「こっち向いてください。俺は、あなたが好きなんだ」
何を言っているのだろうかと思った。
それは俺が君に乞うべきものであって、返されることなど有り得るはずもなく……あっていいはずもなく。永遠に隠しておくべき感情だと気付きながら、それを打ち明けたのは…。
壊シテ、シマイタカッタ、カラ。
手に入るはずのないものだと知りつつもなお、求める心が止まらないなら。
二人きりの時に。
心優しい譲くんが、誰の目も憚らずに俺を切り捨てられる時に。
……壊シテ、ホシカッタ、カラ。
俺という存在を全て否定して、もう二度とそんな無防備な姿で俺の前に立つことの無いように。信頼など持たずに……俺がどこまで狡くて酷い男なのか、君が知る前に、俺を存在ごと切り捨ててくれるように。
心でそれを願いながら、それでも君を求めることをやめられない、無様な自分。君の優しさに縋り付いて、一寸の光を見るように君との未来を求めてしまう、情けない自分。
想いを告げた時、確かに見えた狼狽の色は、否定の意味を持っているはずだった。自分で仕向けた答えに、それでも身を千々に引きされるような痛みを覚えて、自分の滑稽さを呪った。
どうして、こんなにも、譲くんが欲しいんだろう。
どうして、こんなにも、本気になってしまったんだろう。
どうして、こんなにも、俺はカッコ悪いんだろう…。
自分で書いた戯曲の上で、無様に踊る道化師。
恥ずかしくて苦しくて…最後まで演じきることもできずに背を向けた俺を、どこまでも真っ直ぐで真剣な声が斬りつけた。
俺ハ、アナタガ、好キナンダ。
口の中がカラカラに乾いていた。
『譲、くん………?』
今ほど呼びたいと思ったこともないほど愛しい名前が、風に乗ることもなく。
…キン……と、張り詰めた耳鳴りがして。
涙すら忘れた俺は、生真面目な決意を称える強い瞳だけを見つめていた。
『ホント……?』
苦しくて苦しくて苦しくて、たまらなかった。
今の言葉が風のイタズラなら……二度と立ち直れない。
ゴメン。
俺は君を幸せにできない。
ゴメン……ゴメンね。それでも、君が欲しい。君だけが欲しい。
一瞬の出来事だったのかもしれない。
時が止まった俺の目には、焦れるほど長い長い一瞬。
ゆっくりとゆっくりと近づいた譲くんの身体が、俺の全てを許すように、その腕で、その胸で、この身を包んで髪を撫でて……熱に冒されたように掠れた声が、耳元で何度も俺の名前を呼んでいた。
名前の間に何度も入る吐息……よく聞くと、それは言葉で。
…スキ……。
もう、何も言えない。
譲くんに触れたくて伸ばした指が、捕らえられて、絡み合って、解けない。
夢中で触れた柔らかい唇を、何度も何度も啄むように味わう。そっと差し入れた舌先が譲くんの温度と絡み合って、現実離れしたような淫猥な水音を立てる。力強く抱きついた腕に引き寄せられて……ふと、残酷な欲に支配された。
譲クンヲ、奪ッテシマオウ。
この汚れた身の下に組み敷いて、逃げられないように…君を汚して。どこへも飛んでいかないように…君の純白の翼を折って。
傍ニ、イテヨ。
君が俺を求めたりするから、もう引き返せない。
酷いことをするよ?
そんな……誘うような瞳で、俺を煽るから。
やめてあげられないよ?
