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[友鷹]囲碁

「橘の少将殿が、男の元に通い詰めているらしい」
 そんな噂で内裏が盛り上がっている。
 しかしその真相を、私に直接聞くものはない。

「何故ですか?」
 それが二人の間で話題に上がった時、鷹通はとても不思議そうに聞いてきた。
「ふふ。当ててごらん」
 鷹通は碁盤を睨んで眉間に皺を寄せたまま、身じろぎもせずに考え込んでいる。
「こらこら。そんな顔をしていたら、今に般若のようになってしまうよ」
 額にかかった髪をかき上げてやると、少し照れたように微笑む。あまりに愛おしくて、唇を奪いたくなるが……今は、ダメだ。約束を違えることになっては、後が怖い。
 なかなか良い位置に石を置いてから、思い出したように顔を上げた。
「わかりませんね。噂されている相手の氏素性が高位なのでしょうか」
「いやいや。相手は君だということも、皆、承知の上なのだよ」
 それは初耳とばかりに眉を上げて、少し表情が曇る。
「ご迷惑を、おかけしていますか……?」
 いや、むしろ迷惑をかけてもらいたいくらいなのだが……。
 あまり深く考え込まずに、しかし脈のある場所へと石を置く。
「なんせ皆、私には聞いてこないのだよ。何故だろうね」
「全く想像が付きません。私の方には、不穏な空気すらないのですが……本当に名前まで挙がっているのですか?」
 不穏な空気すらない。
 それは、まさしくその通りなのだろう。
 鷹通はまたも長く考え込んでから、石を置く。
「ふふふ。どうやら最近の私は、女遊びを辞めて君と囲碁に耽っているという、まことしやかな噂があってね……休みとなれば君のもとへ通う私を、皆口を揃えて『ご隠居なされたか』と宣うそうだよ。女が抱けない身体になったとまで言う輩が出るほどだ」
 くつくつと笑いながら石を置く。
 その噂は、事実無根というわけではない。現に今、囲碁に耽っている。
「なるほど。それでは友雅殿に聞く人はいないでしょうね。そんな怖ろしいことを口にするなんて」
「帝には聞かれたけれどね?」
 手から落とすように置いた石が、勝負を分ける。
「帝に………ですか…」
 誘った罠にすんなりと填るなんて、らしくもない。
 こんな他愛のないお喋りに夢中になるなんて。
「あまり熱心に聞かれるものだから、事実を投げておいたよ。口の軽い方でもないからね」
 わざと軽く音を立てて置いた石に、鷹通の動きが止まる。
 最後の詰めで心理戦に負ける辺りが君の限界だよ。
「あ………そんな」
 しばらく碁盤を見つめた後で、俯いた顔。
 耳朶が真っ赤に染まっているのは、悔しさのせいではないのだろう。
「…………………参りました」

 休日になると、鷹通の大好きな囲碁の相手をしている。
 そのまま酒を交わして泊まっていくのは、自然な流れであって。…まさか不埒な想像をする輩もない。
 相手が、この堅物ではね。
 クスリと笑って、堅物様の顎をしゃくる。
「友雅殿……」
 困ったような恥ずかしいような表情で、しかし抵抗する素振りはない。
「今日は、……そうだな。自分でしてもらおうか」
「自分でって、まさか…っ」
「心配しなくとも、やり方くらいは教えてあげるから。……それとも先日のような格好で抱かれたいかい?」
 そっちでも構わないよ。
「いえ。あれは……ご勘弁下さい…」

