文字打ちのリハビリにやってみた。
なんでエンドリューなのかは謎。
たまにはエンドリューも、いいんでないかい? とか言ってみる。
エンドリュー夢。
「……チェック」
すっと前へと進み出て、白のナイトは黒のキングを押しのける。
コトリと転がる黒のキングを盤上から退場させようとする少年騎士の指先に、NoNameは慌てて追いすがった。
「待った!」
「待ってもいいけど……」
捕まえた黒のキングをNoNameの目の前でユラユラと揺らし、エンドリューは苦笑を浮かべる。
「どうせ3手後ですぐにチェックだよ?」
「その時は、その時で『待った』するから」
その時も『待った』を聞いてくれるでしょう? とNoNameがエンドリューを見上げると、少年騎士はため息交じりに黒のキングを手放した。
無事自分の下へと『何度目かの』生還を果たした黒のキングを、NoNameは唇を尖らせながら盤上へと戻す。
何度勝負をしても勝てないのが悔しい。
暇つぶしになれば、と最初にチェスを教えてくれたのがエンドリューなのだから、師匠に勝てないというのは仕方がないのかもしれない。が、やはり悔しいものは悔しい。NoNameが『待った』という度に苦笑を浮かべながらもそれを受け入れてくれるのが、優しいと言えば優しいのかもしれないが――――――『何度やり直しても、おまえでは自分には勝てない』と言外に言われているような気がして腹立たしい。
もちろん、それはNoNameの被害妄想でしかないのだが。
余裕しゃくしゃくと微笑むエンドリューに、NoNameがどうにかして一矢報いたいと思うのは仕方のないことだろう。
先の手とは変えて白のビショップを動かすエンドリューに、NoNameは黒のナイトを動かそうと手を伸ばし――――――
「その手は、7手後にチェックメイトになるよ」
しれっと呟かれたエンドリューの言葉に、伸ばした手を引っ込める。
それではエンドリューと同じくビショップを、と手を伸ばすと――――――
「残念。その手だと6手後にチェックメイト」
苦笑を浮かべながらそう宣言するエンドリューに、NoNameは駒へと伸ばしていた手を膝に戻して眉をひそめた。
「やってみなくちゃ、判らないでしょ」
「や、判るよ」
「判らない」
「判る、判る」
拗ねるNoNameに笑いを噛み殺しながら、エンドリューは自軍の駒を手元へと引き寄せる。
NoNameがどう足掻いたとしても自分の勝ちだと判っていたし、NoNameがそれを理解していることも判っていた。
自分の駒を並べ始めたエンドリューに、NoNameは唇を尖らせながらそれに習う。
市松模様64マスの盤上、NoNameは眼前に16個の白い駒を綺麗に並べ、エンドリューの手前に綺麗に並べられた16個の黒い駒を見る。
ゲームスタート前の状態へと並べ直された駒達に、NoNameは口を開く。
「ねえ……」
「僕は先手でも後手でも構いませんよ」
どうせ勝ちますから。
そう洩れそうになった言葉を飲み込み、エンドリューは盤の端に手を添える。
NoNameが黒の駒で後手をうちたいと言うのなら、盤の向きを変えよう。
そう盤の端を持ったエンドリューに、NoNameは素直に甘えた。……つい30分ほど前にも同じことが行われていたが、NoNameの記憶からは綺麗に消えているらしい。
そして、15分も経たないうちに――――――
「……チェック」
コトリと転がる白のキングと、直前までキングの鎮座していたマスに黒のポーンが置かれていた。
「待った!」
「待ってもいいけど……クイーンを動かしたら4手後、
ナイトを動かしても15手後にはチェックメイトだよ?」
「そんなの、なんで判るの?」
眉を寄せ、唇を尖らせながら拗ねるNoNameに、エンドリューは苦笑を浮かべる。
このままでは、たとえ後1ヶ月チェスに付き合ったとしても、NoNameは自分に勝てない。
「僕はちゃんと考えて打ってるからね」
「わたしだって、考えて打ってるもん」
「考えてないよ。
ちゃんと考えて打ってたら、チェスは15分やそこらじゃ終わらない」
一見しただけでは芸術的ともいえる細工の駒が並ぶ盤上は、優雅な遊戯にしか見えないが。
ポーン、ルーク、ナイト、ビショップ、クイーン、キングと、駒に付けられた名前からも察することができるように、これは盤上で行われる小さな戦争だ。
ただ単純にルールに従って駒を進めても、戦争に勝利することはできない。
「……NoNameが『考えている』のは、駒を動かすルールだけ。
戦争に勝利するための戦略も戦術もないから、何度やっても僕には勝てないよ」
エンドリューはソフトに嫌なやつか、まっさらな天然好青年かの2択だと思う。