書き下ろし同人誌[甘い贅沢]に完全リンクしています。ネタバレ以前に読んでいないと解らないネタも含まれていますので、ご了承下さい。

 甘い誘惑 02


 -雷鳴-








 真っ暗な空。くるかとは思っていたがザーザーと一雨が降り出した。まだ桜は咲ききっていないので花泣かせの雨でない。一雨毎に気温を上げ、花を目覚ませるための必要な雨。そのためこのところ、この地域一帯の空は雲行きがすぐ怪しくなる。そしてもう一つ、雲行きが怪しいどころか悪いところがあった。
 とことん悪い。いつ雷が落ちてもおかしくないほど悪い。むしろ落ちない方が不思議だと言いたい状態で。
 空ではなく、城内で。
 そう考えた瞬間ピカリと外が光り、間髪入れずバリバリガガガッと空気を震わせ耳を劈く雷鳴が轟き、成実は肩を竦ませ耳を塞いだ。
 身近に簡単な雷の使い手がいるとはいえ、それとこれとは話が別である。
「ひゅ〜。今のは落ちたな」
 まだゴロゴロガリガリと曇った空が唸っているが、空が光るのと音の間合いが長くなっている。もう近くに落ちる心配は無いだろう。
 近くにいた小姓に雷の被害はないか見回るよう達した後、成実は大きく溜息を吐いた。
「ウチの雷のも落ちてしまえばすっきりするのによ」と、縁起でもない事を口走る。が、口走りたくなるぐらい暗雲が城内に満ち満ちて、圧縮して端に追いやりたいぐらい立ち籠めている。
 事の発端はどこからと言えばいいのか。まぁこの際発端はどうでもいい。とにかく今この伊達家ではあり得ない事が立て続けに起こっている。ただ、あり得ない事とはいえ実害がなければ大して気に留めないのが伊達軍の頭にそろいも揃っているというか、特殊であるにもかかわらず、特殊として受け止めていない精神の持ち主ばかりがその怪奇現象と出くわしているので大事になっていないが、厄介な事柄なのは確かで。
 ここ伊達家当主・伊達政宗には好きな者がいる。十年変わらず好きな者。政宗の傅役を務め、今では右目と称される男・片倉小十郎に向けてたった一つの恋心。
 本人は自覚していなかったようだが、その恋の年数と同じ年数の付き合いがある成実にとって何を今さらの話が、ついこの間成就された。成就されてハッピーエンドと思いきあ、どうやらそうでもないらしい。
 つい二日前とんでもないシーンに出くわした。政宗と小十郎のラブシーンである。ラブシーンとはいえそんなに激しいものではない。座っている政宗の頭を小十郎が優しく抱き留め、その旋毛に口付けた、いわゆる“はいはいご馳走様”的な幸せな構図。まさしくハッピーエンドその後の光景。
 目撃した自分の後ろにも小十郎が居なければ。
 どうなっているのか考えても解らないので、仕組みに関してはどこか遠くの棚に置いておくとして、その場に小十郎が二人いて、一人の小十郎がもう一人の小十郎……まぁ本来の小十郎にそんなラブシーンを見せつけるようなかたちとなった。
 それから。
 政宗はこれといって変わらないのだが、小十郎の機嫌がとにかく悪い。どう例えればいいのか。ささくれ立っている。ピリピリパリパリと冬の静電気が身体の外にまで放電しているような状態で、被害者が続出中。致命的にはならないものの、やはり物事は上手く回らず、政宗以外は関われない、触りたくも近寄りたくもない不健康な状態である。
 問題の当人である政宗が何とかするかとほっといてみたものの、一日たっても二日たっても変化がない。どころかもしかすると、このどうしようもない暗雲を気付いていない様な、嫌な予感が成実にはあった。
 あの主従、厄介なところが似すぎている。頑固である事とか、天然な所であるとか、己の事を語りたがらない所とか、そして今回、自分の事に関しては意外に鈍感な所が発揮されているようで。
 事情を知っている成実にしてみれば、どう見たって小十郎は拗ねている。やきもちを焼いている。で、普通ここでそのやきもちは、思いの対象に向けられるのが本来なのだが、そこは大人だからなのか性格だからなのかはたまた重臣だからなのか、小十郎の中で渦を巻き、ただモクモクと暗雲が生成されるのみとなっている。
 確かに派手な実害がないとはいえ、いつ暴発するとも判らない一触即発の暗雲が城の中を闊歩されていては困る。この所、実際の天候で政の計画は少しゆっくりとなってい今のうちに、小さな問題を解決しておく方がいい。
