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[景譲]甘い指

譲葉のラクガキ祭りに乗った話


 譲くんにとって誰が大切かなんて、俺が考えるべき事じゃない。
 わかってる。
 譲くんの心は生まれた時から‥‥いや、その血筋を思えば、生まれる前から定められているようにすら思えるほど。
 なんでこれほど解りやすい話を、割り込んだ俺なんかがひっくり返せると思うのか。
 いや‥‥‥思ってない。何も信じてない。
 譲くんが俺を好きだと言うたびに、心が悲鳴を上げてる。
 信じたい。信じられるはずもないのに。
 もう、気が触れそうだ。
「ハ‥‥‥景時、さんっ」
「ダメだよ譲くん、声を出したら望美ちゃんにバレちゃう」
「だから、今は。‥アッ‥」
「困った子だね。ほら、口開けて‥‥噛みついたりしないでね?」
 クチュクチュと誘うような水音を立てながら、だけど正気を手放せない君。可哀想に、そんなに神経を研ぎ澄ませて‥‥なのに、どうして俺を拒まないの?
 そんな君の仕草にまで、余計な期待を煽られる。
 俺が好きだというなら耐えてみせて。
 薄い扉一枚隔てた所に居るはずの、君の「運命の人」を意識しながら、嫉妬深い俺に君の全てを捧げてみせて。
 優しい君の言葉は信じられない。
 こんなちっぽけな男を、それでも愛してる証をちょうだい。

 ゴメンね‥‥愛してる。


「‥‥つっ」
「あっ、すみません、景と‥‥んんっ」
 謝る言葉など聞きたくないと言わんばかりの唇に、噛みつくように犯される。
「悪い子だね。‥‥いくら俺でも、こんな場所でここまでする気はなかったけど」
 口内を蹂躙されながら、ゆっくりとファスナーを下ろされて、景時さんの意図を知る。離れた唇に耳朶を噛まれて、ヒュッと息を飲んだ俺を笑う、吐息。
「このまま犯しちゃおうかな」
 耳に滑りこむ言葉は、かろうじて保っていた理性をズブズブと溶かすように響く。
「ねえ、譲くん。‥‥誘ってるの?」
 理不尽な問いに、ハイと頷きそうになる。
「否定してよ。何も言わないと、勘違いしちゃいそうだよ」
 切ない声で呟きながら、俺の中に沈みこむ貴方。
「ァ‥‥‥‥ァ、ァ、ァ‥‥」
 快楽に煽られて酸欠状態の俺は、浅い呼吸を繰り返して、貴方を受け入れることだけに集中する。
 扉の向こうに聞こえぬように、必死で気配を殺しながら。

 だってこの扉が開いたら。
 先輩や仲間に、この関係がバレたりしたら。

 貴方は‥‥消えてしまうでしょう?

[景譲]台風de景譲〜景時バージョン

台風バトンのお遊びを、長々とやってみた(笑)
今回は景時さんが熱を出してます。(→譲くんバージョン)


 外は物凄い暴風雨。
「景時さん、聞こえてますか?」
「ん〜。もちろんだよ、譲くん」
 今日は世に言う『デート』ってやつの約束をしてたんだけど。
 正直「ちょっと助かったな〜」なんて思ってる。
 だってこんな日に限って役立たずの身体は熱なんか出して、ずーっと逢えなかった久しぶりの休みを自分で潰してる。‥‥ガッカリだよね。
 譲くんの凹んだ声なんか聞きたくないよ。
「残念だけど、来週だね〜。楽しみにしてるからさ♪」
 込み上げてくる咳を必死で堪えて、明るい声を出す。
「あれ?大丈夫ですよ、景時さん。えっと‥‥言いませんでしたっけ。俺、車の免許を取ったんですよ。もう高校も卒業ですから、その、景時さんと、もっと一緒にいたくて‥‥」
 合格したんだ〜、おめでとう!!
 そんな言葉を普通にかけられない、この青ざめた顔をどうしたらいいのか。
「え、あ、そ‥‥そう、なんだ」
「ええ。‥‥あ、でも初心者なのに悪天候で貴方を乗せるのは怖いな。とりあえず、今から行きますから」
「だ、ダメ!!!」
「大丈夫ですよ。これでも買い物くらいなら乗ってますし、天気の悪い日だって」
「ダメだよ、譲くん」
「信用無いなぁ‥‥。だけど俺、行きますから」
「譲く‥‥ゲホッゲホッ」
「そんな大きな声張り上げてもダメです。今日はどうしても貴方に逢うって決めてたんです。‥‥耐えられないんだ、貴方が居ない毎日なんて」
「ゆ、ずる‥‥く」
 一度許してしまった咳は、もう飲み込みきれないところまで押し寄せていた。
 こんな時、一番傍にいてほしくない人が。
「切りますよ。ちゃんと待っててくださいね?」

