○道端に「友雅」が落ちていた。
(倒れてたんじゃなくて、落ちてた……てことは。)
長いコートの裾を少し地面に伸ばして、しゃがみこむ姿。
気分でも悪いのかと顔を覗き込むと、目が合って、ジッと見つめてくる。
「どうかしましたか」
「どうもしないよ。ただ、落ちてるんだ。……拾ってみるかい?」
落ちているのか。
「落とし物なら、警察に届けましょうか」
「落とし物ではないよ。私はモノではないからね」
落とし人と言うのもおかしいですね。……迷子?いや、迷っているわけでもないでしょう。
「行くあてがないのですか」
「そうだね」
「それでは、私が拾わなければ?」
「さあ…。このまま落ちているしかないかな」
それは、あまりにも不憫というもの。
「拾っていきましょうか」
「そうするといい。……飽きたら、捨てなさい」
ずいぶんと物騒なことを仰る。
しかし『絶対に捨てない』などと豪語して、いつか期待を裏切る事にならないとは言い切れない。……この世に、絶対などというものは存在しないのだから。
「それは今考えるべき事ではないでしょう」
差し出した手に絡みつく、冷たい指先。
ともあれ。温めて差し上げたいと……今は、それだけを。
○「友雅」は実は人間じゃなかった模様。
「人間ではない…?」
またそんな、無茶を言う。
「人間でなければ、問題があるかい?」
姿形は、人かと思われる。言葉も不自由なく喋る。それでも人ではない、何か。
「問題は……ありませんが」
「ん?」
「人と違う部分を、知りたいと……言っては、いけませんか」
あまりにも気になる。
「ふふ」
「何かおかしな事を言いましたか」
「いや?……知りたいのなら、今夜にでも、ね?」
○「友雅」があなたの為に料理を作ってくれました。そのメニューとは?
「そういえば、料理はできますか」
「まさか」
楽しげに、ふふふ、などと笑っている場合ではない。
「それでは覚えてください。私が外出している時に腹を空かしているようでは困ります」
米のとぎ方。味噌汁の作り方。簡単な卵料理。
怖ろしく覚えが早い上に、料理のセンスがある様子で……すぐに教えることがなくなってしまった。
昼を過ぎた頃、携帯に電話がかかってくる。
「今日の帰りは何時頃だい?美味しそうな秋刀魚が手に入ったからね。大根と炊こうかと思うのだが」
「そうですか……それでは、6時前には帰りたいと思います」
「では、用意しておくよ。あまり根を詰めないようにね」
こんな何気ない会話が嬉しくて、……つい、甘えてしまう。
そんなつもりで教えたワケではなかったのですが…。
今日の献立は、大根の秋刀魚炊き・炒め豆腐・春菊のおひたし・キノコご飯。
○ある日あなたが帰宅すると「友雅」がベッドに横たわっていました。慌てるあなたを見て『好きにして』と一言。
「………また、発作ですか」
妖艶な笑顔で誘うから、つい手を出してしまいそうになる。
いけない。
これが貴方の意志であるかも解らないのに。
「発作などではないよ……私は、君が欲しいと言っているだけだ」
また、そんな切ない顔をする…。
「落ち着くために必要ならば協力はします。ですから、お戯れはおやめください」
心臓が胸の皮を突き破りそうなほど…。
いけない。
動揺している。
切なげな流し目に囚われて、そのまま流されてしまいたくなる。
「戯れなどではないよ。……君が欲しい。それとも人ではない私は、君と結ばれることなど叶わないのか」
「そんな理由では……ありません」
人ではないヒト。
夜にだけ咲く花のように、美しい姿で私を魅了する……それ。
「温かな食事も屋根のある部屋も、私の体温を上げることはできないのだよ。…もう、解っているのだろう」
艶やかな声。滑らかなほどの誘い文句。息苦しい恋情。
流されてしまいたくはない。
……いっそ、流されてしまいたい。
それが貴方を汚すことにならないのならば…。
「ただ、抱きしめているだけではいけませんか」
温もりが欲しいなら、せめて私の熱を貴方へと分けたい。
「君が私を受け入れたくないというのならば……どうか、私を捨ててはくれないかい」
どうして、そんなに切ないことを言う…。
フラフラと吸い寄せられるように、膝の上に腰掛ける。
「私には、どうしてよいのか…わからないのですよ」
貴方に触れたいと思う。
ただ、それしか。
「私は君に触れてもいいのかな」
「ええ」
触レテクダサイ…。
「私に身を任せてくれるのかい」
「ええ」
全テヲ……攫ッテ、クダサイ…。
「ならば全てを教えてあげるよ。私の全てを。…そして、君の全てをね」
○記憶喪失の「友雅」が目の前にいます。どうする?
「記憶を失ってしまいましたか…」
不自然なことをするからだ。
交わる必要など無い、人口の命。プログラムされた命。
交わることで人は相当な快楽を得られるが、それは彼の中にバグを起こす悪因となる。
知って……いたのに…。
何も知らず、無邪気に手を伸ばす貴方。私が貴方を壊した犯人とも知らず、小鳥が親鳥を判別するかのように……目の前にいた私を求める貴方。
この手を振り払うことなど…。
「よく聞いてください。…貴方の名前は、友雅」
「友雅というのだね」
「ええ。バグの修正までに、どれくらいかかりそうですか」
言葉を失わないということは、自己修復プログラムが備わっているようだ。
ならば私の罪も、いつか思い出すのだろう。
どうか……どうか、早く私を捨てて。
「修復は完了したよ。名前が鍵になっているからね。……さあ、続きをしよう」
「はっ?」
修復、完了………?
「……ああ。知らなかったのかい。マスター以外の人間と交わることで、バグを起こす不完全な存在なのだが」
言いながら伸べる腕に、腰を絡め取られる。
「君が私に名を与えてくれた……もう、何の問題もないのだよ。愛しい人」
そんな、話は。
「これからは君が私の唯一の人。…朝も昼も夜も、君を離さない」
きいて、いない。
「…………愛しているよ。私は、君のものだ」
そんなわけで、ちょっとSFチックに仕上げてみました。
ちょっとは赤面モノに仕上がっていたかね( ̄▽ ̄)ニヒッ