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[翡幸]秘密の岩場

「っっ、なにを」
「黙って幸鷹、舌を噛むよ?」
 無理矢理に割り込む舌先を、噛み千切ってやろうかと思う。
 いつだってそうだ、この男は。
 我が儘で強引で‥‥そのくせ妙な所に聡い。
「からかったりしないよ。誘いたかったのだろう?」
「誰がっ」
「心当たりがないのならば、伊予の海で御祓はやめたまえ。私以外の輩に肌を見せる必要など無いだろう」
「貴様に見せる必要こそない」
「おや、見せたくないと?」
「当然だ!」
「それでは私は目を閉じたまま、この手で君を暴くとしよう」
「な‥‥‥‥」
 何を言うっっっっ。
「赤くなってる」
「なってないっ」
「目を閉じていてもわかるよ。‥‥いや、むしろ目を閉じていた方が解ることもある」
「‥‥っ?」
「知りたいの?」
「言ってみればいい」
「知りたいなら、一つだけ本当のことを言って?」
「本当の‥‥?」

「私を、愛していると」

[翡幸]甘い熱

「ん‥‥‥幸‥‥もっと‥」
 コトの後のせいか、珍しく幸鷹から唇を合わせてくるものだから、つい調子に乗ってみる。やれやれと言いたげに笑う顔が『とても嬉しそうだ』なんて口にしたら、君はどんな顔をするのだろうね。
 興味はある。
 だが、今は‥‥‥早く‥‥。
 スーッと目を細めると、吸い寄せられるように唇をついばんだ。
「お前はまるで、毒のある花のようだな」
 うん。その表現はいいね。
「ならば君は、そうと知って吸い寄せられる蝶といったところかな」
 馬鹿らしいと吐き捨てる唇と、私を抱き寄せる素直な腕。
 幸鷹、わかるかい?
 君は私が求める全てを、知らぬうちに満たしているのだよ。

[翡幸]オフィスラヴ

チャットから派生したネタ。
完全パラレルで現代設定のリーマン翡幸(笑)


 人は私をワンマン社長などと呼ぶ。
 別に仕事をしたくて続けているわけでもなし、金なら暮らすのに足りるほどあればいい。富も名声もいらない。
 それでも尚、この会社を保ち続けているのは‥‥。
「社長、書類は片づきましたか?」
 ノックも無しに入り込んで不適に笑っている、この私相手にそんなことを平気でやってのける男は、社内に‥‥いや世界に一人しかいない。
「息を付いていたところだよ。午後からは会議もあるのだろう? 大事な私が過労死したら、どうするつもりだい?」
「ご冗談を。私ならともかく、貴方が過労死? はん、片腹痛いというものですよ」
 これだ、これ。
 この非礼で傲慢な態度が、ここを一歩出た途端に『非の打ち所のない秘書』と改められる瞬間が、タマラナイ。
 この男と共にある以上、退屈とは無縁なのだろうね。
「だいたい貴方は『どうすれば楽をできるか』ということ以外、何も考えていない。とばっちりを喰らう社員の身にもなっていただきたいものだ」
 ブツブツと文句を言い続ける幸鷹を、後ろから少々乱暴に抱き寄せて柔らかい髪に口づけると、白けたように身を投げる。
「おや?抵抗しないのかい。このまま奪ってしまうよ?」
 幸鷹は皮肉気な瞳で振り返って、甘く唇を重ねた。
「それで仕事が回るなら、くれてやりますよ」
 罪深く鮮やかな笑顔。‥‥本当に君は退屈しない。
「安売りをするものではないよ」
 思わず苦い笑みがこぼれる。
 馬鹿なことを言っているのは私の方だ。それを強要する流れの中で、綺麗事など意味もないというのに。
「安売り?‥‥そうですね、貴方より使える男がいたら、さっさと乗り換えましょう」
 またそんな、私を甘やかすような事を言う。
「それでは頑張らないといけないねぇ」
「そうですよ、少しは真面目に‥‥‥んっ」

「頑張って、君をその気にさせておかないと」

[翡幸]欲張りな君

 欲張りな君。私には君だけというのに。
 人々の平和であったり、理想の実現であったり、神子殿の幸せであったり、君の望みは尽きることがない。…そもそも、ヒト一人の力で成し得ることなど幾らもないというのに。君は、諦めるということを知らない。
 優先順位を問えば間違えなく私を最後に据えるだろう、つれない人。
 少し安心しすぎてはいないかい?
 いつまでも邪険にしていれば、君から離れていくかもしれないよ?
 そんなことを言えば「今すぐにでも消えてしまえ」と、また、あの言葉とは裏腹な瞳で泣くのだろう。
 声を上げることなく、涙を流すことなく、泣くのだろう。
 まったく……困ったものだね。

