前に少し書いた御題の続き?
10個埋ったら、整えてサイトに飾ります。
とりあえず、散文状態で。
ちなみに世にも珍しい漫画版ロマンシアでSS。
● 何故恋したのだろう。
改めて肖像画の中の兄を見つめてみても、印象は変わらない。
挑むようにこちらを睨む眼差しは、先日引き合わされた実父のような穏やかさとは程遠く、自分との血の繋がりを感じさせてくれるものは母親譲りの黒髪だけだ。
他者にも自身にも厳しく、かつて己がはいた言葉通りの運命を辿った人。
「ファン・フレディ王子……」
肖像画の中でも難しい顔をした兄を見つめ、セリナは小さく名前を呼ぶ。
間違いなく血を分けた兄妹であるはずなのだが、いまいち実感が湧かない。
湧いてくれない。
孤児として育てられたが、疎まれて捨てられたのではないと知った時は驚いた。
父と母が生きており、今でも気にかけていてくれたのだと知った時は嬉しかった。
旅の途中、危うい場面を救ってくれた青年が実兄だと知った時は――
「お兄さん、か……」
そう口に出してみたが、違和感がある。
馴染みがないというよりは、そう呼びたくないという拒否感が。
最期の時、途切れ途切れに一度だけ呼ばれた知らない名前。
それを『セリナ』と呼びなおしてくれたのは、何故だったのだろう。
妹の名ではなく、行きずりに出会った娘の名で呼んでくれたのは。
「……玉の輿、乗り損ねちゃったなぁ」
行方不明の王子を助けて玉の輿。
当初の目論見は王子の死でもろくも崩れ、死に別たれなくとも実の兄妹であっては結実しない。とはいえ今更玉の輿など狙わなくとも、セリナが望みさえすればすぐにでも王女として城に迎え入れられるのだ。少し財力のある男など、なんの意味も無い。
「それどころか、もうお嫁にいけない気がする」
そっとため息をはきながら、セリナは兄の肖像画を恨みがましく睨みつける。
「なんで、よりによって兄妹だったわけ?」
せめて、従兄弟であれば希望もあっただろうが。
乙女であれば誰もが夢見る白馬の王子様。
颯爽と現れて乙女の危機を救った美青年。
その正体は、本物の王子様だった。
剣士としての教育をうけ、下手な兵士には負けない勇猛さを誇るセリナでさえも、乙女として胸ときめかせた。
「いい男すぎでしょう、『お兄さん』」
知らず恋した相手が悪すぎた。
顔良し、金回り良し、性格にやや難あり。――最後はどうかと自分でも思うが。
一度こんな完璧な男に惚れてしまっては、この先どんな男が現れても見劣りしてしまう。
これでは嫁に行きようもない。
何故、恋をしたのだろう。
実の兄に恋するなど、正気の沙汰とは思えない。
引き離されることなく兄妹として育てられたら、違ったのだろうか。
――それでもやはり、兄に恋した気がする。
配布元:Abandon