伊達成実の選択  とどのつまりでプランB

 伊達成実シリーズ7








 ──って。うん、やれば出来る……そう思っていた時期が私にもありました。
 青い空の下、あのよく解らない装飾を外した愛馬に跨る政宗の後ろを俺も馬で追いつつ項垂れる。結局ついて行く決心をした自分に溜息が漏れた。
 今日の小十郎の行った先は畑は畑と言っても、直接小十郎の畑じゃない。城の賄いや勿論政宗も口にする野菜を作っている一帯なのだが、そこまで直下じゃない畑。ま、だからこそ政宗は畑にヤキモチ焼いているって言うべきか。
 近くの、小十郎が暇があったら見に行く畑だけでは飽きたらず、そんな離れた畑まで足繁く通い始めたらどうしよう!? ってアレだ。
 ……そんなわけで。
 俺達は仕事のあくまで“気晴らし”に、小十郎の様子を窺うため馬を走らせることとなった。
 うん。邸でさ、ゆっくりしておこうと思ったんだ。巻き込まれるのやだし。でもさ、これで邸で待っててみろ、ぜってぇー後門の小十郎が帰って来るだけだぞ。極殺状態で。だったらこっちから行って極力被害を最小限にした方が良くないか?って思ったんだ。いや、ホント。俺としては無難な選択を選んだんだ……って、くそぅそこ!! 無駄な抵抗とか言わない!! 俺は極力努力してる! 普通の生活に戻るために!!
 はぁと溜息を吐いてぼんやり政宗の背中を見ていると、ピクリ、綺麗に伸びていた政宗の背筋が更にピンと伸びて一点を見つめ始めた。例えて言うならあれだ。猫……ってかわいいものでもないが獣が耳をツンと立ててテリトリーを警戒するような、獲物を見つけた時のようなそんな感じ。
 政宗の馬の歩みは徐々に遅くなり、その歩みが止まると同時に俺は政宗の視線の先を追う。
 少し高低差のある段々畑のちょっと下の方。葉物畑の真ん中で、何やら人集りが出来ていた。どれだけ遠方かといえば、人の大きさが人差し指ぐらいの大きさで判別出来るぐらい。まぁなんとか間違えずに誰だか判断出来る大きさ。で、よくよく見ていると人集りの中心に小十郎が。
 すげぇ。高性能小十郎センサーだ。
 よく解らない感心をしつつ政宗の横顔を見ると、あれだ。伸びっぱなしの前髪で額なんか見えないはずなのに、血管が浮き出ているのが解るほど顔が引きつっている。
 え? なに? なに? なにがあった!?
「小十郎の野郎ぅ、デレデレしやがって……!」
 え? デレデレ? 別にデレデレしてないじゃん? 野菜持ってなんか話してるだけじゃん?
 確かにおにゃの子の姿も見えるけど、小十郎が話してるのって寧ろ爺っ様……
「って、あ、おい!!」
 パンッと少し鈍い鐙を蹴った音に顔を上げれば政宗は目の前のなだらかに続く道ではなく、畑までの急ではないが土手というよりも坂というべき場所を迷いなく駆け下り始めた。
 無茶をしやがるっ! そして流石戦本職の愛馬は政宗の無茶な命令にも素直に応じる。くそっ!! こんな所で人馬一体の妙技を披露しないでくれ。俺は──まぁ追っかけるしかないよな。……ないな。うん、ないな。
 俺も何気に本気モードの馬に乗ってきて良かった……。
「雪歩、これも俺がとんでも主に仕えてるからと諦めてくれ」
 愛馬の首を撫で呟いてから、俺も手綱を握りしめ政宗の後を追うため鐙を蹴った。くそぅ! ヘタにケツ打って痛てぇっ。
 妙技プラス物凄いスピードで政宗は小十郎の居る畑まで辿り着くと、馬がしっかりと止まる前に飛び降りて、人垣の中に入っていった。よかった、馬のまま畑に突っ込む勢いだったからヒヤヒヤしたぜ。
 追いついた俺は馬を下り、手綱を近くの木に括り付けて近くでまっていた政宗の愛馬の手綱も(一応あるぜ、手綱)括り付けた後、気が進まないものの異様なほど静かな現場へと向かった。
 小十郎の周りにいた人垣は、まるで水の中に油を落としてしまったように遠巻きに広がっていた。でもって年配の爺様は、若い農夫へ慌てて“頭を下げろ”というジェスチャーをするがあまり飲み込めていない様子。……だよなぁ。あれがおらが国のご当主様とは一般人は到底ピンと来ない。いや、解っていたとしても呆然としてしまうのが正解だと思う。
 俺は見知った顔の爺様に“頭なんか下げなくていい”という合図をして、ある意味被害者の村人達の緊張を解してから、二人の元へ近付いた。
 さーて。短い間だがどれだけ話は進んだのかなぁ〜?
