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[アク詩]ヒトジチLife 2

 これは、食べ物…?

「すまない、地の朱雀。口に合わなかっただろうか…」
「あの……えっと…」
 一生懸命作ってくれたイクティダールさんには悪いけど、お世辞を言って済ませられるレベルじゃない。
 こんなのばっかり食べてたら、心が荒んじゃうよー!!

「もし、よろしかったら……僕が作りましょうか…?」

 

++ ヒトジチLife 2 ++

 

 セフルがやたらと怒りっぽいのとか、シリンさんが常にヒステリックなのとか、アクラムが溜息ばっかりついてるのとか、全部コレが原因なんじゃないかって気がする。
 マズイ。
 不味いだけじゃなくて、栄養が偏りすぎてる。
 油と炭水化物しか無いんじゃないかって思うような、ヘンテコなご飯。それを美味いとも不味いとも言わずに、黙々と口に入れて飲み下す食事。
 この人達は、何かが変だ。
「鬼の一族って、ずっとこんなご飯を食べて生きてきたんですか?」
 だとしたら、京が呪われるのは当然だよ…。
「いや…まだ集落が残っていた頃は、畑から穫れるものもあったのだが…」
 言葉を濁すイクティダールさんが哀れに思えてならない。
 異世界から来た天真先輩ですら、職をみつけて町で暮らすことができたくらいの世界。…確かに、羅城門で寝起きしていた子供達は、いつもお腹を空かせていたけど、それでも「人」だから、救われてたし助けられてた。……こんなに酷いものを口に入れてる人は、いなかったと思う。
 土地を奪われる。
 大地に根付いて生きてる人達にとって、それがどれくらい酷いことなのか、ちょっとだけ解った気がする。イノリくんが怒るわけだ。
 だけど、イクティダールさんが追い出したわけじゃない。
「すまない……。山に入って肉を刈ることもできるのだが…」
 うん。…京を襲うのに忙しくて、生活のために割く時間はなかったんだよね。少し薄暗い気分になりながら、イクティダールさんの肩をポンポンと叩く。
「食べられる草は見分けられますか?」
「いや……私には」
 そういう役目を果たしていた人達がいなくなったから、こうなったのかもしれない。
「それじゃ僕を河原に連れていってください。教えます」
「それは…っ、……すまないが、君を解放することはできない…」
 狼狽したイクティダールさんの叫びをさえぎるように、彼のボスの声が空気を割った。
「よい。……そやつは、逃げぬ」
「お館様っ」
 どこから現れたのか、いつから覗いていたのか。
「そうであろう?…地の朱雀」
「…うん。今逃げる意味がないから」
 視線が絡む。試すように誘うように見つめる瞳。
 仮面……外してた方が、好きだな…。
「…早く戻れ」
「ハッ」
 条件反射みたく返事をしたイクティダールさんを視界に入れず、僕を見てる。
 返事してほしいのかな。

「うん。美味しいの作るから、待っててね」

 結局イクティダールさんが釣ってくれた魚と、摘んできた野草でも、マシなものが作れることがわかった。自然の恵みってすごいな…。穀物は貯蓄があるみたいだし(どうやって手に入れたのか知らないけどね)明日からはイクティダールさんが材料を調達してくれるって言ってたから、作るだけでいいみたい。
 アクラムは、美味しいとも不味いとも、やっぱり言わなかったけど……全部、食べてくれた。
 セフルとシリンはずっと怒ってたけど、どうやら「お館様の命令だ」と言われて食べたみたい。……ふふっ。返ってきたお皿が舐めるようにキレイになってる。
 美味しいものが嫌いな人なんか、いないよね?

「ご苦労なことだ」
 呆れた声が真後ろから聞こえた。
「……余計なことを、とは、言わないんだね」
 フッと鼻で笑いながら、冷たい指先が首を滑る。
「これ、洗い終わるまで待っててください」
「……知らぬ、な」
 カチャカチャと食器を片付けていく。その動きに合わせるように、からかうように、アクラムの手が身体を滑って…。
「く……くすぐったい…っ」
 首とか脇とか、触れる場所によっては、お皿を落としちゃいそうになる。
「ふ、あ…っ」
 ヴァンパイアを思わせるような、首筋へのキス。
「やだ……やめて…」
 クチュクチュ…と耳のそばで音がする。本当に血を吸われちゃいそうで、くすぐったくて……なんか変で……身を捩る。