 ツーツーツー‥‥


 ガチャン

 玄関の鍵が開く音。なかなか使う機会のない合い鍵が、変な時に役立つ。
 だって今呼び出されても、玄関に出ていく余裕すらない。
「景時さん‥‥!?」
 止まらない咳をタオルに吸わせながら、布団を抱えている。
 まさかこんな姿を君に見せることになるなんて、情けなくて涙が出そうだ。
「どうして、こんな‥‥っ、バカじゃないんですか!!!!!どうして、どうして俺を呼んでくれない‥‥っ」
 言葉に詰まったのは、泣いてるせいだろう。
 視線を上げなくても語尾に混じった嗚咽が教えてくれる。
 謝りたいわけじゃない。
 こんな状況で言い訳もあったもんじゃない。
 だけど。
「譲‥‥くん‥」
 こんなに狭い部屋で、互いに一人きりになってる身体を、抱き寄せたかった。
 つまらないワガママで君を孤独にさせちゃうのが、なんだか悲しくて。
「本当に‥‥っ、貴方は、バカです」
「うん」
「強がるのも大概にしてくださいっ」
「うん」
「二度と信用しませんからねっ」
「うん」
「こんなこと、もう絶対に許しませんからねっ」
「うん」
 大きな声で怒りながら、身を起こしていた俺の身体を押し戻すように横になって、ピッタリと寄り添ってくれる。
 あれほど辛かった寒気がゆっくりと落ち着いてきて。
 背中をさする手に、咳まで引いてきて。
 混沌とした記憶の中。まるで小さな昔に戻ったような錯覚を覚えていた。


 呼吸が落ち着くと、布団からそっと出て、無言で何かを作り始めた譲くん。
 美味しそうな粥の匂いが部屋を満たす頃には、驚くことに食欲まで戻っていた自分の身体が信じられずにいる。
「残してもいいですけど、少しでも食べてください。‥‥ここ数日、何も食べてなかったんでしょう。キッチンが大変なことになってましたよ」
 優しい声でお小言を続ける声に混じって、動き出した腹が驚くほどデカイ音を出す。
「‥‥はは‥」
 苦笑いしか出てこない。
「いいですよ、ゆっくり食べてください。俺は少し、あっちを片づけてきますから」
 珍しく声を荒げてしまったせいか、バツが悪そうに見せた後ろ姿が‥‥‥なんだか無性に、愛しくて。
「譲くん」
 感謝なんかしてないよ。
 こんな俺を君に見せたくなんかなかったんだよ。
 だけど‥‥。
「景時、さん‥?」
 ゴメンね。
 心の何処かで、君を心配させて喜んでる俺がいる。君を怒らせて泣かせたことに幸せになってる俺がいるんだよ。‥‥‥最低だね。

 引き寄せて抱きしめた腕の中。
「仕方のない‥‥人だなぁ」
 呆れたように、優しい声が笑った。


 バアン!!

