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[将譲]逢夢辻〜25〜

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【逢夢辻】〜25〜


 空が暗くなる。
 雨雲かと空を見上げて、言葉をなくすほどびびったのは俺だけじゃねぇだろ。そこには、なんかもう何だかよく判んねぇような鱗が鱗が鱗が‥‥なんだこりゃ。
「応龍、ですね」
 うっとりと呟く弁慶の言葉に、視界一面を埋め尽くしていた鱗が龍神のものだと気付いて、さらに驚く。
 でかすぎだろ、おまえら。
 言われてみればヒトガタを取っていた白龍の姿はなく、空には輝く一体の龍が心地良さ気に泳いでいた。
 ‥‥‥‥なんか、言ってやがるな。
 龍の声は自然の唸りのようで、俺にはとても聞き取れない。
 それを易々と聞いてる望美達は、やっぱり龍神の神子ってやつなんだろうな。
「何言ってんだ?」
「えーっとね。応龍が『願いを言え』って」
 ドラ○ンボールかよっ。
「先輩達に言っているんですよね?」
「う〜ううん。なんか神子二人と、星の一族の二人にも感謝を込めてとか言ってるよ?」
 お前が訳すと、神様の有難い言葉も台無しだな‥‥。
「ま、いっか。とりあえずお前等から言っとけよ。俺達はオマケみたいなもんだし」
「そうなの?」
「そうだろ」
 そんなもんかな〜とかブツブツ呟きながら応龍に向き合った望美は、初めから決めていたらしく、すんなりと真っ直ぐな声を張り上げた。
「みんなが望む場所へ」
 続いて空を愛しげに見つめていた朔が、凛と響く声で「心穏やかに暮らせるように」と願う。
「全部言われちまったな」
 それ以上望んだら、バチが当たりそうだぜ。
 笑って譲に視線を流すと、そこは真面目な優等生。回答拒否なんて単語は辞書に無いらしく、クソマジメに悩んでいやがる。可愛いな、まったく‥‥。

「白龍‥‥いや、応龍にも、幸せな未来を」

 降参。
 まさか神様に神様の幸せを祈るとか、その発想がスゲーっていうか、白龍の幸せとか考えたこともなかったぜ。
 ま、そーいやそーだよな。
 黒龍なんか、人間の好きにされて今の今まで喋ることもできずにいたってのに、龍神だからってだけで願いを聞いてくれるとか言ってんだぜ。ソイツラが幸せにならなきゃ、俺達の幸せもクソもあったもんじゃねぇ。

 一瞬、空が笑った気がした。

 うねうねと動いてた空の影がフッと薄くなって、大地に小さな子供の姿を取った白龍と黒龍が現れる。そしてどこから出したのか、でっかい花飾りを譲の首に‥‥ついでに俺の首にまで吊しやがって、ニッコリ笑いながら手を振ったかと思いきや、空からハッキリとした声が降った。

「永久の幸せを」
「無窮の愛を」

 異口同音に響かせながら、大きな影が掻き消えた。

 つか、その台詞、若干恥ずかしい‥‥。
 なんとなーく背中が痒くなった俺を後目に、晴れ渡った空の向こうからキラキラ光る石の破片が舞い降りて、まっすぐと譲の手の中に収まった。
 まるで意志かなんかあるみたいに。
 そこへ子供だった頃の、あどけない白龍の声が聞こえた。
『ゆずる。力を分けるから、時空の扉を開いて‥‥』