恨んでも憎んでも、苦痛に歪んだ悲鳴をあげても。
もう、君は、俺のもの…。
「お布団にいこう。今日は天気が良かったから、ふかふかだよ」
軽く言った俺を優しく見つめて笑う君は、その言葉の意味を知ってもなお、俺を求めてくる。あまりの愛しさに気が触れそうになる俺を見ないふりで。何度も何度も握り返す指先で、その意志を伝えてくる。
奪えるものなら奪ってみせろと云わんばかりに。
「景時さん…」
突然呼ばれた名前にサッと血の気が引く。
「どうしたの、譲くん」
何もかもが見透かされているようで、可笑しいほど狼狽えてしまう。
「いえ……名前を呼んで、いいですよね」
恋人の、言葉。
奪うとか奪われるとか、そんな小さな問題じゃなく……譲くんは俺を求めてくれる。
理解できない感情に溺れながら、噛みつくように夢中で君を味わった。
たまらない。
優しく自然に身を任せてくる君が欲しくて欲しくて、もう一秒も待てそうにない。
「名前を呼べなくなるくらい、深くなりたい」
できれば交わったまま溶け合って、君になりたいとすら思った。
「俺も……深く、今はもう貴方だけが、ほしい」
腕を広げて、このちっぽけな俺を包み込む君は、……誰?
捨て身なほど真っ直ぐに向かってくる心が眩しくて、見つめていられない。目の裏が焼けそうに熱くて思わず伏せた目蓋に、口づけの雨が降る。
愛しい……狂おしいほどに、愛しい。
しどけなく解けた衣を押し広げるようにうなじを味わえば、切なげな溜息が部屋を満たした。もどかしく俺の肌をすべる指が胸の上で止まって、静かに鼓動を聞いている……聞かれている。君の名前ばかり呼んでいる俺の心音を。
たまらなく恥ずかしくて、噛みつくように胸を吸う。
「あっ、…あ……かげ…き…さ…、んああっ」
誰も居ない静かな屋敷を、君の悲鳴が駆け抜ける。
そう。声を出していい。
助けを呼んでも誰も現れないから、すぐに君は気付くだろう。俺が、どんなに酷い奴かってことに。
「あ、あ、あ、…あ…あぁっ」
舌先で包み込んで転がして、熱を煽っていく。
甘噛みすれば腰が跳ね上がり、吐息をかければ身を震わせ、時折苦しげに宙を掴む……その仕草が俺の媚薬になることを知らずに。
「ふ……ぅん」
甘えるような吐息が、凶暴な欲を掻き立てることを知らずに。
ボンヤリと靄のかかった瞳に欲情しながら、腹を滑り熱源に触れる。
欲情するはずのない、男の身体。
譲くんは間違えなく俺と同じ性をもっていることを目の当たりにして、それでも強烈に愛しさばかりが込み上げる。握りしめたそれをゆるゆると扱くことで頬に熱を上げ、焦点の合わない瞳で見つめてくるこの人を、奪いたくて……暴きたくて。
感じている表情を、どこか冷ややかに観察しながら座り込んでいた俺のソレに、いつの間にか譲くんの指がかかっていた。
探るように何度か握り返した神経質な指に、甘やかな吐息が止まらない。
「張り詰めてる……。景時さんも、感じてくれているんですね」
本当に君には驚かされてばかりだ。
嬉しそうに笑いながらソレを口に含んだ譲くんは、遊ぶように舌を絡ませてから、美味しそうに吸い上げて、愛しげに舐め上げて……顔が汚れることにも頓着せず、楽しげに音を立てている。
固く固く張り詰めていた欲望は君の姿に煽られて、呆気なく熱を飛ばす。
「うわ。………あ、…どう…しよう」
自分で仕掛けて飛び散らせた雫に、少し狼狽えている姿を見て、残忍な心が顔を出す。
「………譲くんがやったんだよ。きれいに舐めて、くれるよね?」
優しげに囁けば、命令に『感じて』しまった視線が乞うように肌を撫でて、従順に頷く。
「はい……」
茂みに腹に足に散ったものを、丁寧に舐め取って、何も云わずに見つめていた俺に見せつけるように、自分の指に絡んだものまでクチュクチュと舐め上げている。……壮絶な色香を放ちながら……張り詰めて泣いている自分の欲望には目もくれず、熱に浮かされた顔で誘いをかけるから。
「あっ。ああああああ、か、げとき、さ、………うわ…っ」
たまらず、その肩を抱きしめて後ろから指を沈めていた。
