欲張りな君。私には君だけというのに。
人々の平和であったり、理想の実現であったり、神子殿の幸せであったり、君の望みは尽きることがない。…そもそも、ヒト一人の力で成し得ることなど幾らもないというのに。君は、諦めるということを知らない。
優先順位を問えば間違えなく私を最後に据えるだろう、つれない人。
少し安心しすぎてはいないかい?
いつまでも邪険にしていれば、君から離れていくかもしれないよ?
そんなことを言えば「今すぐにでも消えてしまえ」と、また、あの言葉とは裏腹な瞳で泣くのだろう。
声を上げることなく、涙を流すことなく、泣くのだろう。
まったく……困ったものだね。
他人に固執するほど滑稽なことはない。
自らの力で保てないそれを欲することは、船を風に任せるような愚考だ。
気に入らなければ破棄する。執着など覚えない。こちらの都合で切り捨てる。それが私の流儀だというのに…。
だから君が他人の意志に従って私の元を離れた時も、潮時かと思っていたよ。縁のないところに絆など生まれない。君が私を選ばないと云うのならば、それはそこまでの関係ということだ。
私は君を選ばない。
来る者を拒むことはあるが、去る者を追うことはない。
それに私はね。他人に良いように使われて汚れていく君を、見たくなどなかったのだよ。宮中の汚物にまみれ、君が君の生き方を貫けなくなるその瞬間に、君が私を必要としてきたら……きっと私は君を捨てるだろう。本気でそう思った。
君を愛しく想うからこそ、その輝きが失われてしまうのを許すことなどできない。
私はね、君が思うよりも、ずっと姑息で狡い子供なのだよ。
私を私と知ってはね除けた、あの強烈な眼差しが濁る瞬間を間近に見つめて、共に諦める。そんな選択肢は有り得ない。
だから、私は君を捨てたのだ。
はじめから無かったこととして、君という存在を『私の過去を飾った石の一つ』としてしまえば済むこと。…あの時は、本気でそう信じていた。
君が消えても意外と何も感じないものだと笑えていたのは、あまりの喪失感で感覚の全てが麻痺していたからだと気付いたのは、季節を繰り返したのちのこと。
正直、愕然としたね。
君を忘れたのは、その喪失に耐えかねた胸が、頭の支持を仰がずに決めた延命措置のようなものだったのだと……突然、気付いた。
そう。私は、君を、忘れていた。
もう諦めてしまおうと決めた。
君に勝つことも、築き上げた場所も、創り上げた私という人格も、全て諦めてしまおうと決めた。
君を抱えるだけで手一杯だ。
全て投げて逢いに来たというのに、つれない態度を取る君が……その態度とは別に、その言葉に逆らうように、どれほど素直な眼差しを向けてきたのか、君に教えるつもりはない。
気付いていないのか……それとも、それで隠しているつもりなのか。いや、記憶を失ってしまったのかもしれない。私が焦がれるように、君が私に焦がれていることは、事実なのだから。
どんな決意を抱いて生きてきたのか、どんな厳しい選択をしてきたのか、君の瞳は汚れることなく、君の理想は挫かれることなく、君は君のままで。
縋りたかったのだろう。
私という存在を、求めていたのだろう。
ただ、恋しかったのだろう。
抱きしめることも忘れて怒鳴りつけてきた君を、私が攫っていこう。
この腕の中で休めばいい。
好き勝手に言葉を吐いて涙を流して、全て私のせいにして。私だけが君に焦がれているのだと決めつけて。
愛しい人。
負けてあげるよ、君になら。