 気を揉むのならば解るが、気をかける類の話ではない。
 ましてや、それが元で心を壊すようでは、本末転倒も甚だしい。

 厳重な人払いをものともせずに辿り着いた部屋。
 声をかけずに傍へひかえると、この姿を確認して、緊張が解けていく。
「友雅か……」
 すっかり怯えきった肩を、何も言わず抱き寄せる。
 彼の人は抵抗をする様子もみせず、どうでも良いことのような顔で身を寄せた。
「皆、私に何を求めているのだろうな……私は仏でなく只の人だ。位があるというだけの、只の人だ。…誰を救うことも叶わぬ、俗な人間だ」
 打ちひしがれる心に触れるように、そっとその瞳を覗き込む。
 世の儚さをこそ愛するような柔らかく温かい眼差しが、今宵は輝きを失い光を閉じている。
 貴方は……優しすぎるのです。
「今さら何を仰いますか。……誰も貴方の愛などを求めてはいない。そんな解りきったことを」
 悲しみに閉じた光が少し戻って、皮肉気な笑みを浮かべる。
「……手酷いな」
 何も解っていないくせに、言葉の端から人の心を量って勝手に傷つく。そんな貴方に苛立つ私を、それでも傍に置きたいなどと我が侭ばかりを言う。まったく……この人を評価する全ての人間に聞かせてやりたいほどの…。
 いや、誰にも言うことはするまい。
 貴方の弱さは、貴方の狡さは、私だけが知っていればよい。
「事実を申しただけですよ。皆が求めるのは『帝の寵愛』なのです。貴方という人ではない……貴方は怯える相手を間違えておいでなのですよ」
 そこまで言葉にしてから、その身を組み敷く。
 抗いもせずに、しかし手を出すこともせずに身を投げる、貴方の狡さを責めはしない。
 貴方はそれでよいのです。
 私だけが貴方を求めているのだと、ご自身への言い訳をやめてはいけない。
「では私は、何に怯えればよいのだ?」
 少しばかり戻った顔色が、生真面目に問うてくる。
 その胸を優しく滑りながら、熱を煽る。……貴方の言い訳を助けるように、少しばかり強引に煽っていく。
「さあ。…解らないのならよいのです。帝の寵愛を求める者には、帝としての心遣いを差し上げればよいではないですか」
 煽られて上がった息が、皆まで言わせようと足掻いてくる。
「では私は、私としての心を何に差し出せばよいのだ」
 熱に浮かされて、選ぶ言葉を間違えていますよ。……笑いを噛み殺したまま、その身体に沈みこむ。
 完璧では有り得ない人。
 腕の中で全てを晒し、ただの人と成り下がる、愛しい人。
「貴方は私に怯えていればよいのです。帝の寵愛などという言葉では決して満たされることのない、貪欲なこの男だけを恐れておればよいのです。……私が欲しいのは、貴方だけなのですよ。美しい飾りも衣も、全てを取り払って、生身の貴方だけを求めているのです……怖ろしいことでしょう」
 貴方が欲しがるものは全てあげよう。
 その身を求める熱い腕も、愛を乞う言葉も、不誠実で欲深い私の全ても。
「………………友雅……」

 だから、ゆっくり眠ってくださいますね。
 あまりにも大きなものを抱える貴方の身も心も……私の腕で支えてみせます。
 私の生の、全てを賭けても…。
 
 
 
 
 
 
 
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突発で、友雅×帝。当然ですけど【酔恋譚】とは完全に別モノ。

譲葉と一緒に「帝×友雅か、友雅×帝か」という話題で盛り上がってしまったので、私の中にある二人の関係を出力してみました。譲葉は「帝×友雅」をプッシュ。間逆を行くオイラは当然「友雅×帝」です。別に反抗してるわけじゃないよっ(笑)お疲れの帝には優しく激しい愛情に絆される時間も必要かと思うので、そんな時くらい友雅が積極的に癒してやれよと思うわけです。攻はサービス精神。

