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[景譲]台風de景譲〜景時バージョン

台風バトンのお遊びを、長々とやってみた(笑)
今回は景時さんが熱を出してます。(→譲くんバージョン)


 外は物凄い暴風雨。
「景時さん、聞こえてますか?」
「ん〜。もちろんだよ、譲くん」
 今日は世に言う『デート』ってやつの約束をしてたんだけど。
 正直「ちょっと助かったな〜」なんて思ってる。
 だってこんな日に限って役立たずの身体は熱なんか出して、ずーっと逢えなかった久しぶりの休みを自分で潰してる。‥‥ガッカリだよね。
 譲くんの凹んだ声なんか聞きたくないよ。
「残念だけど、来週だね〜。楽しみにしてるからさ♪」
 込み上げてくる咳を必死で堪えて、明るい声を出す。
「あれ?大丈夫ですよ、景時さん。えっと‥‥言いませんでしたっけ。俺、車の免許を取ったんですよ。もう高校も卒業ですから、その、景時さんと、もっと一緒にいたくて‥‥」
 合格したんだ〜、おめでとう!!
 そんな言葉を普通にかけられない、この青ざめた顔をどうしたらいいのか。
「え、あ、そ‥‥そう、なんだ」
「ええ。‥‥あ、でも初心者なのに悪天候で貴方を乗せるのは怖いな。とりあえず、今から行きますから」
「だ、ダメ!!!」
「大丈夫ですよ。これでも買い物くらいなら乗ってますし、天気の悪い日だって」
「ダメだよ、譲くん」
「信用無いなぁ‥‥。だけど俺、行きますから」
「譲く‥‥ゲホッゲホッ」
「そんな大きな声張り上げてもダメです。今日はどうしても貴方に逢うって決めてたんです。‥‥耐えられないんだ、貴方が居ない毎日なんて」
「ゆ、ずる‥‥く」
 一度許してしまった咳は、もう飲み込みきれないところまで押し寄せていた。
 こんな時、一番傍にいてほしくない人が。
「切りますよ。ちゃんと待っててくださいね?」

 ツーツーツー‥‥


 ガチャン

 玄関の鍵が開く音。なかなか使う機会のない合い鍵が、変な時に役立つ。
 だって今呼び出されても、玄関に出ていく余裕すらない。
「景時さん‥‥!?」
 止まらない咳をタオルに吸わせながら、布団を抱えている。
 まさかこんな姿を君に見せることになるなんて、情けなくて涙が出そうだ。
「どうして、こんな‥‥っ、バカじゃないんですか!!!!!どうして、どうして俺を呼んでくれない‥‥っ」
 言葉に詰まったのは、泣いてるせいだろう。
 視線を上げなくても語尾に混じった嗚咽が教えてくれる。
 謝りたいわけじゃない。
 こんな状況で言い訳もあったもんじゃない。
 だけど。
「譲‥‥くん‥」
 こんなに狭い部屋で、互いに一人きりになってる身体を、抱き寄せたかった。
 つまらないワガママで君を孤独にさせちゃうのが、なんだか悲しくて。
「本当に‥‥っ、貴方は、バカです」
「うん」
「強がるのも大概にしてくださいっ」
「うん」
「二度と信用しませんからねっ」
「うん」
「こんなこと、もう絶対に許しませんからねっ」
「うん」
 大きな声で怒りながら、身を起こしていた俺の身体を押し戻すように横になって、ピッタリと寄り添ってくれる。
 あれほど辛かった寒気がゆっくりと落ち着いてきて。
 背中をさする手に、咳まで引いてきて。
 混沌とした記憶の中。まるで小さな昔に戻ったような錯覚を覚えていた。


 呼吸が落ち着くと、布団からそっと出て、無言で何かを作り始めた譲くん。
 美味しそうな粥の匂いが部屋を満たす頃には、驚くことに食欲まで戻っていた自分の身体が信じられずにいる。
「残してもいいですけど、少しでも食べてください。‥‥ここ数日、何も食べてなかったんでしょう。キッチンが大変なことになってましたよ」
 優しい声でお小言を続ける声に混じって、動き出した腹が驚くほどデカイ音を出す。
「‥‥はは‥」
 苦笑いしか出てこない。
「いいですよ、ゆっくり食べてください。俺は少し、あっちを片づけてきますから」
 珍しく声を荒げてしまったせいか、バツが悪そうに見せた後ろ姿が‥‥‥なんだか無性に、愛しくて。
「譲くん」
 感謝なんかしてないよ。
 こんな俺を君に見せたくなんかなかったんだよ。
 だけど‥‥。
「景時、さん‥?」
 ゴメンね。
 心の何処かで、君を心配させて喜んでる俺がいる。君を怒らせて泣かせたことに幸せになってる俺がいるんだよ。‥‥‥最低だね。

 引き寄せて抱きしめた腕の中。
「仕方のない‥‥人だなぁ」
 呆れたように、優しい声が笑った。


 バアン!!