「ですから一体──! 成実っ」
 おろおろとした表情で政宗に向かい合ってたこじゅ兄だが一転、俺を見つけるなり物凄い殺気を発した。
 なに? なんで政宗様がここに居るのかって? 仕事はどうした? 政宗様を城から出すなとあれほど言ったはずだろうだと? ──んーなもん知るかって。この世で実力行使で政宗止められるのはこじゅ兄ぐらいなのいい加減自覚しろよ。…………ってなんで俺、殺気と会話してるんだ?
 殺気は発しているものの今すぐ極殺して俺の首を──というわけではないので、取り敢えず小十郎に軽い挨拶のように手を上げて、政宗の横に着く。ちろりと表情を窺うと、今にも噛みつかんばかりの形相で政宗は小十郎を凝視していた。
 ……えっと、噛みついてないって事は大して話も進んでないって事だな。まぁ畑に対してどう噛みつくのか……ってか、噛みつき甲斐があるようなないような。
「俺を見て話せっ。どういう事だ!」
 くわっと政宗が犬歯を見せる。小十郎の視線が俺に少し移ったことすら噛みつこうとするのだから、どうやら畑は噛みつき甲斐ありか。
「どういう事も何も、それはこちらの台詞にございます。小十郎は近隣の畑の様子と収穫をと朝にもお話いたしました」
「それは聞いた!」
「でしたら」
「だったらどうして女と楽しげに話してるんだ!!」
「楽しげに話す……??」
 ……俺の目には爺様と楽しげに話していたぞ。おなごのラブラブ光線には目も呉れず。
「しらばっくれても無駄だ! 俺はこの目でちゃんと見たっ。なにが政宗様以外この心を占めるものはございませんだ! てめぇ俺と一緒にいる暇はなくても畑や女と話す暇はあるじゃねぇか!!」
「ですから、畑は朝のご挨拶の際にご報告申し上げた通りの……更に女とは一体なにをもって」
「Quiet! 誤魔化すなって言ってる!! 俺は別に女と話すなとはいってねぇ!」
 政宗、政宗、微妙に支離滅裂してる。
「コソコソすんなって言ってンだ! お前だって男だからそりゃモテてぇだろうし、たまには遊びたいだろうし、家や跡目の事だって考えるだろうよ。別に俺は、嫁を取るなっていわねぇ。それは、仕方ねぇことだし……」
 え? 政宗、ちょっとそこまで話が飛ぶの!?
