身体をめぐる甘い血は、君と交わり恋に酔う。
綺麗なままでは恋と呼べず。しかしどこまで落ちても輝きを失わず。
光と闇を抱いて回る星のように。
生と死を抱いて巡る魂のように。
大きな流れに翻弄されるばかりの想い。…漂う波に浮かぶ小舟のような、儚い恋。
儚くともよい。
どうか君を失う時は、私の心も共にありますよう。
儚くとも……この心が、永久のものでありますよう。
雨が降る。これは玄武が無事に戻り、京を守らんとする四神が戻った証。
しかし風は今も淀んだまま、京は未だ穢れを抱いたまま、鬼との全面対決は明日に持ち越された。
これが終われば…………さて、どうなるのか。
表面上の平和が戻り、悪しき鬼の消えた京には、きっと新たな悪役が必要となるだろう。
新たな生贄が、不可欠となるだろう。
慈愛の心で空気を回し続ける彼女が…神子殿が居なくなる。
それに気付いて恐怖するのは、私の杞憂であってほしいものだと、心から願う。
鬼との戦いは呆気ないほどの幕切れを迎えた。
天命はどちらにあるかなどと、それこそ愚問だと言わざるを得ない。
あの女鬼がしゃしゃり出てきた時も、心は白けたままだった。
「お館様を助けて!……殺さないで…」
お呼びでないよ。この世界も、そこにいる鬼の頭も、誰もお前を呼んではいない。
否。それを理解した上で、それでも飛び出してきたのだろう。
無様であれ、美しく引いてしまえない。愚かしくとも、どうしても失えない者なのだと……その心は理解できる。理解できてしまう自分を虚ろに思うことも、もうなかった。
人を愛した時点で捨てねばならぬものは、確かに存在する。
皆が自分の胸に手を当てるように、その女を見つめた時、それは起こった。
「いやぁっ、やめて。そんなものは呼びたくない!……もう誰も傷つけたくないのに……っ」
拐かされ操られた、悲しい少女の叫び。
願わずとも黒龍に支配されてしまった身から、人を食らう闇の霧が溢れ出た。
これは……!?
八葉へと、守るべき者の元へと、穢れを振りまく黒い霧。
息苦しく不快な闇。
唐突に襲った事態に焦りながら鷹通を振り返れば、同じ気持ちで此方へ向かう視線が在った。
失いたくない。失うわけにはいかない。
必死で抗う力は、あまりにも無力で。無力で……絶望に取り憑かれそうになる。
「みんな……っ」
空気を切り裂くような声。
振り返れば、仁王立ちの神子殿が全身で見つめていた。
「神子、お前は、かならず私が守る…っ。……おとなしくしていろ」
おやおや、泰明殿。勇ましいことを言ってくれるじゃないか。
この追い詰められた状況下、余所では決して見られないものを見て楽しくなってしまう。
これだから人生はやめられない。
神子殿はその顔を驚いたように見つめてから、とても場違いなほど……花が開くように、ふわりと笑った。
「おまかせしますね」
その緊張感とは無縁の笑顔に唖然としながらも、何故か心を押されるような心地になる。
「皆、神子のために、力を集めろ」
珍しく号令なぞをかける泰明殿の声も、一寸の迷いもなく澄み切っていた。
鬼の術に惑うことなく、黒龍の瘴気にも怯えることなく。八葉の力を集めた閃光の中、神子殿はその元凶へと向かい悠然と走り出した。
黒い影を抱きしめる慈愛の腕。
神子殿の中から溢れ出した白光が、黒龍を伴って天へと昇ってゆく。
地上の瘴気は八葉の手に。
天上の黒雲は龍神の御身に。
そして全てが晴れ渡り、光に満たされた。
「まったく、無茶をする。……君には恐怖というものはないのかい」
蘭の首に巻き付いたまま地面に腰を下ろした神子殿を見つめる。
「怖かったぁ~。すっごく怖かった~……けど、怖くなかったぁ」
どっちなんだい。
「友雅さんにも恐怖なんかあるんですか」
君の目に、私はどう映っているものか…。
「………少し、ね」
君を、仲間を、……鷹通を、失うと思えば、恐怖しない方が嘘だろう。
「神子、大事ないか」
「泰明さんっ」
瑞々しいほどの笑顔を弾けさせた神子殿を見て、得心する。
彼を……信じていたから、か。
「お前は、本当に無茶をする……しかし、無事でよかった…」
人目も憚らずに涙を落とす横顔に驚いて立ち尽くすと、いつの間にか隣に在った鷹通が、温かな溜息をついた。
「泰明殿は本当にお変わりになったと思いませんか」
「そうだね……恋というものは、かくも怖ろしきかな」
「茶化さないでください」
「茶化してなどいないさ」
私も君も、それまでの己を失うほどに変わってしまった。それが良いことなのか悪いことなのかは解らないが…。
「泰明さぁん、泣かないでくださいよ。…だって、絶対に大丈夫だったんです。泰明さんが守ってくれるって言ったんですよ?絶対に守ってくれるって……もう、これでダメでもいいじゃないですか。間違って死んだって、貴方となら、もういいやって思ったんです」
「しかし……帰るのだろう?」
静かな涙が空気を支配した。
泰明殿に限らず、それは私達全員の想いでもある。
戦いが終わったのだ。君は帰ってしまうのだろう?……月の姫君。
「帰りません」
あっさりとした答えに、また固まる。
何を言っている……?
思わず鷹通と顔を合わせて、その驚く顔に今のが幻聴ではないことを知る。
「………神子?」
「帰りたいけど、帰ったら帰ってこれないでしょ?……私は泰明さんと生きたい。だから帰りません。それじゃダメですか」
憮然と言い切る神子殿に、何も言わない泰明殿の腕が回った。
茶化す気にも、なれやしない。
小さな声でその名を呼び続ける姿に、少し胸が痛む。
「名前しか……出てきませんよね。あんな時」
鷹通がボソリと代弁してくれたので、本当に何を言う必要もない。
あんな時。
もう、愛しくて愛しくて愛しくて崩れそうな時……言葉などで表せる気持ちなど、幾らもない。
「これ以上見守るのも、無粋だとは思わないかい」
あとの処理は藤姫達に押し付けてしまおう。
すっかり治まった頃、甘い菓子など手土産に、許しを乞うとして。
「そうですね……きっと青竹が、雨に打たれて待ち侘びております」
悪戯な顔で笑った恋人の手を取って、そっと歩き出す。
おぼろ月の花庭。
月光の竹林。
蛍。紅葉。夕焼け。虫の音。白雪。朝日。桃の蕾。若葉。雨。蝶。
美しいものは数あれど、心が閉じていては虚ろなものとなる。
しかし、そこに君の影があるのなら。
世界はどこまでも鮮やかな色彩を放ち続けるのだろう。
「鷹通」
「なんでしょうか」
「……鷹通」
意味もなく、その名を呼びたくなる。
私は美しいものが好きなのだよ。君のその心のように。
「友雅殿……?」
懐かしくも優しくもある、ただ美しいものが。
「いや、なんでもないよ。……君の手は温かいね、鷹通」
それを美しいと想う、この心の熱を、情熱と呼ぼう。
この心の熱を、恋と呼ぼう。
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あ~~~、はいはい。 あとはもう、山ナシ落ちナシ意味ナシで、ひたすらエロエロでいいですから(笑)とりあえずストーリーとして完結するよ!!という流れになっております。 |