これは、食べ物…?
「すまない、地の朱雀。口に合わなかっただろうか…」
「あの……えっと…」
一生懸命作ってくれたイクティダールさんには悪いけど、お世辞を言って済ませられるレベルじゃない。
こんなのばっかり食べてたら、心が荒んじゃうよー!!
「もし、よろしかったら……僕が作りましょうか…?」
++ ヒトジチLife 2 ++
セフルがやたらと怒りっぽいのとか、シリンさんが常にヒステリックなのとか、アクラムが溜息ばっかりついてるのとか、全部コレが原因なんじゃないかって気がする。
マズイ。
不味いだけじゃなくて、栄養が偏りすぎてる。
油と炭水化物しか無いんじゃないかって思うような、ヘンテコなご飯。それを美味いとも不味いとも言わずに、黙々と口に入れて飲み下す食事。
この人達は、何かが変だ。
「鬼の一族って、ずっとこんなご飯を食べて生きてきたんですか?」
だとしたら、京が呪われるのは当然だよ…。
「いや…まだ集落が残っていた頃は、畑から穫れるものもあったのだが…」
言葉を濁すイクティダールさんが哀れに思えてならない。
異世界から来た天真先輩ですら、職をみつけて町で暮らすことができたくらいの世界。…確かに、羅城門で寝起きしていた子供達は、いつもお腹を空かせていたけど、それでも「人」だから、救われてたし助けられてた。……こんなに酷いものを口に入れてる人は、いなかったと思う。
土地を奪われる。
大地に根付いて生きてる人達にとって、それがどれくらい酷いことなのか、ちょっとだけ解った気がする。イノリくんが怒るわけだ。
だけど、イクティダールさんが追い出したわけじゃない。
「すまない……。山に入って肉を刈ることもできるのだが…」
うん。…京を襲うのに忙しくて、生活のために割く時間はなかったんだよね。少し薄暗い気分になりながら、イクティダールさんの肩をポンポンと叩く。
「食べられる草は見分けられますか?」
「いや……私には」
そういう役目を果たしていた人達がいなくなったから、こうなったのかもしれない。
「それじゃ僕を河原に連れていってください。教えます」
「それは…っ、……すまないが、君を解放することはできない…」
狼狽したイクティダールさんの叫びをさえぎるように、彼のボスの声が空気を割った。
「よい。……そやつは、逃げぬ」
「お館様っ」
どこから現れたのか、いつから覗いていたのか。
「そうであろう?…地の朱雀」
「…うん。今逃げる意味がないから」
視線が絡む。試すように誘うように見つめる瞳。
仮面……外してた方が、好きだな…。
「…早く戻れ」
「ハッ」
条件反射みたく返事をしたイクティダールさんを視界に入れず、僕を見てる。
返事してほしいのかな。
「うん。美味しいの作るから、待っててね」
結局イクティダールさんが釣ってくれた魚と、摘んできた野草でも、マシなものが作れることがわかった。自然の恵みってすごいな…。穀物は貯蓄があるみたいだし(どうやって手に入れたのか知らないけどね)明日からはイクティダールさんが材料を調達してくれるって言ってたから、作るだけでいいみたい。
アクラムは、美味しいとも不味いとも、やっぱり言わなかったけど……全部、食べてくれた。
セフルとシリンはずっと怒ってたけど、どうやら「お館様の命令だ」と言われて食べたみたい。……ふふっ。返ってきたお皿が舐めるようにキレイになってる。
美味しいものが嫌いな人なんか、いないよね?
「ご苦労なことだ」
呆れた声が真後ろから聞こえた。
「……余計なことを、とは、言わないんだね」
フッと鼻で笑いながら、冷たい指先が首を滑る。
「これ、洗い終わるまで待っててください」
「……知らぬ、な」
カチャカチャと食器を片付けていく。その動きに合わせるように、からかうように、アクラムの手が身体を滑って…。
「く……くすぐったい…っ」
首とか脇とか、触れる場所によっては、お皿を落としちゃいそうになる。
「ふ、あ…っ」
ヴァンパイアを思わせるような、首筋へのキス。
「やだ……やめて…」
クチュクチュ…と耳のそばで音がする。本当に血を吸われちゃいそうで、くすぐったくて……なんか変で……身を捩る。
いつの間に、部屋に飛んだのか。
押し倒された先が柔らかいベッドだったことに、ホッとしてる場合じゃなくて。
「アク…ラム……?」
「……黙れ」
身の下にある僕ごと、肩からかけていた大きめの衣で覆うと、無言で衣を解く。
何をされるのか判らないわけじゃない。どうするのか…どうなるのか、詳しいことは知らないけど……なるようにしか、ならないしね。
少し投げやりな気分で、いつの間にか仮面を外した顔を見つめていた。
キレイな顔。
天使と悪魔なら、悪魔の方が美しいんだって聞いたことがある。美しいから、人は間違えるんだって。イケナイと思っても、悪魔に魅入られるんだって。
なんとなく…わかる。
きっと、あかねちゃんは天使だ。いつも前向きで頑張ってて優しくて可愛くて…、僕を導いてくれる天使。
だけど、僕は。
不安定で後ろ向きで冷たくて、悲しい、この人をこそ守りたいと思ってる。
それが罪なら…罪の中にこそ堕ちたいと。
「目を閉じていろ。最初は、どうあろうが辛い…」
気が遠くなるほどの痛みと苦しみが襲いかかってきた。それでも…悲鳴をあげちゃダメだ。きっと彼が、セフルが扉の向こうで涙を流してるから。
「……ぐぅ…っ」
奥歯を噛みしめて苦痛に耐える僕を、楽しげに見つめる瞳。
残忍で冷ややかな視線。
遠くなる意識の中でボンヤリと、思った。