伊達成実の選択  そんなこんなでプランA

 伊達成実シリーズ7







 そして、俺は──スルーした。
 うん。スルー。綱元がよくやってるスルー。だからスルーというのは特殊なことではない。大体俺はいつも政宗に構い過ぎてたんだ。だからこれが普通の生活への第一歩。ループからの脱出法。
 そんな事を自分に言い聞かせるように決心し、やる事もないのでぼんやりゆっくり仕事をしていたにもかかわらず、気がつけば粗方片付いて、最後の一枚も終わり俺は筆をゆっくりと置いた。
 …………………………。
 べべべ別に政宗の行動が気になって落ち着いてられないから真面目に仕事してた訳じゃないんだからね! 小十郎の雷回避用の免罪符作っていたわけでもないんだから!! ──ってハァ。なんか一人で挙動不審者になっちまった。
「あ〜あ」
 ドスンと背中から倒れ、床に大の字になる。……付いていった方が良かったかなぁ……なんて考えない訳でも無いが、スルーって言うのはつまり“相手に必要以上干渉しないこと”。……でもそうなってくると、俺、干渉しまくるほど自分に暇だった訳か? なんかそれって虚しくね? 自分の事じゃなくて相手のことばっかりって。それって超つまらねぇ人間じゃねぇか? だってそれがそのまま行ったら自分の事は棚に上げて、口ばっかり挟んでくる奴じゃねぇか。
 ごろりと身体を横にする。そんなのはなんかやだなぁなんて。そこまではやってないとは思うけど(今の所政宗のせいだし。全部)、干渉はしたくねぇ。だって度が過ぎればただの俺ルールを押し付けてるだけになるからさ。むずかしいなぁ。そういうのって。俺は、問題は山ほどあるけど、今の政宗が好きだからな。だから余計な事したくねぇんだ。だってさ、よくいるじゃん? 参考までにじゃなくって、あれこれ自分ルール押し付ける奴って。それが社会常識として……なんて言うけれど、それってただのテメー好みの常識押し付けてるだけじゃ? って思う。それって、ありのままを愛してないよね? 好きじゃないよね?って思うんだよな。アンタの手に収まる理想な形で愛でたいんだ……って。
 だから俺は、政宗に必要以上干渉してるならいやなんだ。人はみんな、手に余る人であって欲しい。それが正しい姿だと思うから。特に政宗は奥州筆頭だしな、手からどんどん溢れる存在で、憧れの存在であって欲しいんだ。こっちの枠なんてお構いなしでさ………………  ってなんだ? 俺何話してる? なんか自分で言っててよく解らないこと話し出してるぞ? くそ、真面目な事考えようとしてもよく解らなくなるって、それってどうよ。俺の人生休むに似たる?
 にしても、小十郎なんて干渉しまくりなのに何でおかしくなんないんだろう……なんてふと考えてちょっと絶句した。だって、あいつの干渉は全部政宗のためだもん。自分の理想とか欲とか、そんなんじゃなくて政宗のみのため。
 例えて言うなら普通、少なからず“自分の主だから立派であって欲しい”なんて考える。つまりそれって、細かく言えば主のためじゃなくて自分の見栄のためだ。その見栄を公言するかしないかは兎も角、己のためだ。だがどうだ、小十郎の場合ってのは、全てにおいて政宗のためだ。自分の事など二の次三の次ぎで仕えている結果として自慢の主になってるわけで。
 つまり、それだけ自分を擲ってるからこそ、あれだけ干渉してもおかしくないし、小十郎自身つまらない人間にならないって訳か。
「……」
 なんか、不思議だ。関係とか、そういうものって自然と出来るものだと思ってた。でも違う。
 親が子供に干渉してくるのは、それだけ愛情に責任を持っていて、自らを擲つ覚悟があるから。小十郎のそれは、親に近い愛情と責任を持っているからこその干渉だ。だからこそ政宗も文句を言いながらもそれがいかに大事で重要なのか解ってるわけだし、でもって惚れてしまったわけで。
 相手に、どれだけ向き合う覚悟と責任を持っているか、どれだけ愛情があるかで関係が変わってくる──当たり前で今更で、こんな単純な事に俺はドキリとした。
 スルーをする事が愛情のない行為だと行っている訳じゃないし、かってに“自分は相手のためにこうしてあげてるんだ!”なんて知らないうちに自分に酔った正義の味方になりたくもないが、俺自身はどの程度真剣に政宗達と向き合う価値があるのかな? 知らないうちに伊達三傑なんて言葉の上に胡座かいてないかな? もしかしてさ、今の今まで選択を間違ってたんじゃなくて干渉する選択を引いたところで、それを解決できるスキルが俺になかっただけの話だったりして。
 それってつまりは…………………………って、ん?