 朔はヒノエと共に熊野へ渡るという。
 そーだな。その方が黒龍も安心すんだろ。
 弁慶が「京の復興を手伝った後で、熊野に隠居するのもいいかな」とか言い出すもんだから、ヒノエが心底嫌そうな顔で「来んな」と手を振った。
 景時は頼朝との約束通り、鎌倉の地へ向かう。
「兄上を‥‥宜しく頼む」
「もちろんだよ。きっと、命にかけても御守りするから」
 血縁だからって、一緒にいるのがいいとは限らねぇしな‥‥。
「九郎は俺達と一緒に来るだろう?」
「俺がか!?」
 おーっと、さすがKYチャンピオン。
「一緒に来んだよっ。おまえ、望美とデキてんだろ?」
「デキ‥‥‥な、なんだ、それは」
「先輩と、恋人同士なんですよね?」
「こいっ!?」
「あ〜〜〜、九郎さんには、もうちょっと段階を踏まないとー、ね」
 まだソンナコト言ってやがるのかーっ!!
「望美と結婚したいんだろ!?」
「けっ、けっっ」
 見る間にデコまで赤くなった九郎の後ろで、リズ先生が腹を折って笑い転げていた。
 こんな顔すんだな、この人。
「兄上が‥‥」
 唐突に声を上げた敦盛が、幸せそうに空へと手を伸ばした。
「経正っ」
 それは霊体とも幻とも取れないような、ヤケにハッキリとした影だった。
 穏やかな顔で笑いながら、敦盛に近づいて‥‥世話を焼くように鎖を解くと、一気に身体からソレを引き抜いた。
「敦盛さん!?」
 望美が悲鳴を上げるのも判る。
 敦盛は‥‥今、死んだのかもしれない。
『神子、ありがとう‥‥これで五行の流れへと還ることができる‥‥兄上と共に‥‥』
「望美‥‥いかせてやれ」
 幸せの形を、俺達が決めることはできない。
 敦盛はずっと前に死んで、そっからずっと苦しんで考えてケナゲに『生きて』きた。
 もう、そろそろ解放してやらねぇとな。
 笑いながら空へと溶けた二人は、妙に幸せそうで‥‥こういうのもアリなんだなって気分にさせられる。
「で、お前はどーすんだ」
 ボケッと突っ立ってた知盛に話を振ると、面倒臭そうに首を掻きながら振り向いた。
「平泉にでも、行くか」
「重衡んとこか?」
「平泉には『重衡』はいないらしい。‥‥銀とか、名乗ってたな」
 しろがね?
「何の話だ」
「知らぬ。‥‥俺も泰衡殿に気に入られたらしくてな。客として迎え入れようだとか、まあ、そんな所だ‥‥」
 説明すんの怠いとか態度に出すぎだコンニャロウ。
「泰衡殿がっ!?そ、息災でおられたか」
「ああ。御館も泰衡殿も、お前の馬鹿兄貴が攻め上がらなければ、特におかわりはないだろう。‥‥‥九郎義経」
「兄上を愚弄するなっ」
「懲りぬ奴だ‥‥。ともあれ、九郎は息災と言付けしておこう。神子殿の世界でランデブーだと」
 ちょっ、お前っ。
「らんでぶー?」
「九郎さんっ、その血生臭い男と、これ以上喋っちゃダメ!!変態が染るっ」
 ってゆーか何も理解してねぇから大丈夫だろ。
「御館もお元気なのですね」
「ああ」
 弁慶が一言入れただけで、九郎はグッと涙ぐんで狼狽えた。‥‥俺と、清盛みたいなもんかな。
 なんだかんだでバタバタしながら。
 それでも時空の扉が開く時には、静まりかえって。

 ああ、やっぱこの世界に来てよかったな‥‥と。
 何も言わなくても、譲もそう思っているのが解って、嬉しかった。

 あんだけ苦労したってのに、こっちの日常は全然変わらねぇ。
 教室でヤッてた時みたいに年が戻るのかと思いきや、傷だらけの身体もそのままで、老けた身体はそのままで、どーやっても制服は似合わねぇし。
「今さら戻られても‥‥俺も困るし」
 なにが?
「いいんだよ。今の兄さんは、カッコ良いんだから」
 朝っぱらから無邪気にノックアウトしてんじゃねえっ、犯すぞコラッ。
「あいかわらず仲が良いな、お前達は」
 ニコニコと登場した天然ポニーテールは、夜中の譲の色っぽい声にすら無反応で爆睡を扱いているらしく、毎朝サッパリとした顔で起きてくる。いや‥‥もうそれは才能だぞ、九郎。
 望美とのアレコレは、まあ‥‥うん‥‥望美、ガンバレ。
 九郎は意外と手先が器用だと解って、美容師の学校に通い始めた。
 その容姿も手伝ってか就職先には困らなそうだと望美が笑ってたから、ま、なんとかなんだろうな。

 俺達はといえば。
「兄さん、もう準備はできたのか」
「全〜然?」
「まったく‥‥‥兄さんは、楽しみじゃないのか?」
 拗ねる譲の手を引いて、調子扱いてベッドに雪崩れ込んだりして。
「にいさんっ」
 正直、どこでもいい。
 仕方ないな〜なんて甘やかされて、好き放題、譲を抱いて‥‥。

 楽園は、南にあるとは限らないだろ?