 こういう事は俺の仕事だよなと、自分の立ち位置をよく理解している成実は、激しくなる雨音を背後に政宗の部屋へと向かっていた。
 取り敢えずまず心に留める事は、話し出しでもなんでもなく、戸の閉まっているところには断りを入れてから入る事。
“うん、これだ。”とその誓いを確認して、政宗の部屋の戸を成実は睨んだ。
 事の発端は自分の悪い癖。大体今回、本当に政宗と小十郎のもっと進んだラブシーンだった場合、それはそれで大変な事になったかも知れないのだ。その時自分は政宗に殺される運命になっていたか、小十郎に殺される運命になっていたか……
「そんなつもりねーっていってんだろ!?」
“ん?”と成実は眉を寄せる。部屋の中から荒い話し声が聞こえた。
 小十郎かと思ったが、小十郎はあの一件から政宗を避けている節が見え隠れしている。客が来たという話は聞いていない。
 今、断りを入れて開けていいものか、避けた方がいいものか。
 とすんとその場に諸膝を着いて戸を睨む。睨んで右斜め上を見てから、もう一回戸を睨む。
 部屋の中でややこしい事が起こっているらしい。関わる必要は無いが、これ以上城内が暗雲のすし詰めになるのは避けたい。
 うぅんと軽く決意の咳払い。
「成実です。気に掛かる議題がございまして失礼します」などと、ある意味成実に必要か怪しい言葉を並べ、畏まった顔をしてスルスルと静かに障子戸を開けた。
 開けて、顔を上げる。と、機嫌の悪そうな政宗がこちらを睨んでいた。そこまではいい。その政宗の向かいには、同じ表情をしてこちらを睨む政宗が。
「…………」
「…………」
「…………」
 部屋の中の状況を確認し、成実は無言で開けた時と変わらずスルスルと戸を閉めた。
 これは、
 確実に、
 関わらない方がいい。
「成実! どうして戸を閉めるっ」
 すぱーんと心地のよい音と共に、障子戸が左右に全開されるが、成実は決して目の前を見ようとはせず、横を向いた。
「“政宗”に話があるのだろう? a-ha?」
 その言葉に“やっぱり”と成実は頑なに前を見ようとしない。
 降ってくる声の質はまさしく政宗そのもの。だが『政宗に話があるのだろう?』という言葉からして、目の前に仁王立ちでいるのは自分の知っている政宗ではないのだ。
 ピカリと空が光る。と、遠くなってたはずの雷鳴が、又近くでガラガラと鳴った。思いたくないが、誰かの心内とリンクしているようだ。
「いや……取り込み中ならいいんだ。俺の言いたい事は些細な話だから」
 決して目を合わせない。合わせた瞬間別の暗雲の中へ放り込まれもみくちゃにされそうな気がする。とにかく解るのはここから立ち去るのが身のためだという事だけ。
「んじゃ、俺はこれにて」と、首を寝違えた患者のように横を向いたまま立ち上がり去ろうとするが「まぁまて」と、襟首をむんずと掴まえられた。
「お前の用が無くなったのなら俺の用に付き合え」
 顔を見ていないが、にっこりと、それはそれは極上の笑みを向けられた事が何故か解った。
 そして襟首を掴まれ、そのまま政宗の部屋の中へズルズルと引きずり込まれると、ポイっと、さっきまで二人の政宗が差し向かっていた場所に混ざるよう座らされた。
「……成実、お前首どうした?」
「俺にも、現実を受け止める時間が欲しいだけだよ」
 自分の知っている政宗の言葉に、ハハハと顔を引きつらせて言う。
 小十郎が二人いても直接関わる事がなかったので、好奇心に任せて首を突っ込む事が出来たが、己が関わるとなれば話は別だ。どんなとばっちりが待っているか考えたくもない。
「丁度いいところに来た成実。お前も言ってやれ」
 顔を明後日に向けたままの成実の様子に気を留めるでもなく、もう一人の政宗は主語の無い会話を始めた。
「こいつ、まだ小十郎とやってないんだぞ」
“はいはいさいですか”と流しかけて“ん?”と成実は今の言葉を反復する。
 動きそうもなかった首をくきくきと少しずつ動かして政宗を凝視すると、政宗は顔を真っ赤にして俯いていた。
 絶対見たくないと思っていた政宗の様な男を見ると、半開きの目で向かい合わせの政宗を呆れるように見つめながら、コクリと頷いた。
 成実の口が自然と大きく開いてゆく。
「おまっ、ちょっ、えぇーーーーーー!!」
「なんだよ!! 何が悪いって言うんだ!?」