 物凄い風に煽られて、何か大きなモノが窓を直撃したらしい。
 いつの間にか眠っていた俺は反射的に飛び起きて、強い腕に引き戻された。
「大丈夫ですよ‥‥もう少し眠ってください」
 あ‥‥。
 いつの間にそんなことになったのか、どうやら譲くんの腕の中で眠っていたみたい。
 いいのかな‥と顔を覗き込むと、少し照れて赤くなって。
 ギュッと抱き寄せてくれる。
「今日は俺の好きにさせてもらいます。貴方の場所は、ここです」
 ありがと、なんて掠れた声でお礼を言うのもなんだから、譲くんの胸に耳をつけてキュッと抱きしめてみた。
 トクン、トクン‥‥と、強く規則的な音に誘われるように瞼が下りて‥‥なんだか物凄く贅沢な休日を過ごしている気分になる。


 なんだか調子が狂うね〜。
 熱はすっかり引いて、身体は楽になったけど。
「少し楽になりましたか?‥‥それじゃ俺、何か食べ物を仕入れてきますね」
 あんまりベタベタに甘やかされて、今日は妙に甘えたな気分。
「行かないでよ‥‥ね、今日は傍にいて?」
 いいよね。
 君のせいだからね。
 クスクス笑って腰に絡みつくと、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔で言葉を失ってる。
「1日くらい食べなくても死なないよ〜。ね、譲くんが食べたいな」
「な、何を調子に乗っているんですかっ。そそそんなことをしたいなら、ちゃんと風邪を治してくださいっっ」
「治ったら、いいんだ?」
 わざと無邪気に「わーい♪」なんて抱きついたら、情けない溜息を吐いて頭を抱き返した。
「景時さん‥‥‥どうしちゃったんですか‥‥」
 だからさ。君のせいなんだってば。

 あんまり‥‥弱味をみせたくなかった。
 理由なんか考えてなかったけど、それはたぶん向こうの世界から引きずってきた、俺の弱点。‥‥もう、いいんだよね。たまにはこんな風に甘えてみても。
 君が、受け止めてくれる。
 だからたまには着込んでたものを全部降ろして、君に寄りかかってみたいな。

 ポツリポツリと呟いた言葉に、一瞬泣きそうな顔をして。
「あたりまえじゃないですか‥‥」
 俺を包みこんだ優しい腕が、困ったように呟いた。


 すっかり甘えた〜な気分だった俺は、譲くんの膝枕でTVを見て、食事の時は照れる譲くんに「あ〜ん」を強制して、その反応を見ては一々ご満悦だった。
「帰っちゃうの‥‥‥?」
 時計を気にしだした譲くんを抱きしめると、嬉しそうにフワッと笑って耳元にキスをくれる。
「さっき兄貴の携帯に外泊宣言しちゃいましたから‥‥帰る場所が、ないんです」
 悪戯っぽく笑う譲くんにキスの雨を降らせながら。
「ね‥‥‥高校を卒業したら、ここに帰ってこない?」
 こっちの世界に来てから、朧気に考えていたことを。
 だけど全部見せるには少し怖くて‥‥今日みたいに『強がりたい病』が出た時に、自分の首を絞めるような気がして、切り出せずにいたことを。
 音に乗せてみる。
「いいですよ」
 あっさりと言った譲くんに驚く俺を、真摯な眼差しが射抜いた。
「貴方を一人にしておく度胸が削がれました。‥‥今日だけじゃないでしょう。俺は今までに何度も、こんな貴方を見過ごしてきたんだ。そういうの‥‥もう、やめにしましょう」
 そっと重ねられた唇は、まるで何かの誓いのようで。

「俺は、もう二度と貴方を独りにしない」 

 添えられた台詞に、逆らう術など無かった。
「うん‥‥‥そうだね」
 それはまるで、一生添い遂げると神に誓う儀式のように。
 どんな愛の言葉より、深く‥‥。