「またそんな顔して甘ったれて。こういうのはケジメが大事なんだよ。俺は行くと決めたら行くからなっ」
「どして?」
 真顔で聞くと、狼狽えながら赤くなった。
「つ‥‥、次の約束が、できないだろ‥‥‥?」
 つぎのやくそく?
 全力で振り解いて「知らないっ」と叫んで出ていった譲を、追いかけることすらできなかった。
 撃沈するだろ。可愛すぎるっての!!

 ロマンチストな恋人が次にどんな爆弾を仕掛けてるのかとバクバクしながら、旅行の準備なんか始めてみる。


 夢の中の夢。それは全てお前に繋がっていて‥‥。
 もどかしかった血の絆が、今はこんな幸せを運んでくれる。

 たとえお前が本気でこの手を振り解こうともがいても、もう俺はお前を自由にしてやる気はないぜ?

 どんだけ離れても切れない絆がある。


 お前も、感じてるだろ?
 
 
 
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[将譲]逢夢辻〜24〜

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【逢夢辻】〜24〜


「呪詛って言ったわよね。それなら‥‥」
 何度も呪詛の種を浄化してきた先輩が手を伸ばしかけた時、白龍が固い声でそれを止めた。
「神子‥‥それに触れては、だめ」
「どうして!?‥‥あつっ」
 警告を拒んで手を出した先輩は、熱い石でも持ち上げたように軽い火傷を負って、絶望的な顔をした。
 先輩にも浄化できない、穢れ‥‥?
 誰もが息を飲む中で、白龍は震えながらその横にしゃがんで、袖で包みこむように逆鱗を抱きあげる。
「黒いのの‥‥声が、聞こえる‥‥」
「ええ。黒龍の苦しむ声が」
 気配もなく割って入った朔が『呪詛の塊』と化したそれに易々と触れ、小さな掌で包みこむと、中から溢れた黒く重い霧が、朔の身体を覆い隠していった。
「朔、ダメ!」
 先輩の悲鳴より少し早く、赤い影が目の前を通り過ぎて‥‥黒い霧ごと、朔を抱きしめる。
 ‥‥‥ヒノエ?

「姫君の行く所なら、どこへなりともお供しましょう」

 苦しいはずの空気の中、おどけて笑うヒノエを振り返った朔は、「協力してね」と場違いなほど柔らかい笑みを浮かべている。
 何が始まるのか、まるで解らなかった。
 ただ、ヒノエの身体を覆うように溢れた明るい光と、朔の手の中から溢れる黒い霧が、ぶつかって交わって、朔の身体に吸い込まれていくのがボンヤリと見える。
 空気を響かせるように聞こえる、苦しげな黒龍の嘆きも、ひたむきに朔の背中を抱きしめ続けているヒノエの想いも、全てを飲み込むように凛と立つ姿を見つめながら。
 ふと、朔の言葉を思い出した。
『‥‥私の中には、埋まらない虚のようなものがあるの。それは黒龍が現れる前から意識の底にあったものだけど、あの人が消えてから日に日に大きくなって‥‥今はもう、いつその中に自分が飲まれてしまうのかと思うほど‥‥。あの人は‥‥黒龍は、ただ一人、それに気付いてくれた人だったの‥‥』
 何もかもを飲み込む深い虚。
 まるでブラックホールみたいだと思った覚えがある。
 まさかこの霧は、そこへ‥‥?