 物凄い風に煽られて、何か大きなモノが窓を直撃したらしい。
 いつの間にか眠っていた俺は反射的に飛び起きて、強い腕に引き戻された。
「大丈夫ですよ‥‥もう少し眠ってください」
 あ‥‥。
 いつの間にそんなことになったのか、どうやら譲くんの腕の中で眠っていたみたい。
 いいのかな‥と顔を覗き込むと、少し照れて赤くなって。
 ギュッと抱き寄せてくれる。
「今日は俺の好きにさせてもらいます。貴方の場所は、ここです」
 ありがと、なんて掠れた声でお礼を言うのもなんだから、譲くんの胸に耳をつけてキュッと抱きしめてみた。
 トクン、トクン‥‥と、強く規則的な音に誘われるように瞼が下りて‥‥なんだか物凄く贅沢な休日を過ごしている気分になる。


 なんだか調子が狂うね〜。
 熱はすっかり引いて、身体は楽になったけど。
「少し楽になりましたか?‥‥それじゃ俺、何か食べ物を仕入れてきますね」
 あんまりベタベタに甘やかされて、今日は妙に甘えたな気分。
「行かないでよ‥‥ね、今日は傍にいて?」
 いいよね。
 君のせいだからね。
 クスクス笑って腰に絡みつくと、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔で言葉を失ってる。
「1日くらい食べなくても死なないよ〜。ね、譲くんが食べたいな」
「な、何を調子に乗っているんですかっ。そそそんなことをしたいなら、ちゃんと風邪を治してくださいっっ」
「治ったら、いいんだ?」
 わざと無邪気に「わーい♪」なんて抱きついたら、情けない溜息を吐いて頭を抱き返した。
「景時さん‥‥‥どうしちゃったんですか‥‥」
 だからさ。君のせいなんだってば。

 あんまり‥‥弱味をみせたくなかった。
 理由なんか考えてなかったけど、それはたぶん向こうの世界から引きずってきた、俺の弱点。‥‥もう、いいんだよね。たまにはこんな風に甘えてみても。
 君が、受け止めてくれる。
 だからたまには着込んでたものを全部降ろして、君に寄りかかってみたいな。

 ポツリポツリと呟いた言葉に、一瞬泣きそうな顔をして。
「あたりまえじゃないですか‥‥」
 俺を包みこんだ優しい腕が、困ったように呟いた。


 すっかり甘えた〜な気分だった俺は、譲くんの膝枕でTVを見て、食事の時は照れる譲くんに「あ〜ん」を強制して、その反応を見ては一々ご満悦だった。
「帰っちゃうの‥‥‥?」
 時計を気にしだした譲くんを抱きしめると、嬉しそうにフワッと笑って耳元にキスをくれる。
「さっき兄貴の携帯に外泊宣言しちゃいましたから‥‥帰る場所が、ないんです」
 悪戯っぽく笑う譲くんにキスの雨を降らせながら。
「ね‥‥‥高校を卒業したら、ここに帰ってこない?」
 こっちの世界に来てから、朧気に考えていたことを。
 だけど全部見せるには少し怖くて‥‥今日みたいに『強がりたい病』が出た時に、自分の首を絞めるような気がして、切り出せずにいたことを。
 音に乗せてみる。
「いいですよ」
 あっさりと言った譲くんに驚く俺を、真摯な眼差しが射抜いた。
「貴方を一人にしておく度胸が削がれました。‥‥今日だけじゃないでしょう。俺は今までに何度も、こんな貴方を見過ごしてきたんだ。そういうの‥‥もう、やめにしましょう」
 そっと重ねられた唇は、まるで何かの誓いのようで。

「俺は、もう二度と貴方を独りにしない」 

 添えられた台詞に、逆らう術など無かった。
「うん‥‥‥そうだね」
 それはまるで、一生添い遂げると神に誓う儀式のように。
 どんな愛の言葉より、深く‥‥。

[景譲]台風de景譲

ちょっと実験(笑)
「台風バトン de 景×譲」
どっちが倒れても駆けつけてくれると思うけど、高熱の譲は美味しそうなので、ひとまず景時さんに頑張ってもらいましょう(笑)
んなわけで、譲一人称。



1. 大型の台風が近づいてきました。こんな時に貴方は風邪をひいてグッタリ。さあ、傍にいてほしいのは、ズバリ誰?