 いつの間に、部屋に飛んだのか。
 押し倒された先が柔らかいベッドだったことに、ホッとしてる場合じゃなくて。
「アク…ラム……?」
「……黙れ」
 身の下にある僕ごと、肩からかけていた大きめの衣で覆うと、無言で衣を解く。
 何をされるのか判らないわけじゃない。どうするのか…どうなるのか、詳しいことは知らないけど……なるようにしか、ならないしね。
 少し投げやりな気分で、いつの間にか仮面を外した顔を見つめていた。
 キレイな顔。
 天使と悪魔なら、悪魔の方が美しいんだって聞いたことがある。美しいから、人は間違えるんだって。イケナイと思っても、悪魔に魅入られるんだって。
 なんとなく…わかる。
 きっと、あかねちゃんは天使だ。いつも前向きで頑張ってて優しくて可愛くて…、僕を導いてくれる天使。
 だけど、僕は。
 不安定で後ろ向きで冷たくて、悲しい、この人をこそ守りたいと思ってる。
 それが罪なら…罪の中にこそ堕ちたいと。
「目を閉じていろ。最初は、どうあろうが辛い…」
 気が遠くなるほどの痛みと苦しみが襲いかかってきた。それでも…悲鳴をあげちゃダメだ。きっと彼が、セフルが扉の向こうで涙を流してるから。
「……ぐぅ…っ」
 奥歯を噛みしめて苦痛に耐える僕を、楽しげに見つめる瞳。
 残忍で冷ややかな視線。
 遠くなる意識の中でボンヤリと、思った。

 アクラムの瞳はキレイだな……って。
 
 
 
 
 
 
 
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[アク詩]ヒトジチLife 1

「アクラム……僕が、人質になるよ」
「詩紋!!」
「詩紋くんっ」
 とても、静かな気持ちだった。
「ほう……地の朱雀、お前か…」
 面白いものでも見るように薄く細められる目を、真っ直ぐに見つめかえす。
「うん。…だから、あかねちゃんを離して」

 

++ ヒトジチLife 1 ++

 

 返事を聞かずに前へ出る。
「詩紋っ、罠だ。戻れっ!!」
 天真先輩の血を吐くような叫び声に、振り返って笑いかける。
「お札も取り返したし、朱雀の加護も戻ってる。もう僕がいなくても大丈夫だよ。あかねちゃんを……守って」
 手に届く位置まで近寄れば、謀ることなく彼女を解放して僕の手を取る。
 一瞬の耳鳴り。
 瞬きをする間に飛んできた鬼の結界の中で、いきなり僕を抱きしめた貴方は……泣いているように、みえた。
「なぜ私を信じた」
 独り言のように呟いたソレは、僕に向けてるものじゃない。
 貴方が、貴方自身に向けている問い。
 なんで龍神の神子を手放して、僕の手を取ったのか……もしかすると本当に解らないのかもしれない。
「知っていたから」
 貴方が知らない貴方の望みが、僕には見える。解っているから恐怖だって感じない。……僕は、今の貴方が怖くないんだ。
 龍神の神子。京。一族の望み。本当の貴方は何も望んでいないのに……ただ、愛されたかっただけなのに。
 愛される術を知らない人だから。
「ふん。生意気な口をきくな」
 異形の姿を隠しながら京の街を歩いていた時。八葉としての役目に悩んで、静かな場所に逃げ込んだ時。使命に燃えて走り回っていた時。何度も目の前に現れた貴方と、何度も言葉を交わした。
 どうして僕の前に現れるの…?
 答えをくれるはずがなかったから、自分で考えた。ずっと……今日までずっと、一人で考えてきた。
 腕を解いて、少し離れた所に腰を下ろした後ろ姿。
 僕に、何を求めているの…?
 龍神の神子でもない。一族の切望でもない。権力でもお金でも力でもない。
 たった一つ……貴方が求めているもの。
 それが手に入らなかったから、全てを壊そうとしてた。
「アクラム……」
 貴方を表す記号を言ノ葉に乗せて、後ろからギュッと抱きしめる。
「……っ」
 苦しげに身を捩るくせに、本気で逃げようとしないのは……どうして?