 グルグルと、悩みだか哲学なんだか鬱なんだか自分で考えていて考え直すとよく解らない思考に半分脚を突っ込んだ頃、板の間を伝ってなんだか慌ただしい足音が響く。なんだなんだ? せっかく、おかしいところはいっぱいあるが一ページかけてシリアスムードに路線変更したってのに。
 ゆっくり身体を起こそうとした最中、ドスドスドスと部屋へ近付く足音が聞こえた。荒い音だが政宗の歩き方じゃない。あいつは怒っている時、廊下の板を踏み抜きたいその思いを隠さないで歩く。が、この音は抑えてるつもりだが抑えきれない怒りが漏れ出た的な……。
 いやぁな予感。
 上半身を起こした瞬間、部屋に差し込んでいた障子越しの光が半減した。障子越しに人影が差したせいだ。そして俺はその影の形だけでだけで誰か解った。
 すぱーんっと気持ちのいい音と共に、障子が全開になる。
 びゅぅっと、春一番の様に吹き込んできた少し肌寒い風と共に、そこには、障子に差していた影よりも濃い影を背負った小十郎がたっていた。
「……これはこれは、昼寝の最中でございましたか成実殿……」
 黒い影……いや、小十郎は、それはそれは言い声で問いかけてきた。
「……いや、もう夕刻に入るだろうし、加えて言えば今仕事が済んで一息吐いたところだ……」
 まるで真剣で間合いを計るように俺は言葉を交わす。
 ゆっくりと、異様な光を放つ瞳だけを動かし、文机の上を一瞥してから小十郎は視線をこっちに戻す。
「それはそれは。優秀なことで……」
「そりゃぁ……どうも……」
 以前、政宗に極殺状態で追いかけ回されたことがあったがあれはまだいい。なんて言うのかな、自分の力で生きる道が切り開ける気がするから。でも本家小十郎はそう言うんじゃねぇ。それこそ、指の先でもヘタに動かした瞬間首が飛びそうな緊張感。あちこちに変な汗が……
「ところで成実殿、」
 一歩一歩歩みを進め部屋の中に入ってくる小十郎に対し、俺は少しずつ起き上がりながら腰を浮かせ後ずさる。
「こちらの仕事を進めるのもよろしいですが……」
 パリパリッとどこからともなく空気の摩擦音のような異様な音が聞こえ始め、俺は目だけを動かし周囲をぐるりと見渡すが、異常なものは何もない。──目の前の小十郎以外は。
「もう一つ大事な仕事を忘れてやしねぇか? あぁ!?」
 小十郎の声が転調したと同時にバリッと、大きな静電気が発生したような音が鳴り、首を引っ込める。
 あーっ、クソッ! 巻き込まれねぇように行かなかったのに結局はこうかよ!? つーか、クソ。ただ殺されるのはやだ!! 俺にだって言い分はある!!
「俺は止めたぞ! 仕事は果たした! 何故どうして怒られなきゃならねぇっ」
「仕事を果たしたぁ? 俺はテメェに政宗様を城から出すなと伝えたはずだ。それが出て来るのは果たしたとは言わねぇなぁ」
「確かにそうだ。確かにそうだが一つ見誤っているぜ小十郎っ」
「ほぅ……言うだけいってみろ。聞いてやる……」
 うわぁ。声が落ち着いてる……くそっ、勝てる気がしねぇっていうか、勝たなくて良いんだ。ここでやる事はただ一つ。
「テメーと政宗の痴情のもつれに俺が責任取る筋は無いはずだ!!」
「な……に?」
「確かに俺は政宗を止めたが逃がしちまった。が、理由は一つ。畑にお前を取られてヤキモチ焼いて出ていったっていう、そんな他人の恋路まで首を突っ込む責は無い!」
「なんだ……と?」
 濃かった影が薄くなって、小十郎の表情が見え始めた気がした。それは、俺の言っている事が解らないと言いたげな、当惑した面持ちだった。
 え? どういうこと? 何で当惑してるわけ? なんか噛み合わないこと……あるの?