 台風、なのか。どおりで外が騒がしいわけだ。
「嫌だな‥‥独りの時に限って‥」
 久々に熱なんか出したから、少し弱気になってるのかもしれない。
 母さんは父さんの出張についていってるし。兄さんは‥‥先輩と、泊まりがけの旅行だかなんだか、いまさら嫉妬なんかしないけど。
 はぁ‥‥。
「‥‥景時さん」
 ポツリと呟いて、納得した。
 傍にいてほしい人がいる。それが、俺の孤独の正体。


2. 気持ちが通じたか、なんとこんな大雨の中を駆けつけてくれました。ずぶ濡れの彼に、貴方は?

 突然響いた音楽に胸が躍る。これは景時さんからの電話の着信音。一瞬でカラカラに渇いた喉に戸惑いながら、ボタンを押す。
「もしもし」
「あれ‥‥? なんか声が変だよ、譲くん。‥譲くん、だよね?」
「あ、大丈夫です。ちょっと風邪引いちゃって」
「風邪!?〜〜あのさ、そういうの大丈夫って言わないよ。家には誰か居るの?」
「いえ‥‥今夜は、家を空けていて」
「えええっ、譲くん、独り!?」
「だ‥」
 大丈夫と言おうとして、言葉に詰まった。確かにこういうのは『大丈夫』とは、言わないかもしれない。
「とにかく温かくして、横になっててね」
 いきなり切れた電話を見つめる。
 まさか‥‥‥な。
 物凄い風に煽られて窓に叩きつけられた雨粒を見つめる。
 まさか、いくらなんでも、こんな日に。
「はは。もう少し‥‥話していたかったな‥」
 逢いたいと思う。それが子供じみたワガママなのは自覚してるのに、それでも、こんな日は。
「‥‥‥‥景時さん」
 ピンポンッピンポンッピンポンッ
 鳴り響いた玄関のチャイムに飛びつくようにドアを開ける。
「譲くん、待った〜?」
 髪から滴り落ちる雫が、顎のラインをなぞるように滑り落ちていく。
 どうして来たんですか。
 こんな日に。何もこんな日に限って。
 叱りつけたいくらいなのに、酷く嬉しくて‥‥。
「馬鹿‥‥っ」
 濡れるのもかまわずに、首にしがみついていた。


3. 何度も言いますが、貴方は風邪でフラフラです。彼はどんな様子ですか?

「すごい熱だよーっっ」
 俺を支えたままで服をあらかた脱ぎ捨てた景時さんに、有無を言わさず寝室に運ばれて。ありがとうも何も言えないまま、布団に押し込まれた。
 教えてもいないのに、パッと替えのパジャマを見つけだして、何も言わずに俺の服を剥いていく手が、少し‥‥怖い。
「自分ででき‥」
「黙ってて。俺、少し怒ってるんだよ、譲くん」
 なんとなく、そんな気がしてた。
 無口な景時さんは、少し怖い。
「すみません‥‥」
「こんなに辛いなら、なんで電話くれないのかな〜。俺ってそんなに頼りない?」
 覗き込んだ瞳に浮かぶ優しさが、酷く胸に痛かった。
「まったく‥‥今度将臣くんに会ったら怒っちゃうからね。こんな時に人に縋れないなんて、お兄ちゃんのせいに決まってるでしょ」
 広げた腕に包まれて、幼い自分が嗚咽をあげる。
 背伸びばかりしてた自分が、はりぼての人形みたいに‥‥脆く崩れていくようで。
「景時さ、ん‥‥っ」
 なんだか妙に切なくて。
「これからは俺が甘やかしちゃうからね。断っても聞かないよ?」
 強引な腕の中で、昔失くした何かに、初めて‥‥気付いた。


4. ガタガタガタッ。暴風雨で揺れた窓に驚いて(驚いたフリをして‥‥でもいい)相手にしがみついてみます。反応は?

 突然鳴り響いた音に、浅い眠りから飛び起きて彷徨った手は、隣にある体温に触れて力を失う。
 隣にある身体。大切な貴方の熱。
「起きちゃった? 大きい音だったもんね。‥‥ほら、もっと傍においで」
 嘘みたいに優しい声に甘えて、子供みたいに擦り寄ってみる。
 たぶん熱のせいだから‥‥今だけ‥。


5. 熱が引いてきました。そんな貴方を見て帰宅しようとした彼を、引き止めたら‥‥?

