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【逢夢辻】〜25〜
空が暗くなる。
雨雲かと空を見上げて、言葉をなくすほどびびったのは俺だけじゃねぇだろ。そこには、なんかもう何だかよく判んねぇような鱗が鱗が鱗が‥‥なんだこりゃ。
「応龍、ですね」
うっとりと呟く弁慶の言葉に、視界一面を埋め尽くしていた鱗が龍神のものだと気付いて、さらに驚く。
でかすぎだろ、おまえら。
言われてみればヒトガタを取っていた白龍の姿はなく、空には輝く一体の龍が心地良さ気に泳いでいた。
‥‥‥‥なんか、言ってやがるな。
龍の声は自然の唸りのようで、俺にはとても聞き取れない。
それを易々と聞いてる望美達は、やっぱり龍神の神子ってやつなんだろうな。
「何言ってんだ?」
「えーっとね。応龍が『願いを言え』って」
ドラ○ンボールかよっ。
「先輩達に言っているんですよね?」
「う〜ううん。なんか神子二人と、星の一族の二人にも感謝を込めてとか言ってるよ?」
お前が訳すと、神様の有難い言葉も台無しだな‥‥。
「ま、いっか。とりあえずお前等から言っとけよ。俺達はオマケみたいなもんだし」
「そうなの?」
「そうだろ」
そんなもんかな〜とかブツブツ呟きながら応龍に向き合った望美は、初めから決めていたらしく、すんなりと真っ直ぐな声を張り上げた。
「みんなが望む場所へ」
続いて空を愛しげに見つめていた朔が、凛と響く声で「心穏やかに暮らせるように」と願う。
「全部言われちまったな」
それ以上望んだら、バチが当たりそうだぜ。
笑って譲に視線を流すと、そこは真面目な優等生。回答拒否なんて単語は辞書に無いらしく、クソマジメに悩んでいやがる。可愛いな、まったく‥‥。
「白龍‥‥いや、応龍にも、幸せな未来を」
降参。
まさか神様に神様の幸せを祈るとか、その発想がスゲーっていうか、白龍の幸せとか考えたこともなかったぜ。
ま、そーいやそーだよな。
黒龍なんか、人間の好きにされて今の今まで喋ることもできずにいたってのに、龍神だからってだけで願いを聞いてくれるとか言ってんだぜ。ソイツラが幸せにならなきゃ、俺達の幸せもクソもあったもんじゃねぇ。
一瞬、空が笑った気がした。
うねうねと動いてた空の影がフッと薄くなって、大地に小さな子供の姿を取った白龍と黒龍が現れる。そしてどこから出したのか、でっかい花飾りを譲の首に‥‥ついでに俺の首にまで吊しやがって、ニッコリ笑いながら手を振ったかと思いきや、空からハッキリとした声が降った。
「永久の幸せを」
「無窮の愛を」
異口同音に響かせながら、大きな影が掻き消えた。
つか、その台詞、若干恥ずかしい‥‥。
なんとなーく背中が痒くなった俺を後目に、晴れ渡った空の向こうからキラキラ光る石の破片が舞い降りて、まっすぐと譲の手の中に収まった。
まるで意志かなんかあるみたいに。
そこへ子供だった頃の、あどけない白龍の声が聞こえた。
『ゆずる。力を分けるから、時空の扉を開いて‥‥』
朔はヒノエと共に熊野へ渡るという。
そーだな。その方が黒龍も安心すんだろ。
弁慶が「京の復興を手伝った後で、熊野に隠居するのもいいかな」とか言い出すもんだから、ヒノエが心底嫌そうな顔で「来んな」と手を振った。
景時は頼朝との約束通り、鎌倉の地へ向かう。
「兄上を‥‥宜しく頼む」
「もちろんだよ。きっと、命にかけても御守りするから」
血縁だからって、一緒にいるのがいいとは限らねぇしな‥‥。
「九郎は俺達と一緒に来るだろう?」
「俺がか!?」
おーっと、さすがKYチャンピオン。
「一緒に来んだよっ。おまえ、望美とデキてんだろ?」
「デキ‥‥‥な、なんだ、それは」
「先輩と、恋人同士なんですよね?」
「こいっ!?」
「あ〜〜〜、九郎さんには、もうちょっと段階を踏まないとー、ね」
まだソンナコト言ってやがるのかーっ!!