「……小十郎、俺の言い分、解るよな? 別に俺は手をこまねいて逃がした訳じゃねぇぜ? 政宗が畑にヤキモチを妬き始めて部屋から飛び出しただけだ」
「畑に……? しかし、政宗様には朝、近隣の作物の成長を見て回るとお伝えしたはずがなぜ……それに政宗様は……」
 あ、いつもの小十郎に戻ってきた。
 俺は引けていた腰をただし胡座をかくと、トントンと前方の床を叩いてその場に座るように促した。
「嘘はいってねぇ。嘘言ったって俺には何の得もねぇからな。政宗は畑にやきもち焼いて城を飛び出した。そんな事に対して、俺は必要以上に関わって止める責は俺にねぇよな?」
「──いやしかし!」
「確かに、身の危険だとか軽率だとかあるかもしらねぇが、そんな箱の中で大事に大事に育てる対象でもないんだし、第一、その軽率な行動の原因を作ったのは誰でもない小十郎、おめぇだ」
「!!」
 よし、よし! 勝たなくっていいんだ。責任を転嫁すればいい。っていうか元々問題は二人にあるんだから俺は何も間違ったことは言ってねぇ。正論だ。正論。
 心の中でガッツポーズをした時、すとんっと、脚の力が抜けたように小十郎はその場に腰を落とし「しかし……」と何やらブツブツ呟いている。
 完全にいつもの小十郎に戻ったのは確かだが、どうも様子がおかしい。
「……小十郎? なんか、あったのか?」
「いや……その、お前の言うことは正しいとして」
「嘘は言ってねぇぞ」
「……そうとして、政宗様は畑のことは何も」
「は?」
 え? 畑にやきもち焼いて飛び出したよ? 確かにそのはずだよ? だって、それじゃなかったら一体、
「じゃ、政宗、小十郎の所に何しに行ったっていうの?」
「だから成実がまた良からぬ事でも吹き込んで、」
「ひでぇ濡れ衣だ。ンな事するわけ無いだろ。──っていうか一体全体何があったの?」
「……解らん。」
「はぁ?」
「いきなりやって来るなりコソコソ隠すなであるとか無理はしなくていいであるとか、嫁取りに反対している訳じゃないとか、何の話かさっぱり……」
 ちょ、何なの? その超展開。俺も何の話かさっぱりだよそれ……。
「え? なに? で、政宗は?」
「お部屋にお戻りだ。だが話をする雰囲気じゃねぇ。一体、何が何だか……」
 俺も何が何だか……
 畑だよな? 確か畑にかまけてて腹が立つって話で出ていったよな? なのにどうして小十郎の嫁取り話になるんだ?
 政宗、どこから話が飛躍した……。絶対話のオーパーツがある。
「小十郎、ともかくさ、城を出て行った時の話題はお前が畑にかまけて相手をしないっていう……なに? その顔。」
「いや、畑にかまけてと……そんな事を政宗様は本気で?」
「本気も何も、ガチだガチ」
「はぁ……しかし畑……」
 眉が「解らない」と訴えるように寄せられ、小十郎は首を捻る。
 うん。政宗理解するのは無理だ。超展開引き起こすしな。
 二人で向き合って腕を組み「う〜ん」と首を捻るが、ひねっても何しても出ないものは出ない。
 あぁ、こんな事ならついていくべきだったか。
「なぁ小十郎、話を整頓しようぜ。とりあえず、ここを出たのはお前が畑にかまけてるって事で出ていったんだ。で、お前の方は?」
「こっちは畑も何も、いきなり土手を馬で駆け下りて来るなり、コソコソするなであるとか、どうせしおらしいのがいいに決まってるだとか、何が何やらさっぱり……」
 ホントさっぱりだ。俺と小十郎の話をつなぎ合わせるのはまず無理だとわかった。じゃ、繋がらないなら原因だ。原因。
 ──そうだ、原因!
