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 致死量Lovers


 -3-









 どうして、こんな事になってしまったのか、政宗にはわからなかった。
 ここに来たのは、そう、伽女と情事を楽しみ始めた頃、キスをした。
 深く深く口付けた。
 前儀に及び、互いに煽りながら又口付けた時、パツンと何かが切れた。
 肉の快楽は確かに満たされるが、それ以外の何かがサラサラと零れ落ちそうな気がして。
 情事だけでは満たされない、熱と感情の枯渇。
 そして、我慢しきれなくなった。
 満たしてくれる存在に、邪な思いもなく、ただ触れたかった。
 迷惑そうな顔をされても、節操のない人だと思われても何でもよかった。
 ただ、自分には小十郎という水があるのだと、触れて実感したかっただけだった。
 それだけ。
 ただそれだけのはずが──


「ぅうっ……あっ……はぁっ……」
 その圧倒的な嵩を容赦なく突き立てられ、刺激し、擦り当てられ続ける行為に、悲鳴も嬌声も上がらない。
 正気を失う行為に何度も頭を振るが、感じているのは紛れもなく快楽で。
 縋るものが欲しく小十郎の背中に手をまわす。しかし掴んでも力が入らず、するりとほどける。
 自制もなにも出来ることなどなく、上擦った様な、自分でも信じられないような甘い声が時々出てくる。
 頭の芯がぼんやりとし、どうなっているのか解らない。ただ一つ言えるとすれば、子供の頃も、再びの情事の際も、あれでも手加減されていた事だけは嫌でもわかった。
 動く度、内部からの攻めと同時に、互いの腹で擦られる自身への快楽に、さっき果てたはずの己が欲がプルプルと震えだす。
「アッ、やぁ……ーッ!」
「───ッウ!」
 身体が弓なりに反れる。限界に達し、欲も何もかもを放つ。瞬間、自らの内壁が小十郎の欲おも締め上げ、果てさせた。
 刺激的な快楽は瞬きのごとく散り、責め苦のような快楽から放され、安堵と変わってゆくが、最奥で吐き出された小十郎の生暖かいそれは、じわりじわりと快感の余韻を押し広める。
 身体が震える。まだ奥底に欲の炎がチリチリと燃えている。
 終わりが、わからない。
 焦点の合わない目で、小十郎を見る。
 少し乱れた髪。汗で額に乱れ髪がぺっとりとついている。そしていつもなら見ることのできない、上気した男の表情が何よりうれしかった。
 繋がったまま、政宗はゆっくりと小十郎の髪を整えてやる。すると微笑んで小十郎は彼の右目蓋に口付けし、差し込んでいた自身を、刺激しないようゆっくりと抜き始めた。
 自らの内部から滴る、吐き出された液と共に小十郎自身がするすると抜け出る感覚に肌を粟立たせながら、政宗は小十郎の着物の袖を引っ張った。
「?」
「……だ…め」
「は?」
「抜く……な」
「政宗様?」
 小十郎の首に手を回し、しがみ付くと、少し腰を浮かし、抜き出されかけていた小十郎のソレを追った。
「ま、政宗さま」
 あの、自らを貫き狂わせる嵩はなくなったものの、全身の感覚が研ぎ澄まされ、しかもどうする事も出来ない絶頂感を味わった政宗にとって、少しでも小十郎が自分の中に居座っているというだけでも、息が上がる。
 はっきり言ってしまえば、こんなに身体に悪い快楽はないと言い切れる。早く終わってしまえばとすら思った。それでも、観る限り一回しか達してない小十郎が悔しい。自分はこんなに良いように扱われ、イかされているというのに、奴は一回だけというのが小憎らしい。
 一の悦が去る前に二の悦三の悦と、本当ならば一体何度果てたかわからない。その自らの快楽さえ、手加減され管理されていたかと思うと、言い様のない腹立たしさが生まれる。
「勝ち逃げは……許さねぇ」
「勝った負けたじゃないで──っ」
 小十郎が言葉を噤む。ぎこちないながら政宗が腰をくねらせ、抜きかけた小十郎の下肢を器用に少し喰ったのだ。
 男の首に縋りながら、政宗は、はぁはぁと胸でいっぱいいっぱいの呼吸をする。今一体、どんなに淫猥な行動をしているか、体勢をとっているか、そんなことは解る筈も無く。
 くちゃりと鳴るいやらしい音に合わせ、少しずつ、ずぶずぶと小十郎を喰ってゆく。
 政宗の喉がコクリとなる。自分でも、正しい判断が出来ていない状態だと解るほど、意識にぼんやりと靄がかかっている。それでも、放したくなかった。
 何があろうと、絶対。
 必死に慣れない行為をしようとする政宗の行動を、小十郎は何もせず、じっと受け入れていた。
 声を上げずとも耳元の呼吸は甘く、それだけで男の欲を駆り立てる。
 小十郎は「はぁ」と長い溜息をついた。
 呆れに似た溜息は、政宗にか、それとも、
「どこでそんな考えに至るのか……」
 小十郎にはわかるまい。政宗がどれほど小十郎に対し抑えられない想いをもっているか。
 政宗にはわかるまい。小十郎がどれほど政宗に対する狂気じみた想いを抑えているか。
「俺から解放される時に、されときゃよかったと後悔しますよ?」
「?──ヒッ! ァアッ……やぁっ、ぁあっ」
 いきなり腰を引き寄せられ、根元まで挿入される。敏感になった全ての感覚が悲鳴をあげ、身体が仰け反った。
 恐る恐る、受け入れようとしたのとは違い、起こさないようにしようとしていた感覚すら叩き起こされ、政宗は身を捩じらす。
 体内を荒らされる感覚も、差し込まれる熱さも、自らの声も、匂いも、意識も、全てがごっちゃに混ざり、何も解らない。
 ただ、解っている事は、一つ。
 必死に縋りながら、政宗は小十郎の口角に軽く唇を寄せる。
 合わせて小十郎は唇を塞ぎ、政宗の全てを奪いながら、全てを注ぎ込む。




