「アクラム……僕が、人質になるよ」
「詩紋!!」
「詩紋くんっ」
とても、静かな気持ちだった。
「ほう……地の朱雀、お前か…」
面白いものでも見るように薄く細められる目を、真っ直ぐに見つめかえす。
「うん。…だから、あかねちゃんを離して」
++ ヒトジチLife 1 ++
返事を聞かずに前へ出る。
「詩紋っ、罠だ。戻れっ!!」
天真先輩の血を吐くような叫び声に、振り返って笑いかける。
「お札も取り返したし、朱雀の加護も戻ってる。もう僕がいなくても大丈夫だよ。あかねちゃんを……守って」
手に届く位置まで近寄れば、謀ることなく彼女を解放して僕の手を取る。
一瞬の耳鳴り。
瞬きをする間に飛んできた鬼の結界の中で、いきなり僕を抱きしめた貴方は……泣いているように、みえた。
「なぜ私を信じた」
独り言のように呟いたソレは、僕に向けてるものじゃない。
貴方が、貴方自身に向けている問い。
なんで龍神の神子を手放して、僕の手を取ったのか……もしかすると本当に解らないのかもしれない。
「知っていたから」
貴方が知らない貴方の望みが、僕には見える。解っているから恐怖だって感じない。……僕は、今の貴方が怖くないんだ。
龍神の神子。京。一族の望み。本当の貴方は何も望んでいないのに……ただ、愛されたかっただけなのに。
愛される術を知らない人だから。
「ふん。生意気な口をきくな」
異形の姿を隠しながら京の街を歩いていた時。八葉としての役目に悩んで、静かな場所に逃げ込んだ時。使命に燃えて走り回っていた時。何度も目の前に現れた貴方と、何度も言葉を交わした。
どうして僕の前に現れるの…?
答えをくれるはずがなかったから、自分で考えた。ずっと……今日までずっと、一人で考えてきた。
腕を解いて、少し離れた所に腰を下ろした後ろ姿。
僕に、何を求めているの…?
龍神の神子でもない。一族の切望でもない。権力でもお金でも力でもない。
たった一つ……貴方が求めているもの。
それが手に入らなかったから、全てを壊そうとしてた。
「アクラム……」
貴方を表す記号を言ノ葉に乗せて、後ろからギュッと抱きしめる。
「……っ」
苦しげに身を捩るくせに、本気で逃げようとしないのは……どうして?
僕が、貴方を、手に入れてあげる。
「僕をあげるよ」
この命ごと全部差し出して、抱きしめて、包んであげる。
貴方が抱える飢えも渇きも……なんでかな、僕には見える気がするんだ。
「全部、あげるよ」
不機嫌そうな顔をして宙を睨んでいるくせに、言葉を失くしている貴方が、すごく愛しい。
「…………おもしろい」
「うわっ」
クツクツと仮面の下の顔が笑い声を立てて、僕を振り払うように立ち上がると、その腕の中に囚われた。
カラン…。
仮面が地面に触れる音を、どこか遠くで聞きながら。
「………ん…っ」
それは、熱くて甘くて乱暴なキス。
ちょっとビックリした。
キスされたことより、それを嫌だと思わない自分に。
僕は……どうしちゃったんだろう。
身を任せて好きなように嬲られながら、少しドキドキしてる。
抱きしめたいな…。
囚われて自由のきかない腕を、なんとか背中に回してキュッとしがみつく。
長く長く……目の前がボーッとして何も見えなくなるくらい、すごく長い間、キスされて。その身体が離れた時にはもう、立っていることすらできなかった。
ペタンと座り込んだ僕の耳元で、残酷な笑い声が響く。
「全てを差し出すのだろう?……これで終わるなどとは思わないことだ。地の朱雀…」
言葉の響きと裏腹に、抱き上げる腕は…。
「優しい……くせに」
呟いた言葉を鼻で笑って、そっとベッドのような所に降ろすと、部屋から出ていってしまった。
「もしかして……照れてるの、かな?」
まだちょっと掴めない。