伊達成実の選択

 伊達成実シリーズ7







 日中の日差しがあるところは温かいが、まだまだ寒い春の初め。
 ただ今奥州は残念ながら平和である。
 いや、戦が商売な所があるからって別に進んで戦を望んでいる訳じゃないが、人間暇だと問題が陸な方向にいかねぇんだ。だから平和も暇も休み休みにして欲しい。
 目の前の人物を見ていると、身をもってそう思う。
「って、聞いてンのか成実!?」
「──聞いてる。」
 眉をつり上げ前のめりになって訴える従兄であり奥州筆頭である男・伊達政宗を眺めながら、俺は火鉢の上で焼いていた食べ頃の焼き餅を醤油の張った小皿に口の中に取った。春っていったってここはまだまだ寒いんだぜ? 夜なんか冬とあんまかわらねぇし。六月になった所で、暖房器具は片付けられない。
 そそそ、挨拶が遅れて申し訳ない。俺の名前は伊達成実。伊達三傑の──って、こんな真面目な紹介文いらねぇんだこの話に。大体役職名とか立場言ったって、全然それに関わった話になった試しがない。だから簡単に自己紹介すると、俺はこの目の前に居るやんちゃくれの城主・政宗の無茶な恋路を諌める役──になりつつある、一歳違いの従弟である。
 うん。恋を諌める。まぁ本来他人の恋なんて犬も食わない何とやらでほっときたいのは山々なんだが、ほっといたらおかしな事に成りかねない……っていうか絶対成る恋をしている。簡単に言えば身分違いの恋。で、普通、身分違いの恋といえば周りに対して秘密にして、密やかに慎ましやかに愛を育んでいた矢先、思わぬ事件でばれてしまったどうしよう!? って所を『何言ってンだよ、祝福するぜ』なんて周囲の奴が主人公の二人を祝福し、フォローしつつハッピーエンドになる……ってのが鉄板だって言うのに、
「小十郎の野郎、畑にかまけて俺の相手をしないってのはどういう事だっ!?」
 ──これだ。初っ端からこれである。
 隠す気なんてさらっさらないだろう恋。寧ろ選挙カーで宣伝しまくりそうな。しかもなんてーの? 内容も大概だが、それを一々言ってくるのも大概で。政宗は俺より一歳年上だから十九で、でもって奥州筆頭なんて立派な立場のくせにヤキモチは天下一品。今回の相手は畑である。
 畑。はーたーけ。
 ……冷静に考えなくてもさ、なんかこう、おかしさわかんない?
 一応説明しておくが、政宗の恋の相手は片倉小十郎といって同性。でもって政宗が“梵天丸”って呼ばれてる、こーんなちっこいころから傅役を務め……って、こんなってどのくらいって? え……うん、想像に任せる。とにかくちっこい頃から傍に居た男。男の目からしても確かに小十郎はいい男だ。見目も頭も身体も心根も──そりゃまぁ多少荒っぽいところはあるが、それは愛嬌(?)ということで、いい男なのは認める。で、そんな男がだ、物心ついた矢先から自分に無条件に傅くわ、惜しみなく愛情を注いでくれるわ、勿論怒る時は怒ってもくれ、命を賭けて守ってもしてくれ……そんな事を十数年されるとまぁ、憧れだったモノもどこかですり替わってもそりゃおかしくない。でもってそんな恋はつい最近実ったのだ。
「聞いてるか成実っ」
「聞いてる。つかそっちの餅、そろそろ焦げるぞ」
 餅に興味を示さずブツブツ言ってるからといって、決して餅に興味がない訳じゃないことも知っている俺は、少し醤油の浮かぶ小皿に食べ頃の餅を取ってやり差し出すと、まだブツブツと言いながらその皿を受け取った。
 あれだ。生まれもっての殿様なのだ。自分が何かをしなくとも周りがいいようにあれもこれもとやってくれる。──いや、周りっていうかあれだ、小十郎だ。小十郎が一から十までやっちまう。毎日ずっと付きっきりでそれをしている訳じゃないが、居たら居たでかゆい所に手が届くなんて生易しいほど、それはそれは政宗にいいように動く。が、
 全員そうだと思うな、政宗。小十郎は特殊だ。でもってこじゅ兄甘やかすな!!
 大体だ、大体、そうやって甘やかしてるからこーんなつまんないことでぶーすか言い始めるんだ。よくよく考えても見ろ、こんな大した話の山もなく、山どころか水たまりのようなほっときゃ乾いて無くなるような話題、みんな見飽きたって。何回テンプレ繰り返すんだよ。それとも俺はどこかでスキップボタン見落としてるのか?
「それとも分岐ツリーの選択を……」
「……成実?」
 けほんと咳払いをして誤魔化す。おもった事が口から出てしまった。
 分岐ツリーの選択はイヤと言うほど間違えてきたので、俺は攻略方法を理解したんだ。面白そうな選択よりも無難な選択。人生成功の選択はまさにこれ!──と解ったんだが、問題に触れず触らず近寄らずを肝に銘じた矢先、小十郎から政宗の見張りを頼まれこの有り様。
 真面目に仕事してるから休憩に餅を持ってきてやった……この選択は別にありだよな? 間違ってないよな? 分岐の選択間違ってねぇよな? なのになんでこの有り様……。
 ともかく、ともかくだ!