【酔恋譚】 ~Suirentan-19~

 闇に浮かぶ想い人。
 眩暈がするほどの安堵感で駆け寄った目に飛び込んできたのは、知らぬ誰かの唇の名残。信じられぬ想いで目を凝らせば、乱れた衣服や裾の染み、乾いた汗と……甘ったるいような残り香。
 嫉妬などしないと決めていた。貴方は貴方のものであればいいと。
 だけど。
 それでは貴方は、何のために死のうとしていたのか。

 貴方の闇を聞くのが怖くなった。
 だから全て壊して、貴方を組み伏せて、何処へも逃げられないようにして…。
 狂ったように凶暴な欲を打ち込んだ後で聞いた、その想い。

 恥ずかしげもなく他愛のない理由を口にする貴方に、呆れてしまうやら。暴走した自分が恥ずかしいやら。気付けば泰明殿と晴明殿が作ってくれた道の此方で、交わっていたわけで。
 ……正直、消え入りたいような心地だった。



 無事に降り立った私達の前に、すっかり疲れた顔の神子殿が座っている。
「おかえりなさい」
 健気に笑う彼女を見て、約束を思い出す。
「友雅殿、こちらへ顔をお出し下さい」
「ああ……そうだね」
 心得たように薄目を閉じ神子殿に近寄った顔を、バチンと両の手で挟み打ちにする小気味のいい音が響いた。
 挟み込んだまま、そのまま、泣き崩れて……縋り付く。
「最後の最後まで、きちんと働いてもらいますから」
「はい。神子殿」
「あなたが協力してくれると云うから、ここまで来たんじゃないですか」
「そうだったね……すまない」
「………いいです。帰ってきてくれたから」
 短いやりとりの中に、この二人だけに通じる絆が見えた。しかし不思議と、それは嫉妬心を煽るような響きを持たない。
 視線を上げると泰明殿と目が合った。……やれやれと笑う表情が妙に深くて、そこに優しい違和感を感じる。これも、神子殿との絆なのだろう。
 人と人との間に紡がれる絆は、そう柔なものではない。
 どんなに細くとも、荷が掛かれば指を切るほどに強い糸。だから見失って不安になることもあるが、血を流しても手繰り寄せることで、きっと辿り着ける。
 こんなことを繰り返して赤く染まった糸ならば、もう見失わずに済むだろうか。
 繋がるものを信じて戦えるだろうか。
 あとは玄武を取り戻せば、四神がそろい、雨が降る……。

 

 友雅殿を担ぐように自邸へ帰る。
 術は解けたといえ、まだ歩くこともおぼつかない状態だと知って慌てたが、肩を貸す程度のことはできるし、ほど近い自邸までなら移動は可能だと判断した。
 何より神子殿には休んで頂かねばならないので、助力は丁重にお断りした。
「こんな大きい人、一人でなんて運べませんよぉ!」
 聞き分けの悪いほど優しい人に、クスリと笑って耳打ちする。
「二人の時間が欲しいのですよ。……見逃していただけますか」
 さすがに驚いた顔をしていたけれど、すぐに噴き出して背中を叩く。
「そう言えば収まると思ってるんでしょ。もう、鷹通さんってば確信犯!」
 気付いても見逃してくれる。
 否。半分は本気だと、それも気付かれていたせいかもしれない。

「友雅殿……大丈夫ですか」
 世話焼きな女房達が、夜中だというのにあれやこれやと手を焼いてくれたから、一通りの用意は揃った。あとはやるから休んでほしいと頭を下げて、ようやく落ち着いた部屋。
 友雅殿が鎖で開いた傷は、その前に刃物で大きく切り裂かれたものだと判り、動揺する。手当はしたが……今夜は、熱が上がるかもしれない。
「これこそを自業自得と云うのだろうよ。君に心配をかける方が、よほど痛い」
 馬鹿な人だな……と、思う。
 しかし、素直な人だとも。
「それで……お独りで、消えて無くなるおつもりだったのですか」
 寒気に身を縮めた私を、気怠げな腕が引く。
「すまない。馬鹿なことをしたとは思っているよ」
「やけに素直ですね」
 身を崩して隣に潜り込みながら、穏やかに笑った。
「そうだね……もう、取り繕うことがないから、かな…」
 わかっている。
 私も同じ気持ちなのだから。

