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【酔恋譚】 ~Suirentan-09~

 貴方が欲しいから身体を合わせる。そんな欲まみれの逢瀬ではない。
 奪いたいものなど何もない。
 貴方の心も身体も、貴方のものであればよい。

 さしたる価値もない、この身を捧げたところで、貴方に得るものなど無いだろうと……それを思うと、少しの躊躇いは生まれるけれど。
 貴方との距離が、僅かにでも縮まるのならば。
 貴方がそれを許してくださるのならば。

 心の向かうままに、浅ましく求めてしまおう。
 叶わぬとしても、貴方を想う心以外に、捨てる物など何もないのだから。



 男だから駄目だというわけでも、身堅さを守りたいわけでもなかった。
 当然だが、友雅殿の戦歴を愁うわけでも、京人の噂を恐れるわけでもない。

『君に覚悟があるのならば、闇に紛れて忍んでおいで。…朝まで待っている』

 ただ、その手のことに縁がなかったせいか、恋しい相手と結ばれる事に、差し迫った必要を感じない。

 友雅殿に触れたいとは、思う。
 視線を絡めて囁き合いたいとも、思う。
 ・・・そこまでなのだ。
 友雅殿の言う『覚悟』とは程遠い、静かな欲求。
 それでも、他人に触れるという行為だけで嫌悪を感じていた頃に比べると、変われば変わるものだと思うのだが…。

 ならば誘いを断り、やり過ごすのか。

 私には、そんな選択肢はない。友雅殿は「夜通し待つ」と宣言されたのだ。
 今夜何事もなければ、ここで止まる関係。
 今夜忍べば、今後もそういった立場になるのだろう。
『覚悟』
 そうか…。これも、覚悟だ。
 自分をどの位置に据えるのか。相手をどの位置に招くのか。
 ・・・堂々巡りなどしてはいない。
 この足は既に、友雅殿の屋敷へと向いているのだから。

 貴方が待つというのならば、必ず参りましょう。
 何もかもを欲しがる訳ではないけれど、貴方が私を望んでくださるというのならば、必ずお側に参りましょう。
 貴方から頂くものに、受け入れ難いものなどないのです。
 友雅殿。
 私は自覚するより激しく、貴方に焦がれているのかもしれません。

「おいで、鷹通。……こちらだよ」

 真っ暗な中庭で立ち往生した私を、闇の中から呼ぶ声がした。
 その声を聞いてはじめて、自分がしていることの大胆さを思い出す。
 忍んできた、のだ。
 それは貴方を奪いに来たという、貴方と結ばれたいという、明確な意思表示。
 いたたまれないような恥ずかしさに耐えて広い中庭を過ぎると、ぼんやりとした月明かりの中、小さな人影が浮かんだ。
 声も立てずに傍へ寄ると、座ったままの友雅殿が甘えるように額を預けてくる。
 ・・・この方が他人に寄りかかる姿など、目にしたことがない。
 胸の辺りにある頭を優しく抱いて髪を梳くと、力強い腕が腰に伸びて、きつく絡みつく。

 おぼろ月の中を歩いてきた私。
 ここで静かに待っていた、友雅殿。
 どちらの方が強い精神を必要とするのか、そんなことは問うまでもない。
 考えもしなかった。
 この方は、きっとそれを知っていて、私を歩かせたのだ。
 運命を他人に委ねることは、とても怖ろしいものだと知っていて。
 動かずに、ただ待つ苦しさを知っていて。
「友雅殿。……貴方の手を取るために、忍んで参りました」
 友雅殿は気怠げに顔を上げて、少し疲れたような顔で薄く笑うと、音もなくスルリと立ち上がった。

「そう…。それでは、……いこうか」
 
 
 
 
 
 
 
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さてさて、忍んで参りました。当然男が忍ぶわけですが、上下関係はどうあれ二人とも男なので、夜道を歩くのも支障ないと思われます。だからうちの鷹通には歩いてもらいました。あの友雅が『切なく待つ』って図が、個人的にツボ所です(笑)たまには待つ身の苦しさも知りやがれ。わははっ。

→イラスト「朧月夜」
友雅が鷹通に寄りかかって甘えてる図。文字で書いてて勝手に悶えていたのですが、さすが痒い所に手が届く相棒です。萌え所が似てるのかしらー。以心伝心?(撃沈)

→絵物語小話「恋待ち」
9話10話にまたがる部分で、友雅が鷹通を待ってる時の「アレ」なんですが(笑)本編に盛り込むと長ったらしいのでサクサク飛ばしてしまったところ、譲葉が拾い上げて描いてくれたのです。オオオ、友雅が愁いてるっ!!と、再燃して、仕返しした小話(笑)
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