「悪いもクソもねぇだろ!? 戻ってきたかと思えば目の前で“ぶっちゅーっっ”って見せつけておいて、なんもナシかよ!?」
「なんだよその表現!!」
「なんだよもねーよ!? それ以外なんの表現があるっていうんだ? しかも俺が止めなきゃその場で致す状態だったじゃねぇか!」
「ばっ!! なにいって」
「だから慌てて俺は人払いさせたし、汚れも気になるだろうから湯浴みの用意もさせたし、必要だろうものを一切合切用意させて、そりゃもう滞りなく済むように」
「!!!! あの余計なお世話はテメェか成実!?」
「あ? 余計なお世話って」
「部屋に戻れば“準備万端そりゃもう思う存分やって下さい”な状態に、恥ずかしいわ小十郎はドン引くわ……──テメェのせいで雰囲気ぶちこわしだ!!」
「ぶちこわしだと!? 俺はお前が困らねぇように必要な用意を部屋にさせておいただけだ。だったらなんだぁ? あのまま観客ありの青カンの方がよかったのかよ!?」
「あ、青かっっっ」
 お互い、目をむいたり赤くなったりしながら途切れない言葉の応酬に「まぁ、まあまあまあまあまあまあ」と、葉っぱをかけた張本人が両手を広げながら割って入った。
「まぁ待て二人。色々な要因や問題が浮き出たところで、まず一番最初に片付けなければならない本題があると思わないか?」
 途端、成実の寝違いが政宗に移ったらしく、政宗は静かにそっぽを向いた。
 そんな政宗を成実ともう一人の政宗らしい男は眺めた。
「はー……あれで、あれやのこれやのをしてないって、奇跡なのか我慢大会なのか、つーか不健全な……」
 成実にとってはもう、呆れる以外他はない。別に恋が実ったらやらなきゃいけないと思ってはないが、やっていないのがおかしいとおもえる二人だったのだ。もうできてると疑う余地すらないような。
 小十郎が、モクモクと暗雲を生成している理屈がわかった。
 やきもちを焼いて、ぶつける場所がないのだ。まだここで一発やってれば、もうちょっと拗ね方ややきもち状態が見せられるものだが、やった既成事実もない上に、他の男に対して政宗がまんざらでない表情をしたら、そりゃたまったものじゃない。
 政宗にしてみれば“どちらも小十郎”。十年惚れぬいた小十郎がもちろん本命だとしても、小十郎だ。悪い気はしないはずで。
 思わぬ所で立ち籠める暗雲を晴らせる方法が見つかり、成実は頭を掻いた。
「取り敢えずまぁ…………やっちゃえば?」
「なっ!?」
「それだよ。俺の言いたかった事は」
 ぽんと脚を叩いて、まさしくと言いたげに政宗らしき男は成実を指差す。政宗は顔を真っ赤にして何か言いかけて、飲み込んで、言いかけて飲み込んでを繰り返す。
 そこに同じ顔をした政宗が畳みかけた。
「大体この俺があんな大がかりな事をして、なんてhappy endの大団円!! にしたモノをぶち壊すんだ? 用意してなかった隠しendingを勝手に足された気分だ。しかも、人の小十郎にちょっかい出すなんざぁどういった了見だぁ? あん? 人間の分際で弁えろっ」
 決して怒鳴ってはない。が、語尾を言い切ると同時に外の閃光が部屋の中まで入ってきたかと思えば、バリバリバリッと雷鳴が轟いた。
 眉間に溝を作って成実は目を閉じる。解ってしまったいやーな自然現象のカラクリを“気のせい気のせい”と言い聞かせながら。
 そして、カラクリに気付かない……いや、気付いていたところで臆す事の無いだろう政宗が牙をむく。
「ったこっちゃねぇだろ!? 大体権現だか何だかしらねぇが、何でも自分の思い通りになると思ったら大間違いだ。それにテメーの小十郎が俺の元に現れたのは、てめぇの小十郎の意思だろうが。俺から関与が出来ないのはテメェが一番よく解ってるだろうが。もっと言えば?俺の小十郎となんもなってないのに、テメェの小十郎にまでちょっかいかける暇なんぞあるか!! そんなに心配になるとは、さては偉そうな事言っておいて、テメェは小十郎を繋ぎ止めてる自信がないのか。han!」
 後半逆ギレの政宗の言葉に「うぐぐぐ」と唸る、一応位の高いらしき政宗に合わせ、空がゴロゴロと鳴る。
 成実は溜息を吐いて「まぁ、まあまあまあまあまあまあ」と二人の間に両手を広げ、割って入った。
「まぁ、ほら、とにかくやっとけ。そうすればはた迷惑な問題も解決する」
「やっとけって……てめぇ他人事みたいな」
「他人事だろう? 俺事になってどうする」
 横で黙ってうんうんと頷くもう一人。