 何も云わずに口づけを交わした。貴方が欲しがっているのか、私が求めているのか、もうそんなことすら構わない。身体を支えながら片手で貴方の身体を撫でると、うっとりと目を閉じる。
 やっぱり、可愛い。
 腹を滑りすでに張り詰めた物を掴むと、ヒュッと息を飲む。
「鷹通……怠くて動けない。だけど君を愛したい。……ダメかな」
 一瞬言われている意味が解らなかったけれど、足首を捕まれて得心する。
「ダメです、と……言いたくなるほど恥ずかしいのですが…」
 天地を組み替え、友雅殿を跨いで、膝を立てる。
「…今日だけ……ですから、ね」
 その顔の上に全てをさらけ出しているというだけで、息が上がるほど恥ずかしい。
 クスッと笑う吐息がかかるだけでも、崩れ落ちてしまいそうだ。
「んっ……んふぅ……んっ、んっ…んんーっ」
 意識を切り替えるために目の前のものに集中しているのに、口を占領されたまま、切ない吐息が止まらない。
 もうダメだと思い口を離すと、思わぬ光景が視界に入った。
 そういえば……先程は無我夢中で…。
 指を軽く滑らせると、ビクッとしたように口を外す。
「鷹通、それは……」
 焦る様子がまた可愛いから、今日のところは許してあげよう。
「冗談ですよ。…ねぇ……、もう、しませんか」
 早く、充足感が欲しい。貴方が此処にいるのだと、安心したい。
「身体は、きつくないかい」
「どうでしょうか。…ただ、貴方が欲しいのです」
 月のない夜も、手探りで解りあえると……そんな気持ちになれるまで、何度でも、何度でも、欲しい。
「そう……それでは、君の中へ招いてくれるかい」
 言われたことに笑って、そっと身体の向きを変える。
「ええ。いらしてください」
 その顔を見下ろしたまま、ゆっくりと沈みこむ。
「…ああ……」
 形のいい唇から、ホッとしたような、至福のような、熱い溜息が零れる。
 床に散った髪は大輪の花びらのようで。
 友雅殿が、少し小さく映る。
 引き締まった胸に手を置いてゆっくりと動くと、なんとも嬉しげな瞳が笑った。
「鷹通……君は、綺麗だね…」
 何を仰るのかと思えば。
「私は女子ではありませんよ」
「こんなに美しい女人こそ、見たことがないよ。…私の目には、君しか映らない。君だけでいい。……もっと動いて。乱れてみせて」
 この人の殺し文句は聞き流す程度にしておかないと、本当に殺されそうな気がするから怖い。
「……ああっ」
 油断したところで、ドンッと下から突き上げられる。
 胸を反らして天を仰ぐと、続けざまに何度も打ち付けてくる。
「あっ、あっ、…んあぁっ」
 全身を舐めるような視線に羞恥心を煽られて、泣きたい気持ちになる。
「や……見ないで、くださ……はぅ、…んあぁんっ」
「無理だよ。…こんなに愛しい君から、どうして目を反らせるというのか」
 この姿勢はよくない。
 過敏なほど反応してしまう場所に、幾度も友雅殿が触れてしまう。
「ひあっ……ああ、や、だめ……っ」
「ダメではないのだろう。素直にイイと言ってよいのだよ」
 そんなこと、言えるわけがない。
 こんなに……こんなに恥ずかしいのにっ。
「口にしなくとも判るからいいのだけれどね……君の口から聞いたら、きっと私が感じてしまう」
 また……そんな、意地悪なことを言う。
 そんな風に言われたら、従わないわけにはいかないではないか。
「んあぁ、…イイの、其処が……ああっ」
「…う、んっ。……鷹通、君の声は………背筋にくるよ」
 思わずばらしてしまったその場所を、探るようにしながら何度も突いてくる。
 もう、どうにかなってしまいそうだ。
「あんっ、あ、ああっ、イイ……んあああああっ」
 触れてもいない場所から、白濁した欲望が噴き出す。
「鷹通……鷹通…っ…」
 固い胸で、しっかりと抱き留めてくれる。
 至福の時とは、これを云うのだろうと、心からそう思う。

