:秋空に思い流るる:
前編
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この空の下、もしくはもっと上におるかも知れへん親父様、太助、みんな。 みんながおらんようなって、もうどンぐらいたったでしょう。 甲州街道で見た桜も今は散り、代わりに草木の色づく季節になりました。 俺は毎日病気一つせんと――怪我するんはどうしょうもないけど――元気にやってます。 里におる頃から内にこもる質や言われて人付き合いの下手な俺ですが、なんとか仲間もでき、仲よぉやっとります。 よぉみんなに、江戸は人の怖いところや言われとったけど、幸いにして俺の周りにおる人らはえらいええ人ばっかりです。 なかには大陸の人や異人さんもおらはります。 みんな、ほんまにええ人らです。 嘘やのおて、ほんまに、ほんっまにええ人らなんです。 ……ええ人らなんですよ? ――――たまに本気で殺し合いとかせぇへんかったら、もっとええお人らや思います。 ――――相変わらずどんよりとした曇り空の続く、ある日の午後。 龍斗の属する龍閃組と、天戒率いる鬼道衆は内藤新宿へとやってきた。 江戸を、ひいては幕府を護る為作られた公儀隠密龍閃組と、かつて幕府転覆を狙い江戸の闇を暗躍していた鬼道衆。 互いに弓を引き、刃を交えていた二つの組織が柳生宗崇という脅威の登場により和解、協力するようになってからまだ日は浅い。 共通の敵を倒すため、協力することとなったもののやはり間に流れる遺恨は簡単に消えてはくれなかった。 一度は完全に空中分解、再び敵対する事になるかと覚悟したものだが、円空阿闍梨の計らいにより二つの組織はまとまることができた。 今だわだかまりが完全に消え去った訳ではないが、互いの村や寺を行き来するほどにその関係は修復されつつある。 かつて殺るか殺られるかの争いをしていたとは思えない。 龍斗は今の状況を不思議に思いながらも、けして不快には感じていなかった。 そして今日、龍斗達が内藤新宿にやってきたのは他でもない。柳生一味の情報を得るためである。 龍斗達が今現在、柳生一味について知っていることは限りなく少ない。 連中の居場所や人数、次の目的等々知りたいことは山ほどある。 情報は多いに越したことはないだろう。 柳生の言っていた"崑崙"について一番詳しいはずの劉も捕まらない。 こうなったら自分たちで虱潰しに調べ回るしかあるまい……と、意見の一致を見たのが数刻前のこと。 そして現在――――。 「いい加減にしやがれ、このクソ餓鬼!」 「誰が餓鬼だ! テメェの方こそいい加減にしやがれ、この芋侍!!」 龍斗達は大観衆の中心にいた。 周囲から一定の距離を保って際限なく降り注がれる視線に龍斗はただ身を縮めるしかない。 隣では醍醐が呆れたと言わんばかりにこめかみを押さえている。 自分と同じく居心地悪そうにしている美里と目が合うと、彼女は困ったように眉をさげて笑った。 さらにその美里の隣では、桜井がむっとした表情で輪の中心を睨み据えている。 組んだ腕の上で、指が苛ただしげに何度も上下する。 さらにさらに向かいに目を向ければ、苦笑しながら見事にそり上げた頭を撫でる九桐の姿。 どこか楽しげに見えるのは、目の錯覚だろうか。 対して、九桐の隣で仁王立ちする九角の表情は苦り切っている。 止め時を見計らっているようだ。 その隣にいる桔梗はと言うと、完全に中央の様子に興味を失っている。 人垣に視線を向けたり、手にした三味線を抱え直したりと退屈している様子がありありと浮かんでいる。 見つめる目に気がついたか。こちらに顔を向けた桔梗は、にんやり、片頬を歪めて見せた。 そして、輪の中央。 龍斗達や野次馬どもの視線を一身に受けながらも、全く気づいた様子なく罵りあいを続ける子供と大きな子供の姿。 蓬莱寺京梧と風祭澳継である。 年が二つ、三つは離れているはずなのだが、とてもそうは見えない。 いかに年を食おうと童心を忘れぬ蓬莱寺に、皆に追いつけ追い越せと健気にも背伸びする(外見と中身の両方)風祭は、きわめて相性が悪い。 円空阿闍梨に呼び出された天下の江戸城でも、同じようなことをやっていた。 これが何か重要な話し合いの末の決裂だったり、お互いに譲れぬ誇りのためだったりしたらまだ救われるのだが、ほとんどがたんなる小競り合いばかりだ。 