「小十郎!」
「!? なんだ一体大声で」
「全部小十郎が原因じゃねぇか!!」
「は? 何を一体」
「政宗が何やってるかっていえば、全部お前へのヤキモチじゃねぇか」
「やきもち……といわれても、畑であるとかいきなり濡れ衣をかけられてもだ、」
「確かに、確かに畑も濡れ衣もかっ飛んでいて政宗が悪い。──が、そういう事思わせる小十郎に原因があるんじゃね?」
「俺に!?」
“心外だ”と言いたげに小十郎は目を見開く。確かに全身全霊政宗に捧げてる身にこの言葉はカチンとくるだろうが、
「小十郎が政宗の事をだぁ〜いじに思っているのは解ってる──“が”、それ、言ってる?」
 物凄い間が空いた後、小十郎は「……は?」と一言聞き返した。
「だから態度で表してる?」
「?」
「つまりだな、政宗がいつも捏ね出すのってさ『小十郎って俺の事好きじゃないかも』って不安からなような気がするんだ」
「まさか!!」
「いや、ほら小十郎お前って……」
「この小十郎、誠心誠意をもって政宗様にお仕えし、身も心も今生そして許されるなら来世に至ってもこの魂を政宗様のものと固く誓って……それを、他のものに移ろう程度の心と考えられ不安を抱かせてしまうような、そのような態度を俺がっ──」
「わー! まて、超重いっていうか、その重さは政宗だってわかってんだ。もっと言い換えたらお前の気持ちを疑うなんて馬鹿な事だっていうのも解ってるはずだ。その上で、その上で一言が欲しいんだよ」
「一言?」
「“好きだ”とか“愛してる”とか、こう、具体的な……」
 と、俺が言うと、目尻が裂けそうなくらい瞳を見開いたまま小十郎は──固まった。
「もしもーし、こじゅ兄? 小十郎さーん」
 あまりの反応の無さに俺は小十郎の肩に手を掛け、ゆさゆさと揺らすと、ハタと我に返った小十郎は顔を真っ赤にし始めた。
「そ、そんな事を軽々しく……」
「いやさ、俺の短い経験上、ま、俺は女しか付き合った事無かったけど、好きだから一緒にいたり付き合ったりしてるのによ『私の事好き?』的な事を確認取ってくるわけだ。そんなの当たり前なのによー」
「……女子と政宗様を同列に扱うのは無理がありすぎないか?」
「いや、同列に扱えとはいわねぇ。第一アレが女にでもなればそりゃ嫁の貰い手は小十郎しかいねぇ……って話がそれた。だからそうじゃなくて、人間さ、当たり前の事を確認するって事も必要なんだって、なんていうかな、その、俺さ、政宗の事も小十郎の事も想ってるけど、その、ちょっと口挟みすぎかなって悩んでた」
「何を──成実は、いつも俺や政宗様の事を想って親身になってくれている。挟みすぎもなにも、その心がどれだけ救いになるか」
 俺は、真っ直ぐ俺を見つめて微笑む小十郎に、上手く微笑み返す事が出来なかった。
「感謝してる。」
 畳みかけられた言葉に、じわり、胸にくるモノが。
 チクショウ。前から解っていたがいい男だぜ。
 そうだよ。政宗だって小十郎だって飛び抜けていい男だから俺は素直に従えてんだ。情け深いから想っちまうんだ。それで──
「小十郎、」
「ん?」
「今の一言で、どれだけ俺が救われたか解るか?」
「なに?」
「……人間さ、馬鹿らしい事だけど疑えるんだ。想ってるからこそ、想いが深いからこそ疑えてしまえるんだ。自分の想いは正しいのかって、相手は……想ってくれてるのかって。そんなの、本当は解りきった事なのにさ、信じてることでも疑えるんだ。深けりゃ深いほどわかんなくなる。馬鹿な事、考えちまう」
「成実……」
「だからさ、」
 だから、
「ここは騙されたと思って政宗に思いの丈、伝えてこい」