 ふわふわと眠りに誘われながら、素敵なことを思い出した。友雅殿の無事を知らせるため、彼方には言伝が行っているのだから…。
「今日は朝まで一緒にいられるんですね」
 月夜の晩も、私が眠りに落ちたあとで消えてしまわれた。
 そのこと自体を不満に思うわけはないけれど。
 ザワザワと揺れる竹林。
 いつもより少し熱い友雅殿の身体。
「鷹通……」
 愛しい、愛しい、その声。

 それを独り占めできるのだから…。
 
 
 
 
 
 
 
小説TOP18 || 目次 || 20
 
 

やっと可愛い鷹通に戻ってくれました。いやー、壊れた時はどーしよーかと思ったー(笑)何にブチ切れていたのかも見えましたかね。シリンの残り香が毒だったのですね。彼女のことですから、そりゃもう派手に足跡を残してくれたのでしょう。ゴメンね、鷹通。友雅を汚したかった訳じゃないんだけどさ。そんなに隙だらけの人じゃないから、いくら凹んでたとはいえ、コトの最中くらいじゃないと鬼の術になんかかかんないのよ(それじゃ話にならんのです)

【酔恋譚】 ~Suirentan-18~

 自分の中に芽生えたどす黒い欲が君を食らいつくす前に、私は君の前から消えねばならない。
 この黒い闇は私の心そのもの。鬼の術など切っ掛けにすぎぬと、肌で感じている。
 これは私自身の闇だ。
 腕を広げ、ただその身を捧げんとする綺麗な君を、飲み込もうとする……私の本性だ。
 もう愛などではない。この闇は何も生まない、ただの怨念だ。
 君に触れることはできない。君を抱くことはできない。
 私は私を殺す。
 それ以外に、この身を愛と呼ぶ手段はないのだから。

 愛している。
 愛している。
 君を、ただ愛している。……鷹通。
 鷹通…。



 鬼の女は私に術をかけると、してやったりとでも言いたげに去っていった。
 虚しく稀薄な交わりで、すっかり白けてしまった。おかげで、己のことに手一杯だった自分が見えてくる。
 鷹通は……落ち着いただろうか。
 切なく震える背中を抱きしめてやればよかった。どうせ死ぬのならば、自分の意志など殺して布越しにでも安らぎをあげればよかった。
 心の泥を食らい育つこの闇は、鷹通を想うと侵食を止める。この穢れた身一つ食らえずに、育つことを諦めてしまう。まったく中途半端で情けない話だが。
 ……確かあの鬼は「日の光を浴びれば質量ごと消え去る」と告げた。
 自分の足先すら見えぬ、この闇の中で、あと数刻。
 そこで消え去ることが叶うのなら、最期に君を想う……その瞳、その声、その肌……そうだ。君に出逢えたのだから……君と結んだのだから、私の生は無駄なものではなかった。もう、生まれ変わる必要もない。何度繰り返しても、これ以上に幸せな生など訪れようはずもない。
 流転の輪から、外れてしまおう。
 そう決めて息を付くと、また闇が濃くなったような気がした。
 まだ欲は消えない。まだ諦めきれずにいる。もう一度抱きたい。もう一度……触れたい。

 早く、消えてしまえばいいのに。

 

「友雅殿」

 凛とした声が響く。

 幻聴と笑うには、あまりにも強い意志。あまりにも……強い、情の熱。
「たか……み…ち…?」
 そんなはずがない。これは私の闇。
 なのにどうして、囚われることもなく軽やかなまでに駆け寄る姿があるのか。