今度はたしか――――そう、"西と東のどちらから先に調べるか"だった。 正直どちらでもいいし、どうせ両方回るつもりなのだ。 もし今日回りきれなかったら明日にすればいい。 時諏佐の一件もあるし急く気持ちは分かるが、焦りは隙を生み、その隙を柳生に突かれる恐れもある。 どちらにせよ、次の柳生の目的が分からない以上龍斗達は後手に回るしかない。 龍斗達が先手に回るには、まず相手のこと――せめて居場所くらい――を知らねばならないのだ。"敵を知り己を知れば百戦危うからず"とは孫子の言葉だったか。 と、言うか急くからこそこんな所でつまらない喧嘩などやっている場合ではないのだが、あいにく蓬莱寺と風祭には通じない。 まぁ、所詮は小競り合いだ。下手に割り込めば意固地になるのはこれまでの経験から学習済み。そのうち鎮火するだろう。 だいたいどれほど大人げないと言っても蓬莱寺もいい大人。 まさかこんな往来のど真ん中で腰の物を抜くほどバカでは――――、 「てめぇっ! ほんっきで叩ッ斬るぞ!!」 ――――馬鹿だった。 喩えようもなく救いようもなくかばいようも無く、蓬莱寺は馬鹿だった。 雲の隙間からほんの少し零れる陽光を受けてぎらりと光る白刃に、野次馬連中から野次や悲鳴が飛ぶ。 「おもしれぇ! そんなナマクラ刀、俺の拳でぶっ壊してやるぜ!」 そしてもう一人の馬鹿が拳を握り、構えを取る。 見る間に殺気と【氣】が充満していく様子に龍斗は言葉を失った。 「――――龍斗」 ぽん、と叩かれた肩に隣を見れば、こめかみをひくつかせる巨体の僧侶が。 さらに目を真正面に向ければ、苦虫を噛み潰したような鬼の頭領がいる。 両者の言いたいことを察した龍斗は肩を落として深いため息をついた。 ――――仕方あるまい。 蓬莱寺が抜き身を晒した以上、奉行所の者が来るのは時間の問題だろう。 公儀隠密に叛逆者がそろって伝馬町送りというのは勘弁して貰いたい。 龍斗は醍醐の物言わぬ指示に委細承知と頷き、前を向く。 ちょうど九角と目が会い、こちらも合点がいったとばかりに頷き返される。 もしかしたら、これが龍閃組と鬼道衆の心が通じ合った、初めての共同戦線になるやもしれぬ。 ――――正直、いつか本当の意味で力を合わせて戦うこと出来ればと夢見ていたが、その"いつか"がこんなくだらないことであろうとは、あの時の自分には思いも寄らなかったろう。 龍斗は複雑な思いと一緒に気配を消し、蓬莱寺の背後に回る。 同じように風祭の背後には九角ではなく、九桐が。 九桐と視線が絡む。 罵りあいに夢中で気づかない二人に向かって、九桐と龍斗は、一言。 「御免!」 呟いて、それぞれ急所を一撃した。 声もなく崩れ落ちる蓬莱寺と風祭に、周囲の野次馬達が発する、感心するような罵るような何とも言えぬ声がさざ波のごとく龍斗達を囲む。 「醍醐」 「うむ」 掛ける声に、蓬莱寺を背負った醍醐が頷く。 「槍のお坊」 「おう」 風祭を抱えた九桐が答える。 「美里、桜井」 地べたに転がった蓬莱寺の愛刀を鞘に戻し、肩に担ぐ。 「九角、姐さん」 輪の外から、十手持ちらしい威勢のいい声が近づいてくる。 「逃げんで」 「いきなり何しやがんだ、この野郎!」 目覚めて一発、風祭が威勢良く啖呵を切った。 ここは先ほどの往来から離れた川辺。 さすがにこの時期とこの天気、釣りをしようという暇人や、川の流れに一句捻ろうという風流人、泳ごうという狂人はいないらしく、いたって静かである。 まぁ、そんな静かな風景も、意識を取り戻した風祭と蓬莱寺が早速台無しにしてくれたが。 「九桐、てめぇちょっとは加減しろ! 首が折れるかと思ったぜッ!」 「はて、お前なら大丈夫だと思ったんだがなぁ。緋勇の蹴りに比べれば、俺のはよっぽど優しいと思うぞ?」 「場所が問題なんだよ! てめぇ思いっきり盆の窪に入れやがって……ッ!」 激高する風祭に対して頭をつるりとなで上げ受け流す九桐。 ずいぶん手慣れた様子である。 そしてこちら側の問題児はと言えば――――。 「なんっで止めたんだ、龍斗ッ!」 こちらもさっきまで風祭に向けていた怒りの矛先を、喧嘩を止めた龍斗に向けている。 真っ赤に茹で上がった顔が、まるで仁王様のようだ。 