 それは、紛れもなく致死量──












 ──して今日の申し出された問題と、案件になっていたまとめがこちらに」

 書簡や仕事等の説明を、テキパキとこなしながら、極力目を合わそうとしない小十郎を、ギロリと見下ろし睨み続けながら、政宗は煙管を口に当てた。
 普段真面目な話をしている時、執務室でなくとも片膝立てて座ると小十郎は怒る。煙草なんぞを吸うと、もっての他で怒る。
 だが今、片膝立てようが、煙草を吸おうが、小十郎は怒らない。
 多分、何をやろうとも大概の事は怒らないだろう。
「以上でございます。」
 と、深々と頭を下げ、やはり政宗を見ようとはしない。
 政宗は煙草の煙を深く吸い込んだ。


 朝、いつ眠ったのかも解らず、ぼんやりと意識が戻った。
 そこは自分の部屋だった。
 だるさに覆われた身体だったが、汚れは綺麗に拭われ、寝間着の着付けもされており、見える範囲に赤い痕がなければ昨日の情事が夢だったのかと思うほど。
 だが、まぁそんな訳もなく。
 心配そうに朝餉を告げにきた小十郎に、起きているといった後、立ち上がろうとして、へなりと尻餅をついた。膝が笑うどころか、脚の感覚すらおぼつかず、立てないのだ。
 腰が抜けるという話は聞いたことがあっても、体感する事は初めてで。
 異変に気付き部屋に入って来た小十郎は、ぺたりと座り込み、両手を付いてボーゼンとする政宗を見つけ、おどおどとするばかり。
 この、もって行き場のない怒りは……
「──ッ! 馬鹿小十郎っっ!」