 その指先が、惑いもせずに頬に触れる。

「駄目だ……触れては、いけない…」
「どうしてですか」
 これは、鷹通か?
 執拗に絡まる指先が、あの鬼を思わせるほど……しかし、あれほど感じた嫌悪感は、皆無だ。
「鷹通……?」
 私を捉える呪いの鎖を、その短剣で落としていく。
 手首に巻き付くそれを残して全て落としきると、身体に残った布地を引きちぎる。
「鷹、通…?」
 なんだ、この、激しさは。
 不機嫌な顔。
 眉根に皺を寄せて肌を滑る熱は、確かに見知ったものなのに。
「もしかして…、怒っているのかい?」
 そこではじめて目が合った。
 一瞬逃げ腰になるほどの、凍りついた視線。
「言葉で説明する義務はありません。いくらでも教えて差し上げますから、黙って受けなさい」
 沸点を知らないと言われるほどに柔和な性格。しかしこういう男が切れると、手が付けられないのだと……。
「何を、…する、つもりだい?」
 どうしよう。楽しい。怯えている自分が、楽しい。
「黙っていないと舌を噛みますよ」
 つい今し方まで、君に触れることもなく死んでいくつもりだったのに。
「舌を噛むようなことを、するんだ?」
 腹の底からフツフツと笑いが込み上げてくる。
「貴方はあまりにも物を知りません。………知りなさい」
 冷たく吐き捨てる声に、驚くほどの熱がこもっているのを感じて、眩暈がする。

 いい加減な私にお灸を据えるように、胸に歯を立てる。
「つぅ…っ」
 痛みと共に身体を駆け回るのは、紛うことなき快楽。
 他でもない、この人から受ける痛み。受ける熱。それを幸せと言わずに恋などない。
 闇の中に膝をつく。
 相変わらず底辺を漂う煙のようなものが身体を覆うけれど……もう、消える気はしない。
 消えてもかまわない。
「鷹通……なぜこんな所に来たのだい。君が死んでしまっては、京など救えないではないか」
 笑いながら聞くと、やれやれというように溜息をついて乱れた髪を無造作にかき上げる。
 気付いている様子もないが、今の君は壮絶な色香に包まれているのだよ、鷹通。私は完全にあてられて、息を付くことすら難しい。
「くだらない事を仰らないでください。それより覚悟は宜しいのですか」
 怒っているのだから、確認など取らなくともよいのに。
「覚悟なんてしていないよ。全て捨てたのだから……君が望むようにしたらいい」
「……すべて、捨てた?」
 ほら、また絶対零度の視線。
 こんな鷹通は見たことがない。きっとこの先も、見ることは叶わないのだろう。
「私も捨てたと仰いますか」
「ああ。捨てたよ」
 というより、君を捨てたら何もなくなったのだが。

 感情に乏しいような静かな湖面が、見る見るうちに溢れ出す。
 瞬きもせずに泣いた君の涙は、きっと甘いのだろう。
 とろけるように、甘いのだろう。

「捨てたんだよ。振り払って此処まで来たのに。全て忘れるための闇に紛れたというのに。………無理だと気付いた。死にきるまでは無理なんだよ、鷹通」
 手首に残った鎖で、胸の傷を掻きむしる。
 腕に乗った鮮血を舐め取ると、やはり少し甘い気がした。
「この血が、君を求めている。君に触れたいと騒いで暴れて温度を上げるから、私は君を忘れられない。……忘れられないんだ、…鷹通」
 無様に愛を乞う自分が滑稽で、笑い出しそうになる。
 鷹通は大きく舌打ちをしてから止めていた動きを再開した。背を滑る指先に悶えて、首筋を覆う唇に鳴かされて、最後は蹴り飛ばすようにして身体を組み敷かれた。
「言い訳は終わりですか。……私は貴方が憎い。こんなに愛しい人を殺そうとした貴方が、許せないほど憎い。先程までは、どんな事情があったのかと心配もしていましたが、気に掛けるほどでもないようです。私は死ぬまで貴方を許しません。一生……この手を弛めることはありませんから、覚悟なさってください」
 高らかに宣言したあとで、沈みこむ契り。
 君の欲望。
 声が出なかったのは、ただ、それを幸せだと思ったからだ。
 振り向いて、震えるばかりの身体を抱いてやりたい。背に落ちる涙を拭いたい。
 不安で不安で不安で仕方なかったのだと叫んでいる心に、口づけたい。