 とても上機嫌な午後。
 そろそろと着物をはだけさせる鷹通を不躾なほど見つめながら、酒を呑む。
「友雅殿は、何もお考えになっていないような早さで手を進めていくくせに、何故そんなにお強いのですか」
 上目遣いの恨み言が、またそそる。これ以上の肴はないだろうよ。
「碁盤の上の数手先などよりも、私は君に興味を持っているからね」
 君の考えは、おのずと見えてくるものだ。
 どうしたら君を追い込めるのかと、どうしたら君が罠にかかるのかと、それだけを考えて、誘いをかける。
「ほら、しっかり指を絡めて……そう。上手だよ」
「っ…………はぁ…」
 声を殺してつく溜息が、壮絶なばかりの色香を帯びている。
 すぐに抱いてしまいたい衝動を宥めながら、極上の肴を満喫して……酒と君に、酔う。
 しどけない裾の乱れ。
 甘やかな吐息。
 恥ずかしげな表情も、ひとたび火が灯れば別人のように。
「……ん、あぁ……ぅ…、ぅ……あ…っ」
 見つめる視線に犯されて、正気を失うように乱れていく。
 視線を絡めたまま。
 視線で犯したまま。
 杯を片手に近づいて……酒臭い舌で、うなじを舐め取る。
「ふあぁ…っ」
 背筋に何かが走ったように身を震わせて、甘えるようにしなだれかかる身体を軽く支える。
 しかし手は出さず、ただ見つめるのみ。
「…っ……んぅ……ぁ…、…友雅殿、ん…んぁっ、助けて……くださ…い…」
 自分で上げた熱に浮かされて、不安で泣きそうな君。
「ふふっ……。いいよ、許してあげる」
 後を継ぐように口で包み込んでやると、涙を溢れさせて身を捩った。
「う…っ、…ああっ、もう、もう……っ。んあぁっ」

 賭事の類は嫌いだと、言っていたくせに。
「ほら、鷹通。……自分で足を持つんだよ?」
 得意な囲碁で勝負を挑んで、今日一日の主導権まで賭けて。
 すっかり堕落した堅物様を抱きながら、ご隠居様は上機嫌極まりない。
「んああっ、あぅん、…あ、あ……友雅殿……んは…ぁっ」
 なんとでも言えばいい。
 このまま朝まで離さずに愉しむのだから。
「ひあぁ、ん………と、もまさ…どの…ぉ」

 すっかり可愛くなった、恋人とね…。
 
 
 
 
 
 
 
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エッチの主導権を賭けた戦い。・・・もうその時点で惨敗決定ですから、鷹通さん。気付いてください、この男の煩悩力を!!(激しく偏見)でも世間的には「堅物に影響されて、すっかりおとなしくなってしまった橘少将殿」なので、まあ・・・被害者(打ち捨てられる女性)が減ってヨカッタじゃないですか。鷹通さん、頑張ってね(何を!?)たぶん帝と二人でコソコソと「おや、なんのことやら」なんてやってんだろーな(笑)

[友鷹]侍従

 その香りは、心を落ち着かせる。
 届かぬものへと向かい、焦り、息を吐くことを忘れそうになる私を、宥めてくれる。

「神子殿、香を変えたのですか」
「ええ。藤姫に鷹通さんも好きな香りだと聞いたので」
 悪びれずに笑う顔を、好ましく想う。
 明け透けなほどの言葉に裏はなく、凛と在る彼女の佇まいが、私はとても好きだ。
「そうですね。その香りを吸うと……何故か、優しく振る舞いたくなるのです」
 上辺ばかりの優しさで笑いながら、人を軽んじていた頃を思い出す。
 人のために人のためにと想う気持ちは、ただ自分を落ち着かせるための呪文に過ぎなかった。
 自分を大切に想えぬ者が、真に他人のためを想えるはずもなく。
 大切な者を大切にするためには、己を愛する必要があるのだと……それは、この香りが教えてくれたのだ。

 ふふふ。
 神子殿が不意に鈴のような笑い声をあげた。
「そうですか。この香りの方は、鷹通さんにとって『優しくありたい存在』なんですね」
 小さく跳ねた鼓動に、しかし赤くなる程の驚きも覚えず。
「お見通しなのですね」
 諦めて、笑い返す。

 貴方の居ない、心穏やかな午後。

 しかし零れる花や、くすぐる香の中に、貴方を感じて。
 ふと、泣きたいほどに優しい気持ちが降る。

 侍従。
 未だに一人で香を焚くことはないけれど、貴方を迎えるための心得として、その香を備えるようになった。
「だって……同じ香りが、します」
 目を伏せて笑う彼女を優しく小突きながら、頬が少し熱くなったのを自覚した。
 それは仕方がありません。

 この香りと触れ合わぬ夜は、数えるほどしかないのですから。
 
 
 
 
 
 
 
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当直の日とかあるだろうし。毎日って言っちゃうと嘘になるけど、それ以外は浮気なんかしないで通ってくださいね、侍従の君(笑)。鷹通は香を焚きしめるイメージがないです。好きな香りは侍従だけど、それは単純に「好きな人の香り」なんでないかと(マテ)
・・・相変わらず腐った妄想でスミマセン。

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