「……は?」
 小十郎の眉が又綺麗に寄った。
 うん、巻きはいってるが、とにもかくにもこの話は絶対そういう事なんだ。
「いや、だから、騙されたと思って伝えてこいって。多分それで全部まるっと収まる気がする」
「しかし、政宗様の……」
「だから、政宗の言い分とか全部無視。それを言ったら色々、何でそんな超展開言い始めたかとか解るって。もし、今の現状が変わらなかったり、どうする事も出来なかったらさ、俺の首でも何でも持って行っていいから」
 すると、眉を寄せたままではあるがクスリと小さく笑って、小十郎は息を吐いた。
「確かに、他に何とないが」
「藁掴むくらいなら俺掴んでよ。政宗の事、好きなんだろ?」
「それは──もう」
 ただ口端に上げるだけの笑みはたったそれだけで、敬愛も慈愛も恋慕も、何から何までひっくるめられていた。
 俺も笑う。今度は上手く笑えた。
 だってさ、この小十郎が好きだからさ。政宗が好きだからさ。
「じゃ、それ言ってきてみてよ。何にも変わらなかったら俺、何でもするし」
「二言は無いな?」
「あったりまえだ。武の成実に二言があってどうするよ」
 その言葉に小十郎は少し仕方なさげに腰を上げると「行ってくる」とだけ言い残し、部屋を後にした。
 そして俺は──その場に大の字になる。
 疲れたからじゃない。なんて言うか、心地よい決心が身体を満たしていたからだ。
 小十郎と話してて解ったんだ。俺、ループから出られないって。ここに居る限り多分、政宗と小十郎はずっとあんな調子でさ、ループから出たいならあいつらから俺が離れるしかねぇもン。でもよ、俺、二人が好きなんだよな。でもって伊達軍が好きで。だったら、ループしようが何しようが離れられるわけ無い。
 だから決めた。無駄な事はしない。それに今回スルーしたけどよ、したらしたですげぇ落ち着かねぇ。でさ、最後まで見届ける覚悟があるなら巻き込まれた方が落ち着くかなぁって思った。……確かに、損な性分だと思う。でも、

 あんな真ん中ごっそり抜けた話を一々持って来られるのもいい迷惑で。

 どうせ持って来られて巻き込まれるなら、ちゃんと見ておいた方がいいかな? なんて。進んで巻き込まれる気はさらさらないが、巻き込まれるなら頭の先から爪先まで。うん、これだ。

 俺は、ここに居るという……いや、二人の元に居るという時点で、選択してんだからさ。





 そして、俺の指摘は大当たりだったらしく、大きな騒ぎもなく収まった。結局、どういった流れで小十郎の嫁取り話になったのかは解らないが、十中八九政宗の早とちりに違いなく、その誤解を解くための時間が設けられれば、どうって事ない話な訳で。
 ここまでの俺の選択は“間違っていない”──というよりも、やっぱり二人の元にいる限り俺に選択肢は無いと改めて痛感したのは次の日で。




 前日に引き続き本日もお日柄が良く、それはそれは物事が上手く進みそうな春の日差し。
 なんかね、こじゅ兄が昨日政宗をお外に出すなと俺に言ってたのは、仕事が残っていたのもあるがそろそろ予定していた商人達が来るかも知れないという危惧からだった。商人って言っても小物を扱う商人じゃねぇぜ? 大きな商談を任せる相手。ま、ほとんどは小林の旦那が片をつけるが、ヤッパ時々は政宗から声をかけてやるのは発奮にもなるし、親密度も上がるし、また良い情報が得られるかも知れないからな。
 なるほど。そりゃせっかく来たのに政宗不在は駄目だよな。例えば前日に一羽目外してすんごい遠くに出かけたり、厄介事背負い込んで予定した謁見なくなったら損だもんな。
 な!