 ここは一つ、もう一人の政宗に喋らせるよりは、自分が聞いた方が穏便に済むだろうと成実は言葉を続けた。
「大体、なんでやってない?」
「……それは俺が聞きたい。」
「呼びつけてしけ込めば済むじゃねぇか」
「そういう雰囲気を避けられてるし、その、」
「その?」
「緊……張……がな」
 ぼつりぼつり言って政宗は俯く。目の前で乙女化の進む奥州筆頭に、かける言葉が見つからない。
「緊張も何も、目の前でぶっちゅーってやっときながらそれはねぇだろう。あの時周りにいたヤツらは間違いなく二人は行き着くところまで行き着いて、おはようからおやすみまでくんずほぐれつ関係だと思ってる事は間違いねーな」
「……だから、その表現と例えやめろ」
 自動的に展開される話を余所に、もう一人の政宗は少し難しい顔をして何かを考えていたかと思うと、ちょいちょいっとこちらの政宗に対し軽く手招きをする。不思議な面持ちで前屈みに頭を寄せる政宗と、呼ばれてもないのに好奇心がたち、同じように成実も頭を寄せる。そしてもう一人の政宗も頭を寄せ、大の大人が頭を付き合わせてひそひそ話をしはじめた。
 誰が聞く訳でもないというのに。
「……お前、突っ込む方がいいのか?」
 同じ顔した自分であって自分でない者の言葉に政宗は、ぎょっと目をむくと同時に顔を真っ赤にさせ、否定しようと大きく口を開けながら、自分を含めたこの体勢に慌ててぼそぼそと話し始めた。
 別に小声で言う必要もないのだが、どうもこの体勢を組むと小声になってしまうのは人間の心理か。
「突っ込むって……別に、そこまで具体的に考えてねぇよ」
「あー……関係がないっていうのはそれが原因かもな。女落とす時、結局『落とすぞ!』って意識まずありきなわけだし、具体的にどちらかが意識してそうしない限りは」
「成実、その結論からすると、こちらの小十郎はこいつに興味がないっていう事にならないか?」
 途端、ズーンという効果音がこちらまで聞こえる様に、政宗は前のめりに項垂れる。
 容赦ない言い様だなぁともう一人の政宗の、あまりの“らしさ”に呆れつつ、そこはフォローを入れてやる。
「それはねぇと思うがな、あれほど恥ずかしいぐらいぶっちゅーってやらかしてるから」
「だから、その表現やめろ」
 項垂れながらもそれだけは耐えられないらしく、キッと政宗は成実を睨み付ける。
「じゃぁこいつらが出来上がらない原因はなんだ? 色気か? hasn't got any sex appeal.」
「色気ってなぁ。媚びでも売れと? useless!」
「変なところでへっぴり腰になるからなぁ。あれだ。押し倒してみれば?」
「具体的に想像もつかねぇよ。成実。大体考えてもみろ。あの小十郎をどうやって押し倒すんだ」
 そんなもの当の本人ですら思いつかないモノを、成実が思いつく訳がない。しかし、この二人が既成事実を成してもらわなければ、それは色々、色々問題がありそうな訳で。
 有無なく、色っぽく押し倒せる方法……。
「あ。」
 顔を上げ、姿勢を正して成実はポンと胸元で手鼓を打った。
 合わせて二人の政宗も顔を上げる。それを確認して成実は言い放った。
「夜這いだ」
「はぁ!?」
 声を上げる政宗とは対照的に、これまたもう一人の政宗もポンと胸元で手鼓を打つ。
「それだ。大した色気もなく雪崩れ込める。それがいい」
「!? お前ら」
「わかった。今夜は小十郎の棟の辺り人払いさせとくわ」
「What!?」
「あぁ、やっとこれで安心できる」
 ふうと胸を撫で下ろし安堵するもう一人の自分と、横で“うんうん”と頷く成実に「勝手に話を進めるなテメェ」と、怒りを露わにしようとした政宗だったが、途端、ピカリと外の閃光が部屋の中に入り込み、その光は、ニコリと不気味に微笑むもう一人の自分の顔を浮かび上がらせた。
「いい加減、結論の出ている事にとやかく言うな。俺だろ? 男を見せろ」
 ガガガガガンっと近くではないモノの、耳を劈くような雷の音が鳴り響く。
 取り敢えず二人が出来上がる事によって、城内の暗雲もこの所の不安定な天候もなくなる事だけはよくよく理解して「そうなると今日は……」と、暗雲の唸る音を聞きながら、成実はまた余計なお膳立てを考え始めていた……。





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