 俺ですらビックリの台詞なのだから、小十郎なんて呑み込むどころかその言葉を確認するのが精一杯の状態で、目を白黒させている。
「政宗様、嫁だの跡目だの一体、」
「俺は! 隠し事して欲しくねぇんだ。俺に飽きたら飽きたで……演技とか、騙すような事はしなくていい」
「政宗様!?」
 隣で聞いていて俺は目眩に襲われその場に倒れ込みたくなった。
 なんだこの話の飛躍。なんだこの超変形合体。
「俺みたいなのよりは素直な──かわいげのある奴の方がいいのはわかってる。……俺はしおらしい訳でもねぇし、ずっと世話してりゃ飽きるだろうよ。そりゃ女や畑の方が……野菜の方が手間の入れ甲斐あるだろうしな……」
 捲し立てている途中で政宗の言葉が切れた。
 吐き出しているおかげで冷静さが戻ったのだろう。なにせ政宗の吐き出していたのは一方的な嫉妬と、その陰に隠れている寂しさだ。それが一気に固まりとなって出るから変形しちゃうんだ。
 寂しさなんて感じる立場でもねぇクセに、政宗の心にはいつも陰がつきまとう。なんだろう、トラウマなんて言葉では片付けたくないが、それに近いモノ。それがこうやって小十郎に対してわがままを言わせる。
 そして冷静になって押し寄せる情けなさが、一気に政宗を内気な“梵天丸”に戻す。
「政宗様?」
 最初の勢いがなくなってゆく政宗の顔を小十郎は心配そうに覗き込む。
 わがままを痛感して伏せ目がちになる政宗の横顔を見ながら俺は『わがままいってればいいじゃん』なんて、伝わるわけもないのに思った。
 だってさ、梵天丸の頃から政宗のこぼれ落ちるものを防いでくれるのも埋めてくれるのも、誰でもないこじゅ兄なんだからさ。わがまま言って埋めてもらえばいいと思う。それは正当な権利だと思うから。──程々までは。
 で、ここまでわがまま言いながらハッと我に返った政宗のすることと言えば、十中八九決まってて、
「いい。悪りぃ。邪魔した。畑と仲良くしてろ」
 そう捨て台詞を呟き、俯いたまま踵を返そうとした政宗の腕を小十郎より先に掴んだのは、俺だった。
「!? 成実っ」
 ふん。やっぱり立ち去ろうとする読みが当たった。小十郎も手を伸ばしてたが、ちょっと距離的に間に合わないと思ったんだ。
 何故俺に腕を掴まれたのか解らないと言った顔だが、小十郎と同じ年月の付き合いやってるんだ。お前の行動はお前以上に解ってるところがある。それに、俺にしてみればわがまま言いだしたなら最後まで言えよって感じ。大体いっつも振り回すだけ振り回して最後の最後で引っ込むから話がややこしくなるんじゃねぇか。もう、付いてきた時点で俺は毒を食らわば皿までって覚悟なんだ。これでも伊達の者だからよ。
 ……っていうかこんな他人の恋路in畑で覚悟を決めなきゃいけない現状って言うのも相当情けないと思うが。
「こじゅ兄ぃ〜、残りの仕事は机にへばりついててもいい案が出てくるもんでもねーから、気分転換に畑見に来た」
 話の流れをぶった切るよう、なんでもない風にそういうと、小十郎は戸惑いながらも「あぁ、そうか」と取り敢えずの相槌を打ってくる。
「ならばなぜあの様な無茶な馬の……」
 げっ。ここにきて説教? こじゅ兄、鈍いのもここまで来ると害だぜ。
 俺は借りた猫のようになっている政宗の腕を引き、小言を止める意味も含めて小十郎に政宗を押し付けるようにして背中を押した。
 とんっと、力の抜けている政宗は押されるがまま小十郎の方へとよろめき、軽く受け止められる。
「ホントにもー、いい加減にしてくれよ。こじゅ兄が色々気になって仕方なくて来たんじゃねぇか。そんな事を改めて口にしないとわかんない?」
「は?」
「成実っ」
 カッと頬を赤らめて政宗はこっちを睨むが、お前、そのしおらしさ今更過ぎるっていうか……なんでここにきてそうなるのかなぁ……。
「政宗様、あの……」
「……」
 恥ずかしげに俯き加減になる政宗に『本当ですか?』と聞き返しそうな小十郎は、視線を逸らす政宗の顔を、躊躇いがちに窺う。
「……その、小十郎は政宗様のおかげで何事もなく、こうやって村への指導にも専念出来ております」
「……おぅ……」

 ……なんだこの目の前の中学生日記。

 確かこいつら出来てるはずだよな? ヤッてるはずだよな? なのになんだ? この手を握るだけでも緊張します的な雰囲気!! そしてなんで一々やきもきしたり、鬼の様に鈍感だったりするわけだ?