 一眠りしたら、ガッカリするほど呆気なく熱が引いた。
「もう大丈夫かな。‥‥帰ってもいい?」
 あっさりとした言葉に思わず見上げると、景時さんは試すような笑顔で俺を見つめていた。
 ちゃんと自分で言えってこと‥‥だよな。
「傍に、いてください」
「ん〜?聞こえないよ、もっとハッキリ言って?」
 どうしても恥ずかしくて、顔が見えないようにしがみつく。
「景時さん。もう少し‥‥俺の傍に居て‥くれませんか」
 よくできましたと言うように、クシャクシャと髪を撫でた手が、そのままキュッと頭を抱き寄せた。
「もちろんだよ。譲くんが望むだけ、あげるからね」


6. 雨も酷いので、結局その日は泊まっていく!?ことに。‥‥眠れましたか?

 狭いベッドで横になる。
 ピッタリと肌を寄せ合って‥‥さっき少し眠ったせいか、眠気はどこかへ行ってしまった。
 ドク、ドク、ドク。
 景時さんの鼓動が酷く心地よくて。
 ドク、ドク、ドク。
 自分の心臓が馬鹿みたいにうるさくて。

 ‥‥‥このまま眠れなくても、いいかな‥‥。

 気付かれないように身を寄せて、腕の中で甘えて。
 むず痒いような優しさを楽しむように、そっと目を閉じた‥‥。

[景譲]キスまでの距離〜景時サイド

 天気がいい日は気分がいい。
 汚れた洗濯物をキレイにすると、薄汚れた自分までキレイになるような気がして、本当に気分がいい。
 なんか最近、煩悩まみれって感じだしな〜。
 溜息を噛み殺すように鼻歌なんか歌って、パンッと着物の皺を伸ばした時、歩み寄る気配に気付いた。
 ・・・譲、くん?
 布越しに物言いたげな視線を受けて、態度を決めかねる。
 正直いうと今は君に逢いたくない。
 まあ黙っていても殺されるわけではないし、そのまま様子を見ていようと思いながら洗濯を続ける。

 好きか嫌いかと問われれば、好きだと言うしかない。
 好き。
 うん・・・俺は、君のことが好きだよ。
 背中を預けられる大切な人。信頼している、大切だと思っている。君が俺の対で良かったと、本気で思う。
 そこで終われば良かったんだ。
 朔が望美ちゃんを慕うように一途に仲間として大切だと、そこで完結できれば、こんなに苦しい心を押し隠す必要もなかったのにね。
 今はもう傍に在ることすら辛い。その姿を見ることも、声を聞くことも、君の存在の全てが辛い。
 お願い譲くん、早く立ち去って。
 じゃないと俺は、君に酷いことをしてしまいそうだ。
 手遅れになる前に。
 仲間で在り続けるために。この想いが暴走を始める前に。

 気配が動いた。

 急激に近づく殺気のようなものに、身構える間もなく捉えられる。
「え、譲くん・・・」
 噛みつくように唇を奪われた。
 重なり合った場所から君の想いが流れ込んできて、混乱する。
 強い欲求。
 強い感情。
 一途に、ひたすらに向かってくる・・・これは、恋情?
 不器用に絡みついた腕に頭を抱えられて、柄にもなく胸が高鳴る。愛しいなどと言ったら、子供扱いをするなと怒るんだろうか。
 君が掴めない。だけど愛しい。
 腰を抱き寄せて胸を合わせると、君の鼓動がこの胸にまで響いてくる。
 不器用でまっすぐで強い。
 若さなどではないんだろう。きっと君は生まれた時からそんな風で、幾つになってもそのままで。
 あまりの眩しさに目を細める俺を知らず、執拗に求めて続ける口づけに、理性を壊されそうになる。
「ね、譲くん・・・待って」
 切れ切れに声を上げて白旗を振ると、君は仁王立ちのまま肩で息を付いた。
 熱烈な口づけも楽しいけど、ね、せっかくだから甘く寄り添いたいな〜なんて思わない?
 込み上げる笑いを噛み殺して肩に寄りかかる俺を、佇まいと寸分変わらぬまっすぐな声が斬りつける。
「すみません、景時さん」
 ん〜、どうしてそうなるのかな。
 口づけには応えたよね。それとも「俺も君を愛しているよ」なんて、言葉で伝えなければ信じられないのかな。