「朔‥‥すごい‥‥。黒いのの中に溶け込んだ呪詛、全て飲み込んだ‥‥」
 ポカンと呟いた白龍の声を聞いて我に返ると、黒い霧は跡形もなく消えていた。
「それってヤバくねぇのか?」
 そうだ。朔の身体の中に入ってしまったなんて。
「よく解らない。ただ、呪詛は小さく、焦げ付くように小さな塊になって、朔の中に沈んで‥‥‥今はもう、見えない」
「マジかよ‥‥」
 深い深い泥の底に沈んだ、小さな石。
 それは確かに存在するのかもしれないけど‥‥もう、神様にだって取り出すことのできない場所に隠されてしまった。
 そんな話だった。
 先輩の能力とは正反対だな‥‥。
 弾けて光の結晶になってしまうような華やかな浄化能力は、とても綺麗だけど。朔の力は、まるで泣いている子供をあやすような、深く傷ついたソレを静かに眠らせてしまうような、そんな優しい印象を持っていた。
「黒龍‥‥」
 逆鱗を包みこんでいた手をそっと解くと、それは自然と粉々に砕けて。
 そこから溶け出した黒い影は、別れを惜しむように何度か朔の身体を包んだあと、柔らかい風に乗って天へと登っていった。

「黒龍が‥‥‥愛してた、って‥‥」
「ああ。オレにも聞こえたよ」
 今にも倒れそうな朔をギュッと抱えたヒノエは、なんだか大きく見えて。
 そんな二人に見惚れていた俺を、バカな嫉妬を抱えた腕が強引に攫っていく。
「お前、今、俺が隣にいること忘れてたろ」
「あのな‥‥‥」
 本当バカだな、コイツ。感動的なシーンが台無しじゃないか。

 まあ、誰も見てないし‥‥。
 ほんの少しだけ人肌が欲しくなったところだからと、されるがままに背を預けていた。
 
 
 
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[将譲]逢夢辻〜23〜

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【逢夢辻】〜23〜


 厳島神社に辿り着くと、引き寄せられるように清盛の場所が解った。
 そこでは『茶吉尼天の消滅』を知った清盛が、すっかり平家の天下を決め込んで、上機嫌で酒を浴びている。
「おおっ、来たか来たか。お前の手柄じゃな。さすがは重盛‥‥還内府と呼ばれるだけのことはあろうなぁ」
 満面の笑みを向けられて、言葉を失う。
「清盛‥‥」
 怨霊になった時、どうしてこんな子供の姿に化けたのかと考えていた。
 清盛は、無邪気すぎるんだな。
 それが年を重ねた慎重さの上に乗れば、豪快で度胸のある男になったが。本能のままに無茶振りを重ねる姿は、どう見てもワガママなガキそのものだ。

 だから消すのか?
 恩人であることに変わりはないのに。

 刀に手をかけた俺を見て、清盛の顔色がサッと変わる。
「お前がワシを裏切るか」
 ここまでの恩義を忘れたワケじゃない。確実にあそこで野垂れ死ぬはずだった自分を助けてくれたのは、誰が何と言おうと清盛で‥‥‥どこかで道を誤ったのかと逡巡しかけた時、知盛の笑い声が響き渡った。
「なにを惑うている?‥‥それは叔父上の成れの果て」
「何を言うか、知盛」
「‥‥そうでないと言うのなら、コレの名を覚えているか」
 いつの間にか引き抜いた剣先で、静かに俺を指し示す知盛の殺意は‥‥清盛に向いている。
「何を言うのじゃっ、のう、重盛」

 重盛。

 そっか‥‥そうだな‥‥。
 どこの誰とも知れない俺を救ってくれたのは、俺を異界から来た変わり者『有川将臣』と認識していた頃の清盛だ。
 清盛。いつの間に、お前の中から俺は消えていたんだろうな。
「感謝の念が残っているというのなら、在るべき場所へと送ってやれ‥‥」
「そうだ、な」
 清盛から貰った大太刀‥‥。
 それを振りかぶった時、遠くから譲の声が聞こえた。
 迷いを断ち切るように力任せで叩きつけながら、怒り狂う清盛を貫いた瞬間‥‥僅かにふらついた身体を、支える腕。
 何も言わずに、ただその存在を示す二本の腕。
「清盛‥‥‥‥‥ありがとな」
 後ろからは望美と朔の声が重なり、封印の力を受けて白い霧のように消えかかる中、一瞬元の優しい顔に戻った清盛が「将臣」と、俺の名を呼んだ。

