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【酔恋譚】 ~Suirentan-19~

 闇に浮かぶ想い人。
 眩暈がするほどの安堵感で駆け寄った目に飛び込んできたのは、知らぬ誰かの唇の名残。信じられぬ想いで目を凝らせば、乱れた衣服や裾の染み、乾いた汗と……甘ったるいような残り香。
 嫉妬などしないと決めていた。貴方は貴方のものであればいいと。
 だけど。
 それでは貴方は、何のために死のうとしていたのか。

 貴方の闇を聞くのが怖くなった。
 だから全て壊して、貴方を組み伏せて、何処へも逃げられないようにして…。
 狂ったように凶暴な欲を打ち込んだ後で聞いた、その想い。

 恥ずかしげもなく他愛のない理由を口にする貴方に、呆れてしまうやら。暴走した自分が恥ずかしいやら。気付けば泰明殿と晴明殿が作ってくれた道の此方で、交わっていたわけで。
 ……正直、消え入りたいような心地だった。



 無事に降り立った私達の前に、すっかり疲れた顔の神子殿が座っている。
「おかえりなさい」
 健気に笑う彼女を見て、約束を思い出す。
「友雅殿、こちらへ顔をお出し下さい」
「ああ……そうだね」
 心得たように薄目を閉じ神子殿に近寄った顔を、バチンと両の手で挟み打ちにする小気味のいい音が響いた。
 挟み込んだまま、そのまま、泣き崩れて……縋り付く。
「最後の最後まで、きちんと働いてもらいますから」
「はい。神子殿」
「あなたが協力してくれると云うから、ここまで来たんじゃないですか」
「そうだったね……すまない」
「………いいです。帰ってきてくれたから」
 短いやりとりの中に、この二人だけに通じる絆が見えた。しかし不思議と、それは嫉妬心を煽るような響きを持たない。
 視線を上げると泰明殿と目が合った。……やれやれと笑う表情が妙に深くて、そこに優しい違和感を感じる。これも、神子殿との絆なのだろう。
 人と人との間に紡がれる絆は、そう柔なものではない。
 どんなに細くとも、荷が掛かれば指を切るほどに強い糸。だから見失って不安になることもあるが、血を流しても手繰り寄せることで、きっと辿り着ける。
 こんなことを繰り返して赤く染まった糸ならば、もう見失わずに済むだろうか。
 繋がるものを信じて戦えるだろうか。
 あとは玄武を取り戻せば、四神がそろい、雨が降る……。

 

 友雅殿を担ぐように自邸へ帰る。
 術は解けたといえ、まだ歩くこともおぼつかない状態だと知って慌てたが、肩を貸す程度のことはできるし、ほど近い自邸までなら移動は可能だと判断した。
 何より神子殿には休んで頂かねばならないので、助力は丁重にお断りした。
「こんな大きい人、一人でなんて運べませんよぉ!」
 聞き分けの悪いほど優しい人に、クスリと笑って耳打ちする。
「二人の時間が欲しいのですよ。……見逃していただけますか」
 さすがに驚いた顔をしていたけれど、すぐに噴き出して背中を叩く。
「そう言えば収まると思ってるんでしょ。もう、鷹通さんってば確信犯!」
 気付いても見逃してくれる。
 否。半分は本気だと、それも気付かれていたせいかもしれない。

「友雅殿……大丈夫ですか」
 世話焼きな女房達が、夜中だというのにあれやこれやと手を焼いてくれたから、一通りの用意は揃った。あとはやるから休んでほしいと頭を下げて、ようやく落ち着いた部屋。
 友雅殿が鎖で開いた傷は、その前に刃物で大きく切り裂かれたものだと判り、動揺する。手当はしたが……今夜は、熱が上がるかもしれない。
「これこそを自業自得と云うのだろうよ。君に心配をかける方が、よほど痛い」
 馬鹿な人だな……と、思う。
 しかし、素直な人だとも。
「それで……お独りで、消えて無くなるおつもりだったのですか」
 寒気に身を縮めた私を、気怠げな腕が引く。
「すまない。馬鹿なことをしたとは思っているよ」
「やけに素直ですね」
 身を崩して隣に潜り込みながら、穏やかに笑った。
「そうだね……もう、取り繕うことがないから、かな…」
 わかっている。
 私も同じ気持ちなのだから。