 なんという万年乙女カップル……頼むから勘弁してくれ。
 それにしても事の発端が畑で、迷惑にもここのかわいい女の子に浮気相手の疑い容疑がかけられてんだから(しかも嫁だの跡目だのの超展開)、少しは解決しとかねーと、又絶対同じ事で騒動起こす。もう絶対。鉄板。こんなテンプレ繰り返したくない。ひぐ○しループでももうちょっと進化してるもんだが、こっちのループはストーリー的にまったく進歩のない怖さ。
 俺は、役に立たなくなった政宗の代わりにそれとなく小十郎から色々聞き出すことにした。
「さっき何話してたの?」
「ん?」
「ほら、村の若い奴とか爺様達と」
「……そんなところから見ていたのか?」
「うん、まぁ、」
 高感度小十郎センサーが反応して。
「葉物は虫が付きやすいという話が出ててな。受け売りの知識だが、牛の乳を薄めて吹き付けるなり拭くなりするとかなり効果があるからな」
「へー。そんなものが役に立つのか」
「あぁ。これから先が葉物野菜は本番だ。いい野菜を作るための一手間だ」
 にっこりと微笑む“鬼”が見せた仏の顔は、また政宗に複雑な気持ちを生ませたらしく、少しだか唇を尖らせた。
 ったくよぅ。なんで畑と張り合おうとするんだコイツは。
「なるほどねぇ……小十郎は政宗一筋かと思えば、畑にそんだけ気を配るから政宗が妬いちゃうんだ」
「成実っ!!」
 抗議する政宗を無視して、俺はわざとらしく確信を話した。だってこの事でこれ以上巻き込まれたくないもん。
「ははっ。妬くも何も……それは……困りましたな」
 少し照れたように、それでいて満更でもないようにちらりと小十郎は政宗に視線を向けるが、それに気付いた政宗は不自然にプイッとそっぽを向く。そのやり取りで俺の言ったことが本当だと自覚したようで、小十郎は困惑したように額を掻いて、言い訳を俺に向かってし始めた。
「まぁその……あれだ。この野菜達は政宗様を守る精鋭部隊だから、手を抜くわけにはいかねぇ」
「?」
「政宗を守る?」
 俺達二人の視線を受けながら小十郎は、一面青々となって瑞瑞しい……それでいて心地よい緑と土の香りを放つ畑に目をやった。
「外からの敵はこの小十郎が力一杯防ぐとしても、身体の内の敵はどうすることも出来ん。その身体の内の敵に対する防衛手段の一つは食だ」
「まぁ……な」
「ここに育つ野菜は領地内の一部ではあるが、内から伊達領の民を守り、政宗様に仕える者を守り、そして政宗様自身をも守る精鋭だ。俺よりもずっと昔から土地の者と政宗様を守る先人といってもいいか。その先人に手間を暇をかけるだけで政宗様の身体の外も内も守られるとなれば、気を抜くわけにはゆくまい」
 そういいきって微笑む姿はやはり仏か菩薩か。
 並々ならぬ畑への愛情は、ヤッパリって言うか結局っていうか政宗に繋がっていて、畑のことを熱く語る小十郎の気持ちも、全て全て行き着く先は政宗で。
 ……あぁ、すげぇ壮大な告白を聞かされた。しかも本人は告白でもなんでもないんだろうな。当たり前の事を当たり前のように言っただけだろうな。うん。
「俺一人だけで政宗様の全てを守れるなら寝ても覚めてもお側に張り付くが、残念、そうもいかなくてな」
 うわぁ、素だ。全然てらいがねぇ。超本気だ。
「全身全霊をもっても慕い想う政宗様をお守りするには力量不足というのがこの小十郎の事実だ」
 別に意識した訳じゃないんだと思うんだが、たまたま小十郎の傍にいた政宗へと、まるで耳元で囁くようなかたちとなった告白(勿論小十郎に自覚無し)に、政宗はものの見事に首元まで真っ赤にして少々骨抜き状態で立っていた。