今にも突っかかってきそうな様子に、抱えた相手の刀を盾にして、呆れの視線を向ける。 「……子供相手に抜き身晒されたら、そら誰でも止めるやろ」 「ああいう糞餓鬼はいっぺん三途の川見なけりゃ治らねぇんだよ!」 「誰が糞餓鬼だ! それに龍斗! てめぇ今俺のこと子供扱いしたな!」 一つの反論に返ってきたのは、二人分の理不尽だった。 ぎゃいぎゃい頭が痛くなるような文句の嵐をわめき立てる蓬莱寺と風祭に、さすがにある程度柔軟性のある堪忍袋の緒もぎりぎり細まる。 あと一太刀。入れられれば、確実に二人に対して秘拳・黄龍をぶちかましてしまうだろう。 隣で醍醐や美里達が二人を宥めてくれているが、嵐は収まりそうにない。 ――――またこの手を使うのか。 嵐がすべてをなぎ払う前に。深いため息をついた龍斗は、とうとう伝家の宝刀を抜くことにした。 「お前ら、俺に命預けたんちゃうんか」 その一言に、蓬莱寺も風祭も面白いように静まりかえる。 前髪に隠された眼を鋭く細めながら、龍斗は続けた。 「お城の一件で、お前ら言うたやろ。俺に命預ける。煮るなり焼くなり好きにせぇて。その預けたはずの命、目の前で勝手に散らされてたまるかい」 よりにもよって坊主の前で誓ったことを反故にしようなど地獄に落とされても文句は言えまい。 そう脅しかければ蓬莱寺も風祭も返答に困ったかのようにそろって黙りこくった。 二人の殊勝な様子に、龍斗は小さくため息をついた。 ……一体これで何度目だろう。 諍いの度、円空阿闍梨の名にご登場いただいているのだが、効果は一瞬しか持たない。 いっそここらで一つ、本当に仏罰でも落ちてくれれば二人はもっと謙虚になってくれるのではないか。 もっとも、世に名を轟かす高僧の名前も、こうぽんぽん出していたのではありがたみも薄まるというもの。 むしろ、使いすぎで龍斗の方こそ地獄に堕ちそうだ。 それに、今はこうして大人しくしているがのど元過ぎれば何とやらの言葉通りまたすぐに諍いが起きるのは目に見えている。 この二人を早急に引きはがす必要があるだろう。 だったら――――。 「なぁ、手分けして情報集めへんか?」 思いついた提案に、全員の視線が集まる。 はじめからこうすれば良かったのだ。 火種と油を引きはがせば、火事は起きない。 それにみんなで団子になって探すよりも、こちらの方が断然効率的だ。 「うむ。そうだな。大人数が固まっていても目立つばかりだ」 「龍さんの言うとおりさね。なんでこんな簡単なことに気がつかなかったんだか」 九角が頷く隣で、桔梗が笑う。 「だが、個人個人で行動すれば敵に会ったとき対処しきれんな」 「だったら、何人かで組になればいいんじゃないかしら。そうすれば、襲われても大丈夫だと思うわ」 美里の妙案に、首を捻っていた醍醐もまさしくそうだと顔を明るくする。 「じゃー組つくらなきゃね。ボク、藍と一緒で!」 早々に美里の肩を抱く桜井。 それを受けてか全員がそれぞれ組を作り始め、結果龍斗一人が余ってしまった。 九人いるのだから単純に三人ずつで分かれてしまえばいいのだが、そうなると一組は必ず龍閃組と鬼道衆の混合組が出来てしまう。 いまだ両者の間にそびえる壁は厚いため、全員無意識にそうなることを避けたようだ。 かといって龍閃組は龍閃組で、鬼道衆は鬼道衆で固まっていても大人数過ぎて、各方面に手が回りきらないだろう。 二人ずつ、というのは意外にいい案配なのかもしれない。 さて、そうなると困るのは龍斗である。 普通ならばこのまま自分の属する龍閃組のいずれかについて行くべきなのだろう。 だが鬼道衆の面々も気になるのは事実。 一緒に行動していれば、これを機に両者が真の和解に至るための手がかりがつかめるかもしれぬ。 それとも、大人しく一人で情報収集に勤めるべきだろうか。 (さて、どうしたもんやろ……) 選択 一・京梧・醍醐と一緒に行く 二・美里・桜井と一緒に行く 三・九角・九桐と一緒に行く 四・桔梗・風祭と一緒に行く 五・一人で行く(涼浬+美冬+真那+葛乃) |
あとがき
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あんまりカプ要素はありませんが……。
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