「小十郎の畑馬鹿は今始まったわけじゃねぇじゃないか。それをとやかく言った所でどうなることでもないだろう?」
 そう言って話をまとめてやると、まだ食べていない餅を喉に詰まらせたように「うっ」と政宗は言葉を詰まらせる。
 小十郎の畑への愛情は並々ならない。俺が時宗丸と名乗り、政宗の学友として米沢に連れられた小さな頃から畑に構っていた。“嫡男の傅役”と言ってもその頃の政宗は引っ込み思案だわ暗いわ性格悪いわ(あ、これは今もかわらねぇか)と、頭向きの性格ではなかった。しかも小十郎は武家の出でもないわ、若いわ、一言で言えばペーペーだわ、正直政宗の乳母を務めてた喜多姉ちゃんの方が地位あるんじゃね? な状態だったので、畑を耕すのは食い扶持を少しでも軽くするためもあったと思う。
 ま、そんなわけで、今更何を言おうと間違いなく小十郎のライフワーク。取り上げるのはまず無理だ。
 もごもごと玄米の混じった粗めの餅を頬張りながら政宗を眺めていると、むっすりと口を曲げながら同じくもごもごと餅を頬張りだした。
 あーあーもぅ。そんな顔してたら上手いもんも不味くなるだろうが。
 ゴクリと呑み込んで俺は、仕方なく「で?」と続けてやった。
「?」
「小十郎にどうして欲しいわけだよ」
「どうって?」
「仕事は完璧にこなしーの、お前の相手だってしてない訳じゃねぇんだろ? これ以上小十郎になに望むんだ」
「なにって……」
「小十郎だって一人の時間は必要だろ? それぐらい大目に見てやったらどうだ。束縛のキツイ相手なんて、最初は良いが度を過ぎればうっとーしがられるだけぜ?」
 ぐぐっと又政宗は息を詰まらせる。へぇ……この感覚は政宗でも解るのかと思いながら、俺は餅を又頬張った。んでまぁ、そんな忠告して政宗も少し納得を見せたが、俺はないと思ってるんだ。
 何がないって? 小十郎が政宗の束縛を鬱陶しいなんて思うわけねぇっていうの。
 そりゃ一応、い・ち・お・う小十郎だって人間だから、やれやれなんて思ったり、いい加減にと思う事はあるかも知れないが、根本の所、政宗の行動を鬱陶しく思うなんてまず有り得ない。ありゃ政宗に対してだけ母性の海が備わってる。かといって政宗がこれ以上それを自覚すれば、それはそれは怖ろしい事が起こる。絶対起こる。明らかに起こる。ので、俺は釘をさした。この選択も間違ってないはず。
 政宗は俺の一言に対しなにも言わず、神妙な面持ちで手元の餅を睨んでいる。
 これで少しは大人しくなれば……と思っている矢先、政宗は勢いよく立ち上がった。
「!? なに、どうした」
「──かける」
「は?」
「出かける。」
「出かけるっておい、まさか」
「小十郎の畑に行く」
「行くって、おい待てよ!」
 ツカツカと歩き出した政宗の袴の裾を座ったままギリギリの所で掴み、歩みを止めることに成功した。
「なんだぁ?」
「なんだぁじゃねぇだろう。仕事どうするんだ? ワーク。政務! 残ってるだろう!?」
「そんなモノ後だ」
 わぁ。国を丸投げられた。国民に見せられない事実。
「仕事ほっぽいて来たってバレたらそれこそどやされるぞ!?」
「あぁ〜?」
 ギッと上から睨み付けられて、俺は思わず手を放しかけた。
 殺気だ。殺気に満ちている。
 だがここでほっぽいたら、後からこじゅ兄の極殺に晒される。
 前門の政宗、後門の小十郎。うん、俺、うまいこといった……ってそうじゃなくて。
「今日は真面目に仕事しろよ。聞きたいことがあるなら小十郎が帰ってきてからでいいじゃねぇか」
「帰ってきてからじゃ意味ねぇ。又のんべんだらりと躱される」
 又って……躱されてんのか? っていうか既に問い詰めてるのか? 畑相手に。……小十郎って大変だぁ……。
「だからって行ってなんとなる事でもないだろう? 大人しく」
 見上げた視線の先の政宗の顔は影でよく見えなくなっていたというのに、何故かあの伸びきった前髪の隙間からギラリと不気味に目が光り、俺は咄嗟に裾を放す。それを見計らい政宗は袴を少し整えると、迷いなく部屋を出て行ってしまった。
 えっと……多分直行で小十郎の畑だろうな。…………ふん。分岐フラグ立ってやがるな。それぐらい俺にだって解る。でも行かねぇぞ。行ったら絶対ややこしい事が起きるんだ。餅だってまだ残ってるしさ。
 その場にごろりと横になる。
 行かないからな。絶対行かないからな。行かないったら行かないからな。
 期待されても俺は絶対行かないから! 俺は普通の日常送りたいっ!! 平和じゃなくても良い、痴話喧嘩に巻き込まれさえしなければ!!
 俺はもう二度と、分岐フラグを掴み間違えないって心に決めたんだ──!!













 俺は、同じ轍を踏まないって決めた。だからここはグッと、


     いかねえ。絶対いかねぇ。何が起こっても高みの見物。 → プランA

     グッと堪えて、話が訳も解らずでかくなったりしたら…… → プランB