 僕が、貴方を、手に入れてあげる。

「僕をあげるよ」
 この命ごと全部差し出して、抱きしめて、包んであげる。
 貴方が抱える飢えも渇きも……なんでかな、僕には見える気がするんだ。
「全部、あげるよ」
 不機嫌そうな顔をして宙を睨んでいるくせに、言葉を失くしている貴方が、すごく愛しい。
「…………おもしろい」
「うわっ」
 クツクツと仮面の下の顔が笑い声を立てて、僕を振り払うように立ち上がると、その腕の中に囚われた。
 カラン…。
 仮面が地面に触れる音を、どこか遠くで聞きながら。
「………ん…っ」
 それは、熱くて甘くて乱暴なキス。
 ちょっとビックリした。
 キスされたことより、それを嫌だと思わない自分に。
 僕は……どうしちゃったんだろう。
 身を任せて好きなように嬲られながら、少しドキドキしてる。
 抱きしめたいな…。
 囚われて自由のきかない腕を、なんとか背中に回してキュッとしがみつく。
 長く長く……目の前がボーッとして何も見えなくなるくらい、すごく長い間、キスされて。その身体が離れた時にはもう、立っていることすらできなかった。
 ペタンと座り込んだ僕の耳元で、残酷な笑い声が響く。
「全てを差し出すのだろう?……これで終わるなどとは思わないことだ。地の朱雀…」
 言葉の響きと裏腹に、抱き上げる腕は…。
「優しい……くせに」
 呟いた言葉を鼻で笑って、そっとベッドのような所に降ろすと、部屋から出ていってしまった。

「もしかして……照れてるの、かな?」
 まだちょっと掴めない。

 

 これからここで、僕の人質生活が始まる…。
 
 
 
 
 
 
 
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[友鷹]ヒメハジメ

『共に年を越しながら、読経でもしないかい?』

 珍しいお誘いもあったものだと、少し驚いた。
 頭から疑ってかかるのはいけないと思いつつも、読経などといって、また、私をからかうおつもりなのではないかと。意地の悪い笑みを浮かべて『本気にしたのかい?』などと宣うつもりではなかろうかと、思っていた。
 まさか本気で百八つの鐘の間、読経を続けるとは。

 

 ……期待、していた?

 

 鐘の音が三十を過ぎた頃、ふと気付く。
 煩悩に駆られているのは自分自身なのではないのかと。
 鐘の音が六十を過ぎた頃、想いに沈む。
 友雅殿は私の望みを知った上で、ただそれを叶えてくださっていたのではないかと。
 鐘の音が九十を過ぎた頃、解放される。
 それを愛と説くのならば……私こそ、貴方に捧げていたい。貴方が求める愛を解いて、貴方を包み込める存在となれるように。
 それこそが、私の望み。

 百八つの鐘を過ごし、読経を終えた友雅殿は…神聖な空気を纏うように見える。
 二人だけの年越し。
 それをこんなにも静かな気持ちで迎えられるとは、なんと幸せなことだろう。

「鷹通。話をしようか」
 僅かに首を傾げる仕草が優しくて、ついフラフラと身を寄せてしまう。
 煩悩を祓ったばかりだというのに……。
 煩悩を……、…?
 背に回された友雅殿の手に抗えない力を感じて顎を反らすと、唐突に唇を奪われた。
 それは深く激しい接吻。
 息をすることすら忘れそうなほど、とろけるような悩ましい交わり。
「友雅殿!?」
 ようやく解放され、腕の中で問いただすと、いつも以上に底意地の悪い笑顔でニコリと笑う。
「どうしたんだい、鷹通。無事に年を越せたというのに……何を愁うことがある」
「どうした…ということはないでしょう。たった今、煩悩を祓い、清らかな心持ちとなったばかりではないのですか」
 おや?
 しれっと笑う小憎らしいほどの余裕顔が、不安を煽る。
「当然だろう。行く年の煩悩を持ち越してはいけない。煤払いと同じでね、一年に一度くらいは真っ新になる必要があるからだよ。解っているだろう?」
「……ふ…ぅ、…ハ…ッ」
 人生を説くように滑らかな言葉を放ちながら、その手は快楽の炎を煽っていく。
 わけがわからない。
「そうだね。お喋りはやめて、啼いていればいい。すぐに私もそちらにいくよ」
「んぁ…っ」
 高まる塊を握り込まれて襟元に縋ると、よしよしと云うように背中をさする腕。……ああ、どうして、こんなことになるのか解らない。
「まだ腑に落ちないといった風情だね。解らないかい。これまでの煩悩は捨て去る必要がある」
 少し乱暴に着物を乱して、固く貫かれる。
「はあっ」
「この欲は、一度静まった心に、たった今、新たに沸き上がるものだからね。……また一年は連れ添って生きていくのだよ」
 何度も何度も突き上げながら、荒い息づかいで囁き続ける。
「…っ。……もっとも君と生きる限り、欲望は尽きることを知らないままだろうがね…。……ぁ…っ」
 その声に思考を焼かれ、腕の中に堕ちていく。

