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ハッピーベア番外編@三恵さんの恋...03

次の日の土曜日は会社は休みで、いつも休みの日は家の用事を済ませてから午前中に病院へ行き、母のリハビリの手伝いをしながらほぼ丸一日病院にいる事が多い。今日もそのつもりで来たけれど、母の提案でお昼からタカちゃんの病室に行くことにした。

昼食が乗せられたワゴンを横目に歩き、聞いていた病室を目指して歩く。

少し緊張しながらタカちゃんのいる612号室を覗いてみると、4人部屋の窓際の左側のベッドに彼の姿があった。

ちょうど昼食が運ばれたところだったようで、お箸を持った状態で、まさに今からご飯を食べます。という格好のままタカちゃんが私の姿に気づいて声をあげた。

「おー! みっちゃん。来てくれたんだ?」

「うん。お母さんがね、今日はタカちゃんのほうに行ってあげたら? って。 ふふっ。ご飯、食べるところだった?」

「おぉ、まさしく白メシガッツリ食おうかと気合いれてたとこだよ」

「あははっ! うん、そんな感じだね。あ! お茶は? 入れてないの?」

「あー、お茶ね。めんどくせーから、いつも食い終わって皿を返しに行く時についでに汲みに行ってる」

「もー。めんどくさいって……すぐそこじゃない」

「そうそう。なーんもなければ、すぐそこの距離だけど。意外とね、松葉杖だとあの距離まで遠いんだって」

確かに。

タカちゃんの病室からデイルームまでは、大部屋を6つほど通り過ぎなければならない。

ほんの僅かな距離。だけど、タカちゃんが言うように松葉杖をつきながらとなると少し遠いかもしれない。

「そっかぁ、そうだよね? じゃあ、私が汲んできてあげる」

「あ、マジで? サンキュー。助かる!」

タカちゃんからコップを預かり、所定のティーサーバーが置いてあるデイルームに向かう。

病院によってそれぞれシステムが違うようで、お茶を病室で一人ひとりに配給してくれるところもあれば、歩行が可能なのであれば、ここのように所定のところまで汲みに行かなくちゃいけないところもある。

もう、ここの勝手は知ったるもので、迷うことなくデイルームに向かい、タカちゃんのコップにお茶を注ぐ。

なんだろ……

こうしていると何だか恋人にしているようで、何となくくすぐったくなってしまう。

こんな事勝手に思われたらタカちゃんも迷惑だろうけど、思うだけは自由だからと一人で盛り上がってみたりして。

ほんのりと頬が熱くなるのを感じながら病室に戻ると、タカちゃんはもう既にあと何口かで昼食を食べ終えるところだった。

「えっ?! た、タカちゃん、もうご飯終わり?!」

「ん? おぉ、あとちょっとで終わり。なに、早い?」

「うん、早すぎるよ。ちゃんと噛んでる?」

汲んできたコップを、はい。と手渡すと、サンキュー。と、タカちゃんが受け取る。

そして、ゴクゴクと飲んで濡れた唇を拭うように、親指の腹で口の端を押さえてから、タカちゃんが苦笑を漏らした。

「あー、まあ。クセ……かな。営業まわってたりすると時間なくてさ。ついつい早食いのクセが」

「もう、ダメだよ? ちゃんと噛まないと消化に悪いよ」

「あははっ! そうだな。俺も、みっちゃんみたいによく噛んでメシ食わなきゃな?」

「え? 私みたいって?」

「昨日、パスタ食ってるとき、そんな感じだったなーって思って?」

ニッ。と、意地悪く笑われて、カッと瞬く間に頬が赤くなる。

「やっ! なに、もう!! 人の食べてるとこなんて、変なこと思い出さないでよ」

そんな感じって、どんな感じで私、食べてたんだろう?