「……こじゅ兄。」
「……」
「確かに俺は昨日政宗を城に縛り付けておくことは出来なかった。うん。それは悪かったと思ってる。こじゅ兄が、春の初めの商談で商人との場をもたせようとした考えもよく解った。だから今日は是が非でも城にいてもらいたい気持ちも良く解った。でもな、こういった形で城に縛り付けてるのはおかしいだろうが」
「……は。」
「昨日城を抜け出して、山間の畑にまで馬走らせるほどピンピンして帰ってきたうちの当主が、どうして次の日流行病になるかなぁ? あぁ〜?」
「…………は。」
「そりゃぁたしかに? 夕餉の席は出てこなかったが、まぁ筆頭ともなれば一人で食べたい事もあるだろうが、小十郎、つきっきりだったよなぁ──風呂まで」
「──……」
 俺は目の前で猛反省中のこじゅ兄を腕組みながら眺めた。
 政宗は、布団と仲良くなって朝から出てこようとしない。商人達がやって来るらしい時間帯はお昼を少し過ぎた頃だと先見の者が連絡を寄越した。
 もうすぐ昼だ。相変わらず政宗が起きる気配はない。そんな政宗の尻を叩く役のはずの小十郎は……それが出来る訳もなく。なんせこの現状を作った原因なのだから。
 で、ちょっと政宗の加減が悪いということで一日先延ばしにする案、もしくは俺が代わりにっていう代替案を出してきた。
 ……いや、どっちも出来るよ? 出来る出来ないっていえば出来るさ。でも不自然だ。ものすごーーーーーーーく不自然だ。
 城内の奴ら、昨日いちゃこらと小十郎と一緒に風呂に向かう政宗の姿見てるぜ!? 城の外だって政宗目撃してるんだし、別に風邪になる気配もない。
 のに風邪。上っ面のは保たれるけど、なんかこう、色々考えられるよな。
「叩き起こせそうにないの?」
「いえ、起きてはいらっしゃいますが、」
「あ、腰たたねぇのね、そうね、うん」
「…………」
「なに? その目。言いたいことがあるなら言ってくれていいんだよ? こじゅ兄」
「……いえ……」
 俺の選択はあるようでないんだ。何せ俺は伊達の正当な血筋だし、この国が好きだし、何より政宗だってこじゅ兄だって綱元だって……兎に角言いだしたらきりがないほど、端から端まで大好きなんだ。だからここにいることが無限ループになる原因だからって、俺はここから離れる気はない。それが俺の選択なんだ。
 ──が。
 このバカップルの無限ループ、一つ気付いたことがある。毎度問題もってくるのが政宗だったから気がつかなかったが、バカップルの問題に巻き込まれるって事は政宗だけの問題じゃなくて、目の前の、一見人間出来ている風に見せかけて酷く天然で欠陥多数な小十郎にも原因があるって事に今更ながら気付いた。
 毎度毎度そうだ。政宗が問題もってくるのはやれ小十郎に勝てないだの、やれ小十郎が相手しないだの、やれ小十郎が浮気しただの、毎度毎度毎度“小十郎”なのだ。つまり政宗の無茶ブリやわがままの陰に隠れていたから気付かなかったが、問題はこじゅ兄にもあるわけで。
 ループはループなりに良くしようと思ったらここは、修正のきかなさそうな政宗よりも、小十郎をこう、なんとかした方がよくないかな? そんな気がしてきた。
「……取り敢えず、俺が政宗の様子見てきめる。小十郎は客迎える用意しといて」
「──ハッ」
 何事も無かったように小十郎は立ち去るが、心の中はすげぇ猛反省中で、どうせ“もう二度と”なーんて考えてんだろうなぁ。
 でもムリだから。ぜってぇムリだから。政宗に惚れて手ぇ出した時点で、俺がこの無限ループから抜け出すよりムリ。……って、なんか無限ループの住人って俺一人でもないのかな?
 俺は軽く首を回して肩にのっかった疲れを解し、溜息を吐いた。
 でもなー。やっぱりなー。あの時政宗に付いていった方が良かったのかなぁ。そしたらさー、俺は話の全容掴めてるからもうちょっと穏便に済ます事が出来たかも知れないし“もしも”なんて考えても後の祭かもしれないけどよ。
 でも、付いて行ってもあんまり変わらなかったとしたら……。
 ……………………………………
 ま、考えない考えない。考えたってなんともならねぇ。大体そんな怖い考えどうでもいい。
 当面の俺の選択は、ループだろーがなんだろーが、心の赴くまま日常を過ごす事。と、
「こじゅ兄を何とかすることだよな」
 俺は、新しい選択を口にして、部屋から一歩踏み出した。






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