 

 期待、していた…。

 それはきっと私だけの望みではなく、貴方の心にも適った望みであることを。
 独りよがりではなく、通い合う希望であることを。

 私は、貴方を愛して…求めてよいのですね。……友雅殿。
 
 
 
 
 
 
 
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正月早々、パタパタと家事をこなしていたら、頭の中でイチャイチャし始めましたよ、このバカップル(馬鹿は俺だよ)そんなわけで「百八つの鐘を聞いた所で煩悩の元凶が傍に居ちゃあ、意味がないよね」なんてクダラナイ妄想でございました。あー書いてて楽しかった(笑)

[友鷹]落とし人

○道端に「友雅」が落ちていた。

(倒れてたんじゃなくて、落ちてた……てことは。)


 長いコートの裾を少し地面に伸ばして、しゃがみこむ姿。
 気分でも悪いのかと顔を覗き込むと、目が合って、ジッと見つめてくる。
「どうかしましたか」
「どうもしないよ。ただ、落ちてるんだ。……拾ってみるかい?」
 落ちているのか。
「落とし物なら、警察に届けましょうか」
「落とし物ではないよ。私はモノではないからね」
 落とし人と言うのもおかしいですね。……迷子?いや、迷っているわけでもないでしょう。
「行くあてがないのですか」
「そうだね」
「それでは、私が拾わなければ?」
「さあ…。このまま落ちているしかないかな」
 それは、あまりにも不憫というもの。
「拾っていきましょうか」
「そうするといい。……飽きたら、捨てなさい」
 ずいぶんと物騒なことを仰る。
 しかし『絶対に捨てない』などと豪語して、いつか期待を裏切る事にならないとは言い切れない。……この世に、絶対などというものは存在しないのだから。
「それは今考えるべき事ではないでしょう」
 差し出した手に絡みつく、冷たい指先。

 ともあれ。温めて差し上げたいと……今は、それだけを。


○「友雅」は実は人間じゃなかった模様。

「人間ではない…?」
 またそんな、無茶を言う。
「人間でなければ、問題があるかい?」
 姿形は、人かと思われる。言葉も不自由なく喋る。それでも人ではない、何か。
「問題は……ありませんが」
「ん?」
「人と違う部分を、知りたいと……言っては、いけませんか」
 あまりにも気になる。
「ふふ」
「何かおかしな事を言いましたか」

「いや?……知りたいのなら、今夜にでも、ね?」


○「友雅」があなたの為に料理を作ってくれました。そのメニューとは?

「そういえば、料理はできますか」
「まさか」
 楽しげに、ふふふ、などと笑っている場合ではない。
「それでは覚えてください。私が外出している時に腹を空かしているようでは困ります」
 米のとぎ方。味噌汁の作り方。簡単な卵料理。
 怖ろしく覚えが早い上に、料理のセンスがある様子で……すぐに教えることがなくなってしまった。

 昼を過ぎた頃、携帯に電話がかかってくる。
「今日の帰りは何時頃だい?美味しそうな秋刀魚が手に入ったからね。大根と炊こうかと思うのだが」
「そうですか……それでは、6時前には帰りたいと思います」
「では、用意しておくよ。あまり根を詰めないようにね」
 こんな何気ない会話が嬉しくて、……つい、甘えてしまう。
 そんなつもりで教えたワケではなかったのですが…。