変な食べ方をしていなかっただろうかと、恥ずかしさと共に急激に不安にもなってきた。

「なんでだよ。別にいいじゃん。俺は、みっちゃんの食べ方好きだよ」

「えっ!?」

好き……って…

「なんつーか、お嬢様っていうか……みっちゃんの食べ方は、品があって女性らしくていいと思う。あの、握り箸でスパゲティ食ってたみっちゃんとは思えない成長具合がさ……っぃて!」

気づいたら、タカちゃんの背中をペチンと叩いていた。

なんか。ちょっと “好き” って言葉に反応してしまった自分も悔しいというかなんというか。

「もう、タカちゃん! すぐそうやって子供の頃の事を引っ張り出してきて!! それに、握り箸って…タカちゃんの中で、私は一体何歳で止まってるの?」

「あははっ! そーんな、怒ることないだろ? 冗談だよ、冗談!」

「もう。これだからおじさんは…」

仕返しとばかりに、ため息混じりにそう言ってベッド脇のパイプ椅子に腰掛けると、すぐさまタカちゃんからジトっと視線を送られる。

「みっちゃんもさ、俺のこと、おじさんおじさんって言うのやめてくれる? “お兄さん”にしてクダサイ」

「えー、どうしようかな」

「おぃ、そこでなんで考えるんだよ。どーみてもカッコイイお兄さんでしょーが」

コツンと私の頭を小突きながら言う、タカちゃんのその言い方がおかしくて。二人見合って、ぷっ。と、吹き出してお互いに笑う。

やっぱり好きだな、タカちゃんとの空間。

楽しくて、安心できて、温かい場所。

昔からそうだった。私の、大好きな場所――――。

「そうだ、みっちゃん。明後日の月曜日って仕事何時に終わる?」

「あ、えと。多分、定時に終われると思うから、夕方の6時過ぎかな」

「俺も月曜は退院してからちょっと会社に顔を出して、火曜から通常に戻る予定だからそれくらいには出られると思うし、そうだな…時間は19時くらいにして、どこかで待ち合わせにしようか」

「うん、そうだね。じゃあ、駅前でどう?」

「りょーかい。それでいいよ。あ、でも一応、みっちゃんの携帯の番号聞いといていい? 何があるかわかんないし……」

そう言ってタカちゃんはベッド脇にある棚の引き出しから携帯を取り出してくる。

私は鞄を母の病室に置いてきたままだったので、とりあえず自分の番号を伝えて、タカちゃんのはメモ帳に書いてもらった。

「で、食べたいもの決まった?」

「ん〜、まだ。タカちゃんは? 何が食べたい?」

「俺の食いたいもの聞いてどうするよ。みっちゃんの食いたいもの食いに行こうって話しなのに」

「だって…思いつかないんだもん。ほんと、私は何だっていいの。タカちゃんと一緒に行けるなら……」

つい、口からスルリと言葉が出てしまった。

気づいた時にはもう遅くて、目の前のタカちゃんが、 え? というような表情をしたように見えた。

私は何だか焦ってしまって慌しく立ち上がると、テーブルに置かれた空になったコップを手に取った。

「あ、えと……かっ、考えとく。普段食べられないような、リッチな食事ないかなーって月曜日までに探しとく。タカちゃん、お茶……飲むでしょ? あの、汲んできてあげるね。あ! それと、ついでに食器も返しとくね」

話している間にすっかり空になっていたタカちゃんの食器。

不自然なまでに早口にそう告げると、私はタカちゃんの返事を待たずに、食器が乗ったお盆も一緒に持って病室を飛び出した。

どうしよう……なんか、変なこと言っちゃったかも?

私は熱くなる頬を手で扇ぎながら、ワゴンに食器を返してからデイルームに足早に向かった。



コップにお茶が注がれるのを眺めながら、どんな顔をして病室に帰ろうかと熱く感じる頬を掌で押さえていると、ふと遠くから近づいてくる複数の女の人の声が耳に入ってきて、何となく聞こえてきた、三橋くんの…。という言葉に意識を引っ張られた。

三橋くんって……タカちゃんのこと?

