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[将譲]逢夢辻〜24〜

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【逢夢辻】〜24〜


「呪詛って言ったわよね。それなら‥‥」
 何度も呪詛の種を浄化してきた先輩が手を伸ばしかけた時、白龍が固い声でそれを止めた。
「神子‥‥それに触れては、だめ」
「どうして!?‥‥あつっ」
 警告を拒んで手を出した先輩は、熱い石でも持ち上げたように軽い火傷を負って、絶望的な顔をした。
 先輩にも浄化できない、穢れ‥‥?
 誰もが息を飲む中で、白龍は震えながらその横にしゃがんで、袖で包みこむように逆鱗を抱きあげる。
「黒いのの‥‥声が、聞こえる‥‥」
「ええ。黒龍の苦しむ声が」
 気配もなく割って入った朔が『呪詛の塊』と化したそれに易々と触れ、小さな掌で包みこむと、中から溢れた黒く重い霧が、朔の身体を覆い隠していった。
「朔、ダメ!」
 先輩の悲鳴より少し早く、赤い影が目の前を通り過ぎて‥‥黒い霧ごと、朔を抱きしめる。
 ‥‥‥ヒノエ?

「姫君の行く所なら、どこへなりともお供しましょう」

 苦しいはずの空気の中、おどけて笑うヒノエを振り返った朔は、「協力してね」と場違いなほど柔らかい笑みを浮かべている。
 何が始まるのか、まるで解らなかった。
 ただ、ヒノエの身体を覆うように溢れた明るい光と、朔の手の中から溢れる黒い霧が、ぶつかって交わって、朔の身体に吸い込まれていくのがボンヤリと見える。
 空気を響かせるように聞こえる、苦しげな黒龍の嘆きも、ひたむきに朔の背中を抱きしめ続けているヒノエの想いも、全てを飲み込むように凛と立つ姿を見つめながら。
 ふと、朔の言葉を思い出した。
『‥‥私の中には、埋まらない虚のようなものがあるの。それは黒龍が現れる前から意識の底にあったものだけど、あの人が消えてから日に日に大きくなって‥‥今はもう、いつその中に自分が飲まれてしまうのかと思うほど‥‥。あの人は‥‥黒龍は、ただ一人、それに気付いてくれた人だったの‥‥』
 何もかもを飲み込む深い虚。
 まるでブラックホールみたいだと思った覚えがある。
 まさかこの霧は、そこへ‥‥?

「朔‥‥すごい‥‥。黒いのの中に溶け込んだ呪詛、全て飲み込んだ‥‥」
 ポカンと呟いた白龍の声を聞いて我に返ると、黒い霧は跡形もなく消えていた。
「それってヤバくねぇのか?」
 そうだ。朔の身体の中に入ってしまったなんて。
「よく解らない。ただ、呪詛は小さく、焦げ付くように小さな塊になって、朔の中に沈んで‥‥‥今はもう、見えない」
「マジかよ‥‥」
 深い深い泥の底に沈んだ、小さな石。
 それは確かに存在するのかもしれないけど‥‥もう、神様にだって取り出すことのできない場所に隠されてしまった。
 そんな話だった。
 先輩の能力とは正反対だな‥‥。
 弾けて光の結晶になってしまうような華やかな浄化能力は、とても綺麗だけど。朔の力は、まるで泣いている子供をあやすような、深く傷ついたソレを静かに眠らせてしまうような、そんな優しい印象を持っていた。
「黒龍‥‥」
 逆鱗を包みこんでいた手をそっと解くと、それは自然と粉々に砕けて。
 そこから溶け出した黒い影は、別れを惜しむように何度か朔の身体を包んだあと、柔らかい風に乗って天へと登っていった。

「黒龍が‥‥‥愛してた、って‥‥」
「ああ。オレにも聞こえたよ」
 今にも倒れそうな朔をギュッと抱えたヒノエは、なんだか大きく見えて。
 そんな二人に見惚れていた俺を、バカな嫉妬を抱えた腕が強引に攫っていく。
「お前、今、俺が隣にいること忘れてたろ」
「あのな‥‥‥」
 本当バカだな、コイツ。感動的なシーンが台無しじゃないか。

 まあ、誰も見てないし‥‥。
 ほんの少しだけ人肌が欲しくなったところだからと、されるがままに背を預けていた。
 
 
 
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