貴方が欲しいから身体を合わせる。そんな欲まみれの逢瀬ではない。
奪いたいものなど何もない。
貴方の心も身体も、貴方のものであればよい。
さしたる価値もない、この身を捧げたところで、貴方に得るものなど無いだろうと……それを思うと、少しの躊躇いは生まれるけれど。
貴方との距離が、僅かにでも縮まるのならば。
貴方がそれを許してくださるのならば。
心の向かうままに、浅ましく求めてしまおう。
叶わぬとしても、貴方を想う心以外に、捨てる物など何もないのだから。
男だから駄目だというわけでも、身堅さを守りたいわけでもなかった。
当然だが、友雅殿の戦歴を愁うわけでも、京人の噂を恐れるわけでもない。
『君に覚悟があるのならば、闇に紛れて忍んでおいで。…朝まで待っている』
ただ、その手のことに縁がなかったせいか、恋しい相手と結ばれる事に、差し迫った必要を感じない。
友雅殿に触れたいとは、思う。
視線を絡めて囁き合いたいとも、思う。
・・・そこまでなのだ。
友雅殿の言う『覚悟』とは程遠い、静かな欲求。
それでも、他人に触れるという行為だけで嫌悪を感じていた頃に比べると、変われば変わるものだと思うのだが…。
ならば誘いを断り、やり過ごすのか。
私には、そんな選択肢はない。友雅殿は「夜通し待つ」と宣言されたのだ。
今夜何事もなければ、ここで止まる関係。
今夜忍べば、今後もそういった立場になるのだろう。
『覚悟』
そうか…。これも、覚悟だ。
自分をどの位置に据えるのか。相手をどの位置に招くのか。
・・・堂々巡りなどしてはいない。
この足は既に、友雅殿の屋敷へと向いているのだから。
貴方が待つというのならば、必ず参りましょう。
何もかもを欲しがる訳ではないけれど、貴方が私を望んでくださるというのならば、必ずお側に参りましょう。
貴方から頂くものに、受け入れ難いものなどないのです。
友雅殿。
私は自覚するより激しく、貴方に焦がれているのかもしれません。
「おいで、鷹通。……こちらだよ」
真っ暗な中庭で立ち往生した私を、闇の中から呼ぶ声がした。
その声を聞いてはじめて、自分がしていることの大胆さを思い出す。
忍んできた、のだ。
それは貴方を奪いに来たという、貴方と結ばれたいという、明確な意思表示。
いたたまれないような恥ずかしさに耐えて広い中庭を過ぎると、ぼんやりとした月明かりの中、小さな人影が浮かんだ。
声も立てずに傍へ寄ると、座ったままの友雅殿が甘えるように額を預けてくる。
・・・この方が他人に寄りかかる姿など、目にしたことがない。
胸の辺りにある頭を優しく抱いて髪を梳くと、力強い腕が腰に伸びて、きつく絡みつく。
おぼろ月の中を歩いてきた私。
ここで静かに待っていた、友雅殿。
どちらの方が強い精神を必要とするのか、そんなことは問うまでもない。
考えもしなかった。
この方は、きっとそれを知っていて、私を歩かせたのだ。
運命を他人に委ねることは、とても怖ろしいものだと知っていて。
動かずに、ただ待つ苦しさを知っていて。
「友雅殿。……貴方の手を取るために、忍んで参りました」
友雅殿は気怠げに顔を上げて、少し疲れたような顔で薄く笑うと、音もなくスルリと立ち上がった。
「そう…。それでは、……いこうか」
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さてさて、忍んで参りました。当然男が忍ぶわけですが、上下関係はどうあれ二人とも男なので、夜道を歩くのも支障ないと思われます。だからうちの鷹通には歩いてもらいました。あの友雅が『切なく待つ』って図が、個人的にツボ所です(笑)たまには待つ身の苦しさも知りやがれ。わははっ。 →イラスト「朧月夜」 →絵物語&小話「恋待ち」 |