 綺麗な愛など無いのだ。何処にも、無いのだ。

 宝玉は泥にまみれても、その輝きを失わない。
 月光は雲の向こうで輝き続ける。
 汚物のような欲望の中、己から逃げたい程の心を越えて其処に在る、ただ純粋な想い。それを『美しいもの』というのなら。
 それは、私の中にも確かに存在している。

 欲を吐きだして離れた身体を追い、その首を自由にならぬ腕で引き寄せる。
「捕まえた」
 間近に見つめると、まだ怒ってるという顔をして明後日の方向を見る。
「何故そんなに楽しそうなんですか」
「君が迎えに来てくれたからではないかな」
「私を捨てたのではないのですかっ」
「捨てきれなかったと言ったじゃないか」
「………後悔、なさったのですか?」
「したさ。あたりまえだろう?……せめて泣いている君を抱いてから来ればよかったと」
「…っ!?」
 息を飲んだ喉に、君の悲鳴が消える。
「見て………おられたのですか……」
 何を驚いているのだろう。
「ああ……。あまり涙が綺麗だったのでね。こんな私では君に申し訳なく思えて、出てきたのだが。其処で鬼に逢って…………ん、……」
 いきなり口元を覆った感覚が不思議で、身じろぎをする。
「まったく……貴方という人は…」
 呆れかえったような声が、愛に溢れている。
「どうしたのだい?…機嫌は直ったのかい」
「教えてあげません」
 ふうん……まあいい。あとでゆっくり聞き出すことにしよう。
「ところでどうやって此処に入ってきたのか、そろそろ教えてもらってもいいかな」
「ああっ」
 大急ぎで身支度をする鷹通から、軽い羽織を投げられて、破れた着物の上に被った所で………見ていたのかと思うほど、素敵な間合いで………泰明殿の印の中に、落ちた。
 
 
 
 
 
 
 
小説TOP17 || 目次 || 19
 
 

見てたのかなー。見てたのかなー。見ーてーたーのーかーなー。
外に意識が向いたのを切っ掛けに降ろしたと言い切る、陰陽師2人組。しかし晴明殿は笑っておられる。かなり楽しそうに笑っておられる・・・「派手に殴ったものだね」・・・と、唇の名残を数えるように、仰った。がーーーーーーーーん(鷹通)友雅はアタリマエのように笑っているだけです。

【酔恋譚】 ~Suirentan-17~

 鬼の女に同情したわけではない。
 ただ一途に縋る姿を自分に重ねて苦しくなっただけだ。
 貴方の手を取るまで、こんな気持ちは知らなかった。何も知らなかった頃なら、もう少し冷静に受け止められたのかもしれない。
 可哀想だと思う。あんな風に捨てられたら可哀想だと、身が凍る。
 鬼の女に同情したわけではない。
 打ち捨てられたその姿に、自分の抱える不安を投影して震えていたのだ。

 まさか………まさか、その姿を認める視線が在ったとは知らず。
 私の涙などに傷つく人が在るなどと、想像もせずに。



 暗闇の中で気持ちが引くのを待っていた。
 いつの間にか夜も更けていることに気付き、少し物悲しい気持ちになる。
 今日は、あの人は来ないのだろう。
 約束をしていたわけでもないのだから仕方がないが…。
「逢いたかった、なぁ…」
 子供のように呟いてみる。
 自分から人を求めることなんて、物心着いた時からこちら、記憶にない。
 まったく。変われば変わるものだ。
 微笑ましいばかりの自分の変化に笑って、床に身体を伸ばした時。

