「~~♪~~~~♪♪」
庭からゴキゲンな鼻歌が聞こえてくる。
大晦日。大掃除。
普通なら面倒臭くてゲンナリする行事なのに、景時さんは異常に楽しそうだ。
「譲く~ん、今日は天気が良くて嬉しいね~。今年の洗濯物は来年に持ち越さないで済みそうだし、なにより布団がふかふかだよ」
そんなことで至福の表情を見せる貴方が…俺の幸せなんだって伝えたら、どんな顔をするだろう。
気味悪い、かな。
悪気のない真っ直ぐな笑顔に、ふと気持ちが暗くなる。
「・・・・・どうしたの、深刻な顔して」
気配も無くピタリと後ろから響いた声。
反射的に飛び退こうとした俺を、優しい腕が抱き留めた。
「な、なんでもありませんよ」
「逃げちゃダメだよ。譲くんはすぐに『なんでもない』って言うよね。全然『なんでもない』顔してないのに……ね、何が不安? 俺には話せない?」
話せません!!
本当に話せないことなのに、だけどそれを言ってしまえば、この優しい人を斬りつけてしまう結果になることは明白だ。
しかし簡単にごまかされてくれるほど、勘の鈍い人でもない。
言葉を探してウロウロと視線を泳がせていると、パッと手が離れて笑い声が降る。
「話したくないことって誰にでもあるよね。……つい君のことになるとムキになるから、いつか嫌われちゃうんじゃないかと自分でヒヤヒヤするよ。もう聞かないから気を悪くしないでね~」
パタンと、心が閉じる音。
立ち去る足取りが少し重いのは………傷つけたからだ。
考えるより先に、手が出ていた。
「え…。譲くん?」
つい反射的に二の腕を掴んだ俺に、景時さんの視線が刺さる。
引き止めて、何を言うつもりなんだ。
「勝手に……決めないでください」
なにをいうつもりなんだ。
「譲くん?」
「俺が貴方を嫌うなんて、どうしてそんなことになるんですか」
こんなに好きなのに。
こんなに焦がれているのに。
「え……あ、ありがとう…」
サッと朱に染まった頬に、自分が今何を言ったのか解らなくなる。
「うわ、すみませんっ。なにムキになってんだろ、俺」
どうかしている。
自分の言動に驚いて手を離した俺を、何故か景時さんは抱きしめてくれる。親愛の情を込めたものだろうに、その腕の中で驚くほど気分が高揚して……勘違いを、したくなる。
やめてください。
拒むことで優しいこの人を傷つけるわけにもいかず、されるがままになりながら。
それでもこんなのは拷問だと思う。
俺が求めているのは、貴方からの友情なんかじゃない。貴方からの信頼なんかじゃない。貴方が……ただ貴方が、欲しくて。
壊れそうだ。
「景時さん、…あの」
「あ、ご免ご免っ。あんまり嬉しかったもんだからさ。…そっか、俺、譲くんに嫌われてるわけじゃないんだね。…今は、それだけでいいや」
……………え?
「それじゃ、掃除の続きしちゃうね~。今日は朔も望美ちゃんも遊びに行っちゃうみたいだから、年越しは二人だけだって。ちょっとむさ苦しいかな~」
「あ、ええ。それなら聞いています。美味しいおせちを作りますからね。少し酒でも飲みましょうか」
ガスコンロがあるわけじゃないから、一度火を付けたら調理場から離れるわけにもいかず、セッセと布団を運ぶ背中に声を上げると、遠くから『楽しみにしてるよ~♪』と歌うような返事が返ってきた。
そうだ。今夜は二人きり。
ボロが出そうで怖がる自分と、二人きりで話せることを純粋に喜んでいる自分が、背中合わせで戦っている。
「なんとか……上手く、やろう」
声にして自分に言い聞かせることが、どれほどの力を持つのか解らないけれど。
何を出しても大喜びで「美味しい!」と連呼してくれる人だから、気分は良いけど、気を使わせていないかと心配になる。その証拠に、かなり速いペースで酒を口に運んでいた景時さんが、少し赤らんだ顔でフと黙ると……驚くほど長い沈黙が訪れた。
何か話さなければと思うのに、どうしても話題が見つからない。
少し潤んだ瞳でジッと俺の顔を見つめて黙ったまま、真剣な瞳をして、切なげな顔をして、問いかけるように首を傾げる。
「どうしました…?」
なにか言いたいことがあるのだろうか。
「ん……聞いてくれるの?」
「もちろんです」
俺に話せることならば、ぜひ聞かせてほしいと思う。
「んん……変なこと、言っちゃうかもよ…?」
「構いませんよ。酔っぱらってることにして、忘れてあげますから」
少しドキドキして顔を寄せると、景時さんがすり寄せるように身を寄せて、囁いた。
「俺、譲くんのことが好きなんだよ」
少し回っていた酒が、一瞬で体内から掻き消えた。
驚いて目を剥いた俺を悲しげに見つめて、ほんの小さな声で「ごめん」と呟いた瞳を見た時、それが聞き間違いでないことが……たぶん、友愛の意味ではないことが、わかった。
「景時さん」
「……ごめん、今日は、もう寝るね。……忘れて」
「景時さん」
「酔っぱらってるんだよ。ふっ、なんか眠くなってきちゃったなぁ」
「景時さん」
「……名前、今、呼ばないで。…今だけ。お願い」
「こっち向いてください。俺は、あなたが好きなんだ」
やっと振り向いた。
声にならず動いた唇は、俺の名を呼んでいたようにも見える。
『ホント……?』
微かな声が、問いかける。
捨てられた小犬のように手放しで愛を乞う瞳が、愛しすぎて。
何も言わずに、抱きしめた。
どうしていいのかわからない。
ただ、好きで好きで好きで好きで、たまらなかった。
どちらからともなく絡んだ指が、離れない。
強張っていた力を抜くと景時さんの顔がスーッと近づいて、軽く触れた唇に意識を奪われていく。口づけが深くなるたび身体の距離も近づいて、無意識に腕を首に絡めてしっかりと抱きついていた。そのまま深い関係になりそうな空気を敢えて止めた景時さんが、悪戯っぽく笑う。
「お布団にいこう。今日は天気が良かったから、ふかふかだよ」
あまりにも景時さんらしい台詞にクスクスと笑いながら、立ち上がるけれど。
指は、いつまでも絡めたまま。
この指を解いてしまえば、今までのことがリセットされてしまいそうで。……それほどに信じられない、この瞬間。
「景時さん…」
「どうしたの、譲くん」
「いえ……名前を呼んで、いいですよね」
景時さんは心底驚いた顔をしてから立ち止まって、絡めた指をグッと引き寄せながら深く深く唇を攫っていった。
「名前を呼べなくなるくらい、深くなりたい」
低く掠れた声に、溺れてしまいそうになる。
「俺も……深く、今はもう貴方だけが、ほしい」
景時さん自慢のフカフカな布団に縺れるように転がったら、どちらからともなく服を脱がしていく。大好きな貴方の肌に触れて……今までずっと焦がれていた、その体温に触れて、気が触れそうになる。
熱病に浮かされたように互いを探り合って、そのまま夜を越える。
貴方との、一夜を。
繋がって離れて、恋しくて、また手を伸ばして。
朝が来るまで絶え間なく……ただ愛しくて、眠ることも離れることもできずに。
年が明けた瞬間、たぶん俺たちは『恋人』という熱を、手に入れた…。
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新年ですから、姫はじめ(笑)。なんか「ヒメハジメ」に辿り着くまでが長いですね。どーも景×譲は可愛くなっちゃっていけません。ワハハ。 |