何故か若干忍び足で、デイルームの出入り口にある自販機の影まで歩を進める。

そこからそっと外を覗き見れば、エレベーターホールがある方から病室のあるこちらに向かって、3人の女性が歩いてくるのが見えた。

3人とも私服姿だったけれど、見た感じ私とそう変わらない年齢のように見える。

一人の手には花束が、そしてもう一人の手にはケーキの箱のようなものが見えて、お見舞いに来たのだと一目でわかった。

「ったく、三橋め、携帯の電源切ってるのか全然繋がらないし、メールもLINEも返事なし。入院する病院と、病室わかったら教えてねって言ってたのに連絡一つよこさないで! 課長から聞き出すの、苦労したー」

「612…612…あー、多分ここの列だ。ね、智代(ともよ)、612で間違いない?」

「うん、間違いない。ねえ、美麗(みれい)? 今日は私と、美佐(みさ)も一緒に行ってあげるけど、明日は一人で来なよ?」

「んー。でも、三橋くん、私が聞いても病室教えてくれなかったし、来るなって事じゃないかなぁ。行くの、今日だけでよくない?」

「ダメだよ! ここら辺でちゃんと三橋には美麗がいるんだって事、社内の三橋狙いの子たちにも示しておかなきゃ。私たち同期の中で一番仲良くて、同期会でもお似合いのカップルだって言われ続けているあなたたちが、未だにくっついていないっておかしいじゃない。私たちもいい歳なんだからさ、先の事も考えてそろそろ本格的に付き合い始めなきゃダメよ?って言うか、遅いくらいだよ?」

「本格的にって……別に、私たちはそんな…」

「そうだよー。美麗がそうやって三橋を甘やかすから、くっついてるのかつっくいていないのか宙ぶらりんな感じのままなんでしょ? 私も結婚したし、智代も来年結婚する事が決まったし、あと美麗だけだよ? 2年前に三橋がこっちに転勤になって来たから、ヨッシャー! って思ってたのに、そのまま変わらずズルズルでしょう? もうダメ。私が我慢出来ない。三橋にしっかりケジメつけてもらわなきゃ。三橋孝浩、覚悟しなさい」

「我慢出来ないって……なんで美佐が……」

そんな事を話しながら、私のいるデイルームの前を3人が通り過ぎていく。

美麗と呼ばれた真ん中を歩く女性の、その姿をチラリと見てズシンと心が重くなった。

私とは対照的に明るくて華やかで、目鼻立ちがハッキリした小柄な可愛らしい女性。

その姿を見た瞬間、少し前までの浮かれていた気分は一瞬にして消え去り、どんよりとした重苦しい空気がまとわりつく。

私の知らないタカちゃんと、私の知らない時間を共に過ごしてきたひと……。

それを今、見せ付けられた気がして、自分の肌が徐々に痺れていくのがわかる。

知りたくなかった……タカちゃんの住む現実(せかい)。

私にとって、この二日間だけが今のタカちゃんの全てで、あとは記憶に薄っすらと残る幼いときの彼の姿だけ。

十数年ぶりに初恋の人に再会して、たった二日間仲良く話せただけで舞い上がっていた私って……。

十数年――――…、そうだよね。

タカちゃんにはタカちゃんの生きてきた現実(せかい)があって、

そこにはきっと、愛する人だっているだろうし、大切にしたいものもきっとある。

だから昨日、タカちゃんは自分の事は話さなかったのかな。

私も聞けばよかったんだ、――――タカちゃんは、恋人いるの? って。

自分の気持ちだけで手一杯で、タカちゃん自身の事にまで目を向けられなかった。

考えればすぐにわかることだったのに。

タカちゃんに恋人がいないわけないって事。

なんでそんな大事なこと、私は気づかなかったんだろう。

タカちゃんにはあの女性が……

――――三橋には美麗がいるんだって事、社内の三橋狙いの子たちにも示しておかなきゃ。

遠くから、微かに複数の女性の笑い声が聞こえて来た気がした。

咄嗟に私は耳を塞ぎ、その場にしゃがみ込む。

あの時と同じ……胸が苦しい。

タカちゃんが東京へ行ってしまった夜、一人で枕に顔を埋めて泣いた時のように。

私は胸を押さえて立ち上がると、そのままデイルームを飛び出しエレベーターホールのほうへと向かった。




2010-11-17 仕上げ

はい。来ました王道(笑)

2パターンで悩んだんですけれども、こちらを採用しました(*^_^*)

一旦、気持ちが上がって落ちるというセオリー通りの展開ですが。

お楽しみいただけたら幸いです。


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