 他人に固執するほど滑稽なことはない。
 自らの力で保てないそれを欲することは、船を風に任せるような愚考だ。
 気に入らなければ破棄する。執着など覚えない。こちらの都合で切り捨てる。それが私の流儀だというのに…。

 だから君が他人の意志に従って私の元を離れた時も、潮時かと思っていたよ。縁のないところに絆など生まれない。君が私を選ばないと云うのならば、それはそこまでの関係ということだ。
 私は君を選ばない。
 来る者を拒むことはあるが、去る者を追うことはない。

 それに私はね。他人に良いように使われて汚れていく君を、見たくなどなかったのだよ。宮中の汚物にまみれ、君が君の生き方を貫けなくなるその瞬間に、君が私を必要としてきたら……きっと私は君を捨てるだろう。本気でそう思った。
 君を愛しく想うからこそ、その輝きが失われてしまうのを許すことなどできない。
 私はね、君が思うよりも、ずっと姑息で狡い子供なのだよ。
 私を私と知ってはね除けた、あの強烈な眼差しが濁る瞬間を間近に見つめて、共に諦める。そんな選択肢は有り得ない。
 だから、私は君を捨てたのだ。
 はじめから無かったこととして、君という存在を『私の過去を飾った石の一つ』としてしまえば済むこと。…あの時は、本気でそう信じていた。
 君が消えても意外と何も感じないものだと笑えていたのは、あまりの喪失感で感覚の全てが麻痺していたからだと気付いたのは、季節を繰り返したのちのこと。
 正直、愕然としたね。
 君を忘れたのは、その喪失に耐えかねた胸が、頭の支持を仰がずに決めた延命措置のようなものだったのだと……突然、気付いた。
 そう。私は、君を、忘れていた。

 もう諦めてしまおうと決めた。
 君に勝つことも、築き上げた場所も、創り上げた私という人格も、全て諦めてしまおうと決めた。

 君を抱えるだけで手一杯だ。

 全て投げて逢いに来たというのに、つれない態度を取る君が……その態度とは別に、その言葉に逆らうように、どれほど素直な眼差しを向けてきたのか、君に教えるつもりはない。
 気付いていないのか……それとも、それで隠しているつもりなのか。いや、記憶を失ってしまったのかもしれない。私が焦がれるように、君が私に焦がれていることは、事実なのだから。

 どんな決意を抱いて生きてきたのか、どんな厳しい選択をしてきたのか、君の瞳は汚れることなく、君の理想は挫かれることなく、君は君のままで。
 縋りたかったのだろう。
 私という存在を、求めていたのだろう。
 ただ、恋しかったのだろう。
 抱きしめることも忘れて怒鳴りつけてきた君を、私が攫っていこう。
 この腕の中で休めばいい。
 好き勝手に言葉を吐いて涙を流して、全て私のせいにして。私だけが君に焦がれているのだと決めつけて。

 愛しい人。
 負けてあげるよ、君になら。

[翡幸]幸鷹独白

えーっと時期的には、国主の任をはたして、京に戻ることが決定した辺り(笑)ひー様に迫られて絆されかかった幸鷹の、半壊した自尊心ってとこかな。ゲラゲラ。


 万人に向けて艶を見せる、この男は許せない。
 だけどそれが自分のみに向いたとして……耐えられる理性が自分にあるものだろうか。そう思えば憎むべきは己の情欲となる。
 私の、情欲…?
 翡翠に向かう、欲…?
 認めてはならない。それは自分という存在全てを否定しても、決して認めてはならない熱。

 忘れてしまおう。全て忘れてしまおう。

 どのみち私は、この地から切り離される身。
 無理に進むことで、想いも心も…浜辺の砂のように、指からサラサラと零れ落ちたとしても。
 私の身体は大地に縛られている。
 あの男のように全てを捨てて生きる道など……私には。

 それともこの身を投げれば受け止めてくれるのだろうか。
 その腕の中に縛り付けて、私を縛する楔を引きちぎって、空疎な現実から攫って……。
 いけない。
 お前を視界に入れるだけで、私は私という器を信じられなくなる自分を感じてしまう。
 憎むべき存在。忌むべき存在。
 そうでないのなら、私の存在は許されないものとなるのだから。

 ……翡翠。お前など、この心から切り捨ててやる。

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