「黒龍の逆鱗には触れるでない。あれはワシがかけた呪詛に穢されておるぞ‥‥‥‥長いこと苦しめて、悪かったの」

 笑う顔が一瞬ブレて、あの頃の面立ちを刻む。
「清盛‥‥‥っ」
「泣くな。まったく‥‥そのようなところまで、重盛に似ておるわ‥‥紛らわしい‥‥こと、じゃ‥‥‥」

 穏やかな笑みを浮かべて消えた清盛の手から、呪詛に淀んだ『黒龍の逆鱗』が、零れ落ちた。
 
 
 
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[将譲]逢夢辻〜22〜

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【逢夢辻】〜22〜


「欲しい」
 即答した兄さんに抱きつきたくなったなんて‥‥ちょっと言えない。
 黒龍の逆鱗を取りに行くということは、清盛を相手に戦わなきゃならないってことだ。兄さんは何も言わないけど、それは‥‥あの絶望の中で兄さんを救い上げてくれた人に刃を向けるということ。
 たぶん同じことを俺がやるより、ずっとキツイんだろう。
 兄さんは、義理堅い人だから。
 それでも「やめていい」とは言えない。それがどんなにワガママなことだとしても、俺は平家に兄さんをくれてやる気にはならない。
 だから、忘れて。
 全てが終わってからなら、いくらでも恨み言は聞いてやるから。今は苦しい現実も越えなきゃならない壁も忘れて、俺を抱いていて。

 甘えるように後ろから抱かれて、泣きそうになる。
 愛しくて、泣きそうになる。
 兄さんの弱さは、甘い毒のようだ‥‥。
「譲‥‥大丈夫か?」
 机に凭れたまま余韻に浸っていると、不安げな声に抱き上げられて、そのまま机に乗せられた。
 いつまでも変わることのない、放課後の景色。
 時が止まったままの夕暮れの教室。
 いつもはそれを意識することもないけど‥‥オレンジの光に包まれる兄さんは、なんだかとても綺麗で、急に恥ずかしくなってくる。
 俺は‥‥兄さんの目に、どんな風に映っているのかと。
「兄さんは、俺が好き?」
「ああ」
「どうして?‥‥綺麗でもなきゃ可愛くもない‥‥」
 兄さんには、可愛い女の子が似合うよ。‥‥先輩みたいな、フワフワで柔らかい女の子が。
 別に、愛情を確認しようとか、安心しようとか、そういうことを思ってたワケじゃない。本当にそう思ったんだ。だから‥‥笑ってくれれば良かったのに。
「あのな‥‥‥お前以上に可愛い奴も、綺麗なものも、俺は見たことがないぜ?」
 そう言いながら椅子に腰掛けて、投げ出した太股に甘えてくる。
「お前以外、抱きたいと思わない俺は‥‥オカシイのか?」
 オカシイんじゃないか、やっぱり。
 少し笑いながら、それじゃあ俺は兄さん以外の人肌を求めるのかと聞かれれば、それがどんなに可愛い人でも‥‥たとえば憧れていた春日先輩でも、イラナイと、思う。
 なんだかそんな会話にドキドキして、兄さんの頭が乗ってるのに‥‥俺は‥‥。
「なんで急にモジモジすんだよ。俺なんてさっきから立ちっぱなしだぜ?」
 笑いながら、唇で包まれる。
「あ‥‥っ」
 ゆっくりと見せつけるように舐め上げながら、感じてる俺を見つめて嬉しそうに笑ったり、空いた両手を使って扱いたり、揉んだり‥‥。
「やあ‥‥‥‥」
 頭が変になりそうだ。
 ここは夢の世界。だけど目に入るのは見慣れた教室で‥‥そうだ、無事に帰れば、こんな教室で授業を受けたりするはずなのに。
「んんっ‥‥兄さん、ダメ‥‥ッ」
「ばぁか、止まれるかよ」
 恥ずかしくて。こんな所で感じて、それでも本当は「やめないで」とか思ってる自分が、恥ずかしくて。気持ちを誤魔化すように頭を抱きしめながら‥‥白濁した欲を‥‥兄さんの口に、吐き出してしまった‥‥‥。