 細く、長く、白い煙を吐き出し、顔を上げずにいる小十郎を睨み続ける。
 下半身の感覚は程なくして戻ったが、次に襲ったのは、痛みに似たどうしようもない重み。よく言われる痛みなどという感覚は、その重さが去り始めてから、思い出したように時々感じる。
 とにかく、日が高くなろうがなんだろうが、当分立てないし立ちたくもない。
 そんな事もあり、定例の報告会は政宗不在のまま終了した。
 日ごろから小十郎が、議題や書類等をまとめ、さっさと政宗に仕事を押し付けておいた事が功を奏し大事にはならず、主だった面々に“政宗様は体調不良で……”と説明しようとも“あぁ、また城を抜け出されたのだろう”と妙ななあなあで収まった。
 とにかく、面白くない。
「──で? 主がこんな事になったっていうのにテメーは仕事押し付けてくるか」
 グッと小十郎が何かを堪えたのがわかる。
「……それとこれとは話が違います。」
「違う……ねぇ」
 いつも口で負けてばかりの政宗は、ここぞとばかりいじめてやろうと心の中でほくそ笑む。が、ここで鬼の首取ったと騒ぎ立てれば、小十郎の石頭の事だ、「二度とない」と誓いを立て、自分と極力関わらないようにするか、悪くすれば責任を取って切腹と言い出しかねない。
 それは正直困る。
 ふつふつと溜まりゆく感情に耐え切れず、欲するままに彼を求めたのは自分なのだから。
 煙管で顎を軽く小突きながら、考えをめぐらす。もったいないがいじめるのはなしだ。
「よーし、じゃぁ小十郎、give&takeといこうじゃないか」
 聞き覚えのあるその台詞に小十郎は顔を上げたものの、露骨に厭そうな表情を浮かべた。
“またか”であるとか“懲りていないのか”であるとか、ようはそういった顔だ。
「……なんだ? 何か問題があるのか?」
「いえ、滅相もございません」
 今の小十郎が政宗に楯突けるはずもなく。
 結果の見える勝利に政宗は、にんまりと満面の笑顔を見せた。
「どうせ部屋に篭ってても暇だ、真面目にやってやるさ。」
「政宗様……」
「ただし、」
「ただし?」
 どんな要望が飛び出すかと、小十郎は姿勢を正し、息を呑む。そして要望を上げかけた政宗は……その口を閉ざした。
『抱け』? それは違う。命令になってしまえば意味はない。それに、今されては現実問題自分が死ぬ。
『ずっと傍に』……それは当たり前すぎて要望にならない。
『限度を』……なんていえば一切触らなくなる可能性がある。そして何より、容赦なく欲される感覚を自分は望んでいる。
 肉体的な事を言っているわけではなく、自分の中に流れ込む意識が──あれが欲しい。そしてその意識が、感情が、たまたま何倍もの快感を駆り立てるだけで……
 思わず、昨晩の行為を思い出し、政宗は顔を耳まで真っ赤に染める。
 よくよく考えなくとも、凄いことをした。はしたないどころでなく、慣れた遊女のように、腰で小十郎のそれを追ったような気がする。
 思い出せば思い出すほど羞恥でぐるぐるとし始め、一人で顔をどんどん赤く染める政宗に、小十郎は眉を顰める。
「……政宗様?」
「あ、ん、なんでもない。」
 ぶるぶると頭を振る。夜事は夜事。自分も小十郎も子供ではないのだから、そこを意識してしまっては何も出来ない。
 心配そうにこちらを見る小十郎に、「けほん」とわざとらしい咳払いをして、政宗は唸った。
 要望……
 小十郎にとって、自分が必要であって欲しい。自分にとって、小十郎が必要なように。
 それは、要望ではなく願望で。
「…………」
「いかがなさいました?」
「……いや……お前に対して要望はないなと思っただけだ。」
「は?」
 自然と、薄く笑みが出る。少し寂しい気持ちが浮かんだ自分がおかしかった。
「あれだ。その……もし小十郎が俺に触れたいと思った時は、触れろ」
 薄い笑みをしっかりとした笑みに作り変え、小十郎に向ける。
「別に、変な意味じゃなくて──それだけだ」
 やっと口に出せた言葉に、大きく息を吐いて頭を掻く。なにか照れくさいというか、バツが悪くなり、煙管を置いて「仕事仕事」と差し出されていた書簡に手を伸ばした。
「政宗様。」
「ん? なんだ? 俺が仕事したい気分になってるなんて珍しいんだから、水ささねぇ方がいいぞ」
「それはもちろん承知の上です。」
 かわいくない……
「あぁ、そ。で?なんだ」

「今──政宗様に触れたい場合は、どうすればよろしいですか?」

 一瞬、頭が真っ白になり、顔を上げる。
 そこにいる小十郎はいつもと変わらない。ピンと背筋を伸ばして座っている。
 すました、真面目くさった顔。
 真っ直ぐ、こちらを射殺すような双眸。
 自分の鼓動が、とくとくと早まるのを政宗は感じた。
「そりゃ……許可、したんだから、触れれば、いいんじゃ、ないか?」
 全てを言う前に、視線を下げた。見つめていられなかった。
 静かに立ち上がった気配の後、傍に歩みよった小十郎は、片膝をつけて「失礼」という。
 ふわりと、政宗の頭が小十郎の腕に抱かれる。
 鼓動を落ち着かせるために、長く息を吐きながら、政宗はゆっくりと目を閉じ、小十郎の胸に頭を預ける。

 間違いなく、不幸の原因は、幸福の要因に変わっていた。





−了−



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