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[友鷹]我慢できない

 漂う湯煙の中、少し荒い貴方の吐息と僅かな水音だけが響いていた。
「‥‥‥っ、鷹通‥‥」
 いつもより乱れている貴方に、私は酔いしれるばかりで。
 ただうっとりと、その痴態に溺れている。
「ん‥‥‥っう‥‥」
 困ったように首を振るくせに、私の頭に手を添えて、離れていかないように拘束する貴方が、愛しくてたまらない。
 愛しています。
 もっと私を欲してください。
 何も‥‥言えない。言葉を発する為の器官をすべて貴方の肉欲にふさがれて、出口を無くした感情が涙となって流れ落ちる。
 貴方に教え込まれた身体が、質量を求めて疼いているけれど。
 イラナイ。今はイラナイ。
 刺激に翻弄されて私というものを失ってしまう前に、貴方が溺れる姿が見たい‥‥‥見せて‥‥。

 貴方の全てを、私にください。

[友鷹]愛しき温もり

 パチンと火鉢が最後の一声をあげた。
「おや。そろそろ炭の世話をしてやらないと、本格的に冷え込みそうだよ」
「そのようですね」
 寒がりの恋人は、モソモソと私の夜着に潜り込んで幸せな溜息をつく。
「いいのかい?」
「困りますね。‥‥ですから寒さが苦手な私は、日が昇るまで自宅に帰ることができません。友雅殿が炭を切らしたからですよ?」
 またそんな、私にばかり優しいワガママを言う。寒さが増すごとに人恋しくなる、この心を知って。
「おやおや、それは申し訳ない」
「ええ。こんなに冷える部屋では召し物を整えることすら難しいですから」
「それでは仕方がないね」
 白々しい会話をクスクスと笑いながら、体温を分け合う。

 冬は嫌いだった。
 寒さが深まる事に心は虚しさを増して‥‥寒空の下、毎日違う家に通っては、偽りの温もりを‥‥否、あれは温もりですらなかった。ただ気を紛らわすためだけに、夜を使い捨てていただけだ。
「友雅殿、もっと傍に寄せては頂けませんか。どうやら本格的に冷え込んできたようです」
「ふふ、強がりを言うからだよ」
 僅かに震える身を抱き寄せて包みこむ私の方が本当は、鷹通の愛に包まれているのだ。
 ・・・・あたたかい。
 胸の奥から痺れるような熱さが溢れて止まらない。

 今、はじめて、冬を嬉しく思う。

[友鷹]愛された痕

 派手にちりばめられた赤い痣。
 困ったものだと、また一つ溜息をつく。
 髪を束ねて装束に身を包んだ時に外に出る部分を、一つずつ白粉で隠している私。それを知らないわけもないくせに。
 私を試しているのですか。
 誰かに誇示しているのですか。
 恋は密かに。
 邪魔など入らぬよう、用心深く、密やかに。
 だから貴方が意図的に付けた恋の痕は、私以外の誰も知るべきではないのです。

 そんなことを呟きながら、秘密の痕を消していく指先が少し嬉しそうだと‥‥妙なことに気付いて、苦く溜息を吐いた。

[友鷹]囚われの身

 私は束縛されることを嫌っていたはずだと、記憶に確認を取る。
 どうしたことか。
 君に縛られて‥‥こんな鎖を用いるほどに狂ってしまった君に、この身を縛られて。
 どうやら私は悦んでいるようだ。

 私が欲しいのかい?

 構わないよ。
 君が望むだけ、君の中に痕を残してあげる。
 生かすも殺すも君次第。
 こんな鎖で縛らなくとも、私は既に君のモノだと納得できるまで。

 縛られていようか。


 子供の遊びだと自覚しながら、貴方に鎖をかける私。
 それを見つめて愉しげに笑う貴方。

 判っていらっしゃらないようですね、私は本気で貴方を‥‥。

 また、私は何を言っているのか。
 身勝手な想い。
 こんなものを抱えた所で、貴方にも私にも、この世の全てにとって何一つ建設的なことはないというのに。あれほど大人になりたいと願っていたはずの、あれほど世の役に立つ人間になりたいと願っていたはずの私が。
 ああ、もういい。
 貴方を失う恐怖に勝るものなど、何もないのだから。
「友雅殿‥‥‥」
「なんだい、鷹通」
「貴方は、私のものです」
「ああ、そうだよ。どうして泣くんだい?」
「泣いてなどおりません‥っ」
「これが涙でないとすると、先走りの露かな。‥‥私に欲情しているのだろう?」
「っ‥‥友雅、殿‥‥んっ」
「私を繋ぎ止めるには、鎖では足りない。君自身を贄に‥‥」
「ぅあ‥っ」

「鷹通。‥‥愛しているよ」

[友鷹]学園パロ

【貴方を好きな私の事情】


「藤原くん」
 確かにそれは私の名前だったはずだ。
 ここで反応しなくてどうするんだと呆れるほど、間違えなく私の名前だったはずなのに。
「鷹通‥‥どうしたんだい?」
 耳元で囁かれて、ハッと振り返る。
 みるみるうちに耳まで赤く染まる自分を意識しながらも、言い訳一つ浮かんでこなかった。
 確かにそれは、私の名前で。
 ここは学校なのだからと、この方に何度も教えつけて、ようやく守ってもらえるまでになったばかりの、私を示す記号で。
「ふふ。やはりファーストネームで呼ぶべきではないかな」
 無理などしないで‥。
 楽しげな含み笑いを否定するだけの気力もなく、項垂れて「勘弁してください」と呟くしかなかった。
「構わないさ。君を苛めるのは本意ではないからね」
 嘘つきは泥棒の始まりです‥‥。
 心の中で無駄に反抗しながら、気持ちを切り替えて顔を上げた。

