次の日も私は、母の様子を見に行くために会社を出て、 途中、いつものコンビニに寄ってお弁当を買ってから病院にたどり着く。
今日一日、ずっと心がザワザワとして落ち着かなかった。
なんで? なんて考えなくてもわかる。 原因は、昨日突然再会した幼馴染のタカちゃんのせいだ。
昨日の別れ際、“また明日”と、タカちゃんは言った。
という事は、今日も病院に行けばタカちゃんに会えるって事。
私の気持ちは十数年前に戻って、まるで彼に初恋をした頃のように胸をときめかせていた。
だって、好きだったから。タカちゃんの事。
好きで、好きで……東京に行ってしまう彼の事を想って、泣いてしまうくらい好きだったから。
たとえそれが中学生の時の話だったとしても、私にとってそれは本気の恋に間違いなくて。
タカちゃんがいなくなってしまってから今までに付き合った人はいたけれど、今から思えばどこかタカちゃんと雰囲気が似ている人だった。
昨日タカちゃんと再会してその事に気づいて胸が熱くなった。
――――私、まだタカちゃんの事好きなんだ。
って。
今日、タカちゃんとどんな顔をして会えばいいのか……そう考えるだけで胸がドキドキとうるさいくらいに高鳴ったけれど、
考えが纏まるまでもなく、6人部屋の一番手前の右手側にある、母のベッド脇に座る存在に、危うく声をあげそうになった。
タカちゃんっ?!
一瞬足を止めて息を呑むと、ふとタカちゃんが後ろを振り返る。
その視界の中に私が映ったのか、フッと柔らかな笑みを浮かべて手を上げてくれた。
「よぉ、みっちゃん。おかえり〜」
「たっ、タカちゃん……びっくりした。来てくれてたんだね。えと、ただいま」
「あははっ! なんでびっくりするんだよ。昨日、言ったろ? 今日もお見舞い来るよ〜って」
「うん、言ってたけど…まさか居ると思わなくて」
「だってさー、病室にいても暇でさ。俺のとこ、周りじーさんばっかでつまんないんだよ。だから、晩メシ食い終わったから、おばさんに話し相手になってもらってたってわけ」
「そう…なんだ…」
まだ心の準備が出来ていないというか、落ち着いていない状態でタカちゃんと会ってしまったから、曖昧な返事しか出来なくて立ち尽くしていると、まあ、そんな所に突っ立ってないで座れば? と、タカちゃんが笑いながら隣りにあるパイプ椅子を引いてくれる。
それに大人しく座る私の頬は、きっと赤く染まっていたに違いない。
「今日、なんか暑いね。走ってきたから汗かいちゃったかも」
なんて、誤魔化すように手でパタパタと仰いでみたりなんかしたけれど、上手く誤魔化せたかは疑問に思うところ。
隣りに座るタカちゃんはまだ笑ったままだったけれど、ふと思い出したように私に尋ねてきた。
「みっちゃんってさ、ここまで何で来てるの?」
「んと、会社からだと電車とバスの乗り継ぎで、あとは歩きだよ?」
「そっかぁ。どれくらいかかる?」
「んー、1時間弱かなぁ。上手く乗り継げて40分ってとこ?」
「なるほど。でも、1時間弱かぁ……え、車の免許は?」
「んー、持ってるけど、車を父が単身赴任先に持って行っちゃってるから、免許あっても乗れなくて……あったら助かる事も多いんだけどね」
そう、何気なく答えていると、それを聞いたタカちゃんが驚いたように目を丸くした。
「え、みっちゃん車の免許持ってんの?!」
「え……なに、その反応? え、おかしい? 私が免許持ってるの」
「いんや? 別におかしかねーけどさー。なんか、みっちゃんも大人になったんだなー。俺の知ってるみっちゃんは、こーんなちっこかったのにな?」
そう言って随分低い位置で手振りを交えておかしそうに笑うもんだから、何となく恥ずかしくなって落ち着きかけた頬が再び熱く火照ってくる。
「え、なにそれ。そんなに小さくないでしょ? 最終的には私、中学生でしたけど! もう、タカちゃん言動がおじさんクサイ〜」