「ダ……ダメ…。ふぁあ…っ」
「どうして?」
「そんな、とこ……汚……ぁあっ」
指を踊らせて中を探ると、可愛らしい声が溢れた。
「譲くん、よく聞いて…。ここに、俺が入るからね…?」
「んあぁっ」
「ここに沈みこんで、…君を犯すよ」
耳元で囁いた言葉に真っ赤に熟れて、身悶えている。
指を増やしてもっと深くを探ることを手助けするように、腰を浮かして肩にしがみついた、可愛い人。
「いい?」
許しを乞うわけでなく、ただ羞恥心を煽るためだけに紡ぐ台詞。
それに悦んでしまう君の…涙。
「意地…悪…」
「さて、どうかな。君が許してくれないなら、ここでやめようか」
やめられるはずもないくせに、スルスルと言葉が滑り落ちていく。
「やめ……ないで」
言葉ばかりで負けながら、胸を肩にすり寄せて腰を揺らめかせる君は、すごく綺麗。
「犯されたいの?……譲くん、俺は男だよ?」
ハハ…と、熱い溜息を吐き出しながら、耳元で笑う。
「犯してくださいよ。俺は貴方と……深く、繋がりたいんです」
これは言葉遊び。
受動的な台詞で俺を煽って、少し勝ち誇ったような君が、愛しい。
後ろから抱き留めて前触れ無く貫くと、手を付いて背を反らす……世慣れた娼婦のようにすら見える、その姿。
圧迫感に苦しんで吐く息は、苦しげなくせに官能的だ。
前に回した手で譲くんの熱を扱くと、困り果てたように頭を振る。
「やあ……だ、めぇ…」
苦しくてたまらないくせに。
黙らせるように深く貫く。無言のまま何度も何度も打ち付けて、腰を回して、腕の中で暴れる人を思うがままに踊らせてみる。
「はあぁ、んっ……あ、んああぁ」
片手を床に着き、片手で自分の肩を抱きしめながら、快楽に耐える姿がいい。
「譲くん……譲くん…可愛いよ」
熱に浮かされて何度も囁きながら、本能に身を任せた。
白濁した熱を譲くんの中に吐き出してから抜きとると、今まで見えていなかった惨状が視界に入る。
「気付かなかったな………何度イッたの?」
先に極楽を見せてもらったせいで、長々と攻め続けてしまった自覚はあるけれど、それにしても……。一度や二度では、こんな事態にはならないと思えるほどの惨状。
「聞か…ないで、ください…」
耳まで赤くなる恋人を抱き寄せて、苦しげな吐息ごと絡め取る。
聞かないよ。
数えていられる余裕は、なかったもんね?
肩で息をつく譲くんを残して、敷いていた布を素早く取り替える。
「これで大丈夫だよ。……続き、しよっか」
腕を伸ばすと幸せそうに飛び込んでくる、恋しいばかりの笑顔。
静かに押し倒して、足を担いで……今度はその顔を見ながら貫いていく。
「あ……、はぁん…っ」
掴まる物すらなく不安げな譲くんは、肩越しに布団を掴んで背を反らした。
段々と身体は馴染んでいくけれど、胸は落ち着かず、求める気持ちは強くなるばかりだ。……壊してしまうかもしれない。そんな恐怖にフと動きを止めると、切なげな目をして頭を引き寄せて、深い口づけをくれる。
「もっと…もっと、貴方を…景時さんを、ください…」
求めていいの?
求めてくれるの?
儚げなほど優しい笑顔を見て、つい込み上げた涙も…手を伸べて拭ってくれるから。
もう気が遠くなるほど、何度も何度も何度も…すっかり日が昇ってしまうまで、抱き続けていた。
もう、自分が何に怯えていたのかすら、覚えていない。
罪に…血に汚れていた自分は、譲くんが全て洗ってくれたかのように真っ白で、ただフワフワと風に揺れている。
すっかり寝入ってしまった恋人は、身体を清めて綺麗な布団に移しても、起きる気配すらなく。
「………ま、当然だよね」
幸せに疲れ果てた横顔を指でつつきながら、隣にそっと身を横たえた。
「おやすみ。……愛しい人」
明日も明後日も何年先も何十年先も、この人の隣に在りたい。
その為にできることを探していこうと、心に決めた。
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姫はじめ、景時バージョン(笑) |