 今日の献立は、大根の秋刀魚炊き・炒め豆腐・春菊のおひたし・キノコご飯。


○ある日あなたが帰宅すると「友雅」がベッドに横たわっていました。慌てるあなたを見て『好きにして』と一言。

「………また、発作ですか」
 妖艶な笑顔で誘うから、つい手を出してしまいそうになる。
 いけない。
 これが貴方の意志であるかも解らないのに。
「発作などではないよ……私は、君が欲しいと言っているだけだ」
 また、そんな切ない顔をする…。
「落ち着くために必要ならば協力はします。ですから、お戯れはおやめください」
 心臓が胸の皮を突き破りそうなほど…。
 いけない。
 動揺している。
 切なげな流し目に囚われて、そのまま流されてしまいたくなる。
「戯れなどではないよ。……君が欲しい。それとも人ではない私は、君と結ばれることなど叶わないのか」
「そんな理由では……ありません」
 人ではないヒト。
 夜にだけ咲く花のように、美しい姿で私を魅了する……それ。
「温かな食事も屋根のある部屋も、私の体温を上げることはできないのだよ。…もう、解っているのだろう」
 艶やかな声。滑らかなほどの誘い文句。息苦しい恋情。
 流されてしまいたくはない。
 ……いっそ、流されてしまいたい。
 それが貴方を汚すことにならないのならば…。
「ただ、抱きしめているだけではいけませんか」
 温もりが欲しいなら、せめて私の熱を貴方へと分けたい。
「君が私を受け入れたくないというのならば……どうか、私を捨ててはくれないかい」
 どうして、そんなに切ないことを言う…。

 フラフラと吸い寄せられるように、膝の上に腰掛ける。
「私には、どうしてよいのか…わからないのですよ」
 貴方に触れたいと思う。
 ただ、それしか。
「私は君に触れてもいいのかな」
「ええ」
 触レテクダサイ…。
「私に身を任せてくれるのかい」
「ええ」
 全テヲ……攫ッテ、クダサイ…。

「ならば全てを教えてあげるよ。私の全てを。…そして、君の全てをね」


○記憶喪失の「友雅」が目の前にいます。どうする?

「記憶を失ってしまいましたか…」
 不自然なことをするからだ。
 交わる必要など無い、人口の命。プログラムされた命。
 交わることで人は相当な快楽を得られるが、それは彼の中にバグを起こす悪因となる。
 知って……いたのに…。

 何も知らず、無邪気に手を伸ばす貴方。私が貴方を壊した犯人とも知らず、小鳥が親鳥を判別するかのように……目の前にいた私を求める貴方。
 この手を振り払うことなど…。
「よく聞いてください。…貴方の名前は、友雅」
「友雅というのだね」
「ええ。バグの修正までに、どれくらいかかりそうですか」
 言葉を失わないということは、自己修復プログラムが備わっているようだ。
 ならば私の罪も、いつか思い出すのだろう。

 どうか……どうか、早く私を捨てて。

「修復は完了したよ。名前が鍵になっているからね。……さあ、続きをしよう」
「はっ?」
 修復、完了………?
「……ああ。知らなかったのかい。マスター以外の人間と交わることで、バグを起こす不完全な存在なのだが」
 言いながら伸べる腕に、腰を絡め取られる。
「君が私に名を与えてくれた……もう、何の問題もないのだよ。愛しい人」
 そんな、話は。
「これからは君が私の唯一の人。…朝も昼も夜も、君を離さない」
 きいて、いない。

「…………愛しているよ。私は、君のものだ」



そんなわけで、ちょっとSFチックに仕上げてみました。
ちょっとは赤面モノに仕上がっていたかね( ̄▽ ̄)ニヒッ

[友鷹]領域

 珍しくたて込んだ仕事に翻弄され、気付けば夜も白々と明けている。
 通い慣れた屋敷へと足を運ぶ暇もなく…寂しい想いをさせてしまっただろうか。…いや、寂しいのは私の方なのかもしれない。あの人が私を恋うて「寂しい」などと言ってくれるのならば、今からでも……次の夜明けを見るまでも、抱きしめ続けていたいと願うのに。
 普段通り出仕してきた者へと引継を済ませる途中、女妾から静かな視線を頂いた。

 それは、公の書類とは別口で、静かに届いた文。

 まるで恋文を運ぶかのような経路で……だがしかし、開いてみるとそれは、治部省の堅物【藤原鷹通】…非公開の役職で私の対を勤める【天の白虎】であり、もう少し非公開の話になれば、私の【恋人】でもある、身堅い男からの文であった。
 鷹通からの文など珍しくもない。……しかし、なんだろう、この違和感は。あの男からの文ならば、さりげなく公務の書類を匂わせる形で舞い込んでくるのが常であった。
 そこには素っ気ない書跡で、今すぐに会いに来いという内容の詩が記されている。

 珍しいを通り越して、不安に駆られる。
 これが本人の意志としても、何か別の意図があるにしても、あまりにも不自然だ。……あの男の有り様からは、想像すらできない。

 鷹通…?