 よかった。
 やっばり君は、俺より子供みたいだよ。

 込み上げる笑いを隠すこともせず、緊張する君の瞳をそっと見つめる。
「謝られちゃうと、どうしていいのか悩むよ。・・・嬉しかったって言ってもいいかな」
 片恋を信じていた君の心が、色づくように幸せに変わる。
「景時、さん・・・?」
 回された腕に寄り添って、君の匂いに包まれる。
 暖かな、俺の太陽。

 ね、譲くん・・・ずっと俺の傍にいてくれないかな。

[譲景]キスまでの距離

「〜〜♪〜♪」
 ご機嫌に歌いながら、洗濯物に埋もれてる貴方。
 シーツの影からそっと近づいて声をかけたら驚くかな・・・そんなガキっぽいことを考えながら、目の前まで来たのに。気付かない。後ろを向いて次の紐に洗濯を干し始めた貴方が、風に揺らめく布の隙間から見え隠れするのに。
 ・・・まさか、な。
 気配を断ったつもりはない。音を、声を立てないだけで、俺は確かに此処にいるのに。まさか危険な戦場で生きる人が気付かないなんてことがあるわけがない。
 庭中に張り巡らせた紐を埋め尽くすように、少しずつ遠ざかる貴方を見つめながら、ただ立ちつくす。
 軽やかに俺の存在を無視し続ける貴方に、腹が立って。
 こんな事で腹を立てる自分の身勝手さが惨めで。
 揺れる布を掻き分けながら、すぐそこの貴方を捕まえた。
「え、譲く・・・・」
 何も聞きたくない。何も言いたくない。何も見たくない。
 気遣うような貴方の声も、貴方を責める心も、戸惑う瞳も・・・こんな、茶番のような午後は、全て夢だといい。
 逃がさないように首に回した両腕を引き離すどころか、その腕で腰を抱いて、そっと引き寄せてくる。不自然に飛びついた姿勢を正すように、ピタリと身体が密着して・・・息が、上がる。
 涙が出そうだ。
 景時さん、貴方の優しさは残酷です。
 突き放してくれたら、きっとすぐに諦められたのに。玉砕覚悟の暴走は、いっそ気持ちよく砕いてくれたら良かったのに。
 好きでもないくせに、俺を許すんですか。

 問い質したい。赦されたい。逃げ帰りたい。離れたくない。

 絡み合う互いの熱に、何も考えられなくなる。
 いつしか俺は戸惑うことも忘れて、夢中で貴方を求めた。
 深く、もっと深く。
 甘やかな吐息が頬にかかるたび、際限なく貴方が欲しくなる。
「ゆ・・ずる、くん。・・・待って・・」
 息をあげた貴方が降参するように片手を上げて、反らした顔を肩に乗せる。

 肩で息を付きながら、波が引くのを待つ。
 これきりと知っているくせに、なぜだか満たされた気持ちになったのは・・・貴方が、本当に優しい人だからなんでしょうね。
「すみません、景時さん」
 今更だろう。それでも何故か許してくれるような気がして。
 長い沈黙に堪えかねて上げた視線の中、困ったように首を傾げた貴方の瞳は、柔らかく笑っていた。
「謝られちゃうと、どうしていいのか悩むよ。・・・嬉しかったって言ってもいいかな」
 呆然と・・・無意識に抱き寄せた身体は、何の抵抗もなく。
「景時、さん・・・?」
 夢でもいい。
 こんなに幸せな時間をくれるなら、それが夢でもかまわない。

 抱き返してくれた腕の確かな強さを感じながら、貴方の匂いで胸を満たして。
 結局俺たちは、日が傾くまでそのまま・・・白い風の中で抱き合っていた。

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