 ここは遙時学園。
 私にちょっかいを出してきた意地悪な大人は、保健室を任されている養護教諭、橘友雅先生。揺れる時代の煽りを受けて、この学園にもクラスに馴染めない子供が数名いるようだが、それでも登校拒否とまでいかず「保健室登校」と呼ばれるギリギリのラインで踏みとどまっているのは、ひとえにこの方の魔法に他ならない。
 故に、校内ではちょっとしたカリスマ。
 ‥‥‥‥恋人は、気が気でない。

「ちょっとしたタレコミがあってね。信頼できる君になら、情報をあげたいと思って来たのだが」
「信頼ですか。‥‥それが条件であるなら、情報の見返りは要求しませんよね?」
「まさか」
 カラカラと弾けた悪気のない笑顔が、どれだけの毒を含んでいるのか知るのは、この世に私だけだと主張したい。
「私は校内の噂など、どうでもいいのだよ。‥‥君を誘う口実に、君が欲しがるソレを掻き集めているだけだ。知らなかったのかい?」
「知りませんでしたね」
 呆れて溜息を吐く自分と、心の中で含み笑いを噛み殺す自分と。どちらも私なのだから、仕方がない。
「謹んでお受けいたしましょう。お聞かせ願えますか」
 にっこりと満足げに頷いた貴方と、視線で絡み合う。こんな公衆の面前で、不埒に愛し合う。

 見返りを期待せずに与え続けるのが本物の愛と言うが、ならば私のこれは愛ではないのでしょう。
 貴方ほどの方が私を想って動いてくださる。
 それが嬉しくて、絆されてしまう。
 こんな私は本物の愛などではないけれど。
「‥‥‥というわけだよ。役に立ったかい?」
「大変助かりました。‥‥早めに切り上げて伺いますね」
「極上の酒を用意してお待ちしよう」
 密かに笑い合う共犯者には、本物などではない私の愛が好評らしい。
 学園内のトラブルや相談事を一手に引き受けて解決へと導く『コーディネーター』という職種で働く新人教師には、心理学に基づく専門知識と、情報通な恋人の存在が不可欠だ。
 これが、貴方を好きな私の事情。

 それでもこれは、紛れもなく私の愛であり。
「そろそろ切り上げないかい?‥‥仕事ばかりしている真面目な教師は、生徒にも恋人にもウケが悪いよ?」
「ふふ、そうですね。橘先生は今からお帰りですか? それでは駅まで乗せて頂けると有り難いのですが」
「おやすい御用だよ。今日はデートなのだろう、愛しい方と」
「ええ、まあ、そんなところです」
 他人行儀な会話の中で告白を繰り返してはクスクス笑い合う、こんな生活を私達は気に入っているのですから。
 誰にも文句は言わせません。


「や‥‥‥こんな所で」
「何を言うかな。ここはもう、君が嫌う『公衆の面前』ではないのだよ」
「せめてベッドまで我慢できないのですか!!」
「できないねぇ」
 背中から強く抱かれた身体。
 乱されたシャツの裾からスルスルと指が入り込んで、私を掻き乱す。
「‥‥‥ハン‥ッ‥」
 鼻から抜けた甘い声に驚きながら、そっと身を凭れさせて貴方の首筋へ‥‥その柔らかな髪の中へ、顔を埋める。
「ァッ‥‥アー‥‥‥」
 私を求めて動く指先が、理性を掻き乱して。
 悪い夢を見せる。
「ベッドに運ぼうか」
「いえ‥‥。このまま、ここで‥‥貴方をください」
 誘うように身を捩って柔らかく笑う。
「そうかい?‥‥ふふ。それでは壁に手を付いて、君の中を私に見せて」
 いつの間にか弛められたスラックスを落としながら、言われるままに貴方を待つ。
「その姿勢のままでいるのだよ?」
 開くことはない玄関に、それでも無防備に自分を晒しているのは、どうにも恥ずかしいけれど。‥‥それすら快楽の元になる。
 貴方と出逢って、私はずいぶん変わってしまった気がします。
「寝室ではないからね、近い場所から潤滑油を調達してきたよ」
 手にしているのは‥‥調理用のオリーブオイル?
「これは、まあ。なんと素敵な眺めかな」
 クツクツと皮肉気な笑い声を降らせながら、ゴムの上にオイルをまぶして。
「良い子で待っていたご褒美だよ。さぁ、たんとお食べ」
 慣らしもせずに、そのまま入り込む。
「ふっ、ああぁ‥‥‥‥」
「ここは奥の寝室ではないのだよ。大きな声を出すと廊下に筒抜けではないかな」
 まあ、私は構わないがね?
 意地悪な貴方を、それでも、どうしても、憎むことができない。
「‥‥‥う‥はぅ‥‥」
 口を塞ぐ為に充てた指を、無意識にクチュクチュと弄ぶ。
「おやまあ、すっかり誘い上手になって」
 そのまま振り向いて満足げな貴方を煽ると、誘われ上手な恋人が熱い溜息を吐いた。
「イケナイ恋人だね。‥‥私をこんなにして」

 今夜は寝かさないよ?
 
 甘い声と、不埒な響き。
 私にとっては、その全てが愛しい貴方を示す愛の形なのです。

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