 目が覚めて、溜息を吐く。
 ここに兄さんが居なくて良かったと思ったのは、初めてかもしれない。 

 頭を冷やすためにブラブラと歩いていたら予想外の人影。
 まだ朝というには早すぎる時間だというのに、弁慶さんが月を眺めてボンヤリと立ち尽くしていた。
 やっぱりどこか様子が変だ。
 黒龍の逆鱗についての話をした後からずっと、思い詰めるような瞳で歩を進めていた。
 かける言葉も見つからないままそっと近づくと、既に気配に気付いていたらしい弁慶さんが、振り向きもせずに語り始めた。
「譲くんは、この世界へ来たことを後悔していますか」
 後悔?
 唐突な質問に戸惑いながら、考える。
 兄さんの苦労を思えば、来るべきじゃなかったんだろう。だけど‥‥たぶんあのまま平和に暮らしていれば、兄さんとの距離は縮まることがなく、俺は見当違いの嫉妬で狂いながら、あの人を苦しめ続けていたわけで‥‥。
 それに、先輩が白龍の神子にならなければ、きっと九郎さんも救えていない。
 自分がこの世界に在ることが、何かの縁で何かの役に立っているのなら‥‥それは、後悔をすべきことじゃないような気がする。
「後悔はしていません」
 悔やむべきことは沢山ある。それはこの世界に来たから気付いた自分の業なのだから、むしろ感謝すべきだろうとすら思う。
「そう‥‥ですか」
 月の光に透けてしまいそうだった儚い姿は、いつもの弁慶さんに戻って、座りませんかと笑いかけてくる。不思議な引力を感じて誘われるまま素直に従うと、独り言のような昔語りが始まった。

 それは熊野の戦から始まる、長い長い旅の話。
 退廃した京の町。作物も実を結ばず、病の蔓延する、治安の悪い京の町。それは、自分が作り出したものなのだと語る弁慶さんは、単純な慰めや救いを求めているわけじゃなさそうだった。だから何も言わず、曖昧な相槌を打つ。
「それらは全て『応龍の不在』が及ぼした影響なんですよ。白龍の対となる黒龍を失ってしまったことが、今の酷い有様を作り出している‥‥そこまではすぐに解ったのですが」
 比叡山で学びながら新たな黒龍が生じない理由を探っても真相には辿り着けず、ただそれが清盛の力と無関係でないことだけは予想できたから、敵対する勢力として好都合な源氏側について様子を見ていたのだと、乾いた声で笑う。
「まさか、逆鱗が‥‥黒龍が、怨霊の元にされていたなんて」
 全ては自分の罪だと言い切るけれど、俺には、そこまで思い詰めるほどの罪が弁慶さんにあるとは思えなかった。
「それなら、取り返しましょう」
 こんなに優しい人が、心を凍らせたまま生きているのはおかしい。
 それが弁慶さんの過ちだというのなら、そのせいで辛い戦の中に自分を置いて、罪を責め続けながら地獄の底を這い回るように生きてきたというのなら。
「弁慶さんの光を取り返しましょう」
 黒龍の逆鱗は清盛が持っている。それを取り戻して京の空へと返すことができたなら‥‥凍り付いた心も、月が満ちるように光を取り戻すだろう。
「譲くん?」
「どのみち、あれは壊してしまわなくてはならないんですから」
 それできっと救われる。今は落ち込んでいる場合じゃない。
「そう‥‥ですね」
 いつもあれほど毅然としていた弁慶さんが、弱々しく肩に凭れてきた。あまりにも意外な姿に固まっていると‥‥静かに、息をするように、綺麗な雫が落ちた。
 
 
 