「うーわ、何かと言えばおじさん扱いだよ。言っても、みっちゃんと五つしか変わらないからね? トシ!」
「五つも違えば十分おじさんですぅ〜。あー、もう。お腹減った! おじさんは放っといてご飯、食べちゃお〜」
「コラコラ。放っとかないで、そこ。おじさん、寂しいから」
「ふふっ、認めちゃうの? 自分で」
「認めたくねーけど! みっちゃんがおじさん、おじさんって言うからさー。こんなカッコイイお兄さん捕まえて、“おじさん”なんていう不届き者はみっちゃんぐらいだぞ?」
おばさんもそう思わない? と、母に向けて言いながら、手はワシャワシャと私の頭を撫でるタカちゃん。
その温もりと感覚がくすぐったくて、気恥ずかしくて、まともにタカちゃんを見れなかった私。
もー、髪がクシャクシャになる〜。なんて言いながら、私はやんわりと彼の手を頭から離した。
これ以上触れられてたら心臓が持たないよ……。
「そうだ。みっちゃんこれからメシ食うならさ、下の喫茶コーナーで食わない?」
私の頭から離れた手が、そのまま私が持っていたコンビニの袋を取り上げる。
あっ。と、思いながら袋を追っていた私の口からは、間抜けな声が洩れた。
「へ?」
「上のレストランは夜の7時までだからもう閉まっちゃうけど、下の喫茶コーナーなら8時半まで開いてるし、俺もコーヒー飲みたいと思ってたんだよね。ね、おばさん、ちょっとだけみっちゃん借りていいかな」
返事をする前にタカちゃんと母との間で話がついてしまったようで、戸惑うままに私は彼と一緒に1階の喫茶コーナーに行くことになった。
*** *** *** *** ***
喫茶コーナーと言っても、この病院は外部から店舗が入っているため本格的なコーヒーショップになっている。
いつも寄ってみたいなと思いつつ、横を素通りするだけだったので、ここの病院に通うようになってから随分経つけれど新鮮な気持ちだった。
「わぁ。外のお店と変わらないメニューなんだね。あ、パスタとかもあるんだー」
美味しそ〜。とワクワクしながらメニューを眺めている私の隣りで、タカちゃんが温かな目線を送りながらボソッと呟く。
「たまにはさ、こうして出来立てのもの食えよ?」
「え?」
「おばさん言ってたよ。みっちゃんはいつも会社帰りにコンビニに寄ってきて、せっかく温めてもらってもここに来るまでに冷たくなったお弁当食べてるって。会社でもそうなんだろ? 自分で作って持って行ってるらしいじゃん。ホント、みっちゃんは相変わらずかーちゃん思いで頑張り屋さんだなー」
そう言ってタカちゃんはポンポンと優しく頭を撫でてくれる。
もしかして、ここに来たのって私のため……?
単にタカちゃんが食後のコーヒーを飲みたくてここに連れてきたんだと思っていたけれど、ふとそんな事を思って隣りに立つ彼を見る。
けれどタカちゃんは体を屈めてメニューを食い入るように見ているところだった。
ほんのりと心が温かくなるのを感じながら、小さく、本当に小さく、ありがとう。と呟く。
それが聞こえたのかどうかわからないけれど、タカちゃんはふと小さな笑みを零したような気がした。
「みっちゃん、食べたいもの決まった?」
「ん〜と、やっぱり私はパスタかなぁ…茄子か小エビかで迷ってる」
「なるほど。やっぱり女子はパスタとお洒落だねぇ。お! このピザセット美味そうだなぁ。じゃあ俺、これにしよっかな」
「え、タカちゃん、ご飯食べたんじゃないの?」
「食ったよー。でも、病院食ってなんか味気なくてさ。食った気しないんだよね。特に俺、ボルト抜く為の入院で食事制限とかないからさ、食っても問題ないっしょ」
で、みっちゃんは何にする? というタカちゃんの様子に思わず苦笑が洩れた。
入院患者さんなのに、大丈夫なのかな。
結局、タカちゃんは野菜とお肉のたっぷり具材が乗ったピザとコーヒーのセットを頼み、私は小エビのトマトクリームパスタとカフェラテを頼んだ。
