1頁<■>3頁>4頁>5頁>6頁>7頁 2 今日の夕飯のために、包丁を新しく三本買った。いつかテレビで見た中華料理店の厨房の光景を思い出す。大きな動物を、色んな種類の包丁を使い分けて見る見るうちに肉片に切り分けていくコックさん――私はあんなに手際よくできないけれど、タケルへの愛情をこめて一生懸命頑張ろう。 まずは下準備。フローリングの床一面にビニールシートを敷いて、さらにその上に新聞紙を広げる。■■■は事前に運びやすい大きさに切断して血抜きもしておいたから、紙はそんなに汚れなかった。 剃刀で丁寧に体毛を剃る。私の呼吸に合わせて、細かい毛が宙に舞い上がった。散髪屋さんみたいに上手くはいかなくて、何度も皮膚を傷つけてしまった。失敗の数だけ赤い筋が浮かび上がって、赤点の答案用紙みたいだ。新聞紙の上に溜まった体毛はまとめてビニール袋に入れたら、糸が紡げそうな量になった。私は牧場の少女でも眠れる森の美女でもないから紡げないけれど。 次に、ビニールシートの上で包丁を使って皮を剥ぐ。私はリンゴの皮剥きも魚の鱗取りも下手くそなので、さっきよりももっと時間が掛かった。剥がした皮は水洗いしてからラップで包んで冷蔵庫に入れた。乾燥してしまうと美味しくなくなる気がしたので、水気は完全には取らなかった。 いよいよ肉を切り分ける。刃に肉が絡むし、骨は固いしで、最初はなかなか上手くいかなかったけれど、包丁を肉を骨から引き剥がすように動かすというコツをつかんでからはスムーズに進んだ。切り離した肉はビニールシートの上に並べるとかなりの量になった。たっぷり水を張った洗い桶の中で軽く揉んでもう一度血抜きをしてから、大きいタッパー数個に分けて詰めた。一つは冷蔵庫の冷蔵室、残りは冷凍室に入れる。 冷凍室の温度を「急速冷凍」に設定していると、リビングの電話が鳴った。 ――ぜんぶ秘密にしよう。 タケルがそう言ったから、私は受話器を取らない。 ――知り合いにばれないようにこっそり付き合うのって、スリルがあってドキドキするだろ? ドキドキした。夜中に呼び出されて、窓からタケルの部屋に潜り込んだとき。狭い布団に二人で包まって、夜通し小声でお喋りしたとき。別々に映画館に入って、偶然みたいな顔をして隣の席に座ったとき。コンビニで鉢合わせして、一言も言葉を交わさないまま別れたとき。どの瞬間も、本当にドキドキした。 二人の関係は誰にも秘密。 私とタケルだけの秘密。 内臓を一つ一つ取り出して、洗い桶に浸けた。ピンク色の胃、小腸、食道――どれも、まだ温かい。さっきまで生きていた命の温もり。心臓に触れたとき、それが再びビートを刻み出しそうな気がして……、とても愛しくて、そっと口付けた。濡れた唇を舐めたら、鉄の味がした。肝臓や腎臓はそのまま、胃腸は切り開いて中もよく洗ってから、それぞれラップで包んでタッパーに詰め、冷凍室に入れた。 電話はいつの間にか鳴り止んでいた。 1頁<■>3頁>4頁>5頁>6頁>7頁 |