 何も云わずに口づけを交わした。貴方が欲しがっているのか、私が求めているのか、もうそんなことすら構わない。身体を支えながら片手で貴方の身体を撫でると、うっとりと目を閉じる。
 やっぱり、可愛い。
 腹を滑りすでに張り詰めた物を掴むと、ヒュッと息を飲む。
「鷹通……怠くて動けない。だけど君を愛したい。……ダメかな」
 一瞬言われている意味が解らなかったけれど、足首を捕まれて得心する。
「ダメです、と……言いたくなるほど恥ずかしいのですが…」
 天地を組み替え、友雅殿を跨いで、膝を立てる。
「…今日だけ……ですから、ね」
 その顔の上に全てをさらけ出しているというだけで、息が上がるほど恥ずかしい。
 クスッと笑う吐息がかかるだけでも、崩れ落ちてしまいそうだ。
「んっ……んふぅ……んっ、んっ…んんーっ」
 意識を切り替えるために目の前のものに集中しているのに、口を占領されたまま、切ない吐息が止まらない。
 もうダメだと思い口を離すと、思わぬ光景が視界に入った。
 そういえば……先程は無我夢中で…。
 指を軽く滑らせると、ビクッとしたように口を外す。
「鷹通、それは……」
 焦る様子がまた可愛いから、今日のところは許してあげよう。
「冗談ですよ。…ねぇ……、もう、しませんか」
 早く、充足感が欲しい。貴方が此処にいるのだと、安心したい。
「身体は、きつくないかい」
「どうでしょうか。…ただ、貴方が欲しいのです」
 月のない夜も、手探りで解りあえると……そんな気持ちになれるまで、何度でも、何度でも、欲しい。
「そう……それでは、君の中へ招いてくれるかい」
 言われたことに笑って、そっと身体の向きを変える。
「ええ。いらしてください」
 その顔を見下ろしたまま、ゆっくりと沈みこむ。
「…ああ……」
 形のいい唇から、ホッとしたような、至福のような、熱い溜息が零れる。
 床に散った髪は大輪の花びらのようで。
 友雅殿が、少し小さく映る。
 引き締まった胸に手を置いてゆっくりと動くと、なんとも嬉しげな瞳が笑った。
「鷹通……君は、綺麗だね…」
 何を仰るのかと思えば。
「私は女子ではありませんよ」
「こんなに美しい女人こそ、見たことがないよ。…私の目には、君しか映らない。君だけでいい。……もっと動いて。乱れてみせて」
 この人の殺し文句は聞き流す程度にしておかないと、本当に殺されそうな気がするから怖い。
「……ああっ」
 油断したところで、ドンッと下から突き上げられる。
 胸を反らして天を仰ぐと、続けざまに何度も打ち付けてくる。
「あっ、あっ、…んあぁっ」
 全身を舐めるような視線に羞恥心を煽られて、泣きたい気持ちになる。
「や……見ないで、くださ……はぅ、…んあぁんっ」
「無理だよ。…こんなに愛しい君から、どうして目を反らせるというのか」
 この姿勢はよくない。
 過敏なほど反応してしまう場所に、幾度も友雅殿が触れてしまう。
「ひあっ……ああ、や、だめ……っ」
「ダメではないのだろう。素直にイイと言ってよいのだよ」
 そんなこと、言えるわけがない。
 こんなに……こんなに恥ずかしいのにっ。
「口にしなくとも判るからいいのだけれどね……君の口から聞いたら、きっと私が感じてしまう」
 また……そんな、意地悪なことを言う。
 そんな風に言われたら、従わないわけにはいかないではないか。
「んあぁ、…イイの、其処が……ああっ」
「…う、んっ。……鷹通、君の声は………背筋にくるよ」
 思わずばらしてしまったその場所を、探るようにしながら何度も突いてくる。
 もう、どうにかなってしまいそうだ。
「あんっ、あ、ああっ、イイ……んあああああっ」
 触れてもいない場所から、白濁した欲望が噴き出す。
「鷹通……鷹通…っ…」
 固い胸で、しっかりと抱き留めてくれる。
 至福の時とは、これを云うのだろうと、心からそう思う。

 ふわふわと眠りに誘われながら、素敵なことを思い出した。友雅殿の無事を知らせるため、彼方には言伝が行っているのだから…。
「今日は朝まで一緒にいられるんですね」
 月夜の晩も、私が眠りに落ちたあとで消えてしまわれた。
 そのこと自体を不満に思うわけはないけれど。
 ザワザワと揺れる竹林。
 いつもより少し熱い友雅殿の身体。
「鷹通……」
 愛しい、愛しい、その声。

 それを独り占めできるのだから…。
 
 
 
 
 
 
 
小説TOP18 || 目次 || 20
 
 

やっと可愛い鷹通に戻ってくれました。いやー、壊れた時はどーしよーかと思ったー(笑)何にブチ切れていたのかも見えましたかね。シリンの残り香が毒だったのですね。彼女のことですから、そりゃもう派手に足跡を残してくれたのでしょう。ゴメンね、鷹通。友雅を汚したかった訳じゃないんだけどさ。そんなに隙だらけの人じゃないから、いくら凹んでたとはいえ、コトの最中くらいじゃないと鬼の術になんかかかんないのよ(それじゃ話にならんのです)