 勝手知ったる他人の屋敷を忍び歩く。
 文机の部屋を通り越して、寝室として使う部屋に滑り込むと、ぼんやりと夜着を纏った鷹通の姿が…。
「これは、お早いお着きで」
 どうしたというのだろう。他人を見るような冷ややかな視線が、服の裾を見つめている。
「……具合でも悪いのかい」
 口の中が乾くのは、緊張しているせいだろうか。
 鷹通が何かに怒っているように見える。…そしてこの男がこんな顔をする時は、私の方に落ち度があると…なぜだか、そんな心持ちになる。
「いえ、体の調子は悪くありません」
 ならばどうして、夜着の中に身を沈めたまま、動こうともしないのか。
 傍に寄り、片膝を着こうとした刹那、低く厳しい声が響いた。
「こないでください…っ」

 涙も流さずに、泣いている姿。
 何が君をそこまで追い詰めたのか、見当もつかない。
 夜毎、逢瀬を重ねて…その身体も心も知り尽くした気持ちになっていた。それは私の奢りだというのか。
 来ないでほしいと泣くのならば、なぜ私を呼んだのか。

 続く言葉の響きを怖れて、その領域を踏み越える。
 言霊を紡ぐことなく夜着ごと抱きしめた、その腕の中で…小さな呻き声のようなものが、意味のある言葉を紡いでいた。
「もう……お別れしたいのです」
 何故だろう、そんな言葉を聞く気がしていた。
 今までに何度も聞いた、恋の終わり。
 だがしかし、過去の恋のように言葉のまま受けることも、ましてや聞き流すこともできはしない。……どうして、こんなに本気になってしまったのか。失うことが怖いのならば、何も愛さなければいい…誰も心の奥底に住まわせなければいい。それが解っていながら、なぜ、この男を抱いたのだろう。
「離すことなどできないと、わかっているくせに…」
 どうにかしぼり出した声は、自分で聞いたことのない程に掠れて枯れていた。
「貴方の都合は知りません。…私は、これ以上、己を失いたくはないのです」
 己を、失う?
「恋いに狂い、泣き暮らすような…まるでか弱い女のような、そんな自分を認めるのは、もう嫌なのです。仕事も手に着かず、貴方を待ち侘びて…これほどまでに己を厭わしいと思ったことは、過去になかった」
 驚くほど熱い言葉を聞きながら、そっと夜着を覗き込めば、桃色に染まった肩先が震えている。
 ……何も着けていない。
 それが鷹通を苦しめた業であることは、解った。
「それでも。……君を苦しめると解っていても、諦めることなどできないと。私の答えは知っているのだろう?」
 苦しいのだと。なんとかしてほしいのだと。……限界だったのだろう。鷹通がこんなに素直に甘えてくるとは思わなかった。
 取り乱してすがりそうになった自分を……否、そんな姿を晒してしまえなくて、焦がれる心ごと切り捨ててしまいそうになった私を、鷹通の弱さが救った。
 ずっと一緒だと。
 そんな誓いを立てることが、これほど難しいとは考えてもみなかった。
「君が欲しい」
 今の私に言えるのは、そんな小さな言葉だけだと。

 だから、夏も秋も冬も……ふたたび巡る春も、躊躇うことなく君を抱き寄せよう。
 この腕の中へ。…君が帰るべき場所へ。
 
 
 
 
 
 
 
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譲葉が晒した萌え絵に、見事なまでに食いつきました。
→イラスト【恋いる領域】
鷹通が壊れてますが、これはアレなんですよ、あの「書斎」辺りから連なる流れで、鷹通が「疼く」という状態を覚えてしまいまして。自分でしちゃって罪悪感で死にかけてるというか(笑)壊したのは確実に友雅なので、責任持って鎮めてあげてくださいねー。ワクワク

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