 にわかに屋敷が騒がしくなった。

「鷹通さん、鷹通さん…っ」
 神子殿の声?
 慌てて其方に向かうと、人払いの声を忠実に守っていた屋敷の者が、泰明殿の袖に縋っているところだった。
「どうかしましたか」
 その場の全員に響くように声を掛けながら、走り寄る。
「鷹通さんっ」
 神子殿は倒れそうなほどの顔色で、安堵の表情を浮かべた。
 傍にいる連れが泰明殿だけというのも、少し不自然な気がした。
「とにかく、あがってください」
 途轍もなく嫌な予感がした。

「………友雅殿が」
 泰明殿が静かな口調で語る話は、俄に信じがたい内容だった。
 しかし信じないというわけにはいかない。
 状況からも表情からも、この二人の人柄からも、疑う要素は微塵もない。
「そうだ。鬼による術と思われるが……」
 白虎との戦いを迎えた場所近く、誰も訪れることのない深い場所で、得体の知れない闇が生まれていると……そしてその中心に据えられた者が、友雅殿だと。
「そんな……まさか…」
 信じていないわけではない。信じたくないのだ。
「事実だ」
 その異変に気付いた泰明殿が、神子殿を訪ねた。
 現場では今、安部晴明殿が出来うる限りの制御を試みているという。
 深夜の出来事だったことと、すぐに被害が広がる気配のないこと。そしてあまりにも異質な事件への混乱を考えて、まっすぐに此処へ来たのだと。
「しかし何故、私の所へ…」
 苦しく掠れた声を絞り出すと、神子殿がギュッと手を握った。
「鷹通さんの助けが必要だからです」
 私の、助け…?
「しかし神子、それは危険すぎると何度も言った」
「じゃあ、試すこともなく、友雅さんを殺すって言うの?」
 友雅殿を、殺す…?
「これで鷹通まで亡くなれば、鬼に対抗する手段など無いぞ」
「泰明さんっ」
 神子殿は私の手を離し、泣きながら泰明殿の肩を揺すった。
「泰明さん………これが私なら、あなたはどうしますか」
 嗚咽混じりの声に、泰明殿の表情が凍る。
「龍神の神子となれば話は別だ。お前がいなくなれば京は穢れにおちる」
「じゃあっ……、戦いが終わって、私が神子でなくなってからなら、どうなんですか。見捨てなければ、それこそ京を道連れに破滅するのなら……何もせずに、捨てますか」
「そんな………」
 混乱して力無く首を振る泰明殿を、ぼんやりと見ていた。いつも冷静な無表情を通すこの方が、こんな表情をするとは……想像したこともない。
「どうなんですか、泰明さんっ」
 縋り付くように泣き喚く神子殿の涙が、胸に刺さる。
 友雅殿が、死ぬ…?
「わ……からない」
「誰にだってわかりませんよ。答えなんか無いんだから、わかるはずがないんです。考えてください、今すぐ考えてください、泰明さんっ」
「神子が死ぬ…くらいなら……、私が死ぬ」
 私が死ぬ。
 それが、この方達が此処へ向かった理由なのか。
「私の命を差し出せば、友雅殿は助かるかもしれないのですね」
 二人の肩に置いた手が、怯えるような震えを伝えてくる。
「いや……駄目だ、危険だ…」
 肩を掴む神子殿の手に縋るように、泰明殿が顔を伏せた。
 取り乱していたはずの神子殿は、そんな彼を抱えるようにしながら、強い眼差しで頷いた。
「鷹通さん。…どうしますか」
「迷う要素が見当たりませんね」
 助からないと決まっているのなら、血反吐を撒き散らしながらでも方法を探して走り回るだろう。
「詳しくお聞かせ下さい」