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[将譲]逢夢辻〜21〜

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【逢夢辻】〜21〜


 黒龍の逆鱗は厳島神社にある。
 その情報をくれたのは、意外にも経正だった。
 逆鱗を破壊すれば、そこから作られた怨霊は全て消えちまうってのに‥‥それは先の戦で命を落とした経正も、例外じゃ‥‥ねぇ。
「将臣殿が役を終え自由になることで、きっと私も、五行の自然な流れへと溶けることを許されるのですよ」
 穏やかに笑い返されて、心底驚く。
 まさかコイツが怨霊になって留まっていることが俺のためだとか、考えたこともなかった。
「経正?」
「将臣殿は平氏ではありません。ですが、縁あって此処へと降りたというだけで、こんな状態の平家を、平家の誰よりも真剣に気遣ってくださる。‥‥それはもう、血族の情など遙かに越えた次元の話ですし、きっと将臣殿自身の人徳がそうさせるのでしょう。ですから私は、平家の末裔として、その偉業を見届ける義務があるのだと自分に課しているのです」
 そういや此処へ戻る前、敦盛にも同じように返されたのを思い出す。
『怨霊は悲しい存在だ。兄上には兄上のお考えがあって、ここに留まっていらっしゃるのだろう。それが平家の皆を救うためだというのならば、戦いを収束させ、怨霊を作り出す源を消し去ることで、あの方は自由になることができる‥‥それは、私も同じだ』
 本当にコイツラ、似た者兄弟だな。
 そうだ。すでに命を落としている経正や敦盛は、救いようがない。むしろムリヤリ繋ぎ止めている鎖を断ち切って、本当の意味で眠ることのできる時こそが『救い』なのかもしれない。
 そう思うと、切ないもんだな‥‥。
「敦盛が‥‥‥そうですか、そんなことを」
 成長したのだな、と目を細める仕草は、兄なのか父なのかと問いたくなるほどの慈愛に満ちて、どこまでも穏やかだ。これが世に言う『怨霊』だなんて、誰も思わねぇな‥‥むしろ守護霊とか菩薩に近いんじゃねぇか?
「源氏に付いたあの子が、きっと誰よりも平家の行く末を案じていたのでしょう。怨霊という存在の悲しさを一番身に沁みて知っているせいかもしれませんね‥‥。敦盛にそんな覚悟があるのでしたら、私はきっと、最期の力であの子を浄土へと導きます。それが兄として私にできる、最上のことでしょう」
 二人の想いを胸に、厳島神社‥‥清盛へと向かう決意を新たにした。


 今日の譲は、どこか変だ。
「兄さ‥‥もっと、奥‥‥‥‥もっと‥‥っ」
 熱に浮かされたように求めながら、吸いつくように絡みついてくる肌に‥‥熱に、暴走しそうになる。
「ゆず‥‥‥っ、‥‥なんか、あったのか?」
 やけに積極的な腰を深く貫きながら止めると、なんか、なんだか、タマラナイ顔になった。
「兄さんだろ?」
 なに?
「なにか‥‥あって、‥‥俺には、話さない‥‥からっ」
「っ」
 思わず弛めた手を振り払うように、強く腰を回して誘う仕草。
 こんな譲は、知らない。
 妖艶に笑いながら、軽く馬鹿にするように首を傾げる。
「愚痴でも何でも、言わないなら聞かない。‥‥‥黙って俺を欲しがってろよ」
 気付かれてたのか‥‥。

 これから戦う相手に対して、迷いになるようなことは言いたくなかった。
 言えば確実に迷うだろう。俺よりずっと繊細なくせに‥‥そんじゃなくても源氏側の人間は、なんだかんだとコイツの優しさに甘えて手の裏を見せる。
 適当に放置することもせずに全てを抱え込むから、お前はもう目一杯だろ?
 俺まで、お前の重荷になるとか‥‥考えたくねぇんだよ。
「兄さんは俺が欲しくない?」
「欲しい」
 喉から手が出るほどってのは、こういうのを言うんだろうな。
「だから、言えないことは言わなくていい。全部終わったらまとめて聞くから。‥‥現実が辛いなら‥‥俺で、逃避して‥‥いいから」
 恥ずかしそうに苦笑しながら、物凄い台詞を口にする。
 無言でケツを振るより、よっぽど羞恥心を煽られるのか、耳朶から首筋まで驚くほど赤く熟れた。
「サンキュ」
 どう言えば俺がラクになるのかなんて全部お見通しって具合に、許されて甘やかされて、軽々と飲み込まれちまう。
 凪いだ海のような穏やかな譲は、澄んで、綺麗で、どこまでも深い。
 これで惚れるなとか、無茶だろ?
「んう‥っ、‥‥兄、さ‥‥んっ」
 後ろからゆっくりと沈みこんで、そのまま甘ったれるように背中に張り付くと、「馬鹿だな」なんて言いながら、回した手をギュッと抱きしめた。
 
 
 
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