 大人しくなったのはいいけれど、あの政宗城に連れて帰っても役に立たねぇぞ? 絶対。当分脳内で今の告白が心地よくエコーしてるに違いない。
 ……ま、これで畑と村の女の子への一方的な疑いは晴れたんだしいっか。
 俺は大きく溜息を吐いて袖の袂から紐を取り出し襷を掛けた。
 政宗はほっとこう。うん。何事も無く平和が一番だ。
「うし。こじゅ兄。この畑と野菜と政宗がどんだけ大切なものかよく解ったところで、せっかく来たんだ、何か手伝って帰るぜ。それか収穫するものあるか?」
「あぁそうだな。政宗様も居られることだ。夕餉用に少し頂いて城へと帰るか。──政宗様、何か口にされたい野菜などは……政宗様?」
 小十郎の問いかけに、一度大きく目を瞬かせてから政宗は慌てて現状を確認し始めた。
「あ、ま──な、何でもいい」
「何でも?」
「いや……」
 小十郎に見つめられ、少ししどろもどろした後政宗は「先に城に帰る」といいだした。
 はぁ? えっ? なに、政宗、どうしちゃったの? ここまで来て。
「どうかなさいましたか?」
「──今日は俺が飯を作る」
 俺と小十郎は一度顔を見合わせて、政宗を見つめた。
「政宗が? そりゃ……お前の作る飯上手いからいいけど、一体、」
「こいつらが精鋭なら、活かすも殺すも俺の腕次第ってことだ。なら試したくなった。朝、喜多が鳥を絞めるって話もしてたし……そうだな、豆乳鍋にでもするか」
「へぇ……そりゃ又美味しそうな」
「適当に見繕ってもってこいよ!」
 俺の言葉に被り気味でそう言うと、ちらりと小十郎を盗み見た後すぐさま視線を逸らし、足早にパタパタと畑から道へと駆け上がって、木に括り付けていた愛馬に素早く跨り、政宗は逃げるように去っていた。
 遠くなる政宗の姿を見つめながら溜息一つ。
 なんだろう……この、いろんな意味ひっくるめて、やる事やってこの純情青春期って何なの?
 あぁどうしよう。多分政宗の歪んだ純情、一生治らない気がする。でもって多分、小十郎がいる限りこの恋も終わらない気がする。
 つまりそれって……
「成実、何やら迷惑をかけたようだな」
 ……“なにやら”? そうか、何やらか。小十郎は当事者なのに“なにやら”なんだ。
 俺は、選択より何よりこの二人の側にいる限りテンプレループに縛られることを、目にいたい程の青空を見上げながら痛感した。
 俺の選択ってもしかして、城から政宗に付いて行くか行かないかじゃなくってもっと根本の、二人の元にいるかいないかだったりして。

 ……だったら、俺の選択って……………………無いンじゃね?




 そして、城に帰った俺と小十郎を迎えたのは上機嫌の政宗と、それはそれは葉物野菜を待ちわびるように用意された豆乳鍋。
 ここまで俺の選択は“間違っていない”──というよりも二人の元にいる限り、やっぱり俺に選択肢は無いと改めて痛感したのは次の日で。




 前日に引き続き本日もお日柄が良く、それはそれは物事が上手く進みそうな春の日差し。 なんかね、こじゅ兄が昨日政宗をお外に出すなと俺に言ってたのは、仕事が残っていたのもあるがそろそろ予定していた商人達が来るかも知れないという危惧からだった。商人って言っても小物を扱う商人じゃねぇぜ? 大きな商談を任せる相手。ま、ほとんどは小林の旦那が片をつけるが、ヤッパ時々は政宗から声をかけてやるのは発奮にもなるし、親密度も上がるし、また良い情報が得られるかも知れないからな。
 なるほど。そりゃせっかく来たのに政宗不在は駄目だよな。例えば前日に一羽目外してすんごい遠くに出かけたり、厄介事背負い込んで予定した謁見なくなったら損だもんな。
 な!