 何も持たぬと思っていた私に、ここで差し出す命があったことを、感謝する。
 賭けでも綱渡りでもよい。
 可能性など低くともよい。
 貴方のために出来ることが残されていたと、それだけでよいのだ。
「それではその闇は、鬼の作るものではないと仰るのですね?」
「そうだ。おそらく核になっているのは鬼の術と思われるが、あれは友雅自身が吐き出している闇なのだろうと、お師匠は言った」
「同じ五行を持つ私ならば、その中に入れるかもしれないと」
「違う。同じ魂を持つ者ならばと、言ったのだ」
 同じ魂……?
「なんだ、気付いていなかったのか」
 泰明殿が、驚くほど優しく笑った。
「友雅は気付いていたようだぞ。お前との縁を手繰るように、いつも傍に在ったではないか」
 友雅殿と、同じ魂………私が?
「鷹通さん…」
 呆然とした私を、神子殿の声が呼び戻す。
「ええ…ああ、すぐに向かいましょう。案内をお願いできますか」
「承知した。……鷹通、迷いはないか」
「ございません」
 心は静かな湖面のように澄み渡っていた。
「いい目だ。お前に賭けよう」
 神子殿の手をとり早足で向かう後ろ姿を追いながら、穏やかな笑みがこぼれる。
『置いていかないでおくれ。私の対は、君しかいないのだから』
『君の存在が、私の心そのものなのだよ、鷹通』
『愛しくて泣けてしまう』
 友雅殿の声が耳の奥にある。
『私の愛しい人……』

 友雅殿。何をやっておいでですか。
 とても強かな貴方が、実はとても脆い部分をお持ちだとは気付いておりました。
 ですが。
 おぼろ月の中で掻き消えそうだった貴方を、私は迎えに行ったでしょう。
 月夜の中で互いに溶け合ったでしょう。
 ……友雅殿。消えてしまうなんて許しませんよ。
 私の対は、貴方しかいないのですから。

「ここだ、鷹通」
 泰明殿が避けた視界の中に、丸く小さな闇が浮かぶ。
 月の光を拒むように歪む闇が。
「いらしたか、藤原鷹通殿。……この闇と戦う必要はない。どうやらこれ以上の大きさに膨らむつもりもないらしい。あと数刻もすれば陽の光に溶けて、消えて無くなるのだろう」
「助ける手段は……」
「なに。この者が闇を作ることをやめればいいのだ。鬼の術はキッカケに過ぎぬし、こちらから手の届く範囲で、それは解いた。……目を覚ませと、力一杯殴って差し上げればよい」
 気軽に笑う晴明殿は、しかし闇を解く作業で灼いた指先を隠すように握りしめている。
「手のかかる対で申し訳ありません」
「なんのことやら。…早く行かれよ、夜が明けては二人とも儚くなってしまうぞ」
 晴明殿と泰明殿の印が重なる。
「鷹通さん。友雅さんを引きずり出して……私にも一発殴らせてくださいね」
「承知しましたよ、神子殿。石でも握ってお待ち下さい」

 友雅殿。貴方の元へ参ります。
 その弱く脆い心に、私から逃げる術はないのだと教えてさしあげます。
 貴方を不安にさせたのは、きっと私の強さなのでしょう。
 殻も鎧も信念も……全てを捨てて参ります。私のこの、むきだしの不安と欲望に触れて怯えてください。貴方を想う心に清らかな響きなど無いのだと、知ってください。
 貴方に嫌われてもいい。

 私は、貴方を取り戻します。
 
 
 
 
 
 
 
小説TOP16 || 目次 || 18
 
 

ま。不安はお互いにあるのでしょう。本気になると怖い。それはどんなに恋に長けた人でも同じだし、この場合の友雅や鷹通のような人には死ぬより痛いものかと。
しかしとうとう登場させてしまいました、神子×泰明(笑)泰明さんに「わからない」と言われると、イライラッとするのは私だけか。わからないじゃなくて、想像してください、泰明さん。

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