1頁<2頁<3頁<4頁<5頁<6頁<■ 7 ちょっとしたアクシデントにも見舞われたけれど、ケーちゃん特製チャーハンは無事に完成した。 「美味しい! ご飯がパラパラしてて、めちゃくちゃ美味しいよー!」 「毎回そんだけ喜んでくれたら、ウチもめっちゃ嬉しいわー」 「ケーちゃんなら、絶対に三ツ星シェフになれるよ」 「ありがとう。専攻は洋食やから、チャーハンのスキルはあんまり関係ないんやけどな」 ケーちゃんは専門学校に通いながら洋食屋さんでアルバイトもしている。卒業後は、そのお店で正式に働くことになるらしい。 「でも、その店は自宅からちょっと遠いから、ウチのおとんがあんまりええ顔せんねん」 「どうして? 遠いって言っても、バイクで通える距離だったよね?」 「帰りがどうしても遅なるやんか。最近、この辺も物騒やから危ない!……って言うて」 「物騒って?」 私は新聞を取ってないしニュースもあまり見ないので、時勢に疎い。 「ほら、ちょっと前に南河内の方で大きな火事があったやん? 学生向けアパートが全焼したやつ」 「あ、それは知ってる」 「あれって、出火元の部屋に住んどった男の子はまだ見つかってへんねんて。なんか事件に巻き込まれたんちゃうかなぁ」 ケーちゃんは、大げさに頭(かぶり)を振った。 「ホンマに嫌な世の中やわ! 凶悪犯罪は増加するし、不況でおとんの給料は下がるし、ゴジラ映画はハム太郎と併映やし……。ハム太郎が終わるタイミングを見計らって入場するのがめんどいっちゅーねん!」 私は黙ってケーちゃんの魂の叫びを聞く。私とケーちゃんは共通の話題をあまり持っていないけれど、お互いの趣味の話にちゃんと耳を傾ける。詳しいことはよくわからなくても、それを好きって気持ちは感じ取ることが出来るから、けっこう楽しい。 「でも、今年も劇場に観に行くんでしょ?」 「モチのロンや!」 私たちがずっと友だちでいられる理由も、こんなところにあるのかもしれない。 「……ケーちゃんが彼氏なら、ツライ恋にはならないんだろうな」 友だちと恋人は全然別物だということは、よくわかっているけれど、つい呟いてしまう。 「え? ちょ、ちょ、ちょっと、なに言うとんの!?」 ケーちゃんは椅子から転げ落ちそうな勢いで目を白黒させている。 「たとえばの話だよ、たとえばの」 「それはわかっとるわ! まあ、ウチらが恋人同士になったら――ウチは、愛するハニーのために腕によりをかけてチャーハンを……って、今と変わらんやん!!」 見事なノリツッコミ。関西人の笑いにかける情熱を垣間見た気がする。 本当に、ケーちゃんとタケルの立場が逆だったらよかったのに。優しいケーちゃんが恋人なら裏切られることはないし、タケルの軽いノリも、友だちとして付き合う分には問題ない。でも、ケーちゃんは友だちだし、タケルは―― もう二度と、私はタケルの声を聞けない。 もう二度と、私はタケルの笑顔を見れない。 もう二度と、私はタケルに抱きしめてもらえない。 もう二度と、私はタケルのためにカレーを作ることはない。 けれど、姿は見えなくても、タケルはちゃんと存在している――私の中に。 冷凍して持ち帰った肉は、ケーちゃんが来ない日に少しずつ食べている。体毛は燃やした灰をホットチョコレートに混ぜて飲んでいるし、骨は粉にして小麦粉に混ぜて使っている。それらを食べた日は、便の量が普段より少ない……気がする。きっと、肉や、骨や、体毛は、私の身体の中に吸収されているのだ。全部食べきったとき、奇跡が起こる……。私はそう信じている。 「ケーちゃん、私ね……、ずっと隠してたけど、好きな人がいるんだ」 「ええっ!? な、なんや、やっぱ一人で悩んでたんやんか! で、どんな人なん?」 「彼女持ちなの。でもね、もうすぐ私だけのものになるかもしれない……」 だから、私は■■■を食べる。 fin (2004/9/7 up) (2009/12/10 旧サイト版から少し修正) 1頁<2頁<3頁<4頁<5頁<6頁<■>あとがき |