窓際の丸テーブルに並ぶように腰掛けて、食事をしながら他愛無い話をする私たち。
これでタカちゃんがパジャマ姿でなければ、ちょっとはデートっぽく見えたかな? なんて思ったりして。
それでも病院内であっても、こうしてタカちゃんと二人で過ごせる時間が私は嬉しかった。
「そうだ。俺、この調子で行けば、多分、三日後の月曜に退院出来るんじゃないかなって思うんだ」
「え、そうなんだ?! 順調なんだねー、おめでとう!!」
「ありがとう。でさ、昨日言ってたメシの件、もしみっちゃんがよければ月曜に行かない?」
そのお誘いにトクンと胸の鼓動が一つ跳ねる。
けれど、答えはもちろん……
「え、うん。行く!」
「お!いい返事〜。じゃあ、行きたいところ考えといて?」
「うん。あ! でも、その日退院だったら退院のお祝いしなくちゃでしょ? タカちゃんの行きたいお店でいいよ?」
ここのお店の、出してもらっちゃったし。と付け加えると、タカちゃんは、笑いながら首を横に振る。
「いや、いいよ。みっちゃんの行きたい店に俺も行きたいから」
そう言って微笑むタカちゃんの笑顔が眩しくて、まともに顔が見れなくて思わず視線を泳がせてしまう。
それを隠すように意味なくパスタをフォークですくいながら、ここのお店パスタの量多いなー。なんて呟いてみた。
食事を終えた私たちは場所を変えて、誰もいなくなったロビーのソファーに並んで腰掛けていた。
タカちゃんが東京に出てからの事、一人暮らしの様子や今の会社に就職してからの事など、私も私で高校時代の話や大学時代の話、そして現在の職場の事など尽きることなく話していた。
タカちゃんと過ごす時間はただ幸せで心地よくて。
会話の内容なんて本当はどうでもよくて、ずっと声を聞いていたかった。
二人だけの楽しい時間。
永遠に続けばいいのに、って思った。
「――――、でもさー。俺の知ってる中学の頃から、みっちゃん美人さんだったから、オトコが放っておかないでしょ」
「えっ、そっ、そんな事ないよ! 付き合ったのだって過去に二人だけ…だし、最後に付き合ったのって2年くらい前で……それ以降いないんだよ? 全然、そんなんじゃないよ」
「そーかなぁ。俺だったらこんな美人さんが近くにいたら放っておかないけどなぁ」
え……。
ただ、何となく呟いてみました。という感じで、どこか空(くう)を見たまま放たれたタカちゃんの言葉だったけれど、私にとってそれは衝撃的で。
ある意味、期待を持ってしまう言葉だった。
私がもし、この気持ちを打ち明けたら、タカちゃんは受け止めてくれる?
中学の……初めて人を好きになったそのままの気持ちを。
トクトクトクッ。と、心地よくリズムを刻む胸の音。
灯りも薄暗く、誰もいないこの場所は、この胸の音が聞こえてしまうんじゃないかというくらい静かで。
ギュッと胸元を掴み少し俯いていると、どうした? と、タカちゃんが覗き込んでくる。
あの…――――
そう言いかけた言葉は声にならなくて、ジッとタカちゃんを見上げていると、その先の彼の視線が僅かに左右に揺れた気がした。
けれど、それは一瞬で、次の瞬間には、フッ。と、いつものように微笑まれ、そして頭をワシャワシャと撫でられた。
「ま、心配しなくても、みっちゃんならすぐにいい人が見つかるって。だから、そう落ち込むな。な?」
ポンポン。と、最後軽く頭を叩かれて、タカちゃんの感触と温もりが去っていく。
それを心寂しく思いながら、それでも自分の気持ちを伝える事も出来なくて、私は曖昧に笑ってその場をやり過ごした。
恋愛プロセスの中でこういう時期が一番楽しいんちゃうかなーって思ったりします。
好き?嫌い?好き??嫌い?? みたいなね(何)
付き合う前〜付き合いたて。くらいの時期が私は一番好き(笑)
H25.11.04 仕上げ 神楽茉莉