「望美と結婚したいんだろ!?」
「けっ、けっっ」
見る間にデコまで赤くなった九郎の後ろで、リズ先生が腹を折って笑い転げていた。
こんな顔すんだな、この人。
「兄上が‥‥」
唐突に声を上げた敦盛が、幸せそうに空へと手を伸ばした。
「経正っ」
それは霊体とも幻とも取れないような、ヤケにハッキリとした影だった。
穏やかな顔で笑いながら、敦盛に近づいて‥‥世話を焼くように鎖を解くと、一気に身体からソレを引き抜いた。
「敦盛さん!?」
望美が悲鳴を上げるのも判る。
敦盛は‥‥今、死んだのかもしれない。
『神子、ありがとう‥‥これで五行の流れへと還ることができる‥‥兄上と共に‥‥』
「望美‥‥いかせてやれ」
幸せの形を、俺達が決めることはできない。
敦盛はずっと前に死んで、そっからずっと苦しんで考えてケナゲに『生きて』きた。
もう、そろそろ解放してやらねぇとな。
笑いながら空へと溶けた二人は、妙に幸せそうで‥‥こういうのもアリなんだなって気分にさせられる。
「で、お前はどーすんだ」
ボケッと突っ立ってた知盛に話を振ると、面倒臭そうに首を掻きながら振り向いた。
「平泉にでも、行くか」
「重衡んとこか?」
「平泉には『重衡』はいないらしい。‥‥銀とか、名乗ってたな」
しろがね?
「何の話だ」
「知らぬ。‥‥俺も泰衡殿に気に入られたらしくてな。客として迎え入れようだとか、まあ、そんな所だ‥‥」
説明すんの怠いとか態度に出すぎだコンニャロウ。
「泰衡殿がっ!?そ、息災でおられたか」
「ああ。御館も泰衡殿も、お前の馬鹿兄貴が攻め上がらなければ、特におかわりはないだろう。‥‥‥九郎義経」
「兄上を愚弄するなっ」
「懲りぬ奴だ‥‥。ともあれ、九郎は息災と言付けしておこう。神子殿の世界でランデブーだと」
ちょっ、お前っ。
「らんでぶー?」
「九郎さんっ、その血生臭い男と、これ以上喋っちゃダメ!!変態が染るっ」
ってゆーか何も理解してねぇから大丈夫だろ。
「御館もお元気なのですね」
「ああ」
弁慶が一言入れただけで、九郎はグッと涙ぐんで狼狽えた。‥‥俺と、清盛みたいなもんかな。
なんだかんだでバタバタしながら。
それでも時空の扉が開く時には、静まりかえって。
ああ、やっぱこの世界に来てよかったな‥‥と。
何も言わなくても、譲もそう思っているのが解って、嬉しかった。
あんだけ苦労したってのに、こっちの日常は全然変わらねぇ。
教室でヤッてた時みたいに年が戻るのかと思いきや、傷だらけの身体もそのままで、老けた身体はそのままで、どーやっても制服は似合わねぇし。
「今さら戻られても‥‥俺も困るし」
なにが?
「いいんだよ。今の兄さんは、カッコ良いんだから」
朝っぱらから無邪気にノックアウトしてんじゃねえっ、犯すぞコラッ。
「あいかわらず仲が良いな、お前達は」
ニコニコと登場した天然ポニーテールは、夜中の譲の色っぽい声にすら無反応で爆睡を扱いているらしく、毎朝サッパリとした顔で起きてくる。いや‥‥もうそれは才能だぞ、九郎。
望美とのアレコレは、まあ‥‥うん‥‥望美、ガンバレ。
九郎は意外と手先が器用だと解って、美容師の学校に通い始めた。
その容姿も手伝ってか就職先には困らなそうだと望美が笑ってたから、ま、なんとかなんだろうな。
俺達はといえば。
「兄さん、もう準備はできたのか」
「全〜然?」
「まったく‥‥‥兄さんは、楽しみじゃないのか?」
拗ねる譲の手を引いて、調子扱いてベッドに雪崩れ込んだりして。
「にいさんっ」
正直、どこでもいい。
仕方ないな〜なんて甘やかされて、好き放題、譲を抱いて‥‥。
楽園は、南にあるとは限らないだろ?
「またそんな顔して甘ったれて。こういうのはケジメが大事なんだよ。俺は行くと決めたら行くからなっ」
「どして?」
真顔で聞くと、狼狽えながら赤くなった。
「つ‥‥、次の約束が、できないだろ‥‥‥?」
つぎのやくそく?
全力で振り解いて「知らないっ」と叫んで出ていった譲を、追いかけることすらできなかった。
撃沈するだろ。可愛すぎるっての!!
ロマンチストな恋人が次にどんな爆弾を仕掛けてるのかとバクバクしながら、旅行の準備なんか始めてみる。
夢の中の夢。それは全てお前に繋がっていて‥‥。
もどかしかった血の絆が、今はこんな幸せを運んでくれる。
たとえお前が本気でこの手を振り解こうともがいても、もう俺はお前を自由にしてやる気はないぜ?
どんだけ離れても切れない絆がある。