「……こじゅ兄。」
「……」
「確かに俺は昨日政宗を城に縛り付けておくことは出来なかった。うん。それは悪かったと思ってる。こじゅ兄が、春の初めの商談で商人との場をもたせようとした考えもよく解った。だから今日は是が非でも城にいてもらいたい気持ちも良く解った。でもな、こういった形で城に縛り付けてるのはおかしいだろうが」
「……は。」
「昨日城を抜け出して、山間の畑にまで馬走らせるほどピンピンして、帰ってきたら料理に腕を振るってついでに小さな宴会まで開いたうちの当主が、どうして次の日流行病になるかなぁ? あぁ〜?」
「…………は。」
 俺は目の前で猛反省中のこじゅ兄を腕組みながら眺めた。
 政宗は、布団と仲良くなって朝から出てこようとしない。商人達がやって来るらしい時間帯はお昼を少し過ぎた頃だと先見の者が連絡を寄越した。
 もうすぐ昼だ。相変わらず政宗が起きる気配はない。そんな政宗の尻を叩く役のはずの小十郎は……それが出来る訳もなく。なんせこの現状を作った原因なのだから。
 で、ちょっと政宗の加減が悪いということで一日先延ばしにする案、もしくは俺が代わりにっていう代替案を出してきた。
 ……いや、どっちも出来るよ? 出来る出来ないっていえば出来るさ。でも不自然だ。ものすごーーーーーーーく不自然だ。
 城内の奴ら、昨日元気に酒飲んでた政宗見てるぜ!? 城の外だって政宗目撃してるんだし、別に風邪になる気配もない。
 のに風邪。上っ面のは保たれるけど、なんかこう、色々考えられるよな。
「叩き起こせそうにないの?」
「いえ、起きてはいらっしゃいますが、」
「あ、腰たたねぇのね、そうね、うん」
「…………」
「なに? その目。言いたいことがあるなら言ってくれていいんだよ? こじゅ兄」
「……いえ……」
 俺の選択はあるようでないんだ。何せ俺は伊達の正当な血筋だし、この国が好きだし、何より政宗だってこじゅ兄だって綱元だって……兎に角言いだしたらきりがないほど、端から端まで大好きなんだ。だからここにいることが無限ループになる原因だからって、俺はここから離れる気はない。それが俺の選択なんだ。
 ──が。
 このバカップルの無限ループ、一つ気付いたことがある。毎度問題もってくるのが政宗だったから気がつかなかったが、バカップルの問題に巻き込まれるって事は政宗だけの問題じゃなくて、目の前の、一見人間出来ている風に見せかけて酷く天然で欠陥多数な小十郎にも原因があるって事に今更ながら気付いた。
 毎度毎度そうだ。政宗が問題もってくるのはやれ小十郎に勝てないだの、やれ小十郎が相手しないだの、やれ小十郎が浮気しただの、毎度毎度毎度“小十郎”なのだ。つまり政宗の無茶ブリやわがままの陰に隠れていたから気付かなかったが、問題はこじゅ兄にもあるわけで。
 ループはループなりに良くしようと思ったらここは、修正のきかなさそうな政宗よりも、小十郎をこう、なんとかした方がよくないかな? そんな気がしてきた。
「……取り敢えず、俺が政宗の様子見てきめる。小十郎は客迎える用意しといて」
「──ハッ」
 何事も無かったように小十郎は立ち去るが、心の中はすげぇ猛反省中で、どうせ“もう二度と”なーんて考えてんだろうなぁ。
 でもムリだから。ぜってぇムリだから。政宗に惚れて手ぇ出した時点で、俺がこの無限ループから抜け出すよりムリ。……って、なんか無限ループの住人って俺一人でもないのかな?
 俺は軽く首を回して肩にのっかった疲れを解し、溜息を吐いた。
 でもなー。やっぱりなー。あの時政宗についていかないで放っておいた方が良かったのかなぁ。そしたらさー、勝手にあいつら二人で物事決着つけたかも知れないし“もしも”なんて考えても後の祭かもしれないけどよ。
 でも、ついて行かなくてもあんまり変わらなかったとしたら……。
 ……………………………………
 ま、考えない考えない。考えたってなんともならねぇ。大体そんな怖い考えどうでもいい。
 当面の俺の選択は、ループだろーがなんだろーが、心の赴くまま日常を過ごす事。と、
「こじゅ兄を何とかすることだよな」
 俺は新しい選択を口にして、部屋から一歩踏み出した。






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